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第二話
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タヴァレス伯爵邸の別館。ここは最近俺が自由に使っている屋敷だ。我が家の嫡男は20歳を迎える年に結婚をする習わしがある。俺はその準備のために移ってきたばかりなのだが、この別館はまだまだ使用人の数も教育も足りていない。こんな配達ごときで主人である忙しい俺に取り次ぐとは。
こちらのお品についてきちんとしたご説明をつけることが料金に含まれていますから、と繰り返す配達人と、すっかり興味津々になってしまったカミラに押され、仕方なく中に通すことになった。
元婚約者の話をエントランスで大っぴらにするわけにもいかないからな。
飾りの少ない応接室に腰を下ろす。あの壁に絵でも飾ろうか。そう口にしかけて、半月ほど前の婚約破棄の場でも同じ席に座って同じことをもうカミラに言ったな、と唐突に思い出した。
奥の上座に俺と新たに婚約者となった愛しいカミラ。その向かいの席に配達人の男。ちょうどその位置に、あの日の彼女――イレーネも座っていた。
「――お前はいつも冷たく、俺はともに居て寛げたことがない。愛情あふれる家庭を築きたい俺とは合わないのだろう。ここで互いに別れるのが吉だ。そう思わないか?」
足を組みながら沙汰を伝える俺の前で、イレーネは榛色の瞳をことさら濃く染めながら、声を上げていた。
「そのようなこと! たしかにわたくし達は政略で結ばれた婚約者ではございますが、愛は互いに慈しみ育むものであるかと······」
「ああ言えばこう言う。お前はいつも口ごたえばかりだ。とにかくお前から恋情も愛情も感じられたことがない。俺との婚姻で得られる金銭や身分といったものへの薄汚い執着だろう? そんな相手と結婚など、墓場で暮らすようなもの。俺は苦痛しかない人生はいらん」
イレーネの淡い茶色の髪は今日も緩みなく整えられ、隣のカミラの華やかな金の巻き髪に比べて一段と見劣りする。
そう、彼女は見劣りするのだ。
「そうよぉ。それにもうアルは私に決めたのよ! イレーネ様はアルの輝かしい未来からご退場なさって?」
両家の合同事業である大規模河川工事は極めて順調で、お互いの領地に流れるガルデーニア川の護岸補強は佳境を迎えている。今さら婚姻で結び合う必要はないほど、お互いの役人も職人も交流を深めているのだ。
イレーネは嫁入りする身としてうちの両親と友好的にやっていたが、他に代えはきく。それだけだ。
「そんな······アルフォンソ様、わたくしの気持ちは伝わらなかったのですか?」
「これっぽっちもな――」
こちらのお品についてきちんとしたご説明をつけることが料金に含まれていますから、と繰り返す配達人と、すっかり興味津々になってしまったカミラに押され、仕方なく中に通すことになった。
元婚約者の話をエントランスで大っぴらにするわけにもいかないからな。
飾りの少ない応接室に腰を下ろす。あの壁に絵でも飾ろうか。そう口にしかけて、半月ほど前の婚約破棄の場でも同じ席に座って同じことをもうカミラに言ったな、と唐突に思い出した。
奥の上座に俺と新たに婚約者となった愛しいカミラ。その向かいの席に配達人の男。ちょうどその位置に、あの日の彼女――イレーネも座っていた。
「――お前はいつも冷たく、俺はともに居て寛げたことがない。愛情あふれる家庭を築きたい俺とは合わないのだろう。ここで互いに別れるのが吉だ。そう思わないか?」
足を組みながら沙汰を伝える俺の前で、イレーネは榛色の瞳をことさら濃く染めながら、声を上げていた。
「そのようなこと! たしかにわたくし達は政略で結ばれた婚約者ではございますが、愛は互いに慈しみ育むものであるかと······」
「ああ言えばこう言う。お前はいつも口ごたえばかりだ。とにかくお前から恋情も愛情も感じられたことがない。俺との婚姻で得られる金銭や身分といったものへの薄汚い執着だろう? そんな相手と結婚など、墓場で暮らすようなもの。俺は苦痛しかない人生はいらん」
イレーネの淡い茶色の髪は今日も緩みなく整えられ、隣のカミラの華やかな金の巻き髪に比べて一段と見劣りする。
そう、彼女は見劣りするのだ。
「そうよぉ。それにもうアルは私に決めたのよ! イレーネ様はアルの輝かしい未来からご退場なさって?」
両家の合同事業である大規模河川工事は極めて順調で、お互いの領地に流れるガルデーニア川の護岸補強は佳境を迎えている。今さら婚姻で結び合う必要はないほど、お互いの役人も職人も交流を深めているのだ。
イレーネは嫁入りする身としてうちの両親と友好的にやっていたが、他に代えはきく。それだけだ。
「そんな······アルフォンソ様、わたくしの気持ちは伝わらなかったのですか?」
「これっぽっちもな――」
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