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1章 星の海で遊ばせて
ためらう風鳥(10)
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「おぅ、柚子」
柚子は、慌てて振り向く。
「川野君、どうしたの?」
かすれ声を無理やり張って、柚子がたずねた。
「柚子が入ってくの見たからさ。ここ、何部?」
「文芸部だよ」
「へぇ、そんな部あったんだ」
「一人だけなんだよ。水上君、同じクラスで、班も同じなの」
「あ! 祭りン時いたっしょ?」
この質問は、川野が直接詩乃にしたものだった。詩乃は、じっと川野のことを睨み据えた。柚子との関係どうこう以前に、詩乃は、この手のタイプの人間が嫌いだった。
「水上クン?」
気安く呼ぶなと、詩乃は思った。しかし川野は、詩乃の明らかな敵意など気にしない。
「俺川野ね。あ、一応、柚子の元カレ」
「あー、そう……」
「何二人、付き合ってんの?」
詩乃は、ちらりと柚子を見やる。柚子は、相変わらず立ち尽くして、何も言えないでいる。
「まさか」と否定してやっても良かったが、詩乃も詩乃で、腹が立っていた。今こいつから受けたイライラは、そっくりそのまま持ち帰ってもらおうと思った。
「元カレなのに気にするの?」
「はぁ!?」
まさかの詩乃の返しに、川野は声を上げた。
詩乃は苦笑いを浮かべて続けた。
「いや、部室に勝手に入られるの嫌いだから、つい」
「ふざけんなよお前、マジ調子乗るなよ」
笑いながら川野が言う。ムキにならない、あくまでじゃれ合いの範疇で。しかしそれは表向きで、実はこれが本気の舌戦であることを詩乃は知っていた。こういうのは、ムキになった方が負けである。
「何か用?」
「お前に用は無いんだけど――柚子、今日一緒帰んね?」
川野は、一瞬でも詩乃に会話の主導権を握られたことにプライドを傷つけられていた。ムカつくから、こいつのことは無視しようと、川野は決めたのだった。
しかし詩乃は、祭りの時に、この男がどんな人種の人間なのか悟っていたので、今更そんな態度を取られても、それについては、別段何を感じるでもなかった。
川野は、確かに、女子ウケのする容姿なのかもしれない。短髪で、肌は日に焼け、顔はいかにも勝気そう。特別背が高いわけでもないが、いかにも運動をやっているようながっしりとした腰回り、胸板、腕周りをしている。しかし詩乃は納得がいかなかった。新見さんが付き合っていたにしては、どうも、合わない。なんでこんな男と付き合っていたのか、新見さんのセンスを、失礼ながら疑ってしまう。
そんな小さな柚子への信じられなさに、詩乃は思わず、手で額を覆ってしまう。
「今日は――」
断ろうと口を開いた柚子だったが、その言葉は、詩乃によってかき消された。
「話すなら部室の外でお願い」
「はいはい――柚子、行こうぜ」
川野は、ぐいと柚子の手を引っ張り、強引に柚子を連れて部室を出ていった。
詩乃は、静かになった部室で、ちゅうっとココアを吸った。あとは勝手に二人でやってくれ、と思う反面、柚子の川野への態度がどうにも腑に落ちなかった。あの男子と新見さんは、どうも、仲が良い、という感じには見えない。元カレと言っていたが、それさえも疑わしい。新見さんが否定しなかったから、それは本当なのかもしれないが、関係はどうも、深そうには見えない。
もう一口、ココアを口に含む。
元カレが無理な復縁を、強引に新見さんに持ち掛けている、という線はあり得るのではないだろうか。そのほうが、新見さんの川野っていうあの男子に対する態度に合っている。新見さんは優しいけれど、それゆえに、はっきり断れないでいるのではないだろうか。
――いや、考えすぎだろうか。
でももし、新見さんが困っているなら、あの虫を追い払うくらいはやってあげようと詩乃は思った。それで新見さんの「好き」が自分に向くわけではないのはわかっている。けれど別に、そんな見返りのためにそうしようというのではない。
詩乃は、まだ冷たいココアに、頬を押し当てた。
柚子は、慌てて振り向く。
「川野君、どうしたの?」
かすれ声を無理やり張って、柚子がたずねた。
「柚子が入ってくの見たからさ。ここ、何部?」
「文芸部だよ」
「へぇ、そんな部あったんだ」
「一人だけなんだよ。水上君、同じクラスで、班も同じなの」
「あ! 祭りン時いたっしょ?」
この質問は、川野が直接詩乃にしたものだった。詩乃は、じっと川野のことを睨み据えた。柚子との関係どうこう以前に、詩乃は、この手のタイプの人間が嫌いだった。
「水上クン?」
気安く呼ぶなと、詩乃は思った。しかし川野は、詩乃の明らかな敵意など気にしない。
「俺川野ね。あ、一応、柚子の元カレ」
「あー、そう……」
「何二人、付き合ってんの?」
詩乃は、ちらりと柚子を見やる。柚子は、相変わらず立ち尽くして、何も言えないでいる。
「まさか」と否定してやっても良かったが、詩乃も詩乃で、腹が立っていた。今こいつから受けたイライラは、そっくりそのまま持ち帰ってもらおうと思った。
「元カレなのに気にするの?」
「はぁ!?」
まさかの詩乃の返しに、川野は声を上げた。
詩乃は苦笑いを浮かべて続けた。
「いや、部室に勝手に入られるの嫌いだから、つい」
「ふざけんなよお前、マジ調子乗るなよ」
笑いながら川野が言う。ムキにならない、あくまでじゃれ合いの範疇で。しかしそれは表向きで、実はこれが本気の舌戦であることを詩乃は知っていた。こういうのは、ムキになった方が負けである。
「何か用?」
「お前に用は無いんだけど――柚子、今日一緒帰んね?」
川野は、一瞬でも詩乃に会話の主導権を握られたことにプライドを傷つけられていた。ムカつくから、こいつのことは無視しようと、川野は決めたのだった。
しかし詩乃は、祭りの時に、この男がどんな人種の人間なのか悟っていたので、今更そんな態度を取られても、それについては、別段何を感じるでもなかった。
川野は、確かに、女子ウケのする容姿なのかもしれない。短髪で、肌は日に焼け、顔はいかにも勝気そう。特別背が高いわけでもないが、いかにも運動をやっているようながっしりとした腰回り、胸板、腕周りをしている。しかし詩乃は納得がいかなかった。新見さんが付き合っていたにしては、どうも、合わない。なんでこんな男と付き合っていたのか、新見さんのセンスを、失礼ながら疑ってしまう。
そんな小さな柚子への信じられなさに、詩乃は思わず、手で額を覆ってしまう。
「今日は――」
断ろうと口を開いた柚子だったが、その言葉は、詩乃によってかき消された。
「話すなら部室の外でお願い」
「はいはい――柚子、行こうぜ」
川野は、ぐいと柚子の手を引っ張り、強引に柚子を連れて部室を出ていった。
詩乃は、静かになった部室で、ちゅうっとココアを吸った。あとは勝手に二人でやってくれ、と思う反面、柚子の川野への態度がどうにも腑に落ちなかった。あの男子と新見さんは、どうも、仲が良い、という感じには見えない。元カレと言っていたが、それさえも疑わしい。新見さんが否定しなかったから、それは本当なのかもしれないが、関係はどうも、深そうには見えない。
もう一口、ココアを口に含む。
元カレが無理な復縁を、強引に新見さんに持ち掛けている、という線はあり得るのではないだろうか。そのほうが、新見さんの川野っていうあの男子に対する態度に合っている。新見さんは優しいけれど、それゆえに、はっきり断れないでいるのではないだろうか。
――いや、考えすぎだろうか。
でももし、新見さんが困っているなら、あの虫を追い払うくらいはやってあげようと詩乃は思った。それで新見さんの「好き」が自分に向くわけではないのはわかっている。けれど別に、そんな見返りのためにそうしようというのではない。
詩乃は、まだ冷たいココアに、頬を押し当てた。
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