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前日譚 2人の王子様との出会いと私のパラダイムシフト(前編)ロザリア公爵令嬢視点

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ヴァレンヌ王国の4大公爵家の一角を担うサイフィス公爵家。

建国以来、王家を支えてきた歴史をもつ由緒正しい名家であり、近年は一時期、農作物の不作で大変でしたが、現在はお父様と家臣、領民達の尽力で、未だ予断を許しませんが、回復・安定してきています。

公爵という高位貴族として、政略の結婚は当然の義務であり、私も貴族としての教育でその必要性を学びました。



「ローザ、今日は私と共に王城へ行ってもらう。そして、陛下に挨拶をした後、歳の近い2人の王子と顔合わせを行う」

「……畏まりましたお父様」

このとき私が8回目の誕生日を控えているのに対して、2人の王子様は既に8歳になられてました。

この国では他国と異なり、次期王妃、王太子妃は王子と同年代の高位貴族の娘達に下地となる貴族の淑女教育を施して、篩にかけていき、最終的に国王陛下と王妃様がお決めになります。

それに対して、王太子はお生まれになった第1、第2王子に同じ教育を施すのは王妃選抜とほとんど同じです。

しかし、王太子教育は最後まで2人に同じ教育を施します。

そして、大抵は第1王子が王太子におなりになります。

第2王子は第1王子がで国王に相応しくないときなどの予備スペア扱いです。

既に始まっている私の淑女教育で学んでいる王国の歴史では第1王子が王太子になられて、王位を継承され、国王になられ、王妃との間にお世継ぎとなられる第1王子がお生まれになったときを境に、国王陛下とともに育てられてきた王族は病死されているそうです。

ただ、全ての第2王子が病死されているかというとそういう訳でもなく、中には第1王子が先に亡くなったり、王太子として欠格だったために第2王子が王太子になられて、王位を継がれた実例が確かにあります。

「お父様、王子様達はどの様な方なのでしょうか?」

私には第1、第2王子の情報がこれまで全く与えられていないので、お父様に尋ねました。

「……会えばわかる。正直に本音を言えば、私はお前を殿下達に会わせるのは反対だ。ローザが王太子妃に選ばれずとも良いと思っている」

そうお父様は苦虫を噛み潰された表情をされました。

この後、私はお父様のその言葉の意味を身を以て知ることになりました。



「陛下、王妃殿下、こちらが、私の娘のロザリア・サイフィスになります」

「ロザリア・サイフィスと申します。陛下と王妃様に御目通りが叶い、光栄に思います」

私はお父様の紹介とともに学んだカーテシーをしました。

「うむ、大義である。その子が宰相自慢の愛娘か……将来が楽しみな子であるな」

「そうですね。その歳で緊張で固まらずにそこまでの振る舞いを実践できるのなら、有望だわ」

国王陛下と王妃様が嬉しそうにそう仰られました。

その時、謁見の間の扉が突然開けられて、私と同い年と思える男子がズカズカと入ってきました。

「父上何の用ですか? 俺は忙しいのですが」

「……ルカス、ここは公の場だから、父ではなく、国王陛下と呼べと何度言えばわかるのだ。それから、お前につけている侍従にサイフィス公爵令嬢の来訪を伝えている筈だが、知らずにこの場に来たのか?」

陛下のお身体から立ち昇る怒気が陛下に無礼な振る舞いをする男子に向けられました。

「ヒィッも、申し訳ありません!」

男子はその場に尻餅をついて僅かに後ずさりをしました。

先ほどまで穏やかな表情だった王妃様も険しい表情で乱入してきた男子を見据えていました。

「失礼したロザリア嬢。この愚息がルカス・ヴァレンヌ。このヴァレンヌ王国の第1王子だ。ルカス、そんなところに座っていないでロザリア嬢に挨拶をせよ」

嘆息して、陛下は男子、ルカス殿下にお命じになられました。

「はっはい。ルカス・ヴァレンヌです。よろしく」

陛下に気圧された所為か、ルカス殿下の自己紹介は私のマナーの先生が見ていたら怒られるレベルのものでした。

「はぁ、もう良い。ルカスよ、ロザリア嬢に王城を案内してあげなさい。それくらいならできるだろう?」

再度、深いため息を吐かれた陛下はルカス殿下にそう命じられました。

「はい! 任せてください! さあ、行きましょう」

「! 国王陛下、王妃様、お父様、失礼します!!」

ルカス殿下に前触れなく手を引かれて歩くのを強いられた私は陛下達に断りを入れるのが精一杯でした。

そして、私は陛下と王妃様になだめられているお父様に見送られる中、殿下に連れ出されました。

「それで、アルトリウスは……」

「それが……」

「全く、兄弟揃って……」

謁見の間を後にするまでに陛下達の言葉が辛うじて私の耳の入りました。



ルカス殿下に手を引かれて歩かされている私は謁見の間を出た後、唐突な展開に動揺してしまい、この時はどこをどう歩いたのかわかりませんでした。

「ふん、ここまで案内すれば父上も許されるだろう」

突然引いていた私の手を放し、案内どころか、引きづり回しただけという紳士にあるまじき行為をしたのにルカス殿下は私に謝罪のお言葉もなく自己完結されました。

「おい、俺様は遊ぶので忙しくて、お前の相手なんかしている暇はない。わかったら、さっさとさっきの部屋に戻って、父上に俺が役目を果たしたことを報告しろ! じゃあな!!」

そう言って、ルカス殿下は理解が追いつかないため、呆然としてしまった私をその場に置き去りにして、歩いて去って行きました。

「やれやれ、ルカス殿下は相変わらずだねぇ、だけどおかげでこっちは大助かりだ。お嬢さん、失礼」

背後からそう聞こえた直後に、私は視界が真っ暗になって意識を失いました。



「う……ここは?」

意識を取り戻した私は自分が薄暗い部屋にいることと、両手と両足を縄で縛られて寝かされていたことに気がつきました。

「おや、ようやくお姫様のお目覚めかい」

「流石、公爵令嬢。宝石の原石とも可憐な花のつぼみとも言えるのう」

お祖父様に近い年齢の商人に見えるお爺さんが口元を覆ってフードを被ったお父様よりも若い男の人の言葉に反応しました。

 「おい、それよりも早く報酬を出せ! 危ない橋を渡ったんだから、俺はさっさとこの国からズラからせてもらうぜ!!」

フードを被った男の人は焦りを隠そうともせず、お爺さんに声を荒げました。

「仕方ないのう、ほれっ、約束の金じゃ。これで十分じゃろう?」

「……おう。それじゃあ、爺も達者でな」

お金が入ったと思われる袋を受け取って、中身を確認した後、手短にそう言って、フードの人は部屋を出て行きました。

「……」

「さて、うるさい邪魔者はいなくなったことじゃし、儂は儂で楽しませてもらおうかのう」

そう言うと、お爺さんはこのときの私が見たこともない不安にさせる眼差しを向けてきました。

「い……いや、来ないでください!」

私は拒絶の声をあげたのですが、

「ふぉっふぉっふぉ、その表情、その声、そそられるのう」

なぜかかえってお爺さんを喜ばせてしまったようでした。

「うっ……」

お父様とお母様、お兄様達のお顔が浮かんで、消えると、私は悲しみと絶望で涙が浮かんで来ました。そこへ、

「う~ん、その子が可愛いのには激しく同意するけど、お爺さんはその子にナニをするつもりなのかな? その子の年齢なら『Yesロリータ! Noタッチ!!』だよ」

「へ?」

不意にかけられた男の子の声に、私は苛まれていた絶望を驚きの白に塗り替えられてしまいました。

続いて、ドシャァという音と共に先ほどこの部屋を出て行った男の人が地面に倒れていました。

「ふぉ? お前は!? ギャベェッ!?」

倒れた男の人がさっき部屋を出て行った人だと気づいたお爺さんは光に包まれて気絶してしまいました。

男の子の顔を見れば怒った顔で私に近寄って来ていたお爺さんに片手を向けて、睨んでいます。

彼はその片手を下ろして、私の視線に気がつくと、私に歩み寄ってきました。

「大丈夫? あっ、縄を解くね。よいしょっと」

「はい、ありがとうございます」

心配して、私を縛っている縄に気がついた私助けてくれた男の子は縄を解いてくれました。

あれ? この子のお顔に見覚えが……。

「おお~い、アル坊! 大丈夫か? って、指名手配中のベンジャミンと奴隷商人のペドロスじゃねえか! そっちの嬢ちゃんは被害者か?」

「うん、ナニかされそうだったみたいだけど、ギリギリ間に合ったみたい。【電撃】で気絶させといたから、2人を任せていいかな? 」

男の子は部屋に入って来た体の一部を守る鎧だけを身につけた男の人に答えつつ、手際よく、気絶している2人を私を縛っている縄といつのまにか取り出した縄で縛りました。

「おう、任せとけ! で、アル坊はこの後どうするんだ?」

「この子を連れていつもの親父さんのお店に行くよ!」

話についていけない私をそのままに私を助けてくれた男の子と協力者と思われる男の人は話を進めます。

「おお、美味いものが食えるのか? わかった。後で俺も顔出すぜ!」

「わかったよ」

「あの、助けていただきありがとうございました」

辛うじてお礼の言葉を私は口にできました。

「どういたしまして、いや、礼ならアル坊に言ってください。貴女を助けたのはそこのアル坊ですからね」

男の人は礼を言った私にそう笑顔で返すと、縄で縛られた2人を担いで部屋を出て行きました。

「あ、自己紹介が遅れてごめんね。僕の名は……ちょっと長くて呼びなれないから、みんなは短くしてアルって呼んでいるよ。よろしく」

「私はロザリア・サイフィ……ローザです。アル様、助けていただきありがとうございました」

私は本名と家名を名乗ることで、お父様達とサイフィス家の名に傷を付ける恐れがあることに思い至り、言い直して、咄嗟に家族が使っている愛称を名乗りました。

アル様はキョトンとされた後、

「堅苦しい様付けは友達同士だからいらないよローザ。立てるかい?」

満面の笑みを浮かべてアルさ……アルは私に手を差し伸べてくれました。

この日、私は初めて異性の友達ができました。
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