僕らと異世界

山田めろう

文字の大きさ
5 / 41
第一章 招かれた者達

しおりを挟む
 会場の外へは意外にもあっさりと出られた。
 石造りの大きな廊下。
 前後に伸びる赤い絨毯は、その廊下が延々と続きそうな錯覚を覚えさせる。地下と比べれば明るいそこも、夜と意識するだけで少しばかり暗がりを帯びている気がする。夜の気配、というものだろうか。
 クロム王の言葉を聞いてもそうだったが、僕らはよほど大事な存在らしい。一定間隔で兜と鎧姿の人達が壁沿いに立っていた。
 何度か視線を向けられている気がするけど、特に歩き出す僕を止めるというわけではないようだ。
 あてがあるわけではなかった。
 ただ、僕は考え事があるとじっとしていられない質で、こうして歩いている方が落ち着くのだ。

(悩み事があると、よく散歩してたなぁ)

 昼間は学校に行っているから、必然的にその散歩は夜になっていたけど。
 けど、僕はそんな夜の散歩が決して嫌いではなかった。
 何より音が少ないし、すれ違う人もまばらだから、その静寂というか・・・・・・そういう雰囲気が気に入っていたんだと思う。
 だからだろう。自然と足は明かりが少ない方へと向いていき、僕はやがて風を感じる場所に来ていた。

「・・・・・・あ、月」

 ぽつり、と声がもれる。
 ふと空間が開けた感覚に見上げてみると、そこには三日月が真っ暗な視界の中、くっきりと浮かび上がっていた。
 思えば、ここに来て初めて外に触れたかもしれない。
 建物の中心部にあるせいか、僕にあてがわれた部屋は窓がなかったし、今の今まで落ち着いて城内を歩くこともなかった。

「結構、寒いな」

 いや、正直なところ、かなり寒い。
 吐く息は白く、寒さを意識した途端に身震いするほどの冷気を感じた。
 どうやら、ここは寒さの厳しい土地みたいだ。何かの明かりかなぁ、なんて呑気に見ていたものは、ちらりちらりと舞う雪だった。

「呆れたな。上着も羽織らず、回廊で雪月夜にふけるとは」

 骨まで凍みるような寒さに身を縮ませながら、僕は反射的に声の方へと振り向く。
 そこには、一人の女性がいた。
 月光を反す波打つ銀色の長髪に、絵画の世界から出てきたかのような美しい顔立ち。
 僕へ向けた言葉とは裏腹に、その女性は両肩を出した黒いドレスを着こなしている。見た目だけで言えば、僕よりもずっと寒そうだが、その女性は身震い一つする素振りさえなかった。

「あ・・・・・・こ、こんばんは」

 白状すれば、もう少しまともな台詞はなかったのかと、言い終わった僕でさえショックを受けるほど、場違いな挨拶だったと思う。
けれど、一度口に出したものを引っ込めることはできず、僕は震えるままその女性の反応を待った。
 銀の女性は、その青い瞳を伏せると小さくため息を吐き、淡く紅を帯びた薄い唇を開く。

「後ろに控えているその者達、見ておらずこの者に寒さを凌ぐものを用意致せ」

 すると、僕が「控えている者?」と振り返るよりも早く、メイド姿の女性が一人、大慌てで僕に厚手の上着を着せてくれた。
 未だ足は寒いけれど、首周りに毛皮があしらわれたその上着はとても暖かく、思わず表情が緩んでしまった。

「そなた、異人の者であろう?」
「え・・・・・・あ、はいっ! そうです・・・・・・たぶん」
「次からは、専属の者でも控えさせておくのだな。ここは北境の王国。寒さに関しては容赦がない」
「は、はい。気をつけます」

 ぴしゃり、と銀の女性は言い放つ。もの凄い美人だが、それだけに時折鋭くなる視線は、一切の反論を許さない威力を秘めている。

「あの・・・・・・いじんって、僕たちみたいな人をそう呼ぶんですか?」

 今更と言えば今更か。
 クロム王が散々、異人の諸君と口にしていたから、なんとなく僕らのことなんだろうなーとは思っているけど。

「そうだ。異なる人と書いて、異人と読む。この世界を生まれとしない、起源と理を別に持つ者達だ」
「は、はぁ・・・・・・」
「故に、父上をはじめ多くの人間が最後の希望と縋る存在でもある」

 そ、そうなんだ。
 人間と魔族の争いがうんぬんって言っていたから、魔王を倒せ、とかそういう予想はあったけど、この女性の口ぶりからして、僕らに寄せられた期待は尋常ではない風に感じる。
 だって縋るって・・・・・・あまり良い意味で使う言葉じゃない、よね?
 そんな僕の不安が表情に出てしまったのか、銀の女性はこちらを一瞥すると、外へと視線を投げた。

「人は、手段を選ばぬものだ。どのような犠牲も、人類の未来という免罪符の前では然るべきとして、受け入れられる。・・・・・・例えそれが、何の罪もない者達を地獄の釜へ引きずり込む行為だったとしても、な」

 ふと、その女性の瞳は愁いを帯びたように見えた。

「少年」
「は、はい?」
「これは運命の悪戯だ。私はそなたと出会うつもりはなかったが、互い運に恵まれている方ではない。・・・・・・今夜のことは、胸の内にしまっておけ。よいな?」
「・・・・・・はい」

 僕が素直に頷くと、その女性はドレスの裾を揺らしながら踵を返した。

「あ、あのっ」

 その遠ざかる背を、僕は及び腰な口調で呼び止めていた。
 凜とした銀の女性は、やはり僕とは違う世界の住人なのだろう。
 どうしても、その重苦しい鎧のような雰囲気に気圧されてしまうが、僕には言わなければいけないことがあった。

「この上着、ありがとうございました」

 きっと、この女性が促してくれなければ、僕は未だに寒さで震えていたかもしれない。だから、せめてお礼だけは言わないと。
 数秒の沈黙が流れ、背を向けたまま立ち止まっていた女性は、振り返ることなく――。

「・・・・・・私は、その言葉を受け取る資格を持ち合わせていない」

 ――そう残して、その場を去って行った。
 その人の姿が見えなくなった頃、僕もまたその場を後にする。
 やはりというか、振り向いた先には数名の兵士の人達とメイドさん達が遠巻きに様子を伺っていた。
 おそらく声をかけるタイミングを見計らっていたのだろう。
 夕食の会場へ戻ろうとする僕へ、メイドさん達が「下は寒くございませんか」と、不安そうに駆けてくる。
 確かに足は寒いけど、この上着がびっくりするくらい暖かいから平気だった。

「大丈夫です。ありがとうございます」

 軽く頭を下げながら、僕は「心配ありません」と伝え来た道を戻る。
 その間、先ほどの女性が残した言葉が、不思議と脳裏で繰り返されていた。

 ――私は、その言葉を受け取る資格を持ち合わせていない。

 この時、僕はまだその言葉の意味も、真意も知らなかった。
 その女性ひとがいつか、僕が乗り越えなければいけない、最初の試練だということさえも。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜

のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、 偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。 水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは―― 古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。 村を立て直し、仲間と絆を築きながら、 やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。 辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、 静かに進む策略と復讐の物語。

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

間違い召喚! 追い出されたけど上位互換スキルでらくらく生活

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は20歳独身、名は小日向 連(こひなた れん)うだつの上がらないダメ男だ ひょんなことから異世界に召喚されてしまいました。 間違いで召喚された為にステータスは最初見えない状態だったけどネットのネタバレ防止のように背景をぼかせば見えるようになりました。 多分不具合だとおもう。 召喚した女と王様っぽいのは何も持っていないと言って僕をポイ捨て、なんて世界だ。それも元の世界には戻せないらしい、というか戻さないみたいだ。 そんな僕はこの世界で苦労すると思ったら大間違い、王シリーズのスキルでウハウハ、製作で人助け生活していきます ◇ 四巻が販売されました! 今日から四巻の範囲がレンタルとなります 書籍化に伴い一部ウェブ版と違う箇所がございます 追加場面もあります よろしくお願いします! 一応191話で終わりとなります 最後まで見ていただきありがとうございました コミカライズもスタートしています 毎月最初の金曜日に更新です お楽しみください!

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました! 【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】 皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました! 本当に、本当にありがとうございます! 皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。 市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です! 【作品紹介】 欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。 だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。 彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。 【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc. その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。 欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。 気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる! 【書誌情報】 タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』 著者: よっしぃ イラスト: 市丸きすけ 先生 出版社: アルファポリス ご購入はこちらから: Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/ 楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/ 【作者より、感謝を込めて】 この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。 そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。 本当に、ありがとうございます。 【これまでの主な実績】 アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得 小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得 アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞 第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過 復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞 ファミ通文庫大賞 一次選考通過

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

処理中です...