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1章
婚約者・ヘイズ
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ぎぃ、と玉座の間へ扉を開けて帰ってきたのは無骨な軽鎧に身を包む一人の男だった。
「……久しぶりだなセリス」
緊急の要件で西方の魔物を討伐していた勇者ヘイズは戻るなり玉座の間へ直行した。先触れは出していたし、黒髪はボサボサ、返り血で服や鎧は茶褐色に彩られ……焦げ茶の瞳は獲物を狙うかのように細められていた。
控えめに言って謁見の装いではない……現に玉座の間に控える文官や護衛の騎士たちは眉根を寄せて人類最強の勇者、ヘイズを睨む。せめて着替えくらいしてほしかったと。
「おいおい、ヘイズ……せめて俺にひと声かけてからにしてくれ」
砕けた口調でヘイズに声を掛けるアイゼン、同じパーティのよしみであるが……一部の文官の目は更に細められ、あからさまなため息も聞こえた。
「あ、悪い。 西方の魔物は制圧した」
「被害は?」
「いくつかの村や町で貯水池と畑が、同行した連中に復旧指示は出した」
「わかった。お疲れさん」
もういいぞ、と手を振りながらアイゼンは頭の中で資材の発送や復旧人員のシフトを宰相と打ち合わせようと考える。
とりあえず用を果たしたヘイズの目は、玉座の間の真ん中に一人佇む一人の女性。セリスへと向けられた。
薄いヴェールを被り、粛々と振り返るその姿は5年前と変わらず美しい。
「改めてセリス、久しぶりだな」
190センチ近くあるヘイズからしたらセリスを見下ろすような形になる。そのセリスに一歩ごと歩み寄り、ヘイズの心は踊る。
明らかに笑顔を浮かべるヘイズをそんなに嬉しいのかとアイゼンは目を細めて見守るが……はて、とアイゼンが首を傾げた。
ゆっくりとセリスに近づくヘイズが……なぜか腰に下げている聖剣『カラドボルグ』に手をかけたのだ。
「ヘイズ?」
念の為、なのだろうか?
確かにヘイズの持つ聖剣カラドボルグは銘を『深い溝』と打たれている通りにセリスの魔眼であっても空間そのものに溝を穿つため、一時的に効果を遮断できる。
この場にいる文官や騎士たちを守るためだろうか? つい今さっきの騒ぎで伝えるのを忘れていたがセリスの魔眼は……そもそも首がここに無い事を伝えようとアイゼンは口を開こうとした。
「……!!」
しかし、それよりも早くセリスはようやく会えた想い人に心弾ませているのだろう、手を組んで嬉しそうにヘイズに駆け寄り迎えようとしていた……。
が、ヘリヤだけは微妙な表情で天を仰ぐ。
まるで、とうとうこの時が来てしまったかと……。
「我が生涯……お前を一時も忘れたことはない」
低い声ではあるがよく通るヘイズの声、当然ここから愛の告白だろうかと先程まで顔をしかめていた文官たちですらおぉ、とセリスとヘイズを見守る。
「今日今こそ、お前と俺! どちらが生き残るか決着をつけよう!」
………………セリスが固まる。
アイゼンがぽかんと口を開ける。
文官がうわぁ、とドン引きする。
騎士たちが無表情で文官やアイゼンの警護のため、配置につく。
そして、ヘリヤが。
「うわ、やっぱり」
死んだような目で窓から望む青空を見上げた。
「魔王城で初めてあった時……俺は確信した。セリス、お前こそが魔族の頂点だと……我が一生をかけてお前を……倒す!!」
――ぱたん
「あ?」
綺麗に卒倒したセリスの体を、誰も助けようとはしない……というより不憫すぎて。
どうしようもできなかった。
◆◇―――◆◇―――◆◇―――◆◇
「婚約? 誰がだ?」
「お前だよこの唐変木、うわ、マジでこいつありえねぇ」
「セリスと会えると聞いてとても嬉しかった」
「さっきのは、倒すとかなんとかは嘘だよな?」
「本音だが?」
混じり気無しの本気の表情でヘイズはアイゼンに返答する。
あの後、すごく気まずい空気を察したのかヘイズもおろおろと剣を収め……文官や近衛騎士の冷たい視線に促される様に……仕方なくセリスを抱き上げ、逃げようとしたのだが、首がぽろんと落ちてしまいヘイズがさらに困惑することとなった。
「やはりそうでしたか。ヘイズ様、お久しぶりです。覚えてらっしゃいますか? ヘリヤです」
スカートをちょんとつまみお辞儀をするヘリヤにヘイズは頷く。
「もちろん覚えている。視界が入れ替わったり感触が狂ったり……苦戦した」
「アイゼン陛下、やっぱりこの人私達魔族を絶対殺すマンです」
「今から魔王城に出向く! ぜひ謝罪行脚させてくれっ!!」
大真面目にヘリヤを攻略する方法を脳裏に浮かべるヘイズに、アイゼンとヘリヤは揃ってため息を付く。
ちなみにセリスはヘリヤの判断で聴覚の感覚を切ってるので聞こえていないが……読心術で何を言ってるのか丸わかりなのでソファーに体は突っ伏して拳をぽふんぽふんとクッションに叩きつけていた。
優秀な分、余計に不憫である。
「なあヘイズ、お前俺が話した内容をちゃんと覚えているか?」
ちゃんと、をわかりやすく強調してアイゼンはヘイズを睨んだ。
「ああ、覚えている……魔王と共闘した旧王都での戦争から5年。あの時魔王と交わした約束通り人類とエルフ、ドワーフ、魔族が融和する為に力を尽くすと……そのためにアイゼンはラデンベルグを建国し、メアリアはエルフの王女に、デルピアはドワーフの王になった……そして、俺は魔族最強のセリスを倒すんだよな?」
「どうしてそうなったんだ……各国融和のためにセリス殿とお前が婚約するって言っただろうが!!」
「そういう方便で戦おうとしたんじゃないのか!?」
「無駄に裏読みしやがって……言葉のまんまだよ。お前、前にセリス殿のことを思ってるような事言ってたろ!!」
「ああ、思っている! 生涯のライバルだと! 彼女を倒せるのは俺だけで、反対に俺を倒せるのは彼女だけだ! この5年、この日をどれだけ待ちわびた事か」
「その目……本気か」
どうやらヘイズは本気でセリスを打倒するつもりらしい、アイゼンは頭を抱えてセリスを見ると力尽きたかのように……否、時折びくん、とはねていた。
「ヘリヤ殿……気づいておられたのか?」
「な、なんとなくは……とはいえセリ様は浮かれっぱなしで勘違いであったらいいなぁとずーーーっと思ってました、セリ様この5年間……魔力制御のためにめちゃくちゃ頑張ったので」
まあ、そのせいで更に魔眼の封印が難しくなったのは皮肉なものである。
「これは困ったな……このままではラデンベルグのみ婚姻発表ができなくなる。すでにメアリアとデルピアからは婚約もつつがなく進み、同時発表も可能だと連絡が来ているのだ」
「なにかまずいのか?」
ここまでの流れで全く理解できていないヘイズがアイゼンに問う。
閉口するアイゼンに代わりヘリヤが答える。
「各国で5年かけて婚約発表して魔族の移住も同じタイミングで始めるのですよ。知っての通り中央の魔族領は先の大戦で不毛の地ですからね……このままでは飢えるのは時間の問題。魔族は国家という軛を捨てて各国に散らばるのですよ。まだ偏見や差別も残ると考えてますのでそれを緩和し、融和の足がかりとする予定でした」
「そのためにセリスを討つんじゃなかったのか?」
「セリ様は貴方に想いを寄せていたんですよ……かわいそうなセリ様」
「ヘイズ、お前しばらく城に来るな。いくらなんでもセリス殿が可哀想だ」
「……うぐっ」
ヘイズはソファーで突伏するセリスに目を向けると……ちょうど顔のあたりに手を組んで、引きつくように背中が動いている。
いくら鈍感で女心のわからないヘイズでもわかった。
泣いているのだ。
そして。
「お前はもうちょっと女心と言うか、周りに気を配れ……」
アイゼンがぽん、とヘイズの肩に手をかけて放った言葉は……重く、深く、心に重しを乗せたのだった。
――こんこん
「? 入れ」
執務室の重くなった空気の中、ノックの音が響く。
アイゼンは呼んだ覚えはないが、宰相あたりが騒ぎを聞いて駆けつけてくれたのだろうかと入室の許可を出す。
扉を開け、一例の後に青い制服に身を包んだ若い衛兵が口を開いた。その視界の端にソファーに突っ伏した淑女の首なしがのたうち回ってるのは見ないことにして。
「失礼します。エルフの国『メアリアード』とドワーフの国『デルピアノ』より魔力通信による会議打診が来ております」
「……急だな。何かあったのか?」
「いえ、何やら上機嫌だったと聞いております」
「わかった、すぐに行くと返答を……ご苦労だった。ケビン」
「!? は! ありがとうございます! 陛下! では失礼します」
まさか名前を覚えてもらっているとは思わなかったケビンが踵を返すのを見て、ヘイズがアイゼンに声を掛ける。
「名前、覚えているのか?」
「当然だ、城の従者、兵、文官に至るまで全員の名は覚えておくのが礼儀だろう。共に国を支える仲間でもある」
「すごいな……」
「まあ、だから俺が王になったんだがな。お前の代わりに……ほら、いつまでもそんな返り血だらけで城内をうろつくな。後で行くから自宅待機してろ」
「わかった」
「ヘリヤ殿、私が戻るまでこの部屋は誰も入室できぬようにする。セリス殿を頼む……」
「お気遣いありがとうございます陛下」
では、とアイゼンはしっかりとした足取りで執務室を出る。
しばらくヘイズは何かを口にしようとしては、結局言葉にできず……すごすごと執務室を出ていった。
流石にヘリヤもその背に掛ける言葉はなく、セリスの背を優しくなでて聴覚をつなぎ直す。
「セリ様、これでおわかりになったでしょう? お辛いでしょうが人族との共存は……まだセリ様にはお早いのです。戻りましょう、城に……今回はただただ事を急いてしまったが故の事故でございます」
せめて、勇者が……ヘイズがセリスを受け入れてくれていれば話しは別だった。そもそも偏見や差別は承知の上、それを拭うために来たと言っても過言ではない。
しかし、今のセリスに誰が言えるだろうか?
想い人のため、この国を要らぬ混乱や被害を防ぐために首を落とすという覚悟までして……その想い人に振られるだけならまだしも、袖にもされないまま殺し合おうと言われたのだ。
その悲しみはヘリヤでは計り知れない。
結局、いそがしかったのか夜中になるまでアイゼンは戻らず。宰相の手配で用意された客室へ……ようやく動く気力が出たセリスを連れてヘリヤは暗い城内を二人で歩いたのだった。
「……久しぶりだなセリス」
緊急の要件で西方の魔物を討伐していた勇者ヘイズは戻るなり玉座の間へ直行した。先触れは出していたし、黒髪はボサボサ、返り血で服や鎧は茶褐色に彩られ……焦げ茶の瞳は獲物を狙うかのように細められていた。
控えめに言って謁見の装いではない……現に玉座の間に控える文官や護衛の騎士たちは眉根を寄せて人類最強の勇者、ヘイズを睨む。せめて着替えくらいしてほしかったと。
「おいおい、ヘイズ……せめて俺にひと声かけてからにしてくれ」
砕けた口調でヘイズに声を掛けるアイゼン、同じパーティのよしみであるが……一部の文官の目は更に細められ、あからさまなため息も聞こえた。
「あ、悪い。 西方の魔物は制圧した」
「被害は?」
「いくつかの村や町で貯水池と畑が、同行した連中に復旧指示は出した」
「わかった。お疲れさん」
もういいぞ、と手を振りながらアイゼンは頭の中で資材の発送や復旧人員のシフトを宰相と打ち合わせようと考える。
とりあえず用を果たしたヘイズの目は、玉座の間の真ん中に一人佇む一人の女性。セリスへと向けられた。
薄いヴェールを被り、粛々と振り返るその姿は5年前と変わらず美しい。
「改めてセリス、久しぶりだな」
190センチ近くあるヘイズからしたらセリスを見下ろすような形になる。そのセリスに一歩ごと歩み寄り、ヘイズの心は踊る。
明らかに笑顔を浮かべるヘイズをそんなに嬉しいのかとアイゼンは目を細めて見守るが……はて、とアイゼンが首を傾げた。
ゆっくりとセリスに近づくヘイズが……なぜか腰に下げている聖剣『カラドボルグ』に手をかけたのだ。
「ヘイズ?」
念の為、なのだろうか?
確かにヘイズの持つ聖剣カラドボルグは銘を『深い溝』と打たれている通りにセリスの魔眼であっても空間そのものに溝を穿つため、一時的に効果を遮断できる。
この場にいる文官や騎士たちを守るためだろうか? つい今さっきの騒ぎで伝えるのを忘れていたがセリスの魔眼は……そもそも首がここに無い事を伝えようとアイゼンは口を開こうとした。
「……!!」
しかし、それよりも早くセリスはようやく会えた想い人に心弾ませているのだろう、手を組んで嬉しそうにヘイズに駆け寄り迎えようとしていた……。
が、ヘリヤだけは微妙な表情で天を仰ぐ。
まるで、とうとうこの時が来てしまったかと……。
「我が生涯……お前を一時も忘れたことはない」
低い声ではあるがよく通るヘイズの声、当然ここから愛の告白だろうかと先程まで顔をしかめていた文官たちですらおぉ、とセリスとヘイズを見守る。
「今日今こそ、お前と俺! どちらが生き残るか決着をつけよう!」
………………セリスが固まる。
アイゼンがぽかんと口を開ける。
文官がうわぁ、とドン引きする。
騎士たちが無表情で文官やアイゼンの警護のため、配置につく。
そして、ヘリヤが。
「うわ、やっぱり」
死んだような目で窓から望む青空を見上げた。
「魔王城で初めてあった時……俺は確信した。セリス、お前こそが魔族の頂点だと……我が一生をかけてお前を……倒す!!」
――ぱたん
「あ?」
綺麗に卒倒したセリスの体を、誰も助けようとはしない……というより不憫すぎて。
どうしようもできなかった。
◆◇―――◆◇―――◆◇―――◆◇
「婚約? 誰がだ?」
「お前だよこの唐変木、うわ、マジでこいつありえねぇ」
「セリスと会えると聞いてとても嬉しかった」
「さっきのは、倒すとかなんとかは嘘だよな?」
「本音だが?」
混じり気無しの本気の表情でヘイズはアイゼンに返答する。
あの後、すごく気まずい空気を察したのかヘイズもおろおろと剣を収め……文官や近衛騎士の冷たい視線に促される様に……仕方なくセリスを抱き上げ、逃げようとしたのだが、首がぽろんと落ちてしまいヘイズがさらに困惑することとなった。
「やはりそうでしたか。ヘイズ様、お久しぶりです。覚えてらっしゃいますか? ヘリヤです」
スカートをちょんとつまみお辞儀をするヘリヤにヘイズは頷く。
「もちろん覚えている。視界が入れ替わったり感触が狂ったり……苦戦した」
「アイゼン陛下、やっぱりこの人私達魔族を絶対殺すマンです」
「今から魔王城に出向く! ぜひ謝罪行脚させてくれっ!!」
大真面目にヘリヤを攻略する方法を脳裏に浮かべるヘイズに、アイゼンとヘリヤは揃ってため息を付く。
ちなみにセリスはヘリヤの判断で聴覚の感覚を切ってるので聞こえていないが……読心術で何を言ってるのか丸わかりなのでソファーに体は突っ伏して拳をぽふんぽふんとクッションに叩きつけていた。
優秀な分、余計に不憫である。
「なあヘイズ、お前俺が話した内容をちゃんと覚えているか?」
ちゃんと、をわかりやすく強調してアイゼンはヘイズを睨んだ。
「ああ、覚えている……魔王と共闘した旧王都での戦争から5年。あの時魔王と交わした約束通り人類とエルフ、ドワーフ、魔族が融和する為に力を尽くすと……そのためにアイゼンはラデンベルグを建国し、メアリアはエルフの王女に、デルピアはドワーフの王になった……そして、俺は魔族最強のセリスを倒すんだよな?」
「どうしてそうなったんだ……各国融和のためにセリス殿とお前が婚約するって言っただろうが!!」
「そういう方便で戦おうとしたんじゃないのか!?」
「無駄に裏読みしやがって……言葉のまんまだよ。お前、前にセリス殿のことを思ってるような事言ってたろ!!」
「ああ、思っている! 生涯のライバルだと! 彼女を倒せるのは俺だけで、反対に俺を倒せるのは彼女だけだ! この5年、この日をどれだけ待ちわびた事か」
「その目……本気か」
どうやらヘイズは本気でセリスを打倒するつもりらしい、アイゼンは頭を抱えてセリスを見ると力尽きたかのように……否、時折びくん、とはねていた。
「ヘリヤ殿……気づいておられたのか?」
「な、なんとなくは……とはいえセリ様は浮かれっぱなしで勘違いであったらいいなぁとずーーーっと思ってました、セリ様この5年間……魔力制御のためにめちゃくちゃ頑張ったので」
まあ、そのせいで更に魔眼の封印が難しくなったのは皮肉なものである。
「これは困ったな……このままではラデンベルグのみ婚姻発表ができなくなる。すでにメアリアとデルピアからは婚約もつつがなく進み、同時発表も可能だと連絡が来ているのだ」
「なにかまずいのか?」
ここまでの流れで全く理解できていないヘイズがアイゼンに問う。
閉口するアイゼンに代わりヘリヤが答える。
「各国で5年かけて婚約発表して魔族の移住も同じタイミングで始めるのですよ。知っての通り中央の魔族領は先の大戦で不毛の地ですからね……このままでは飢えるのは時間の問題。魔族は国家という軛を捨てて各国に散らばるのですよ。まだ偏見や差別も残ると考えてますのでそれを緩和し、融和の足がかりとする予定でした」
「そのためにセリスを討つんじゃなかったのか?」
「セリ様は貴方に想いを寄せていたんですよ……かわいそうなセリ様」
「ヘイズ、お前しばらく城に来るな。いくらなんでもセリス殿が可哀想だ」
「……うぐっ」
ヘイズはソファーで突伏するセリスに目を向けると……ちょうど顔のあたりに手を組んで、引きつくように背中が動いている。
いくら鈍感で女心のわからないヘイズでもわかった。
泣いているのだ。
そして。
「お前はもうちょっと女心と言うか、周りに気を配れ……」
アイゼンがぽん、とヘイズの肩に手をかけて放った言葉は……重く、深く、心に重しを乗せたのだった。
――こんこん
「? 入れ」
執務室の重くなった空気の中、ノックの音が響く。
アイゼンは呼んだ覚えはないが、宰相あたりが騒ぎを聞いて駆けつけてくれたのだろうかと入室の許可を出す。
扉を開け、一例の後に青い制服に身を包んだ若い衛兵が口を開いた。その視界の端にソファーに突っ伏した淑女の首なしがのたうち回ってるのは見ないことにして。
「失礼します。エルフの国『メアリアード』とドワーフの国『デルピアノ』より魔力通信による会議打診が来ております」
「……急だな。何かあったのか?」
「いえ、何やら上機嫌だったと聞いております」
「わかった、すぐに行くと返答を……ご苦労だった。ケビン」
「!? は! ありがとうございます! 陛下! では失礼します」
まさか名前を覚えてもらっているとは思わなかったケビンが踵を返すのを見て、ヘイズがアイゼンに声を掛ける。
「名前、覚えているのか?」
「当然だ、城の従者、兵、文官に至るまで全員の名は覚えておくのが礼儀だろう。共に国を支える仲間でもある」
「すごいな……」
「まあ、だから俺が王になったんだがな。お前の代わりに……ほら、いつまでもそんな返り血だらけで城内をうろつくな。後で行くから自宅待機してろ」
「わかった」
「ヘリヤ殿、私が戻るまでこの部屋は誰も入室できぬようにする。セリス殿を頼む……」
「お気遣いありがとうございます陛下」
では、とアイゼンはしっかりとした足取りで執務室を出る。
しばらくヘイズは何かを口にしようとしては、結局言葉にできず……すごすごと執務室を出ていった。
流石にヘリヤもその背に掛ける言葉はなく、セリスの背を優しくなでて聴覚をつなぎ直す。
「セリ様、これでおわかりになったでしょう? お辛いでしょうが人族との共存は……まだセリ様にはお早いのです。戻りましょう、城に……今回はただただ事を急いてしまったが故の事故でございます」
せめて、勇者が……ヘイズがセリスを受け入れてくれていれば話しは別だった。そもそも偏見や差別は承知の上、それを拭うために来たと言っても過言ではない。
しかし、今のセリスに誰が言えるだろうか?
想い人のため、この国を要らぬ混乱や被害を防ぐために首を落とすという覚悟までして……その想い人に振られるだけならまだしも、袖にもされないまま殺し合おうと言われたのだ。
その悲しみはヘリヤでは計り知れない。
結局、いそがしかったのか夜中になるまでアイゼンは戻らず。宰相の手配で用意された客室へ……ようやく動く気力が出たセリスを連れてヘリヤは暗い城内を二人で歩いたのだった。
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