首無し令嬢の政略結婚 ~身体一つじゃ悪いのでしょうか!?~

灰色サレナ

文字の大きさ
4 / 11
1章

これからの事

しおりを挟む
「困ったことになった」

 魔王城最深奥、作戦会議室。
 戦時中は幾度となく将軍や魔王が活用した魔王城の心臓部。
 盗聴対策はもとより物理、魔法にも強い魔鉱製の最新鋭の防御構造を用い最終的には旧人族の王都『ヘイムダル』へ攻め入る際、エルフ、ドワーフ、人間、魔族が手を取り合った初めての場所でもある。

 まあ、今となってはその防御性能をとある一人の令嬢のために貸し切り中なのだが……。

「いかがでしょう執事長様、僭越ながらラーズグリーズに案がございます」
「却下だ」
「今すぐお嬢様の首を空挺騎士のドラゴンを借りてラデンベルグに届けて、私とヘリヤ、お嬢様の三人で焼け野原に変えるのです。もちろん民の皆様にはご避難いただきまして、メッタメタにするのはあの忌々しい勇者のみでございます」
「……却下だラーズグリーズ。私怨ではないか」
「ちっ」
「お嬢様の前で舌打ちはいかがなものかと思うぞ、まあ……勇者に一番コテンパンにやられたのはヘリヤとお主じゃからわからんでもないが」

 髭を撫でながら片眼鏡の位置を直す執事長、左側の角が折れているがそれでもなお未だに魔族でも屈指の実力者である。
 そして、魔王亡き後……魔族を統率するものとして有名な人物だ。

「どうしてこうなってしまったのでしょう」
「なに、些細ささいな行き違いは世の常……ヘリヤの予想が当たってほしくはなかったが……まずはセリス様の傷心を癒すのが先決。アイゼン陛下は勇者と違い聡明で理知的である。ヘリヤもああ見えて交渉事には強い、向こうは後回しで良い」

 実際、亡き魔王もアイゼンには一目置いていてはかりごとについては自分すら凌ぐと執事長に漏らしていたこともあった。
 短絡的な解決方法は決して選ばないだろうし、なにかやるにしても自分たちに相談はあるだろう。

「セリスお嬢様。まだ起きませんね」
「それはまあ、あれだけ泣けばなぁ」

 会議室のテーブル、その上座の位置にセリスの頭は鎮座していた。
 先程まで大号泣しながら「あんまりだわぁぁ!! もうある意味死んでるようなものなのに! これが本当の死体蹴り……ふふふ、あはは……ではありませんわぁぁぁ!!」と今まで聞いた事が無いような言葉を叫びまくって……つい1時間ほど前に泣きつかれてすやすやと眠っている。

 両目は赤く腫れぼったくなって、頬には二筋の跡がついたままだ。

「両思いだと思って首を落としてまで傍に居たいと向かったら、一騎打ちを挑まれてしまうだなんて……私だったらその場で自害しますね」
「縁起でもないことを言うなラーズグリーズ、さて……ご機嫌取りに何を作ろうか?」
「やはりクッキーではないですか? 執事長のクッキーはお嬢様の大好物です」
「クッキーか……わかった。ここは任せてもよいか?」
「畏まりました、ご安心ください」

 とりあえずご機嫌取りにクッキーを作るため、執事長は出口に向かう……その耳にすぅ、すぅ、とセリスの穏やかな寝息が届く。

「美味しいクッキーを持ってくる、今は眠れ……セリスよ」

 ぽつりと、ラーズグリーズにも聞こえないほど小さな声でつぶやきながらドアを閉めた。
 ところどころ老朽化したとはいえ、執事長も含めて毎日清掃に勤しんでいる魔王城はチリ一つ無い。かつては活気があり人々が行き交う城の廊下を懐かしみながら執事長は進む。

 そうして、たっぷり作戦会議室から距離を取った頃。

「不甲斐のう御座います。陛下……儂がもっと、あのあんぽんたん脳筋勇者を事前に把握していれば」

 こつん、と廊下の壁に頭を当て……愚痴をこぼす。
 魔王の遺言に異論など無い、エルフもドワーフも当時の人族の王に騙されていただけで……勇者一行が魔王と対峙した際に誤解が解けた後はとても頼もしく、今では魔王領が飢えぬようにと食料支援や移住のための準備を続けていてくれていた。

 だからこそ、魔族は国家を捨てる決断ができたのである。

「根が素直にも程がありましょう……あれではセリス様がむくわれませぬ」

 想像をはるかに超える勇者の朴念仁というか的はずれな考えに、執事長も軽く……こう、得意な大鎌を素振りしたくなったが……悪人ではない。でなければ魔王も彼を戦友だと認めなかっただろう。

「この老いぼれの命でもなんでもくれてやる。セリスが幸せになるためならば……何かいい手は」

 そんな魔王の忘れ形見、セリスの幸せは魔族にとっても待望される。かの英雄である勇者との婚姻はきっと魔族にとっても希望となるはず……だった。
 
「執事長?」

 そんな彼に一人の侍女が声をかける。
 ちょうど廊下を掃除中だったのだ。

「む? ああ、掃除中であったか。いつも綺麗に掃除をしてくれて魔王様も喜んでくれているであろう」
「ふふ、ありがとうございます。どうなされたのですか? こんなところで」
「いやなに、セリスお嬢様にクッキーを焼こうと思ってな」
「まあ、素敵ですね。そう言えばもうそろそろヘリヤメイド長がセリス様の体と共にラデンベルグにご到着される頃でしたか。人族の皆様驚かれるかと思いますが……きっとセリス様のお優しさやお人柄、受け入れてもらえますよ」
「もちろんだ。では、儂はこれで……」

 そそくさとメイドの脇を通り抜け、執事長は早足で大食堂の厨房へ向かう。言えない、婚約相手に決闘を挑まれて大失恋の真っ最中だなんて。


 ◆◇―――◆◇―――◆◇―――◆◇


 場所は戻って、ラデンベルグの魔導通信所。

「急な連絡だったな……どうしたメアリア、デルピア」

 大きな水晶の板に映し出される2つの映像、左側には穏やかな顔つきで左耳に大きな火傷の跡が残るエルフ国の女王、メアリア。右側には頭を剃り上げ、豊かな黒いヒゲを蓄えたいかにも戦士といったドワーフ、デルピアだ。

「聞いてよアイゼン、ものすごく可愛い娘ができたのよ!! お母様だって!! きゃああああぁぁぁ!!」
「聞けアイゼン、俺はあの二人に国を譲る。きっとドワーフの国は更に発展する!!」
「……順番に話せよ、理由がわからん」
「「魔族の件だ(よ)!!」」

 興奮した二人の戦友をなんとかなだめ、聞いてみると……アイゼンの胃がきりきりと痛む。
 なんと羨ましいことだろう、エルフの国では女王であるメアリアの長男、つまり王子と魔族の婚約者が早くも仲睦まじく……国中のエルフに受け入れられたという。

 なんと喜ばしいことだろう、ドワーフの国では王であるデルピアの一番弟子の鍛冶師と魔族の婚約者が早くも意気投合し……デルピアが生涯をかけて挑む神鋼の制作を始め、一気に成果が出始めたのだ。もちろんそれに嫉妬するデルピアではない、己も加わりまるで親子のように鍛冶場で鉄を打つ姿はドワーフの名物になりそうだという。

「で、セリス嬢はどうなんだ?」
「あの唐変木、ちゃんと告白を受け入れたのかしら? 見たかったわぁ」

 成功を疑ってない戦友二人に、アイゼンの目が死ぬ。

「「どうした?」」
「セリス殿は、傷心中であのバカは自宅謹慎処分にした」
「「……え?」」
「首まで落として我が国を重んじてくれたセリス殿に、アイツ……アイツ、一騎打ちの勝負を挑んだ上に……生涯のライバルだと言い切りやがった」

 お通夜のほうがマシ、物理的に重いのではないかという位の空気に押しつぶされそうになる三人はしばらく絶句して……。

「魔王殿にあの世で殺されるな、アイゼン」
「その前にあの執事長に首を跳ねられますわね、アイゼン」
「諦めるなよ!? 助けろよ!! セリス殿が幸せになるなら何でもしてやりたいが詰んでるんだよこっち!! 初手チェックメイトなんだって!!」
「「無理だろ」」
「だよなぁ……」

 そもそも一番安牌だったはずのセリスの婚約、セリスはヘイズに恋心を寄せ、聡明で人間の事を良く学び国のためになりたいと何度も書簡でやり取りをしていただけに……根本的に勇者そのものが脳筋で倒そうとしているだなんて予想もつかなかった。

 魔王からも「娘を頼む」と頼まれていた際「俺にしかできない、任せろ」と自信満々だったのだ。ああ、これはいい夫婦になるとその場に居た誰もがそう思っていたのである。

 まさか、俺にしか倒せない、確実に倒そうという意味で請け負っていたとは魔王ですら思っていなかったであろう。草葉の陰でハンカチを咥えて泣いているかもしれない。

「べ、別な方と婚約するのは? どなたか良い方は居られませんの?」
「エルフやドワーフと違い人間側の魔族への遺恨はいまだ根強い……そう簡単に見つかればいいが」
「だろうな、だからこそセリス嬢に白羽の矢が立ったのだからな……あの子ほど自愛に満ちた者もなかなか居ない。魔眼とあの魔力さえなければ死の令嬢など言われることもないのに」
「というわけで絶賛アイディア募集中だ。このままでは俺は3日足らずで鬱になる」

 ぶっちゃけ怖くて、まだ魔王城へ連絡を取ってない……ヘリヤの話ではこちらの状況は伝わってるのでなお怖い。
 三人寄れば文殊の知恵とは言うものの……結局いい案は浮かばないまま夜は更けてゆくのであった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

処理中です...