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三章 遂に禍の神にまで昇華される
望まぬことはさせたくない。お前に負担もかかるものだから構わん。
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ご覧頂きありがとうございます。
巣作りを書きたかったのですが、常に百合の側に朱点がいるので無理でした。
───────────
それでね…あいつは【酒呑童子】の名が付いてしまってから、酒も飲むようになったんだけれど、それに付き合って飲んでいた時に私は度々やらかしてしいたんだ。
《酒に酔っ払って色々とやってしまうことは誰でもある。》
百合は全くの下戸ではないんだけれど、どうもよろしくない酔い方をするみたいでね。良く叱られたよ。
あの時は飲まないと告白できなかったから仕方なかったけれど。
《えぇ?!おまえが?それは…なんて可哀相なんでしょう。》
《あちらではライスワインが殆どだったんだよね?》
《シュテンにもうちのものを飲ませてやりたいね。》
そうだよ、ママ。とっても弱かったんだ。
陽ノ本酒と言っていたよ、パパ。
それから緋の国、アルフヘイムでは『蜜酒』が好まれていて、エルフ族はそれがないと死んじゃうんだ。文字通り命の酒だった。
色々と思い出すから蜜酒を飲むのだけは控えているけど、あれも好きだよ。
あれからしばらくは『ならん!』とか言われて絶対に飲ませなかったから、あいつが孕ませようと画策していたのは確かだ。
あんなに優しいこと言っていたのに…思いだしたら腹が立ってきた!
《まぁ…色々とあってもそれを受け入れるくらいには愛があったんだろう?》
そうだけどね…あいつのワガママは酷いよ、ホント。
でも、なんだか許しちゃうんだよね。
ねぇみんな…今日はあいつの誕生日だから、いつもみたいにお祝いに乾杯したい。いいかな?
《《#勿論__Bien sûr.__#》》
《グラスをもう一つ持ってきてくれるかしら?》
《かしこまりました奥様。》
《お持ちしました。》
わざわざあいつの分まで置いてくれてありがとう。
《よろしくてよ。》
《揃ったね?ではみんな……》
《《《《#乾杯!__Cincin!__##誕生日おめでとう!__Joyeux anniversaire!__#》》》》
(おめでとう朱。こうやってお祝いしかできないけれど、今の言葉がお前に届きますように。
黒…お前にも先日こんなふうにボトルを開けてお祝いしたけど、今日はお前たちふたりにお祝いの言葉を贈るよ。)
◇◇◇
気怠い気分で目が覚める。
【域】の中で朱天の部屋だが、閨の中ではない。
(う、痛ッ!うわぁ…これはやだなぁ…)
頭がすごく痛い
(…宿酔いみたいだ。気持ち悪くはないけど頭痛が酷いな。)
どうやら飲みすぎたらしい。
(…散々盛って好きに抱いてくれたみたいだ。)
体もとても怠い。
(これも血をもらったら消えそうだけど、結構噛まれてるな…あいつの噛み癖は酷いな!
それにしても飲んでヤッた時はなんでこんなに噛むんだ?
僕が嗜虐趣味みたいなことを話すけど、あいつは僕を『喰いたい』って良く言ってるしなぁ…)
未だ裸の自分の肌にはあいつに愛された痕がまだ残っている。
前の発情期の時に綱や茨木に見られた事があって、ふたりとも物凄い顔していたから、僕らはちょっとおかしいのかもしれない。
(食べながらするのって、義父母と僕らくらいしか無理だからね。)
いつものことだがあいつはほんとに絶倫過ぎて呆れてしまう。
でもそんなところも好きで思い出したら胎の奥が疼く感じがする。
前回から三月程になる。もう間もなく発情期も来るだろう。
(あいつも昨日、匂いを嗅いでそろそろって言ってたな。)
寝ている間に湯にでも入れられたのか体はきれいに清められ、髪には少し水気が残っている。
見れば朱天が僕の髪に薔薇の香油を馴染ませ丁寧に櫛っている。
(なんだ湯殿から帰ってきたところか。)
どうやら今は乾かしながら丁寧に手入れをされているみたいだ。
目覚めた僕に気が付き話しかけてきた。
「お姫様、目が覚めたか?もう少しかかるからじっとしていろ。」
起き抜けで宿酔いの頭でもこいつの顔は相変わらずありえない美形だなと思う。
美しく妖艶な者が多い鬼の中でも随一のこいつは、どんなことをしていてもそれは崩れることがなく、どんな卑猥なことを言っても許してしまえるくらいに僕好み。
(こいつの番になって良かったのはこの顔を毎日見れることだな。)
それにしても常より増してこいつが綺麗で愛しく思えている。
どうやら発情期が本当に近いみたいだ。
「おはよう朱天…いつもありがとうな。」
「お姫様を大事にしての世話を焼くのは、番である俺の役目で当たり前だ。」
事も無げに話しながら、僕の髪を大事な壊れ物のように大切に手入れし乾かしていく。
「腹は減っているか?俺を飲むか?」
「いや…すっごく頭が痛いから今はいい。」
毎日の事だがこんなふうにいつも世話を焼き僕を甘やかす。
食事を与えるのも、美しく着飾らせるのも、髪を美しく保つのも、体を重ね愛を与えるのも、そしてその後清めるのも。
すべてを管理したがるがそれに心地よさを感じている。
(こいつにこうやって磨かれている時間も好きだ。)
鬼のΩの髪の長さは寵愛度合いに比例すると言っても良い。
義母が良い例だ。
あんなふうに床に引きずるほどに長いのは面倒ではあるが、僕も似たような長さになってきた。
「今日は宿酔いが酷いからこのあとは横になっているよ。」
「そうか。それにしても薫りが濃くなってきている。
もう少ししたら発情期に入りそうだ。
俺はこの後、黒を連れ狩りに行くが早まる様なら呼べ。」
「お前の大事な務めだし、いつも手伝えなくてゴメン。黒の事をよろしくな。」
「すまんな。最近、頓にろくでもないものが増えている。許せ。」
僕の髪を乾かしながら今日の予定などを告げた。
番やその眷属などが手入れしているというのがひと目でわかる、そんな長く美しい髪はΩの誇りでもある。
僕としては動きにくいからもう少し短くしたい。
暴れん坊で物凄かった母も嫁いでからは長く伸ばしたらしい。
流石にこれだけは妃としての体裁もあるし、こいつも僕の髪が好きで手入れもしっかりしてくれるから伸ばしている。
(初めの頃はお義母様と似た色で好きとか言ってたから、ほんとマザコンが過ぎて腹が立ったなぁ。)
毎日手入れされた髪の輝きは今では全然違う。
黒を生んだ今の僕には息子にそう言われると嬉しいから許せてしまう。
義母のことをとても大事にしている優しいところも好きだ。
義父とも喧嘩をするが最近は黒の為もあって、関係も改善され父上って呼ぶようにもなった。
(…黒の前でだけだけど。)
それにまだ偶にあの凄い折檻もされている。
嫁いだ先の家族を大切に思っている。
義父母も前は恐ろしかったり怖かったが、今では結構甘えている。
僕の家族は姉以外はクソだから余計に良く思えるだけかもしれないが。
こいつが腰までとオスにしては長く伸ばしているのは、どちらか分からなかった頃の名残と義母がそれを好んだからだそうだ。
αや性別の確定していない子供は精々、纏められる長さくらいまでしか伸ばさない。
面倒だからと結わずにいつも適当に流しているが、鮮やかな朱い髪が踊るのが僕は好きで、長さも出会った当初からそのままにさせている。
(派手な赤毛だけどこいつによく似合うしキレイなんだよね。)
その代わりにこいつの髪は僕が毎日梳り整えている。
因みに僕は百合の香油で手入れしてやる。
鬼の番を縛る愛は凄い。
今はそれが嬉しくて楽しくて仕方ない。
(でも、今日は無理だ。ごめん。)
こんなところも鬼の番同士の束縛愛の表れと他種族からは言われている。
【華】を持たない世代はわからないが、こういったことの為に子が生まれたら、その子の持つ花を育てる。
上位の鬼の家ではみんなやっていることだ。
顕現などさせて年中咲かせるのは、義母やこいつや僕くらいしかできる者は鬼にはいない。
その為、年中咲かす事が出来ないから香油を用意出来ないものも多い。
常に番の薫りを纏うのは身分が高く、番との仲の良い証だ。
僕の家には僕の庭白百合、姉の赤薔薇、父の錦百合(ヒヤシンス)、そして…母の牡丹がある。
後添えと異母弟、祖父母のものが無いのが不思議だが、それだけはちゃんと守る父を悪く思うことができない。
漸く手入れが終わったのか、僕の前に座ったこいつが薬湯を出してくれた。
こいつには必要のないこういった薬なんかも、いつの間にか調べて煎じてくれる様になった。
これは宿酔いによく効いて飲んで一眠りしたら治るものだかクソ不味い。
(色も緑色で臭いからこの見た目から受け付けないんだよな…)
「お姫様、これを飲め。全くお前は酒ぐせが本当に悪い。覚えているか?」
少し呆れた物言いだが、その表情はとても優しくて
頭を撫でて僕を労ってくれる。
「お前が僕を可愛がってくれたところまでは…
子どものことだけど、ワガママ言ってごめん。」
「望まぬことはさせたくない。お前に負担もかかるものだから構わん。」
ぽんぽんと僕の頭を軽く叩く様に撫でた。
そして僕を見てにっこりと笑う。
この世の誰よりも僕を愛しそうに見てくれる金と銀の瞳。
整った形の唇からは恥ずかしくらいの愛の言葉をいつも囁く。
(……卑猥な事も沢山言うけど。)
落ち着いた抑揚の声にも安心する。
今日も僕の夫は最高に格好良い。
流石に今では見慣れたけれど、それでも時々その顔や体などにどきどきする時がある。
嫁の欲目というものもあるだろうが、本当に美しくて優しくて最高のオスだ。
子どもの父親としても可愛がるし、ちょっとおかしい感覚が玉に瑕だけれど、教育もしっかりしている。
(こう言ってくれるこいつに僕は本当にありがたく思う反面、申し訳なくて苦しくなる。)
それに子を成すことは妃の務めでもある。
その身分による生活を享受するなら役目も果たさなければいけない。
こいつは僕に甘くてなんでも言うことを聞いてくれる。
気ままに色々とすることはあるが、それは主に閨でのことだし、普段は僕が生意気でワガママなお姫様だ。
欲しく無いわけではない。
寧ろこいつが望むだけ与えたいし、僕も欲しい。
僕のお腹に毎日出されるこいつの種。
それが根付いて育つのは苦しいけど結構幸せだった。
(毎年のようにポンポン産むのは流石に勘弁だけれど。)
義父母からも四色の魂の御子を産んでほしいとそう頼まれている。
最終的に【四家】に行かせると決まっている皇子や皇女だが、大きくなるまでは手元で育てる。
この皇宮で沢山のものに愛されて育つであろう子どもたち。
その姿を早く見たい。
黒は義父に似過ぎなくらい似ている【黒】の魂の持ち主でとても強い。
鬼のαとしても立派に育ってきた。
次代の鬼族を率いる者としてしっかりしてきたあの子は本当にかわいい。
小さい頃は色々ありすぎて可哀想にあまり面倒を見れなかった時期もあった。
そのことは本当に申し訳なかったけれど、次の子はちゃんとこいつとふたりでいろんな成長を見てやりたい。
もちろんあの子も弟や妹を可愛がるだろう。
みんなで仲良く暮らす…そんな未来を本当は楽しみにしている。
僕に似たΩの子なんかは可哀想だけれど…
でも、こいつはきっとどんな子でも可愛がってくれると思う。
けれどどうしようもない不安に苛まれる。
僕が身籠っているときに誰かを噛んだら?
お腹の子が僕に似たΩらしくないΩの子だったら?
力も弱い、名も持てない、そんな変な子が生まれたら?
そんなありもしないことや変なことなどを考えてしまう。
(こいつの貞操は僕が呪いで縛っている。そんなことは絶対に起こるはずがないのに!)
何故かしばしばそれを忘れて不安になり、皇宮に居る女やΩや男にαの匂いに嫉妬する。
そして呪詛を使おうとするのだ。
朱天が僕の肩をポンと叩き、意識を戻させる。
軽く【呪】も使ったみたいだがなんだろうか?
真剣な表情をして僕を見つめる朱天。
細めた目には力の証が浮かんでいる。
「…他に何か気分が悪かったりおかしければ言え。」
こいつは最近僕の前で何かを祓う動作をよくする。
何かわからないがまた良くないものでも入り込んでいるのだろうか?
「え、うん?わかった。」
この頃の僕は本当におかしい。
今みたいに頭に靄がかかりぼうっとして、こいつに近寄るもの全てに嫉妬する。
以前こいつの『囲っていたやつら』にも軽い呪いを飛ばそうとしたくらいだ。
それも僕があまり得意でない鬼の呪詛を。
(簡単にこいつに止められて「お姫様を嫉妬させる程に放っておいたか?」なんて言われ閨に連れ込まれたけど。)
やつらは既に下賜されたりしてもう嫁いでいたり、義父の後宮にいるというのに。
そのくせなぜか長く愛人をしていた茨木に対しては何も思わない。
これもすごく不思議だ。
(こいつが「あれとの縁は永遠に切れた」とか気まずそうな顔で、不思議なことを言ったけどわからないな。)
最近の自分のおかしすぎる行動と思考に参っている。
そんなことを不安に思い昨夜こいつに相談した。
よく話し合うこと。
【交心】ではなくちゃんと言葉を交わして。
これもあの時からなるべく守っている。
こいつと僕の時は長い。
終わりなんてない。
幸いにも僕らの周りには同じような者がいる。
僕を心配する母代わりの姉は僕と同じ様な立場だ。
可愛がってくれている義母もいつもお菓子を持ってきて相談に乗ってくれる。
義姉や義父もみんな僕らを暖かく見守ってくれている。
実の父や祖父母は酷いけど、嫁いだ先では本当に良くしてもらっている。
だから僕も頑張ってこれを乗り越えなければいけない。
昨夜は僕の姉曰く、母からの成人祝という特別な蜜酒…『クヴァシルの血』を飲んで、こいつに僕の不安と悩みを話した。
実家のクソみたいなやつらのこと。
やつらが黒とこいつを狙っていること。
僕を妊娠中に父に裏切られ壮絶な最期を迎えた母のこと。
その結果生まれた僕も全くΩらしくなかったこと。
そのことをずっと言われて気にしていること。
そんないろいろが本当に怖くて苦しくて仕方がない。
発情期も間近で情緒も不安定だからなのだろうか?
今まで見ないふりをして我慢していたものが出てきたんだろうか?
「百合、俺は黒を連れて狩りに行く。
起きるなら着るものは支度部屋の姿見のそばに出してある。」
考え込む僕に声をかけるこいつ。
見れば支度も済んで外に行く格好をしている。
いつもは手伝うのに一人でさせてしまった。
「うん、行ってらっしゃい。」
抱きつき見送りの言葉をかける。
「ハハ…発情期が近いからかお姫様は素直で甘えただな。
こういうのも好い。愛いぞ。」
そんなことを言って笑って僕を抱きしめ返してくれる。
優しく背中に回される腕には僕の【庭白百合】が今日も咲いている。
胸に顔を埋めると薫る大好きなこいつの匂い。
今では僕だけにしかわからないこの香り。
発情期はそれを嗅ぐだけで欲情して濡れてきたりする。
なぜか今回は既にそんなふうになっている僕の体。
(少し早すぎる気がする…これもおかしい。
僕はこんなに淫乱じゃない…エロいお姫様だけど。)
そんな僕のおかしな様子にいち早く気がついたのか、心配そうに尋ねてきた。
「今すぐに俺が欲しいのか?ならば狩りは従者に任せて籠もるが?」
そんなことでこいつが大事にしている黒の教育と触れ合いを奪いたくない。
「流石にそれくらいは待てるから。
帰ってきたら昂ぶったお前がたくさん可愛がって。」
さらにぎゅうと抱きしめてこいつの耳元で囁いてやる。
「ね、旦那様…待ってるから。」
ゴクリと喉の鳴る音がした。
(ヤバいかな?)
「帰ってきたら僕に飲ませて、それから僕にお前のでっかいソレを食べさせて…」
(あ、ちょっと元気になってる…大丈夫か?)
少し煽りすぎたかもしれないが今の僕は相当にきてるみたいだ。
頭の中がそういうものに支配されかかっている。
衝動を抑える時の苦しそうな顔を一瞬したが、すぐに切り替え『神』の顔を見せる。
「早々に済ませ戻るが無理はするな。限界になる前に俺を呼べ。」
頭に続き背中もポンポンと叩かれる。
子供の様な扱いをするこいつ。
(こういった自らのするべき事はきちんと守るところも好きだ。)
昂りを覚えたらしいこいつが心配になったがどうにか抑えたらしい。
(最近は我慢も覚えてくれた。)
代わりに強く言い含める調子で僕に話す。
「四天王は綱しか側に置くな!他は庭や別の部屋に置け!」
「もう!旦那様ったら相変わらずですね。
嫁は大変貞淑にございますからご安心ください。」
おどけて外向きの態度で話して笑いかける。
こいつの前での僕はいつまで経っても子供みたいに振る舞ってしまう。
それに対してため息を吐いたあと、妖艶な笑みを浮かべ
「紫…俺の大切なお姫様。すぐに戻る。」
そう言うと僕の耳を咬んで出ていった。
「ぇ?!ぁ、ん…」
(もう!こういうときにいつもイジワルして!)
甘い攻撃に悶え真っ赤になり顔に手をやりへたりこむ。
( …あ、痛ッ!)
暴れた為か宿酔いの頭痛がまた出てきた。
再び襲って来た酷い頭痛に降参した僕は…
褥に蹲り、あいつの煎じたそれを手に取る。
緑色の薬湯を前に躊躇するが…
…あいつの出してくれたそれを鼻をつまみ一息に飲む!
(オェッ!う゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛え゛………やっぱりクソ不味い。それに臭い!)
だが、これを飲んで一眠りすればいつもケロリと治るすごいやつなのだ。
あいつは絶対に何が入っているかを教えてくれないが。
薬湯を飲んだ僕はとりあえず横になることにしたがどうにも眠れない。
なぜだかとてつもなく嫌な予感がして不安で落ち着かなくなっていた。
怖くて怖くて仕方がない。
それにとても寂しくて仕方がなくなり、あいつの温もりや薫りが欲しくなってきた。
支度部屋に行き、櫃や行李などをどんどん開けて目当てのものを探す。
より濃く、あいつの匂いのするものを。
僕の安心するあの青薔薇の薫りのものを探す。
整頓されたそれらをぐちゃぐちゃに引っ張り出してそれを探す。
(この朱い衣は僕と初めて会ったときに着ていたものだ。)
(僕を娶ってからしばらくはなぜか黒いものをずっと着ていた。)
(白地に百合の花のものは僕をアルフヘイムに迎えに来たときのもの。)
(紫の色を纏うようになったのは最近のこと…)
そんなふうに思い出しながらどんどん漁る。
どれも大切な思い出の詰まったものばかり。
偶に匂いを嗅いでそれを選別した。
あいつの衣を幾つも出してきて褥に持ち込んだ僕はやっと落ち着いた。
(この中で僕の胎にあいつの種を沢山、たくさん蒔いてもらって、それで…)
気がつけば褥には沢山のあいつの着物。
花瓶に生けていた青薔薇も何故だか散らばっていてなかなか凄いことになっている。
さっきまで裸だった僕はあいつが昨夜着ていた衣を羽織り自身を抱きしめていた。
他にも色んなものをぐしゃぐしゃにしてその中に包まっていた。
それにいつぞやに作った人形も抱えていた。
正直、丁寧に作られた巣とは言い難い。
ただ積んで盛り上げただけのそれ。
生まれてからずっと傅かれる生活してきた僕には、これが限界なのかもしれない。
(服はなんとか着れるけれど、他は全然ダメダメだしね。)
でも僕はそれを見て幸せになり、あいつの帰還を心待ちにしていた。
早く僕の胎にそれを注いで欲しい。
そんな欲求がこれを作り上げた。
(これも巣作りというのだろうか?)
あいつの匂いを嗅ぐと落ち着いてくる。
いつも一緒だから、今までこんなことはしたことがなかった。
発情期が来そうなときからいつも一緒にいてくれた。
アルフヘイムでは人形を抱きしめていたがあいつの声がずっと聴こえた。
僕にとってあいつとの出会いは災難だったけれど、悪いことばかりじゃなかった。
価値観を大きく変えられ、恋も愛も経験して可愛い子も授かって、欲しかった家族も手に入れた。
「 今回の発情期は無理だけど、次かその次にはお前の子を宿したいと思っているよ…朱。」
ひょっとしたら届くかもしれないこんな呟きをした。
漸く安心した僕は疲れを覚え、あいつが帰るまでこの中で寝ようかと思った。
その時…
【域】にシャンと無数の鈴が鳴るようなそんな音がした。
部屋の外に控えていた従者たちが慌ただしく動き報告する。
「姫様、【青】のご当主…御父君がいらっしゃいました。」
部屋に知らせに来た従者の声でも来客が来たことを知る。
いつも僕に会う前に必ず先触れとして文を寄越す父が急に訪れるなんて珍しかった。
それも僕の発情期の直前に。
なぜだろう?
この【域】には僕やあいつの許可なしには入れない。
父が来るのはなんだかんだでいつも嬉しかった。
だから彼は受け入れるように結界の入り口も開けていた。
でも、今日は嫌な予感がする…
おぞましい何かがひたひたと近寄るようなそんな気持ち悪さもある。
「百合…お前、大丈夫か?断るか?
あの方にめっちゃ言い含められてたし、何にせよ先に旦那サマに連絡するわ。」
心配そうにしている綱。
なぜか父の来訪を断れない。
それに従わなければいけないという何かが働いた。
あいつに僕から連絡する気も起きない。
だが、出ていく際にあいつは綱に言い置いていたらしい。
手下のゲンジに声をかけ、あいつに繋ぎを入れている。
操られているかのようなそんな動作で僕は外向きの自分を作り、従者に命じる。
「私の部屋に通しなさい。すぐに参ります。」
「っ姫!……はぁ、畏まりました。」
様子のおかしい僕に綱は寄ってきて、何かを切る様な動作をした。
瞬時に頭の靄が晴れてきた。
勝手に動く体も止まる。
「俺も同席する。ヤバくなったら無理やり下がらせるからな。
支度…手伝おうか?」
「ありがとう蒼。でも大丈夫だから。」
「ま、無理なら親父さんは追い返すから言えよ!」
客人を迎えるために部屋を退出する綱を見送った僕は頭を切り替え、あいつが用意してくれていた朱地に金糸や銀糸で薔薇を描かれたものではなく、
褥に散乱している中であいつの匂いの一番濃い、僕の紫と銀糸で庭白百合の描かれた衣を纏い、父に会うことにした。
◇◇◇
驚くことに私が巣作りをしたのは数回しかないんだ。
《まぁどうしてかしら?!わたくしはちゃんと読んで勉強しましたが、それはおかしくなくて?
オメガはアルファの種を貰う準備の為に、巣作りをしてヒート期間は籠もると……》
うぇッ?!ママ?!読んだの!!
《わたくしの通ったスイスのフィニッシングスクールではその…そういう本もありましたのよ。
オメガバースについては最近知りましたから本を取り寄せて見ました。》
《わたくしたちも存じておりますお嬢様。》
《《《エエッ?!》》》
へ、へーソウナンデスカー(僕も行かされかけたあそこが、まさかそんなところだったとは…)
《お嬢様、なかなか奥深い世界でございますね。愛、運命…番とは素晴らしゅうございます!》
(うちの執事のセバスティアンもホントなんで読んでんの!!吃驚するよ!!!)
《シュテン様のリス様への愛をもっとお聞かせください!》
え…あ、うん。
(そういえばうちのみんなは愛とか恋とかそういう話大好きだった…)
巣作りを書きたかったのですが、常に百合の側に朱点がいるので無理でした。
───────────
それでね…あいつは【酒呑童子】の名が付いてしまってから、酒も飲むようになったんだけれど、それに付き合って飲んでいた時に私は度々やらかしてしいたんだ。
《酒に酔っ払って色々とやってしまうことは誰でもある。》
百合は全くの下戸ではないんだけれど、どうもよろしくない酔い方をするみたいでね。良く叱られたよ。
あの時は飲まないと告白できなかったから仕方なかったけれど。
《えぇ?!おまえが?それは…なんて可哀相なんでしょう。》
《あちらではライスワインが殆どだったんだよね?》
《シュテンにもうちのものを飲ませてやりたいね。》
そうだよ、ママ。とっても弱かったんだ。
陽ノ本酒と言っていたよ、パパ。
それから緋の国、アルフヘイムでは『蜜酒』が好まれていて、エルフ族はそれがないと死んじゃうんだ。文字通り命の酒だった。
色々と思い出すから蜜酒を飲むのだけは控えているけど、あれも好きだよ。
あれからしばらくは『ならん!』とか言われて絶対に飲ませなかったから、あいつが孕ませようと画策していたのは確かだ。
あんなに優しいこと言っていたのに…思いだしたら腹が立ってきた!
《まぁ…色々とあってもそれを受け入れるくらいには愛があったんだろう?》
そうだけどね…あいつのワガママは酷いよ、ホント。
でも、なんだか許しちゃうんだよね。
ねぇみんな…今日はあいつの誕生日だから、いつもみたいにお祝いに乾杯したい。いいかな?
《《#勿論__Bien sûr.__#》》
《グラスをもう一つ持ってきてくれるかしら?》
《かしこまりました奥様。》
《お持ちしました。》
わざわざあいつの分まで置いてくれてありがとう。
《よろしくてよ。》
《揃ったね?ではみんな……》
《《《《#乾杯!__Cincin!__##誕生日おめでとう!__Joyeux anniversaire!__#》》》》
(おめでとう朱。こうやってお祝いしかできないけれど、今の言葉がお前に届きますように。
黒…お前にも先日こんなふうにボトルを開けてお祝いしたけど、今日はお前たちふたりにお祝いの言葉を贈るよ。)
◇◇◇
気怠い気分で目が覚める。
【域】の中で朱天の部屋だが、閨の中ではない。
(う、痛ッ!うわぁ…これはやだなぁ…)
頭がすごく痛い
(…宿酔いみたいだ。気持ち悪くはないけど頭痛が酷いな。)
どうやら飲みすぎたらしい。
(…散々盛って好きに抱いてくれたみたいだ。)
体もとても怠い。
(これも血をもらったら消えそうだけど、結構噛まれてるな…あいつの噛み癖は酷いな!
それにしても飲んでヤッた時はなんでこんなに噛むんだ?
僕が嗜虐趣味みたいなことを話すけど、あいつは僕を『喰いたい』って良く言ってるしなぁ…)
未だ裸の自分の肌にはあいつに愛された痕がまだ残っている。
前の発情期の時に綱や茨木に見られた事があって、ふたりとも物凄い顔していたから、僕らはちょっとおかしいのかもしれない。
(食べながらするのって、義父母と僕らくらいしか無理だからね。)
いつものことだがあいつはほんとに絶倫過ぎて呆れてしまう。
でもそんなところも好きで思い出したら胎の奥が疼く感じがする。
前回から三月程になる。もう間もなく発情期も来るだろう。
(あいつも昨日、匂いを嗅いでそろそろって言ってたな。)
寝ている間に湯にでも入れられたのか体はきれいに清められ、髪には少し水気が残っている。
見れば朱天が僕の髪に薔薇の香油を馴染ませ丁寧に櫛っている。
(なんだ湯殿から帰ってきたところか。)
どうやら今は乾かしながら丁寧に手入れをされているみたいだ。
目覚めた僕に気が付き話しかけてきた。
「お姫様、目が覚めたか?もう少しかかるからじっとしていろ。」
起き抜けで宿酔いの頭でもこいつの顔は相変わらずありえない美形だなと思う。
美しく妖艶な者が多い鬼の中でも随一のこいつは、どんなことをしていてもそれは崩れることがなく、どんな卑猥なことを言っても許してしまえるくらいに僕好み。
(こいつの番になって良かったのはこの顔を毎日見れることだな。)
それにしても常より増してこいつが綺麗で愛しく思えている。
どうやら発情期が本当に近いみたいだ。
「おはよう朱天…いつもありがとうな。」
「お姫様を大事にしての世話を焼くのは、番である俺の役目で当たり前だ。」
事も無げに話しながら、僕の髪を大事な壊れ物のように大切に手入れし乾かしていく。
「腹は減っているか?俺を飲むか?」
「いや…すっごく頭が痛いから今はいい。」
毎日の事だがこんなふうにいつも世話を焼き僕を甘やかす。
食事を与えるのも、美しく着飾らせるのも、髪を美しく保つのも、体を重ね愛を与えるのも、そしてその後清めるのも。
すべてを管理したがるがそれに心地よさを感じている。
(こいつにこうやって磨かれている時間も好きだ。)
鬼のΩの髪の長さは寵愛度合いに比例すると言っても良い。
義母が良い例だ。
あんなふうに床に引きずるほどに長いのは面倒ではあるが、僕も似たような長さになってきた。
「今日は宿酔いが酷いからこのあとは横になっているよ。」
「そうか。それにしても薫りが濃くなってきている。
もう少ししたら発情期に入りそうだ。
俺はこの後、黒を連れ狩りに行くが早まる様なら呼べ。」
「お前の大事な務めだし、いつも手伝えなくてゴメン。黒の事をよろしくな。」
「すまんな。最近、頓にろくでもないものが増えている。許せ。」
僕の髪を乾かしながら今日の予定などを告げた。
番やその眷属などが手入れしているというのがひと目でわかる、そんな長く美しい髪はΩの誇りでもある。
僕としては動きにくいからもう少し短くしたい。
暴れん坊で物凄かった母も嫁いでからは長く伸ばしたらしい。
流石にこれだけは妃としての体裁もあるし、こいつも僕の髪が好きで手入れもしっかりしてくれるから伸ばしている。
(初めの頃はお義母様と似た色で好きとか言ってたから、ほんとマザコンが過ぎて腹が立ったなぁ。)
毎日手入れされた髪の輝きは今では全然違う。
黒を生んだ今の僕には息子にそう言われると嬉しいから許せてしまう。
義母のことをとても大事にしている優しいところも好きだ。
義父とも喧嘩をするが最近は黒の為もあって、関係も改善され父上って呼ぶようにもなった。
(…黒の前でだけだけど。)
それにまだ偶にあの凄い折檻もされている。
嫁いだ先の家族を大切に思っている。
義父母も前は恐ろしかったり怖かったが、今では結構甘えている。
僕の家族は姉以外はクソだから余計に良く思えるだけかもしれないが。
こいつが腰までとオスにしては長く伸ばしているのは、どちらか分からなかった頃の名残と義母がそれを好んだからだそうだ。
αや性別の確定していない子供は精々、纏められる長さくらいまでしか伸ばさない。
面倒だからと結わずにいつも適当に流しているが、鮮やかな朱い髪が踊るのが僕は好きで、長さも出会った当初からそのままにさせている。
(派手な赤毛だけどこいつによく似合うしキレイなんだよね。)
その代わりにこいつの髪は僕が毎日梳り整えている。
因みに僕は百合の香油で手入れしてやる。
鬼の番を縛る愛は凄い。
今はそれが嬉しくて楽しくて仕方ない。
(でも、今日は無理だ。ごめん。)
こんなところも鬼の番同士の束縛愛の表れと他種族からは言われている。
【華】を持たない世代はわからないが、こういったことの為に子が生まれたら、その子の持つ花を育てる。
上位の鬼の家ではみんなやっていることだ。
顕現などさせて年中咲かせるのは、義母やこいつや僕くらいしかできる者は鬼にはいない。
その為、年中咲かす事が出来ないから香油を用意出来ないものも多い。
常に番の薫りを纏うのは身分が高く、番との仲の良い証だ。
僕の家には僕の庭白百合、姉の赤薔薇、父の錦百合(ヒヤシンス)、そして…母の牡丹がある。
後添えと異母弟、祖父母のものが無いのが不思議だが、それだけはちゃんと守る父を悪く思うことができない。
漸く手入れが終わったのか、僕の前に座ったこいつが薬湯を出してくれた。
こいつには必要のないこういった薬なんかも、いつの間にか調べて煎じてくれる様になった。
これは宿酔いによく効いて飲んで一眠りしたら治るものだかクソ不味い。
(色も緑色で臭いからこの見た目から受け付けないんだよな…)
「お姫様、これを飲め。全くお前は酒ぐせが本当に悪い。覚えているか?」
少し呆れた物言いだが、その表情はとても優しくて
頭を撫でて僕を労ってくれる。
「お前が僕を可愛がってくれたところまでは…
子どものことだけど、ワガママ言ってごめん。」
「望まぬことはさせたくない。お前に負担もかかるものだから構わん。」
ぽんぽんと僕の頭を軽く叩く様に撫でた。
そして僕を見てにっこりと笑う。
この世の誰よりも僕を愛しそうに見てくれる金と銀の瞳。
整った形の唇からは恥ずかしくらいの愛の言葉をいつも囁く。
(……卑猥な事も沢山言うけど。)
落ち着いた抑揚の声にも安心する。
今日も僕の夫は最高に格好良い。
流石に今では見慣れたけれど、それでも時々その顔や体などにどきどきする時がある。
嫁の欲目というものもあるだろうが、本当に美しくて優しくて最高のオスだ。
子どもの父親としても可愛がるし、ちょっとおかしい感覚が玉に瑕だけれど、教育もしっかりしている。
(こう言ってくれるこいつに僕は本当にありがたく思う反面、申し訳なくて苦しくなる。)
それに子を成すことは妃の務めでもある。
その身分による生活を享受するなら役目も果たさなければいけない。
こいつは僕に甘くてなんでも言うことを聞いてくれる。
気ままに色々とすることはあるが、それは主に閨でのことだし、普段は僕が生意気でワガママなお姫様だ。
欲しく無いわけではない。
寧ろこいつが望むだけ与えたいし、僕も欲しい。
僕のお腹に毎日出されるこいつの種。
それが根付いて育つのは苦しいけど結構幸せだった。
(毎年のようにポンポン産むのは流石に勘弁だけれど。)
義父母からも四色の魂の御子を産んでほしいとそう頼まれている。
最終的に【四家】に行かせると決まっている皇子や皇女だが、大きくなるまでは手元で育てる。
この皇宮で沢山のものに愛されて育つであろう子どもたち。
その姿を早く見たい。
黒は義父に似過ぎなくらい似ている【黒】の魂の持ち主でとても強い。
鬼のαとしても立派に育ってきた。
次代の鬼族を率いる者としてしっかりしてきたあの子は本当にかわいい。
小さい頃は色々ありすぎて可哀想にあまり面倒を見れなかった時期もあった。
そのことは本当に申し訳なかったけれど、次の子はちゃんとこいつとふたりでいろんな成長を見てやりたい。
もちろんあの子も弟や妹を可愛がるだろう。
みんなで仲良く暮らす…そんな未来を本当は楽しみにしている。
僕に似たΩの子なんかは可哀想だけれど…
でも、こいつはきっとどんな子でも可愛がってくれると思う。
けれどどうしようもない不安に苛まれる。
僕が身籠っているときに誰かを噛んだら?
お腹の子が僕に似たΩらしくないΩの子だったら?
力も弱い、名も持てない、そんな変な子が生まれたら?
そんなありもしないことや変なことなどを考えてしまう。
(こいつの貞操は僕が呪いで縛っている。そんなことは絶対に起こるはずがないのに!)
何故かしばしばそれを忘れて不安になり、皇宮に居る女やΩや男にαの匂いに嫉妬する。
そして呪詛を使おうとするのだ。
朱天が僕の肩をポンと叩き、意識を戻させる。
軽く【呪】も使ったみたいだがなんだろうか?
真剣な表情をして僕を見つめる朱天。
細めた目には力の証が浮かんでいる。
「…他に何か気分が悪かったりおかしければ言え。」
こいつは最近僕の前で何かを祓う動作をよくする。
何かわからないがまた良くないものでも入り込んでいるのだろうか?
「え、うん?わかった。」
この頃の僕は本当におかしい。
今みたいに頭に靄がかかりぼうっとして、こいつに近寄るもの全てに嫉妬する。
以前こいつの『囲っていたやつら』にも軽い呪いを飛ばそうとしたくらいだ。
それも僕があまり得意でない鬼の呪詛を。
(簡単にこいつに止められて「お姫様を嫉妬させる程に放っておいたか?」なんて言われ閨に連れ込まれたけど。)
やつらは既に下賜されたりしてもう嫁いでいたり、義父の後宮にいるというのに。
そのくせなぜか長く愛人をしていた茨木に対しては何も思わない。
これもすごく不思議だ。
(こいつが「あれとの縁は永遠に切れた」とか気まずそうな顔で、不思議なことを言ったけどわからないな。)
最近の自分のおかしすぎる行動と思考に参っている。
そんなことを不安に思い昨夜こいつに相談した。
よく話し合うこと。
【交心】ではなくちゃんと言葉を交わして。
これもあの時からなるべく守っている。
こいつと僕の時は長い。
終わりなんてない。
幸いにも僕らの周りには同じような者がいる。
僕を心配する母代わりの姉は僕と同じ様な立場だ。
可愛がってくれている義母もいつもお菓子を持ってきて相談に乗ってくれる。
義姉や義父もみんな僕らを暖かく見守ってくれている。
実の父や祖父母は酷いけど、嫁いだ先では本当に良くしてもらっている。
だから僕も頑張ってこれを乗り越えなければいけない。
昨夜は僕の姉曰く、母からの成人祝という特別な蜜酒…『クヴァシルの血』を飲んで、こいつに僕の不安と悩みを話した。
実家のクソみたいなやつらのこと。
やつらが黒とこいつを狙っていること。
僕を妊娠中に父に裏切られ壮絶な最期を迎えた母のこと。
その結果生まれた僕も全くΩらしくなかったこと。
そのことをずっと言われて気にしていること。
そんないろいろが本当に怖くて苦しくて仕方がない。
発情期も間近で情緒も不安定だからなのだろうか?
今まで見ないふりをして我慢していたものが出てきたんだろうか?
「百合、俺は黒を連れて狩りに行く。
起きるなら着るものは支度部屋の姿見のそばに出してある。」
考え込む僕に声をかけるこいつ。
見れば支度も済んで外に行く格好をしている。
いつもは手伝うのに一人でさせてしまった。
「うん、行ってらっしゃい。」
抱きつき見送りの言葉をかける。
「ハハ…発情期が近いからかお姫様は素直で甘えただな。
こういうのも好い。愛いぞ。」
そんなことを言って笑って僕を抱きしめ返してくれる。
優しく背中に回される腕には僕の【庭白百合】が今日も咲いている。
胸に顔を埋めると薫る大好きなこいつの匂い。
今では僕だけにしかわからないこの香り。
発情期はそれを嗅ぐだけで欲情して濡れてきたりする。
なぜか今回は既にそんなふうになっている僕の体。
(少し早すぎる気がする…これもおかしい。
僕はこんなに淫乱じゃない…エロいお姫様だけど。)
そんな僕のおかしな様子にいち早く気がついたのか、心配そうに尋ねてきた。
「今すぐに俺が欲しいのか?ならば狩りは従者に任せて籠もるが?」
そんなことでこいつが大事にしている黒の教育と触れ合いを奪いたくない。
「流石にそれくらいは待てるから。
帰ってきたら昂ぶったお前がたくさん可愛がって。」
さらにぎゅうと抱きしめてこいつの耳元で囁いてやる。
「ね、旦那様…待ってるから。」
ゴクリと喉の鳴る音がした。
(ヤバいかな?)
「帰ってきたら僕に飲ませて、それから僕にお前のでっかいソレを食べさせて…」
(あ、ちょっと元気になってる…大丈夫か?)
少し煽りすぎたかもしれないが今の僕は相当にきてるみたいだ。
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「早々に済ませ戻るが無理はするな。限界になる前に俺を呼べ。」
頭に続き背中もポンポンと叩かれる。
子供の様な扱いをするこいつ。
(こういった自らのするべき事はきちんと守るところも好きだ。)
昂りを覚えたらしいこいつが心配になったがどうにか抑えたらしい。
(最近は我慢も覚えてくれた。)
代わりに強く言い含める調子で僕に話す。
「四天王は綱しか側に置くな!他は庭や別の部屋に置け!」
「もう!旦那様ったら相変わらずですね。
嫁は大変貞淑にございますからご安心ください。」
おどけて外向きの態度で話して笑いかける。
こいつの前での僕はいつまで経っても子供みたいに振る舞ってしまう。
それに対してため息を吐いたあと、妖艶な笑みを浮かべ
「紫…俺の大切なお姫様。すぐに戻る。」
そう言うと僕の耳を咬んで出ていった。
「ぇ?!ぁ、ん…」
(もう!こういうときにいつもイジワルして!)
甘い攻撃に悶え真っ赤になり顔に手をやりへたりこむ。
( …あ、痛ッ!)
暴れた為か宿酔いの頭痛がまた出てきた。
再び襲って来た酷い頭痛に降参した僕は…
褥に蹲り、あいつの煎じたそれを手に取る。
緑色の薬湯を前に躊躇するが…
…あいつの出してくれたそれを鼻をつまみ一息に飲む!
(オェッ!う゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛え゛………やっぱりクソ不味い。それに臭い!)
だが、これを飲んで一眠りすればいつもケロリと治るすごいやつなのだ。
あいつは絶対に何が入っているかを教えてくれないが。
薬湯を飲んだ僕はとりあえず横になることにしたがどうにも眠れない。
なぜだかとてつもなく嫌な予感がして不安で落ち着かなくなっていた。
怖くて怖くて仕方がない。
それにとても寂しくて仕方がなくなり、あいつの温もりや薫りが欲しくなってきた。
支度部屋に行き、櫃や行李などをどんどん開けて目当てのものを探す。
より濃く、あいつの匂いのするものを。
僕の安心するあの青薔薇の薫りのものを探す。
整頓されたそれらをぐちゃぐちゃに引っ張り出してそれを探す。
(この朱い衣は僕と初めて会ったときに着ていたものだ。)
(僕を娶ってからしばらくはなぜか黒いものをずっと着ていた。)
(白地に百合の花のものは僕をアルフヘイムに迎えに来たときのもの。)
(紫の色を纏うようになったのは最近のこと…)
そんなふうに思い出しながらどんどん漁る。
どれも大切な思い出の詰まったものばかり。
偶に匂いを嗅いでそれを選別した。
あいつの衣を幾つも出してきて褥に持ち込んだ僕はやっと落ち着いた。
(この中で僕の胎にあいつの種を沢山、たくさん蒔いてもらって、それで…)
気がつけば褥には沢山のあいつの着物。
花瓶に生けていた青薔薇も何故だか散らばっていてなかなか凄いことになっている。
さっきまで裸だった僕はあいつが昨夜着ていた衣を羽織り自身を抱きしめていた。
他にも色んなものをぐしゃぐしゃにしてその中に包まっていた。
それにいつぞやに作った人形も抱えていた。
正直、丁寧に作られた巣とは言い難い。
ただ積んで盛り上げただけのそれ。
生まれてからずっと傅かれる生活してきた僕には、これが限界なのかもしれない。
(服はなんとか着れるけれど、他は全然ダメダメだしね。)
でも僕はそれを見て幸せになり、あいつの帰還を心待ちにしていた。
早く僕の胎にそれを注いで欲しい。
そんな欲求がこれを作り上げた。
(これも巣作りというのだろうか?)
あいつの匂いを嗅ぐと落ち着いてくる。
いつも一緒だから、今までこんなことはしたことがなかった。
発情期が来そうなときからいつも一緒にいてくれた。
アルフヘイムでは人形を抱きしめていたがあいつの声がずっと聴こえた。
僕にとってあいつとの出会いは災難だったけれど、悪いことばかりじゃなかった。
価値観を大きく変えられ、恋も愛も経験して可愛い子も授かって、欲しかった家族も手に入れた。
「 今回の発情期は無理だけど、次かその次にはお前の子を宿したいと思っているよ…朱。」
ひょっとしたら届くかもしれないこんな呟きをした。
漸く安心した僕は疲れを覚え、あいつが帰るまでこの中で寝ようかと思った。
その時…
【域】にシャンと無数の鈴が鳴るようなそんな音がした。
部屋の外に控えていた従者たちが慌ただしく動き報告する。
「姫様、【青】のご当主…御父君がいらっしゃいました。」
部屋に知らせに来た従者の声でも来客が来たことを知る。
いつも僕に会う前に必ず先触れとして文を寄越す父が急に訪れるなんて珍しかった。
それも僕の発情期の直前に。
なぜだろう?
この【域】には僕やあいつの許可なしには入れない。
父が来るのはなんだかんだでいつも嬉しかった。
だから彼は受け入れるように結界の入り口も開けていた。
でも、今日は嫌な予感がする…
おぞましい何かがひたひたと近寄るようなそんな気持ち悪さもある。
「百合…お前、大丈夫か?断るか?
あの方にめっちゃ言い含められてたし、何にせよ先に旦那サマに連絡するわ。」
心配そうにしている綱。
なぜか父の来訪を断れない。
それに従わなければいけないという何かが働いた。
あいつに僕から連絡する気も起きない。
だが、出ていく際にあいつは綱に言い置いていたらしい。
手下のゲンジに声をかけ、あいつに繋ぎを入れている。
操られているかのようなそんな動作で僕は外向きの自分を作り、従者に命じる。
「私の部屋に通しなさい。すぐに参ります。」
「っ姫!……はぁ、畏まりました。」
様子のおかしい僕に綱は寄ってきて、何かを切る様な動作をした。
瞬時に頭の靄が晴れてきた。
勝手に動く体も止まる。
「俺も同席する。ヤバくなったら無理やり下がらせるからな。
支度…手伝おうか?」
「ありがとう蒼。でも大丈夫だから。」
「ま、無理なら親父さんは追い返すから言えよ!」
客人を迎えるために部屋を退出する綱を見送った僕は頭を切り替え、あいつが用意してくれていた朱地に金糸や銀糸で薔薇を描かれたものではなく、
褥に散乱している中であいつの匂いの一番濃い、僕の紫と銀糸で庭白百合の描かれた衣を纏い、父に会うことにした。
◇◇◇
驚くことに私が巣作りをしたのは数回しかないんだ。
《まぁどうしてかしら?!わたくしはちゃんと読んで勉強しましたが、それはおかしくなくて?
オメガはアルファの種を貰う準備の為に、巣作りをしてヒート期間は籠もると……》
うぇッ?!ママ?!読んだの!!
《わたくしの通ったスイスのフィニッシングスクールではその…そういう本もありましたのよ。
オメガバースについては最近知りましたから本を取り寄せて見ました。》
《わたくしたちも存じておりますお嬢様。》
《《《エエッ?!》》》
へ、へーソウナンデスカー(僕も行かされかけたあそこが、まさかそんなところだったとは…)
《お嬢様、なかなか奥深い世界でございますね。愛、運命…番とは素晴らしゅうございます!》
(うちの執事のセバスティアンもホントなんで読んでんの!!吃驚するよ!!!)
《シュテン様のリス様への愛をもっとお聞かせください!》
え…あ、うん。
(そういえばうちのみんなは愛とか恋とかそういう話大好きだった…)
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