幻獣を従える者

暇野無学

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138 引き渡し拒否

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 グレイの怒りはこれかと思ったが、ランディスの言葉に黙って頷き、副官の男に師団長を呼んで来る様にと頼んだ。

 改めてランディスに向き直ったとき、何時も背後に居るアッシュが居ない事に気づいたが、今それを尋ねられる雰囲気では無かった。

 ランディスとグレイ、周囲を取り巻く彼の幻獣達から湧き上がる殺気に、誰も声一つ漏らさず彼等を見つめていた。

 * * * * * * *

 「師団長、グレイン侯爵殿が幻獣を従えてやって来て、師団長を呼べとお怒りです。その前には、彼の使役獣と思われるタイガー種に部隊が襲われて、石弩部隊と護衛達に魔法部隊も襲われて死傷者多数です! 何か御存知ですか?」

 「グレイン侯爵だと、あの貴族気取りの冒険者が儂を呼んでいるだと。あんな男に呼びつけられる謂れは無い! 捨て置け!」

 副官を怒鳴りつける魔法師団長の顔は真っ青で、ガクガク震えながらしきりに汗を拭っている。

 グレイン侯爵は大怪我を負っていたし、師団長の態度から何かしたなと思ったが、思い当たる事が無い。
 グレイン侯爵から師団長を呼べと言われたが魔法師団長は王国の重職にあり、例え侯爵と言えども濫りに彼此と言えるものではない。
 ランディスが侯爵とは別に王国の重鎮としての身分証を有し、ドラゴン討伐に際し全権を与えられている事を知らない副官は、師団長に拒否されてはこれ以上何も言えない。

 黙って一礼して下がると、師団長が拒否した事を伝えに戻って行った。

 * * * * * * *

 「ランディス、酷い有様だが何があったのだ。それとアッシュはどうした?」

 ヨハンの声に顔を上げたランディス、グレイが低い呻り声を上げてヨハンを睨んでいる。
 手足を無くし血で汚れた服を見れば相当量の血が流れたはずだが、青い顔ながら怒りに燃え上がる様な目をしている。

 「石弩の矢を、ランスと呼ばれる矢を射ち込まれた。魔法部隊がビッグドラゴンを攻撃している向こうを、新たなビッグドラゴンが近づいていた。其奴が討伐中のドラゴンの後ろに現れたら、魔法部隊は耐えられないだろう。だからアッシュがそのドラゴンを討伐する為にファングと共に跳んだ。ドラゴンを倒したその時にアッシュが倒れて動かなくなった。俺が駆けつけた時にアッシュは石弩の矢を二本受けていたがまだ生きていた。その時俺は何かに弾き飛ばされて気を失ってしまったが、目覚めた時はこの有様だ。そしてアッシュの所へ戻れば三本目の矢が突き立っていて、既に死んでいた」

 「二度にわたって攻撃されたって事か」

 「石弩部隊は魔法師団長の配下だ、奴が命令しなければ攻撃しないし出来ない。それと魔法部隊の後方に居る石弩部隊からドラゴン二頭を挟んだその先にアッシュは居たんだ。ドラゴンまででも相当な距離があったはずだが、何故かアッシュに当たり、ドラゴンは死んでいるのに俺が到着した時に再び石弩の攻撃を受けている。ランスと呼ばれる矢が、ほぼ垂直に地面に突き立っているのは何故だ」

 それが何を意味するのか理解しているヨハンはもとより、彼の背後で俺の言葉を聞いている魔法使いや冒険者達も顔を強ばらせている。

 * * * * * * *

 長く待たされて意識が飛びそうになった時に、副官の男が戻ってきたが一人だった。
 俺の顔を見ると黙って首を振り頭を下げた。

 そうか、奴が俺の前に立つ気がないのなら、俺か奴の命が尽きるまでとことん追い詰めてやる。

 「ランディス、そのままじゃお前の身体が持たない。奴はあれを使って俺が引き摺って来るので、少し休め」

 《ランディ・・・ランディまでいなくなったら嫌だ》

 《判った、ヨハンやクレア達以外は近寄らせるな》

 《あい、ランディは守る。ママが何時も言ってた》

 「ヨハンに任せるが、グレイが許さない奴は近づけるなよ。然もなくば・・・」

 「判っている」

 ヨハンの返事と同時に結界が外れたが、ランディスの言葉の意味を理解しているヨハンが振り返り「死にたくなければ誰も動くな!」と命じてから一歩を踏み出した。

 * * * * * * *

 目覚めた時見知らぬ天井に戸惑ったが、傍らにグレイ達とクレアが居てツアイス伯爵邸だと教えられた。

 俺が気を失った後でギルマス達がやって来て一騒ぎ起きた様だが、俺の言葉を伝えてツアイス伯爵や他の貴族達も交えて検証したそうだ。

 石弩部隊の居た位置と、その前方でドラゴンを攻撃していた王国魔法部隊と貴族の魔法部隊。
 そして問題のビッグドラゴンは俺の言葉通りの位置で雷撃の一発で事切れていた事。
 王国魔法部隊と討伐中のドラゴンの間合いは約50m。
 魔法部隊が崩れた時の為に石弩部隊が援護射撃をするには、魔法部隊の頭上越しの攻撃になるので100m以上後方にいた。

 そして討伐中のビッグドラゴンとアッシュが倒したビッグドラゴンの間は200m程の距離が有り、アッシュとの間は約70mだった。
 それぞれに高低差が有り、アッシュの倒したビッグドラゴンは石弩部隊からは頭部が見える程度だったそうで、アッシュは見えていない。

 石弩部隊の位置から二頭目のドラゴンまでは400m近い距離があり、方位と射角は防壁上の魔法師団長が指示していた。
 これはファイブの治癒魔法で命が助かった、石弩部隊の兵士の証言だ。
 その兵士は一度方位と角度を決めたが、改めて射角を上げる様に指示が出て最大仰角に近い角度で射ったそうだ。
 それも始めの三斉射でドラゴンが見えなくなり射つのを止めていたが、魔法師団長より再び射つ様にと命令が出て五斉射したとの証言が取れた。

 そして、二頭目のドラゴンの所に行ったギルマスやツアイス伯爵達は、雷撃の一撃で死んでいるドラゴンでランスと呼ばれる矢は一本もなかった。
 アッシュの倒れていた場所は、ランスと呼ばれる太い矢が広範囲に亘って乱立していた。

 最初はドラゴンに照準を付けたが、その後アッシュに向けて照準を変更したことと、アッシュと俺がその場に到着した時に射たせているのは間違いなかった。

 30基の石弩での三斉射、最大射程で命中率が期待出来ないとはいえ、散布界のほぼ中央に居たアッシュに90本の矢が降り注いだのだ。
 当たる確率は低いが、不幸にも二発が当たってしまった。
 その後150本の矢が射ち込まれては、動けないアッシュが助かるはずもない。

 検証の後、魔法師団長はツアイス伯爵達に依って高位貴族暗殺未遂の罪で拘束され、伯爵邸の地下牢に放り込まれた。
 事の次第を記した書状が、急ぎヒューヘン宰相の下へ送られた。

 不幸中の幸いと言うべきか、ドラゴンの出現はその日を境に激減したので王国魔法部隊の残余と貴族の魔法部隊が合同で何とか討伐出来ているそうだ。
 それはフェリスやアデーレ達が、ファブリスからラッヒェルに応援に駆けつけての事だった。

 * * * * * * *

 ツアイス伯爵からの急報はヒューヘン宰相や国王に衝撃を与えたが、ランディスの生存を喜んだ。

 ただ、以前国王陛下より注意せよと言われた女神教の新教皇ニルバート、殆ど教団本部から外に出ないので詳しい調査が出来ていない。
 今回問題を起こした魔法師団長は、創造神アルティナ様に深く帰依する敬虔な男だが、女神教との繋がりは薄いので事件に関与しているとも思えなかった。

 * * * * * * *

 一月少々経った頃伯爵邸で療養している俺の所へ、王都より王国騎士団が到着し魔法師団長を引き取りの為に挨拶に来た。

 「グレイン侯爵殿、此の度は魔法師団の師団長による前代未聞の犯罪の被害を受けられた事、ホールデンス王国と国王陛下より深く謝罪するとのお言葉です。元魔法師団長に対しては厳罰をもって望むとの陛下のお言葉であります」

 そう言って王家の紋章入り書状を差し出した。

 「騎士団長殿、ヒューヘン宰相と国王陛下に伝えてくれ。魔法師団長を勝手に処分させる気はない。奴のお陰で多くの冒険者や兵士が死んだ。俺も被害を受けた一人であり、冒険者としての落とし前を付けさせてもらう」

 「王国の、国王陛下の決定に逆らうおつもりですか」

 「逆らうも何も、俺はドラゴン討伐の依頼を受けている。その際王国魔法師団と、必要なら貴族の魔法部隊も指揮下に置く権限をもらっている。俺の指揮下に置いていなかったが、あの屑を勝手に処分させる気はない。奴を連れて行くのなら、王家、ホールデンス王国と争う事になるので覚悟しろ。そうヒューヘン宰相に伝えろ」

 王国の騎士団長である俺が、簡素な服にローブを纏ってソファーに座る男に気圧される。
 そして此の男の言葉に偽りがないことも判っている。
 やるとなれば、一国の軍も敵わない力を有している事を誰もが知っている。

 大怪我を負い、今も回復途中で自由にならない身体で座っているが、傍らに座るグレイと呼ばれる幻獣を筆頭に多くの幻獣を従えている。

 「騎士団長殿、ひとまず宰相閣下にご相談されては如何ですか」

 騎士団長の傍らに控えていたツアイス伯爵に声を掛けられて、ホッとした顔で頷いている。
 王国の命を受けてやって来たのに、侯爵とはいえ一貴族に脅されて下がったとなれば騎士の名折れになる。
 それを救われたので、伯爵に頭を下げて早々に引き下がってしまった。

 「グレイン侯爵様、差し支えなければ・・・」

 「奴は、王国魔法部隊の師団長だった男だ。野獣に投げ与える訳にもいかないだろう。せめてもの情けだ、武器を与えてゴブリンと闘わせてやるよ」

 あの尊大な男は肉付きが良いので、ゴブリンも食いでがあるだろうとは言葉にしなかったが、察した様だ。
 今夜あたり騎士団長にその事を話して、ヒューヘン宰相に伝えさせるだろう。
 今回俺の負傷から今日までの事を思えば、あの男ならそれくらいの芸当は出来るだろう。
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