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一章 降って湧いた災難
朱と緋と茨木 壱
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狩りをした後は酷く渇くし、飢える。
「若、どうされました?」
俺の目の前には金髪に金眼の美しい女、茨木が居る。
「…囲っている奴らのところに行く」
隠すことでもないので告げる。
「お相手でしたら私が…」
こいつも物好きだ。
俺のようなものに惚れているらしい。
だが、俺はこいつを選べないし選ばない。
「腹も減っているので、あいつらが良い。それとも喰われたいのか?」
些か意地悪だが、こんな問いを投げかける。
「…では、我らは先に失礼致します。先に陛下方に報告に参ります」
先程の俺の言葉にこいつも引く。
常なら相手にしても構わぬが…今は良くない。
「了承した」
その返事を以て、やつらは足早に帰還する。
俺は約束があるのでこの場で暫し待つことにする。
俺にとってこの世界は縛りだらけで、苦しく、空虚だ。
どうしょうもない飢えや渇き、欲求に悩まされ、話す言葉も慎重に選ばねばならぬ。
自分のような存在を、他に見ることも会うこともない。
こんな自分にも惚れた相手や伴侶が見つかるのだろうか?
『いつかあなたの、あなたのだけのお姫様が現れ、あなたの側にずっと、仲良く居ます。
だからお姫様には惜しみなくあなたを与え、愛を注いで優しくしなさい』
母はこう言った。
だが、生まれ落ちてから幾年経ても、百年経った今でも…それは見つからない。
腹も限界で抑えきれぬ衝動もある。
(約束しているのに待たせるなど…女とは本当に煩わしい)
「聴こえているよ、朱。待たせて悪いね、私も体調が優れないものだから」
待っていた友が漸く来た。
相も変わらず時間にだらしない。
「お前が定めておいて遅れるのはいかん」
「ははは、済まない」
この笑っている掴みどころのない女は、先程の茨木と同じように俺の幼馴染だ。
俺と同じ様な紅い髪に金の瞳、スラリとした体躯で女とも男ともつかない物腰の、変わったやつだ。
こいつは下の弟と併せ二人で、『【青】の双璧』とまで言われる美貌で知られる。
確かに美しいと思うが、俺は容姿ではなく、魂を好ましく思う質なので、そこまで気にはならない。
「早速だけれど【名】をくれないか?
それで実家のアホ共の呪いを解き、私は鬼を捨てる」
さも、当然のようにそれを要求し、あっさりと生まれ持った種の性質さえ、捨て去ると言い放つ。
その有り様に驚くが、こいつはきっと止まらない。
「簡単に捨てれるものか?」
少し、興味が湧いたので問うてみる。
「恋とは愛とはそういう力がある。
そもそも鬼族とは愛に生き、愛に狂った種だ。お前もわかるようになるよ」
嫣然と微笑む女。
こういった事を言う時のこいつに話は通じない。
訳のわからん事で煙に巻く。
(耳長のものや、その縁にあるものは煩わしい)
「聴こえているから」
女は少し不機嫌になり、こちらを睨む。
(本当に煩わしいな)
こいつは話せば話すほど疲れるうえに、先程から飢えが酷くなってきている。
とっとと済ませて帰ることにする。
「……面をかせ」
「よろしく頼むよ」
女の本質を見極め、それを読み取る。
女の額に手を翳し、言祝ぐ。
──朱の名のもとに【赤】の名を与える。──
中指の先を額に付け、【祝福】を与えてやる。
──『緋』──
これまで使っていたこいつの名も、ついでに【消去】してやる。
(これで新たな呪詛にも悩まされんだろう)
「お前も【赤】の強い魂を持つ。『緋』だ。そう名乗れ。
…お前はすぐにこれも捨てそうだが」
「ふふふ、ありがとう。ちゃんと使わせてもらうよ。お前にしては綺麗な【名】をくれた」
「俺に頼んでおいて失敬なやつだな」
「ほら、お前は梔子のように安直なものを授けるだろ?
少し恐々としていたが、思ったよりもまともで良かった」
俺に対して珍しい遠慮のない女、緋が失礼なことを言う。
厳密にいえば違ったが、思えば一族で気安いものもこいつくらいだった。
そう思うと少し寂しくもある。
ふと、こいつから変わった匂いがする。
どこか惹かれる…そんな匂いだ。
「お前でも香を使うのだな」
「いや?私は今は身籠っているし、それはないよ。
でも、匂いなら…私の弟かもしれないね。出てくるときに酷く泣いて縋って来たから。」
(なんだと?!)
だから急いでいたのか。
『実家のアホ共が画策して。無理やりお前の妃にされそう。
駆け落ち?みたいなのをする。お前手伝え。(意訳)』
こう聞いていたが、こいつも無茶をする。
お前が俺の妃など伯母上が怖すぎるし俺もお断りだが、この匂いが妙に気になる。
確かこいつの弟はこの間生まれたばかりで、まだ十になるかならないかぐらいの筈だ。
「随分歳の離れた弟がいたな」
「母が最後の約束で残した、大事な大事な【青】の跡取りだ。
でも、それも変わりそうだ。朱があの子の価値をわかれば私は祝福しよう」
何故か俺を良く視て、少し考え込んでから口を開いた。
「…あの子を大切にしてくれるなら」
そう言うな否や女は俺の額に何かを刻み、それに口づけをした。
「な?!」
再び笑う女。
「【blank】を与えた。『運命』は自分で掴むものだよ。それじゃあね。」
俺が珍しく驚き戸惑っている様に「お前でもそんな顔をするんだ」と笑う。
「おい!フレイヤお前は何を…」
「次に会うときはお前に恩を返しにくる。伴侶も共に挨拶に来よう」
俺の言葉を無視して女は悠々と歩き出した。
「それから【青】には注意しろ!
私の呪いもそうだが、今の実家は良くないものが多すぎる。」
そう言って手を振りながら去っていった。
額に手をあて確認する。
魔術的な加護を与えられたようだが…
あいつに口づけされたそこには、【秘印】が刻まれている。
「よくわからぬなあやつは。それにしても『運命』か…」
母や父の様に結ばれる【運命】の番を俺たち鬼族は求める。
αでも、Ωでもそれは変らぬ。
だが、俺はどちらかわからぬ。
だから選べないし選ばない。
ありえないほどに成熟が遅く、未だに性別すら分かっていない俺にとって、そんなものは現実味のないものだ。
「とりあえず、腹と欲を満たしに行くか」
囲っている奴らのもとに急ぎ帰ることにする。
この調子だと、いつもより壊しそうだし、潰しそうだ。
「また母上に叱られるやもしれぬな……」
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