上 下
11 / 17

雨男くんの正体

しおりを挟む



*ーーーーーーーーーーーーーーーーーー*

その日は、雨が強く降っていて、バシャバシャとアスファルトに打ち付けられた雨音がそこら中から聞こえていた。


『あぶねぇぇええええ!!!!』


少し遠くに向けて、叫んでいる誰か。
その瞬間、何か硬いものに体が打ち付けられる。
身体中が痛いと、眉間に皺を寄せ、悲鳴をあげているような顔をしているもう一人の人。


『...っっ!!』


『...き...る...っ』


誰かが、何かを言っている。
でも、何を言っているかわからない。聞こえないのだ。


ただ、最後に見た景色は、虹色の傘が空を舞って、
それがやけに眩しく見えたーー気がした。

*ーーーーーーーーーーーーーーーーー*


ねえ。
叫んでいる君は、誰?
身体を痛めてるのは、誰?
知りたい、知りたい、知りたいよー。


「...て...き...起きて!」


んっ、
大きな声に、閉じていた瞼がゆっくりと開く。


「美雨、おはよう。」


毎日のように効いているその声が、私の頭上から聞こえた。


上を見上げると。


「おはよう、繭」


繭が私の席の前に立って、笑っていた。


「もうお昼だよ?随分、寝てたね」


え?
もう、お昼?
嘘...っ!


クラスの様子を見ると、みんなお弁当箱を机の上に出したり、購買に買いに行く準備をしていた。
その光景を見て、本当にお昼なんだと認識する。


私かなり、寝てたんだ...


「美雨、今日なんか変だよ?」


繭が心配そうに私の前の席の椅子をこちらに向け、私と正面になるように座る。


繭が心配してくれる理由はわかっている。
だって、私が授業中に寝るなんて、先生に旧図書室の仕事を与えられた日以来だもんね。
旧図書室の一件以来、授業中は寝ていなかったから…


繭を心配させたくなくて「ただ眠かった見たい」と、ヘラっと笑いながら答える。


私はボーとする重たい頭をはたらかせながら、鞄からお弁当箱を取り出し、ご飯を食べる準備をする。


「そう?なら、いいんだけど...」


私の答えにどこか納得してなさそうな繭。


「ほら、繭もご飯食べよ?」


繭の納得のいっていない表情に気付かないふりをする。


「そう、ね!」


繭も切り替え、お互いにご飯に手をつける。


さっきまで、変な夢を見ていた。
詳しくは覚えてないけど...雨の音と、誰かが大きな声で叫んでいて...そして、痛そうな顔をした誰かがいた。


あれは、本当に夢…なのかな?


何故か少しだけ不安になってしまう。
夢のはずなのに…ね。


でも、あの夢で見覚えのあるものが一つだけあった。
それはーー虹色の傘。


虹色の傘、といえば雨男くんの姿が頭の中によぎった。


雨男くんと最後に会ってから、一週間がたった。
雨は一向に降らない。


その代わりと言っていいのかわからないけれど、太陽との距離は前よりも、もっと近くなった。
ただ最近、太陽よりも雨男くんが気になって仕方のない自分がいる。


もう雨男くんに会えない気がしてならない。
ううん、違う、そうじゃない。
太陽と距離が近くなってわかったこと。


それはー。
太陽が雨男くんなんじゃないかってこと。


根拠なんてない。
ないんだけど、私の直感がそう言ってる。


それに、雨男くんが太陽って思ったら、全ての辻褄が合う気がする。
太陽がときどき見せる、悲しい顔。
寂しそうな顔、弱々しい姿ー。
まるで、これからどうなるのか、わかっているようなー。


太陽が誘導していたような...そんな気がしてならない。
だから、だからね?
もし今日、雨が降ったら雨男くんに会いに行こうと思う。
ううん、会うだけじゃない。


「雨男くんは、太陽なんでしょ?」って聞こうと思う。


雨男くんが本当に太陽なら…。
もし、本当にそうだとしたら、聞きたいことがある。


なんで、わざわざ雨男くんになったの?って。
私に言ってくれた、たくさんの言葉の本当の意味は?


太陽は、何を知っているの―?


いろいろ聞きたいことがたくさんある。


「うっせーよ、太陽!」


「何も言ってねぇだろ」


「はいはい、二人とも喧嘩しない」


太陽の席側から、聞きなれた三人の声が聞こえてくる。


チラリと太陽の席の方に視線を向ける。
当の本人は、彰くんと和樹くんと楽しそうにお昼ご飯を食べていた。


私がこんなこと考えてるとは、一切思ってないだろうな。
と、心の中で呟いてみる。


「ねえ、繭」


「どうしたの?」


「今日...雨、降るかな...」


無意識にポツリと繭に聞いた、その言葉。


「美雨ってさ、」


「ん?」


「前までは、雨嫌いだったよね?」


前...?
今も、雨は嫌い。
だって、濡れたらベトベトするし、雨ってだけで、気持ちが下がっちゃうしね。


「でもさ」


言葉を続ける繭に、首をコテンと横に傾げる。


「美雨、雨が降るのを最近は、楽しみにしてるよね」


繭のその言葉に目を見開いてしまう。


楽し、み?
ー私が?
雨が降るのを楽しみにしてる顔してた?


「どういう、こと?」


繭の言っている意味がよくわからなくて、口を開く。


「う~ん、なんて言ったらいいのかな。
雨が降るとね?美雨の雰囲気が柔らかくなるのよ」


繭がふふっと、柔らかく笑った。


繭の言っている意味がよく、わからない。
でも、確かに繭の言う通り、前よりかは雨のことが嫌いではなくなったのかもしれない。
雨がそこまで嫌いになってない理由。
それは―。
雨男くんと出逢ったからだと思う。
雨の日にだけ会うことのできる、雨男くんに―。


その雨男くんが、もしかすると私の好きな人なのかもしれないのだけどね。


「まあ、美雨が楽しいのならいいんだけどね!」


満足そうに繭は微笑んで、ご飯を口に入れた。


「あ、ちなみに今日の降水確率は、放課後の時間帯に20%だってさ。」


20%...か。
だめ元でもいい。
ほんの少しの時間帯だけでもいい。


ほんの少しでもいいから、雨が降ってほしい。
そしたら、雨男くんに会える確率が、高くなるから。


いつもは、大雨や小雨や基本的に1日雨は降っている日にしか会っていない。
だから、一時的な雨が降ったからといって、雨男くんが旧図書室に来てくれる保証なんてどこにもない。
けれど、来てくれると信じてる。
―違う。
きっと、来てくれる。
なんでかわからないけど、その自信がある。


あの小窓から虹色の傘をさして、君が会いに来てくれる、と―。







「今日の部活めんどくせー」


「サボっちまえよ!」


「一緒にサボろうぜ」


部活をサボろうとしている人たち。


「今日も合コン行かない?」


「行く行くー!」


「イケメンげっとしたい~」


楽しそうにキャッキャッと放課後の後の相談をしている人たち。


残りの授業をあれから受け、今は放課後。
外を見ると、やっぱり雨は降っていない。


私の小さな願望は、太陽のキラキラした眩しさによって、打ち消された。
まあ、降水確率が20%だもんね…
きっと、今日はもう降らない。
もし、降ったら奇跡に近いと思う。


ふと太陽のの座っている席に視線を向ける。
だが、太陽の姿はないが、荷物は置いてあった。


どこに行ったんだろう?
そう思って、教室をキョロキョロしていると。


「美雨ちゃーんっ」


人懐っこい笑顔で私の傍に来た和樹くん。


「和樹くん、どうしたの?」


そう言えば、和樹くんとこうやって二人で話すのは、初めてだ。
いつも、繭や太陽が近くにいてくれたから。


「今日、暇?」


「えーと...」


暇って言ったら、暇...だけど。


「美雨ちゃんともっと話したくって!」


だから遊ぼう?と、ニコニコ笑顔で私に手を差し出してきた。
和樹くんのその笑顔を見ると、なんだか断れない。
まるで、小さな子供にお願いされているような、そんな感覚に陥ってしまう。


でも、和樹くんと二人っきりは、できれば避けたい...かな。
二人ではあんまり話したことがないから、正直何を話していいのかわからない。
いつもは繭と太陽と彰くんがいてくれたから。


なんて断ろうかと、返事に少し困っていると、いきなり和樹くんの腕をバシッと誰かが掴んだ。


「俺が遊んでやるよ、和樹」


その声は私の頭上から聞こえ、顔を上げる。
すると、そこには、口元は笑っているが、目が笑っていない太陽がいた。


「まじか!ナイトのお出ましか~!
太陽!はやくしねえと、誰かにとられるぞ!」


和樹くんは、わけのわからないことを満面の笑みで言ってから、逃げるかのように帰って行った。


なんだったんだろう?
私と遊びたかった...ってよりも、太陽をからかいたかっただけに見えるのは気のせいだろうか。


「太陽?」


もう一度、太陽の名前を呼び、見上げると。


―ポンッと、とても優しく私の頭を軽く叩いた。


うん?
私、なにかしたかな?


何で叩かれたのか意味がわかっていないことが、太陽に伝わったのか。


「美雨は、もう少し自覚を持った方がいい」


と、更によくわからないことを言われた。


自覚?
なんの?


太陽の言いたいことが理解できない。


「美雨、一緒に帰るぞ」


机の横にかけてあった鞄を持ち、教室から出ようとする太陽。


待って!と、心の中で叫ぶ。
ここで聞かなかったら、きっと私はもう聞けない。


そう思うと、私の身体が自然と動き、グイッと太陽の腕を引っ張っていた。


「美雨?」


太陽に名前を呼ばれて、八ッと我に返り、掴んでいた手を離した。


私、なんで太陽の腕を掴んでるの!?


「美雨?」


とても優しい声色でもう一度私の名前を呼ぶ。


その声を意識をすると、名前を呼ばれただけなのに、急に胸がドキドキと高鳴る。
胸があたたかくなっていく。


だから、無意識のポロリと溢れてしまった。


「雨...男、くん」


太陽に聞こえたのかわからないくらい、小さな小さな声で彼の名前を呼んでしまった。


「え?」


その声に私は意を決して、太陽に視線を向け、今度は聞こえる声で言った。


「なんで、雨男くんのふりを、したの?」


これは、一か八かの勝負。
太陽は、雨男くんじゃないかもしれない。
でも、もし…
太陽が雨男くんだったら、ちゃんと話してほしい。


そう思うのにー。


「なんのことだ?」


太陽は、知らないふりをした。


「太陽が、雨男くんなんでしょ?」


根拠はない。
これは、私の直感だ。


否定されることはさ最初っからわかってる。
だから、少しだけ粘ってみる。


「俺が、雨男くん?なわけないだろ?」


それに、雨男くんって誰なんだ?と笑いながら最後に付け足して言った。
だけど、それで引き下がる私でもない。


「わかるよ...?
太陽が、雨男くんだってこと...」


太陽がわざわざ雨男くんになって、私に接したのかは、わからない。
何か意図があってだとは、思う。


でもね?
私にはわかっちゃうんだよ?


「太陽の、ことだもん」


ー好きな人のことだもん。
それくらい、わかる。


女の子ってね、好きな人のことなら、わかっちゃうもんなんだよ?


「...っ」


私と太陽の間に沈黙が生まれる。


ねえ、なんで。
...なんで。


「何も言って、くれないの?」


どうして、黙っちゃう?
ねえ、太陽。


すると、急にスーッと瞼を閉じ、数分してからまた開いた太陽の瞼。
その瞳には、何かを決めたような、そんな強い決心みたいなものが感じられた。


この教室には、幸い誰もいない。
シーンとした空気が妙に緊張感を漂わせる。


「美雨の言う通りだよ」


口を開いた太陽の声が私の耳に大きく届いた。


…っ!
やっぱり!


「俺が美雨の言ってる、雨男くんだよ。」


目を細くして、目尻を下げて儚そうに微笑んだ太陽。


そんな太陽の表情は初めて見た。
その表情に少しだけチクリと胸が痛んだ。


そう、なんだね...
じゃあ、なんで。


「何で、雨男くんのふりをしてたの?」


疑問なのは、そこ。
何で雨男くんのふりをする必要があったのか。


「それは...」


「それは?」


「...っ、悪い...」


「え?」


「言えねえ...っっ」


悲痛な声色で、顔を歪めながら言った太陽。


言えない?
何で?


疑問が私の頭の中でたくさん芽生える。


何を、隠してるの?
私に言えない、何をー。


「たい、よう」


お願い教えての意味を込めて、途切れ途切れに名前を呼んでみた。
それでも、太陽の首はフルフルと横に振るだけ。


「じゃあ、なんで俺を信じろって...言ったの?」


まるで、未来がわかっているかのような。
そんな言葉が―。


「...ごめん」


...っ。
それも、言ってくれないんだね。


「じゃあ...」


別の質問をしよう思ったら、言葉を被せてきた太陽。


「美雨、何も言えねえんだ...」


その言葉には、先程よりも力強さがあり、
これ以上聞いても無駄だ、とでも言うような、
そんな言い方に聞こえた―。


しおりを挟む

処理中です...