猫被りの恋。

圭理 -keiri-

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曝け出す本心 《高校2年生・冬》

第19話 それは息を飲むような

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〈SIDE: 蒼夜〉

“最後の審判”ってきっとこんな感じだったのかな。
きつく閉じた瞼の裏にはいろいろな思い出が映っている。
幸せだったんだよ。























「な、んで…なんでもっと早く言ってくれなかったんだよ…!」





ぽつりと聞こえた、何かを押し殺すような声。
さっきまであれほど緊張していた俺の心は、いつの間にか自分でも驚くくらい冷静になっていて。
ああ、俺はこの大切な人をやっぱり傷つけたんだなあって思った。
だからこれからさらに傷つけることを覚悟して口を開いた。
もうひとつ、大切なことを伝えるために。



「今から言うことは全部俺の独り言。だから…忘れてね」



そう前置きをした。
返事なんて要らない。
返事を求めちゃいけない。
スイがむけてくれた想いに、ただ俺の言葉で応えたかっただけで。




「好きだったんだ、スイが。自分でも気付かないうちにすごく好きになってた。一緒にいると何もかもが楽しくて…幸せだった。でも、俺はもうスイの隣にはいられない。来週末の飛行機で行ってくる。今までありがとう、スイ」



俺のことは、俺のこの想いは忘れてほしいと思う。
いつ帰ってこられるかわからない、不確かな存在になってしまったから。
スイの隣にいられる保証はないから。


だから俺は笑って嘘をついた。
今でもこの世の誰よりも、何よりも、大好きな君に、嘘をついた。
これは俺のための嘘。
君に送る、俺のための嘘。




「なんだよ、それ……っ!!」




何かを必死で押さえ込もうとしているような声。
スイのほうを見れば、俺に背を向けている。
けれど、その肩が微かに震えている。
もしかして、泣いてるのか?



「“好きだった”ってなんだよ!! “今までありがとう”ってなんだよ!! 過去形なのかよ!!もう終わり!? 氷神ひかみが死ぬなんて誰が決めたんだよ!!ふざけんなっ! そうやって突き放すみたいな言い方して、オレの気持ちは無視するのかよっ!!!!」



思わず息を飲んだ。
それは初めて聞いたスイの怒りをあらわにした声で。
周りに気を遣って小さい声だったけれど、明らかに感情が滲み出たその声に、俺は言葉をなくした。

何て言えばいいか解らない。
あの台詞に込めた意味を的確に理解したスイに、ただ驚いた。
見透かされているのかもしれない。
いや、確実に見透かされている。



(どうして君は、いつも俺のこと理解できちゃうんだろうね…)




俺はもうただ呆然とスイの背中を見つめるしかなかった。
それを知ってか知らずか、いまだに怒りを抑えられない様子のスイはなおも言葉を続ける。




「なんでそんな風に言うんだよっ! オレは氷神ひかみのことが好きだって言った。 氷神ひかみは信じてないみたいだけどオレは変わってない!! 大体なんだよ『もう死ぬこと決定です』みたいな言い方! 誰が決めた?医者が言ったのか!?」

「医者がそんなこと言うわけないよ。 俺の身体のことは俺が一番よくわかってる。もう、手遅れだよ」



言った後で悔やんだところでもう遅い。
俺の言葉はスイの怒りを逆撫でしてしまった。
怒り狂うスイはいきなり俺の方をむいて、横になっていた俺に馬乗りになってきた。
その勢いのまま襟首を掴まれて、そうして初めてスイの目を見た。
怒っていて、苦しそうで、そして…やっぱり泣いている。
俺が、泣かせた。



「ばっかじゃねぇの!?何が手遅れだよ! 医者が何も言ってないなら治る見込みがあるんだよ! 勝手な解釈すんな!! それに…例え氷神ひかみの考えが正しかったとしても…オレは信じてる! 氷神ひかみは絶対に死なない、生きられるって。 氷神ひかみが死ぬなんてオレは絶対許さない!!!!」




返す言葉なんてない。
スイの言葉が俺の胸に突き刺さっていく。
たかだか俺一人のことでこんなに本気になってくれる人が、他にどれ程いるのだろう。


嬉しかった。
突き放すように言ったけど、本当は傍にいてほしかった。
解っていてほしかった。
『生きられる』、そう言ってほしかった。




「オレは…今でも氷神ひかみが好きだよ。氷神ひかみがいてくれないとつまんないよ…」




静かな声だった。
耳に残る、優しくて甘い響き。
あれほど力を込められていたスイの手は、いつの間にか力が抜けていて。
今はただ俺の胸元にあるだけ。
俯いていてその表情は見えないけれど、震える声と肩で、まだ泣いてるのはわかる。

もうこの瞬間に全てを委ねてしまいたい。
だから俺はまだ俺の上にいるスイの腕を引き寄せて、泣いてる顔を見ないように抱きしめた。




「俺もスイが好きだよ。…だから忘れてほしかったんだ…」

「ばーか。忘れられるかよ…」

「ごめん…」



そっと俺を抱きしめ返すスイが、まだ泣きやめずにグズグズと鼻をすすっているスイが。
本当はずっと前から愛おしかった。
『忘れて』なんて嘘だよ。
ずっとずっと覚えていて欲しい。
でも大好きな君だから、つらい気持ちにさせたくなくて。
もし俺が最悪の結果になったとして、スイが俺を覚えているせいで苦しむくらいなら。
それならいっそ綺麗に忘れてほしかったんだ。


でもね。
やっぱりそれは少しだけ、ほんの少しだけ俺がつらかった。



(だから、覚えていて。俺がスイを大好きだってこと)

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