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第1章 王国の北方、アウロラ公爵領で家庭教師生活
第6,5話 (別視点)ディーハルトと対面後のアウロラ公爵家の主従
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◆◆◆
「失礼いたします」
そう言って、セバスの妻でありメイド長であるマーサの案内で彼、ディーハルト君は執務室を退室した。
「それでセバス、お前から見て、彼、ディーハルト・アレスターはどんな人物だった?」
私の教育係であった我が公爵家の執事長を務めるセバスに私は聞いた。
「概ね、教授とウェルダー公爵様がお話になっていた人物像に違いはありませんが、魔術の制御能力と魔術の独創性に関してはお話以上であるかと。お迎えの車の中でディーハルト様は『空調』という未聞の魔術、おそらく教授が話されていたディーハルト様が創り出された【生活魔術】というものなのでしょうが、それを一切の魔力の無駄がなく使われていました。彼程の手練れの術者は今の王宮魔術師に果たしているでしょうか……。彼を王宮魔術師として召抱えず、在野に放つのは正しく国家の損失と言えますな」
とセバスはとても興味深い返事を返してきた。
「魔術の技術で問題がないとなれば、問題は性格の方か。まぁ、魔術の道をつき進む者は大抵、皆どこかしら偏屈者だ。そうでなければやっていけん。先ほど言葉を交わした限りでは私は彼の性格に問題があるとは思えないが、お前はどう思う?」
「はい。人柄に関しても、人のよい好青年といったところでしょうか。同年代の者と比べて、歳不相応な大人びた対応をされる面が所々で見受けられますが、彼が置かれた環境と事情から考えるならば、そうならざるを得なかったと思われます。実力と人格面をみても、お嬢様の教育者としてはこれまで任せた誰よりも適任であるかもしれません」
そう言って、自他に厳しいセバスにしては珍しい高評価を伝えてきた。前に任せた教授は別の意味でいい性格をしているからな。
「やれやれ。彼が王宮魔術師になれなかったのは彼とまともな王家の人間、フレア・ウェルダー公爵令嬢にとっては不幸かもしれないが、シャルにとって、いや、私達にはこの上ない幸運になるかもしれんな」
「……アイザック様」
ため息交じりにそうつぶやいた私に、私の右腕である執事はジト目を向けてきた。
「なんだ?」
「泣く子が更に大泣きしそうな悪企みをしているときになさる凶悪な笑顔を浮かべていますよ。大方、ディーハルト様と模擬戦と称して手合わせをされるおつもりですね?」
ぬぅ、顔に出ていたか。不覚。
「別に構わないだろう? この前久しぶりに王都で会った教授とウェルダー公爵には逃げられたから不完全燃焼なのだ。お前相手の模擬戦は既に完全にお互いの手の内が分かっている上に、数え切れない程繰り返しているから準備運動には丁度いいけれども、決まった型をなぞるだけになってしまってまるで張り合いがない。だからと言って、お互い本気でする訳にはいかないだろう?」
そう答えると長い付き合いの目の前のこの男は再び嘆息した。
「ディーハルト様はお嬢様の家庭教師としてお呼びしたのですよ。アイザック様の模擬戦相手をお願いするのは別口になります。……ディーハルト様がアイザック様のお相手をできる実力をお持ちかも分からないのですよ?」
セバスはそう言って、私が彼と模擬戦をすることに難色を示す。
「この前の酒の席で教授とアレクにそれとなく聞いたら、2人共ディーハルト君とは戦場では相手をしたくないと答えた。あの2人がだぞ? それにあの現『紅蓮姫』のお気に入りだぞ。戦えない男でないはずがあるまい!」
「教授もアレク様もディーハルト様とは戦いたくないと仰っているのに貴方は……。私は止めてましたからね。どうしても行われるのでしたら、ディーハルト様に別途報酬として何か褒美をご自分で考えて用意してください。他に任せられる実力をもつ者が当家にはいないので、審判は不肖ながら、私が引き受けます。では私は夕食の用意の進捗状況を確認して参りますので、執務をお続けください」
「ああ、わかった。褒美の件はなにか考えておこう。夕食のことは任せる。そうだ。折角だから、彼が持ってきた土産の酒も夕食に出してくれ」
「畏まりました」
そう言って、一礼したセバスは執務室を後にした。さて、今日の仕事もあと少しで終わる。もうひと頑張りするか。
そう気分を切り替えて、私は書類が残っている使い慣れた執務机へ向かった。
◆◆◆
「こっちがいいかな? でも、これよりフリルが多くて子供っぽく見えるかも。でも、こっちは……」
わたしは姿見の前で下着の上からドレスを重ねてみて、今晩の夕食のときにディーハルト様と席を共にするためのドレスを選んでいた。
わたしより1歳歳上のわたし付きの専属メイドであるレティに手伝ってもらって、持っている中から3つまで候補を絞ることができたものの、そこから1つに決めることができない。
「うう、どれがいいのかわからなくなってきたわ」
真剣に頭を悩ませているわたしをレティは衣装選びを始めてから、終始笑顔で候補を絞ってからは特に何も言わないでわたしを見つめている。
「なあに、レティ?」
自分よりも体の一部分がはるかに育っていて、まだなおそこは大きくなっているというニコニコしているレティにわたしは尋ねた。
「いえ、シャルお嬢様がお洋服をお選びになられることで、ここまで悩まれることはこれまでなかったものですから。最近旦那様が開かれた宴で、同年代の貴族の殿方達とお会いするときもお嬢様は衣装選びでお時間をおかけになさることは全くありませんでしたから……あっ! お嬢様、もうすぐお夕食のお時間になりますよ!?」
温かな笑みを浮かべてそう言っていたレティの表情が部屋にある柱時計を見て、一変して焦ったものに変わった。
「もうそんな時間? やだ! 急がなきゃ」
わたしも柱時計を確認したら、夕食の開始時刻まで時間がないことがわかった。ようやく会えたディーハルト様をお待たせする訳にいかないから急がなくちゃ。
◆◆◆
「失礼いたします」
そう言って、セバスの妻でありメイド長であるマーサの案内で彼、ディーハルト君は執務室を退室した。
「それでセバス、お前から見て、彼、ディーハルト・アレスターはどんな人物だった?」
私の教育係であった我が公爵家の執事長を務めるセバスに私は聞いた。
「概ね、教授とウェルダー公爵様がお話になっていた人物像に違いはありませんが、魔術の制御能力と魔術の独創性に関してはお話以上であるかと。お迎えの車の中でディーハルト様は『空調』という未聞の魔術、おそらく教授が話されていたディーハルト様が創り出された【生活魔術】というものなのでしょうが、それを一切の魔力の無駄がなく使われていました。彼程の手練れの術者は今の王宮魔術師に果たしているでしょうか……。彼を王宮魔術師として召抱えず、在野に放つのは正しく国家の損失と言えますな」
とセバスはとても興味深い返事を返してきた。
「魔術の技術で問題がないとなれば、問題は性格の方か。まぁ、魔術の道をつき進む者は大抵、皆どこかしら偏屈者だ。そうでなければやっていけん。先ほど言葉を交わした限りでは私は彼の性格に問題があるとは思えないが、お前はどう思う?」
「はい。人柄に関しても、人のよい好青年といったところでしょうか。同年代の者と比べて、歳不相応な大人びた対応をされる面が所々で見受けられますが、彼が置かれた環境と事情から考えるならば、そうならざるを得なかったと思われます。実力と人格面をみても、お嬢様の教育者としてはこれまで任せた誰よりも適任であるかもしれません」
そう言って、自他に厳しいセバスにしては珍しい高評価を伝えてきた。前に任せた教授は別の意味でいい性格をしているからな。
「やれやれ。彼が王宮魔術師になれなかったのは彼とまともな王家の人間、フレア・ウェルダー公爵令嬢にとっては不幸かもしれないが、シャルにとって、いや、私達にはこの上ない幸運になるかもしれんな」
「……アイザック様」
ため息交じりにそうつぶやいた私に、私の右腕である執事はジト目を向けてきた。
「なんだ?」
「泣く子が更に大泣きしそうな悪企みをしているときになさる凶悪な笑顔を浮かべていますよ。大方、ディーハルト様と模擬戦と称して手合わせをされるおつもりですね?」
ぬぅ、顔に出ていたか。不覚。
「別に構わないだろう? この前久しぶりに王都で会った教授とウェルダー公爵には逃げられたから不完全燃焼なのだ。お前相手の模擬戦は既に完全にお互いの手の内が分かっている上に、数え切れない程繰り返しているから準備運動には丁度いいけれども、決まった型をなぞるだけになってしまってまるで張り合いがない。だからと言って、お互い本気でする訳にはいかないだろう?」
そう答えると長い付き合いの目の前のこの男は再び嘆息した。
「ディーハルト様はお嬢様の家庭教師としてお呼びしたのですよ。アイザック様の模擬戦相手をお願いするのは別口になります。……ディーハルト様がアイザック様のお相手をできる実力をお持ちかも分からないのですよ?」
セバスはそう言って、私が彼と模擬戦をすることに難色を示す。
「この前の酒の席で教授とアレクにそれとなく聞いたら、2人共ディーハルト君とは戦場では相手をしたくないと答えた。あの2人がだぞ? それにあの現『紅蓮姫』のお気に入りだぞ。戦えない男でないはずがあるまい!」
「教授もアレク様もディーハルト様とは戦いたくないと仰っているのに貴方は……。私は止めてましたからね。どうしても行われるのでしたら、ディーハルト様に別途報酬として何か褒美をご自分で考えて用意してください。他に任せられる実力をもつ者が当家にはいないので、審判は不肖ながら、私が引き受けます。では私は夕食の用意の進捗状況を確認して参りますので、執務をお続けください」
「ああ、わかった。褒美の件はなにか考えておこう。夕食のことは任せる。そうだ。折角だから、彼が持ってきた土産の酒も夕食に出してくれ」
「畏まりました」
そう言って、一礼したセバスは執務室を後にした。さて、今日の仕事もあと少しで終わる。もうひと頑張りするか。
そう気分を切り替えて、私は書類が残っている使い慣れた執務机へ向かった。
◆◆◆
「こっちがいいかな? でも、これよりフリルが多くて子供っぽく見えるかも。でも、こっちは……」
わたしは姿見の前で下着の上からドレスを重ねてみて、今晩の夕食のときにディーハルト様と席を共にするためのドレスを選んでいた。
わたしより1歳歳上のわたし付きの専属メイドであるレティに手伝ってもらって、持っている中から3つまで候補を絞ることができたものの、そこから1つに決めることができない。
「うう、どれがいいのかわからなくなってきたわ」
真剣に頭を悩ませているわたしをレティは衣装選びを始めてから、終始笑顔で候補を絞ってからは特に何も言わないでわたしを見つめている。
「なあに、レティ?」
自分よりも体の一部分がはるかに育っていて、まだなおそこは大きくなっているというニコニコしているレティにわたしは尋ねた。
「いえ、シャルお嬢様がお洋服をお選びになられることで、ここまで悩まれることはこれまでなかったものですから。最近旦那様が開かれた宴で、同年代の貴族の殿方達とお会いするときもお嬢様は衣装選びでお時間をおかけになさることは全くありませんでしたから……あっ! お嬢様、もうすぐお夕食のお時間になりますよ!?」
温かな笑みを浮かべてそう言っていたレティの表情が部屋にある柱時計を見て、一変して焦ったものに変わった。
「もうそんな時間? やだ! 急がなきゃ」
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