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二章 あいつの存在が災厄
朱と父と母 弐
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───まだとても幼く父と母の作った【域】に居た頃だ。
そこは俺の部屋丸々一つを、俺を封じ閉じ込める場所としていた。
産まれ落ちたそのときから『 』に呪いを受けた俺は、生まれてからずっと過ごした狭くてつまらないそこに飽きていた。
俺を出来る限り縛らずに育てる。
そのことに最後まで母と……父も頑張っていたらしい。
だが、それもこの頃には破綻が見えていた。
そろそろ俺を外に出すべきかを両親は悩んでいた。
俺に縛りを与え外に出すか?
限界になるまでそこに俺を封じるか?
そんな決断を迫られていた。
その頃の俺の世界は父と母の作った、狭い【域】が全て。
父と母、それに乳母である茨木の母しか自分には存在しなかった。
今からは想像もつかないほどに父母は俺に甘く優しかった。
それは俺の憧れであり、常に飢え渇いていた俺が最も欲した肉と血だった。
父は長く艷やかな漆黒の髪を一つに結い、着物の袖から出たしなやかな筋肉につつまれた、腕や脚などにまで母の【華】を咲かせていた。
成長し切った今の俺よりも大きく逞しい肉体は若々しく、人族の二十半ばの若者にしか見えぬ。
鬼のαで随一の雄々しい美しさを持つ父は、俺や母とは違いとてもαらしい顔貌の男だ。
母は父に愛された痕が常に残る、その抜けるくらいに白い肌を着物で隠していた。
それでも時には袖から出た腕や脚にまでそれが出ていたものだ。
銀髪に銀目は俺のお姫様と同じで、俺の左目は母からのもの。
性別や年齢すらわからないまでに超越した美貌。
容貌に優れた鬼のΩの中でも母ほどの美しいものは見たことなどない。
お姫様も方向性は違うが、きっと鬼のΩ中でも母並みに美しくなることだろう。
成長した今の俺もそれを褒めそやされるが、母の様な『弱く(見え)、儚く(見え)、美しい(そこは違わない)』そんなものを俺は持たぬ。
Ωらしい儚い美しさと色香を母は持つ。
体格やαの力を父から、
美貌やΩの力を母から俺は受け継いだ。
『若様はいつまで経ってもオスなのかメスなのか分からない』
俺はそう言われていた。
旧きものからは気味悪がられてさえいた。
美しいが母譲りの耳長のようなどちらにも見える顔に、父譲りの逞しい体。
その釣り合いの取れぬ不安定で不思議な容色は俺の悩みであった。
それでも俺の持つ【華】の薫りや、父譲りの力と母譲りの美貌にヒトは狂い、俺を求めた。
◆
月に数度ある父と母が共に来る日。
力加減を気にせず遊べるその日がいつも楽しみだった。
「ちちうえこれはあきた」
「そうか…お前は以前来たときは好んでいたが?」
この頃は今とは違い、俺を見る俺の右目と同じ金色の瞳は柔らかく優しかった。
母にしか興味がないあの父は意外と子を可愛がる。
幼い頃はあの糞親父としか呼べない現在とは大違いだった。
弱くて、小さくて、可愛いものを鬼のαは好むからだろうか?
「いまはちがう!」
その日は俺の力に耐えられる父に全身で不満を表し暴れていた。
父が来た時しか俺は思い切り遊ぶことが出来なかった。
この頃既に俺に敵う力を持つものはおらず、父ですら癇癪を起こして暴れる俺を、なかなか止められなかった。
「つの。おれとちがう…」
遊びに飽きた俺は胡座をかいて座り、俺の相手をしている大きな父の、俺たち鬼の急所のひとつでもある、立派な角を掴み引っ張った。
俺のあり得ない行動にも父は動じず、笑いながら母に話しかけた。
「ハハ…俺の最愛の姫、赫夜よ。これはやんちゃでかなわんな」
父はそれほど雄弁ではないが、母と俺にはよく話をしてくれた。
父の側近などは必要なことすらも喋らず無口すぎる事に、悩んでいるとどうにかならぬものかと、俺にすら愚痴を零しているが…
父は万事を適当に済ませてなんとかしようとしている。
欲求をそれで抑えているらしいが、俺はどうかと思う。
「ちちうえのはおおきい。おれのもおおきくなるのか?」
自分の角と父の角を交互に触るが、自分のものはまだまだ小さく柔らかかった。
この頃は父の角を触ることなども許されていた。
思い返してみれば恐ろしいことをしていたと思う。
「旦那様!大丈夫ですか?!」
「大事ないゆえ気にするな」
「朱!それはなりませんと私は何度も言いましたね?」
「構わん。俺は平気だ」
「いいえ、旦那様それではこの子によくありません。
朱!いけません。それはとても痛いことなのですよ」
母が父を窘め俺を叱る。
「いたい?なんだそれ???」
「それにお前も自分のものをそんなに触ってはなりません!」
「なんで?」
「お前の角は柔らかいでしょう?」
「やわらかい!」
「触りすぎておかしな形になっては後々困りますよ」
「おかしい…へん……」
肩車をしてもらいその際に父の角を掴むのが好きだった俺は、以前から母にそのことで幾度も叱られていた。
俺や父には分からぬが…かなり痛いらしい。
そういえば発情期を明けてすぐの俺のお姫様が角を折ろうとして、それを慌てて止めた。
あれは良くない。
その衝撃で死ぬこともあるらしいので流石に焦った。
その事をよくわからぬ俺と父は母にさらに叱られる。
「姫よそこまで叱らずともよい。この子も俺に会いはしゃいでおるだけだ」
「いいえ旦那様!この子は痛みを知りません。これは良くありません」
「この間叱り、仕置きした際も平気な顔をしておったな…
俺もそれほど痛みは感じぬ質だが、朱のそれは確かに酷いかもしれぬ」
俺の異常な体質などからくる行動などを心配して叱る母。
それを呆れたように話して、少し考え込む父。
「いたみ???」
俺は昔から体を半分以上消されても痛みなんてほぼ感じない。
これでは他者に対する労りのようなものなど分かるはずもなかった。
少し前にも暴れて乳母と母に大怪我をさせていた。
その際、癇癪を起こして放った言葉は両親の【域】を破り、強い呪いとなり一族に禍を振りまいた。
「感じぬものを理解しろというのは難しいかもしれぬ」
「どういたしましょうか?困りましたね…」
色々と他のものとは違いすぎる俺に両親は困惑していた。
大きな父に憧れがあった俺は尚も父の角をぺたぺたと触る。
「うん?どうした朱。俺の角がそんなに好きか?」
「どうしたらおおきくなる?おおきくなったらそとにでれるのか?」
あまりにも執拗に角を触り、そのうえ父母の嫌な質問をする俺に父は困る。
そんな時はいつも俺を抱き上げ、高い高いをしていた。
「……お前も大きくなれば、今は小さなその角もいずれ俺の様になろう」
「これはいやだ!」
「お前の好きな肩車をしてやろうか?」
「それもあきた!」
今では滅多に見せない笑顔でそんなふうに言いながら俺をあやすが、その日は俺の機嫌の悪さに手こずっていた。
「ならば何が良い?」
「もっとちがうことがいい!!」
以前は好んでいたそれらも含め、その日は全てが気に入らなかった。
「おれはそとにでたい!なんでだめなんだ?」
父はいつも俺の投げかけるこの問いには、決して答えてくれなかった。
その事に俺は怒り、暴れ、逞しい父の胸に両手を拳にして、力まかせにぼかぼかと何度も殴りつける。
だが、びくともしない。
これも父以外なら原形など無くなるほどに潰してしまうような行いだ。
「朱。お前もなかなか強くなってきたな」
「ちちうえはこわれない!!」
「…………そうか」
父と遊ぶことで一番嬉しかったことはこれだ。
他のものは俺には壊れやすく脆すぎた。
「この前のように二度と母には俺にしているようなことをしてはならん。絶対にだ」
「…しない」
少し前に癇癪で母を傷つけ、父にこっぴどく叱られ、折檻されたことを思い出した俺は、頬を膨らませ拗ねた。
されているような抱っこも、六尺九寸(約209cm)以上もある背の高い父の肩車も、高い高いから放り投げられるのも。
以前は好んでいたが、その日は全てが気に入らず腹を立てていた。
少し前に暴れた際に空腹から母をかなり喰らった。
そのことでより強くなった力。
それからから来る欲求が関係していたのかもしれぬ。
あの頃はそういった不満も、思いつけばすぐに周りにぶつけていた。
「母に似た美しい顔をしているのだから、その様な顔をするな」
男にも女にも見える俺のこの顔は母譲りだ。
今ではかなり違うようになったが、この頃は母によく似ていたらしい。
あの父は俺が母に似ていることをとても喜んでいた。
成長するにつれて違うようになり、今のような態度になったが。
「ちちうえはおれのかおがすきなのか?」
「…朱よ、美しく強いお前を好ましく思わぬものはおらぬ。
父の力、母の美貌、全てのものを魅了するものがお前にはある。
今でさえこの状態だ、成長した時にどうなることか…俺はそれが心配でならぬ」
今の父からは想像もつかない言葉がこの頃はよく出ていた。
それにこの頃はよく話してくれた。
「おれは魂がすきだ」
「お前には母譲りの眼もあるゆえ視えるのか?」
この頃から既に俺は強い魂の色を好んだ。
父に母、乳母など強く美しい魂の者しか周りにいなかった。
それも影響したかと思う。
「ちちうえもははうえもつよいあかだ!」
「…そうか」
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