極甘マリアージュ ~桜井家三女の結婚事情~

有允ひろみ

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1巻

1-2

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 隼人は注意深くハンドルを切り、車を駐車場に滑り込ませる。そして、急いで車から出ると、建物の中を通ってエントランスに向かった。入り口の自動ドアを開けて外に飛び出す。
 緑色の傘の前に回り込み、持ち主の顔を覗き込んだ。

「やっぱり! 花、こんなところで何をしているんだ?」
「あ、隼人お兄ちゃん。よかった、帰ってきてくれて」

 まるで雨の日に捨てられた子猫のような姿で、花が微笑んだ。

(これだから、放ってはおけないんだ)

 矢も盾もたまらず、隼人は大きく腕を広げ、花を抱きしめた。そして、花の頭を自分の胸に押し付け、濡れた髪に唇を寄せるのだった。


     ◇ ◇ ◇


「はっくしゅん!」
「おいおい、大丈夫か? ほら、早く風呂に入らないと風邪を引くぞ」
「うん。ごめん、じゃあちょっと行ってくるね」
「ああ、ちゃんと温まってから出てくるんだぞ」

 隼人にうながされて、花は急ぎ足でバスルームに向かった。
 脱衣所で濡れた服を脱ぎながら、洗面台の鏡を見る。

(うわぁ、私ったらこんなにみっともない姿になってたの?)

 髪の毛は濡れてペタンコになっているし、目尻に入れたアイライナーがにじんでパンダみたいな顔になっている。
 こんな事なら、メイクなんかしなければよかった。

(やり慣れないメイクなんかするから、こんな事になるんだよね)

 普段申し訳程度にしかメイクをしない花は、アイライナーなどめったに手にする事はなかった。まともにメイクをしたのは早紀の結婚式以来だし、その時もまどかに手伝ってもらったくらいだ。
 いい年をして、ろくにメイクもできないなんて、我ながら情けない。
 張り付いた衣類を脱ぎ終え、花はバスルームのドアを開けた。
 中は石鹸せっけんのいい香りが立ち込めており、花は大きく息を吸い込んで深呼吸をする。

(ああ、暖かい。……それに、素敵なバスルームだなぁ)

 花は中を見回しながら、冷えた身体にお湯をかけた。
 さっきスイッチを入れたばかりなのに、バスタブにはもうたっぷりとお湯が張られている。
 さすが、新築のタワーマンション。何もかもピカピカで、設備も最新式のものが使われているみたいだ。
 花は湯船に入り、ぐっと脚を伸ばす。

「おぉ~っ」

 思わずうなり声が出るほど気持ちがいい。バスタブはかなり広く、伸ばしたつま先が向こうがわに届かないくらいだ。

「すごいなぁ。こういうの、スタイリッシュって言うのかな?」

 マンションの中も外も、持ち主と同じで見るからにかっこいい。

「はぁ~快適、快適……っとと。うわっ!」

 うっかり手足を伸ばしすぎて、お尻が湯の中で浮いてしまった。
 とっさにバスタブを掴もうとした指がくうを切り、そのままトプンと頭が水没する。一瞬おぼれたようになり、花は驚いて手足をばたつかせた。
 よほど大きな音がしたのだろう。
 花が湯船の上に顔を出したところで、あわてて駆けつけてきたらしい隼人の声がドアの向こうから聞こえてきた。

「花、どうした? 大丈夫か?」
「う、うん! 大丈夫! ちょっと湯船の中で滑っちゃって」

 大きく出した声が、バスルームの中に響き渡る。

「……そうか。着替え、適当に持ってきたから、ここに置いておくぞ」
「ありがとう!」

 ドアのすりガラス越しに去っていく隼人の姿を見送り、花は濡れた顔をてのひらでごしごしとこすった。

(何やってんのよ、私!)

 花は自分のドジっぷりに、心底がっかりする。
 礼子にお使いを頼まれてからの五日間、花は毎日フェイスパックをして、パーマっ気のない肩までの髪の毛を丹念に洗い続けた。そのおかげか、肌は以前よりぷるぷるになったし、髪のつやも増したように思う。
 だけど、雨に濡れたせいで、せっかくのヘアケア効果は台無しになってしまった。
 花は湯気の中で大きなため息を吐く。
 思い返してみれば、隼人と二人きりで話すなんて、小学校の卒業式以来だ。あの時、彼は大学を卒業して実家を出る準備をしていた。

『卒業おめでとう』

 そう言って頭をよしよしと撫でてもらい、そのあと少しだけ彼と話した。

(あの時だって、せっかく隼人お兄ちゃんが話しかけてくれていたのに、ろくな返事ができなくって……)

 花は昔から、隼人に関する事だけは、いろいろとから回りする傾向にあった。
 好きすぎて気持ちを制御できず、トンチンカンな対応をしたり、挙動不審になったり。
 そもそも、彼は花が恋をしてはいけない相手だった。それが二転三転したあげく、今は彼の〝許嫁いいなずけ〟という立場になっていて――

(隼人お兄ちゃんは、私の〝許嫁いいなずけ〟になった事をどう思ってるんだろう……)

 肩までお湯にかりながら、花は極力避けてきた疑念について考える。
 もしかして、「冗談じゃない!」とか思っているのではないだろうか?
 繰り下がってきた花なんて、とんでもないと思っていたら?
 自分で考えた事に、自分で落ち込んでしまう。

「……っと、のぼせちゃう!」

 花は、ハッとして湯船から立ち上がる。
 隼人の事になると、つい時を忘れてしまうのは花の悪い癖だった。しかも今は、彼のマンションにお邪魔して、お風呂に入らせてもらっている状況だ。

(落ち着いて、花!)

 片想いの時期が長すぎて、どうにも頭がテンパってしまっている。
 手早く身体を洗い、簡単にバスルームの掃除をした。
 外に出ると、洗面台の上にバスタオルが置かれている。急いで身体を拭き、用意してもらった白いTシャツと、スウェットの上下を着た。

(これ、隼人お兄ちゃんのだよね。……く……くぅ~っ……)

 そう思うだけで、胸がキュンとなって息が苦しくなる。
 Tシャツに顔をうずめ、大きく深呼吸をした。すっきりとした洗剤の香りの他に、隼人自身の匂いがするような気がしたのは、いくらなんでも気のせいだろう。

(やだ……。私ったら、ちょっと変態チック)

 そんな事を思いながら、花はスウェットの生地きじてのひらで撫でた。そこでふと、鏡に映る自分を見て唖然とする。鏡に映るのは、当然スッピンの自分だ。
 花は自分の無計画ぶりを思い知る。
 最低限のメイク道具はバッグの中に入っているが、そのバッグをリビングに置いてきてしまった。

(仕方ないか。いつもだって、ほぼスッピンみたいなものだしね……)

 せめてもの救いは、フェイスパックで仕上げたぷるぷるの肌だろう。
 ダブダブのスウェットのそですそを折った花は、メイクを諦め髪の毛を乾かす事に専念する。さすがに、ボサボサ頭のまま隼人の前に出るのだけは避けたい。
 精一杯の身支度を済ませると、花は脱衣所を出てリビングに向かった。

「ああ、上がった?」

 隼人に声をかけられ、花は頷いておずおずと部屋の中に入る。
 着替えを済ませたらしい彼は、キッチンでお茶をれていたみたいだ。

「お風呂ありがとう。……なんか、ごめんね。まさか、こんなに土砂降りになるとは思わなかったし、ちょっと早く来すぎちゃった」

 そう言いながら、花は部屋の中に歩を進める。
 なんだかものすごく居たたまれない気分だ。ダブダブのスウェット姿は、隼人の目には、一体どんなふうに映っているのだろう。
 我ながら色気も何もあったものではないと思うし、実際にそうだという事もわかっている。

「今の時期は気候が不安定だし、低気圧が急激に発達して台風並みの荒天になったりするからね。それより、ちゃんと温まってきたか?」
「うん」
「そうか。あ、それと、花の家に電話して今日はうちに泊めるって言っておいたから」
「えっ!? と、泊めっ……」

 花の顔に驚きの表情が浮かぶ。隼人がそれを見て、軽く笑い声を上げた。

「だって、風邪でも引いたら大変だろう? このあと、もっと雨がひどくなるぞ。せっかく風呂に入ったんだし、今夜はここに泊まるのが得策だと思うよ。それとも、何か問題でもあるか?」
「あ……ううん、ないです! 問題なんて、まったくありません……ハイ」

 花は、あわてて首を横に振り、その場にかしこまった。
 予想だにしなかった事態に、花は動揺を隠せない。さっきの話しぶりからして、恵の許可はあっさり得られたのだろう。
 一応二人は〝許嫁いいなずけ〟同士なのだし、問題はないはずだ。

「そ……それにしても、すごく広くて綺麗だね。ここ、住みはじめて二年になるんだっけ?」

 花は気を取り直して、部屋をぐるりと見回した。
 広々としたリビングは、少なくとも十八帖はあるだろう。白を基調とした部屋はすっきりと片づいていて、あまり生活感を感じない。

「そうだな。でも、ここにいるのはひと月の三分の一くらいだ」
「そっか。相変わらず忙しいんだね」

 カップを載せたトレイを持つ隼人にうながされ、花はリビングの真ん中に置かれたL字形のソファに腰かける。その横に腰を下ろした隼人は、花に湯気の立っているカップを渡してきた。
 それを一口飲んだ花は、ふと頬をほころばせる。

美味おいしい。これ、ハーブティー?」
「そうだよ。この間パリに行った時、買ってきたんだ」

 はじめて来た隼人の自宅で、一緒にハーブティーを飲んでいる。そんな幸せすぎる状況に、自然と表情がゆるんでくる。だけど、同時にとんでもなく緊張して、鼓動が尋常じゃなく速い。

「ふ、ふぅん。フランスにも、たくさん美味おいしいお茶があるんだろうなぁ」

 花はなんとか平静をよそおいつつ、カップから立ちのぼる香りを吸い込み、ホッと一息吐く。

「『チェリーブロッサム』で出すのは、イギリスのお茶だけか?」
「うん、一応、純英国式ティーサロンってうたってるからね。でも、個人的にはもっといろいろな国の美味おいしいお茶を、お客さまに提供したいなって思ってる」
「花は昔から好奇心旺盛おうせいだったもんな。いい考えだと思うよ。もし店で出せなくても、趣味として楽しめばいいんだし」

 そう言って、隼人はテーブルに置いたままの自分のカップを手に取る。

「こっちには、少しだけブランデーを垂らしてある。これもうまいぞ。パイロット仲間が勧めてくれた飲み方なんだけど、試してみるか?」
「うん、ぜひ!」

 お茶に関する新しい知識は、大歓迎だ。
 花は、ワクワクしながら隼人の手元に見入った。
 トレイには、四角いブランデーの瓶が置かれている。てっきり、それを花のカップに入れてくれるのかと思いきや、彼は自分のカップをそのまま花に差し出してきた。
 この位置だと隼人と同じ場所から飲む事になる。

(……こ、これって間接キスッ……)

 鼓動が一段と速くなり、なんだか呼吸まで乱れてきた。チラリと隣を見ると、隼人がじっとこちらを窺っている。
 自分のカップを隼人に預け、花はそろそろとカップに口をつけた。
 一口飲むと、鼻腔びくうのぼってくるブランデーの芳香が、お茶のフレーバーと混じり合って、なんともいい香りだ。

美味おいしい! ブランデーを入れただけで、ぜんぜん違う感じになってる」

 思わずもう一口飲んで、その香りを楽しむ。
 温まった身体に、熱いお茶がじんわりと染み入ってくる。

「そうだろ? 花は、もう少しブランデーを少なくしたほうが飲みやすいかな? あんまりお酒強くないだろ? 顔、ちょっと赤くなってる」
「そ、そう?」

 指摘されて、いつの間にか熱くなっていた頬が、いっそう火照ほてるのを感じた。

「そういえば、今日はどうしたんだ? 何か急ぎの用事でもあったか?」

 隼人に問われて、花はようやく本来の目的を思い出す。ソファの上に置いてあった自分のバッグから預かり物を取り出し、隼人の目の前に差し出した。

「礼子おばさんからお使いを頼まれたの。これ、東条家で昔から使ってる岩塩。そろそろ切れそうなんでしょう? 礼子おばさん、この間、持ってくるのを忘れちゃったって」

 隼人が岩塩の小瓶を受け取り、それを目の前にかかげてしげしげと見つめる。

「そうか、なるほど……。わざわざ持ってきてくれて、ありがとう」
「ううん、どういたしまして」

 花は、頼まれたお使いを済ませ、一安心する。
 ふと時計を見ると、午後七時をとうに過ぎていた。

「あ、隼人お兄ちゃん、もうご飯食べた?」
「いや、まだ食べてない。今夜は適当にデリバリーで済まそうと思ってたから」
「そうなの? じゃあ、私が何か作るよ。キッチン、使ってもいい?」
「もちろん。食材なら、冷蔵庫にいろいろ入ってると思うよ。知ってのとおり、おふくろがちょくちょく来ては、入れていくから」
「ふふっ、いいお母さんだね」

 飲みかけのお茶を飲み干し、ごちそうさまを言う。
 ブランデー入りのお茶を飲んだからか、身体がちょうどいい具合に温まった気がする。
 花は、なんとなくうきうきとした気分で、からになったカップを持ってソファから立ち上がった。隼人もそれに続き、二人はキッチンに向かう。

「おふくろ、相変わらず『チェリーブロッサム』に入りびたってるみたいだな」
「とってもいいお客さんだよ。たまに、教室の生徒さんを連れてきてくれるし、その生徒さんが、また違うお友達を連れてきてくれたり」

 キッチンに入ると、花は話しながら冷蔵庫を開けた。中には、まるでこうなる事がわかっていたように、様々な食材が入っている。

「花、俺も手伝うよ。一人じゃ大変だろ?」
「ううん、作るっていっても簡単なものだし、私一人で平気だよ。隼人お兄ちゃんは、普段激務なんだから、休日くらいゆっくり休んでて」

 隼人をリビングに追い返すと、花はメニューを考えながら食材を取り出す。
 まずはじめに、野菜を切り、鍋にお湯を沸かしてスープを作る準備をする。
 それが済むと、取り出した豚肉に塩コショウをして、ボウルに割り入れた卵を溶く。
 お店以外で彼に料理を作るのは、はじめての事だ。
 若干緊張して手が震えるものの、家でも店でも、ほぼ毎日キッチンに立っている花だ。
 料理なら、準備から後片づけに至るまで、まったく苦にならないし、母いわく「いつ結婚してもいいくらい料理上手」であるらしい。
 生まれた時から母が「チェリーブロッサム」で働く様子を見て育ち、将来自分もそうなりたいと思うようになったのは、高校二年生の春の事。
 その夢を叶えるべく専門学校に進み、今年の三月に見事管理栄養士の資格試験にも合格した。
 今まで頑張ってきた成果を、隼人にも見てもらいたい。彼に美味おいしいと言われたい。

(料理の腕だけで結婚できるなら、こんなに悩む事もないのに……)

 豚肉を調理しながら、花はふと、昨日恵に言われた言葉を思い出した。

『〝許嫁いいなずけ〟になったんだから、そろそろ本格的に家庭料理に取り組まないとね』

 姉達の時は、そんな事はなかった気がする。なのに、花がそうなった途端、周りが色めき立っているのはなぜだろう?

『二人とも、ちょうど適齢期だし』

 そんなふうに両親達は言うけれど、それなら二人の姉だってそうだった。

『その気になった時が、一番いいタイミングなのよ』

 そうだとしたら、姉達の時はその気にならなかったという事だろうか。

(そういえば、お姉ちゃん達って、昔からモテモテだったしなぁ)

許嫁いいなずけ〟の件がうやむやになっていたのも、そんな事情があったからなのだろうか。
 花は、中学から高校までは女子校で、専門学校も男子生徒は数えるほど。
 友達は同性ばかりだし、仕事柄、ごくたまに異性と接点ができても、百パーセントの確率で恋愛関係には発展しない。
 花の人生において親族を除く男性といえば、隼人だけだった。
 自分が人より世間知らずなのは自覚している。それに、何度も諦めようとしたのに、結局は隼人への想いを捨てきれず今に至っていた。

「おっと、ジャガイモをレンチンしないと――」

 うっかり考え込んでしまい、手が止まっていた。
 チーン、と電子音が鳴り、花は急いで柔らかくなったジャガイモをマッシュし、調味料や他の材料と混ぜ合わせる。
 そして、次の料理に取りかかるべくひき肉を混ぜながら、花はふたたび考えにふける。
 急な事で大いに戸惑ってはいるものの、花としてはもちろん隼人との結婚に乗り気だ。
 ――だけど、肝心の隼人の気持ちはどうだろう?
 長く彼に片想いをし、彼を見つめ続けてきた花だ。
 これまで彼が自分の事を、結婚相手として見た事がないのは重々わかっている。
 それどころか、そもそも女性として認識されているかどうかも怪しいものだ。

(それに、もし隼人お兄ちゃんに好きな人がいたら? 結婚したいと思っている人が別にいるのに、いきなり私が〝許嫁いいなずけ〟になって、困ってるとしたら……) 

 彼は人一倍真面目で優しい。
 もし本当に恋人がいるとしても〝許嫁いいなずけ〟になった花を無下むげに突き離したりはしないだろう。
 そう思うと、棚から皿を出す手が止まり、急に胸が苦しくなった。
 姉達は、隼人とは別にそれぞれ最良のパートナーを見つけた。だけど自分は、恋愛経験も皆無だし、隼人以外に好きな人を見つけられるとは思えない。
 もしかすると、周りはそれをわかった上で自分と隼人を結婚させようとしているのでは――

(そうだとしたら、隼人お兄ちゃんが可哀想すぎる!)

 どんなに隼人が好きでも、彼の気持ちをないがしろにする事なんかできない。
 こうなったら、少しでも早く隼人の気持ちを確認しなければ!
 花はそう心に決めて、料理を再開した。

「おっ、うまそうだな。もう完成か? 料理を運ぶのは、俺がやるよ」

 料理の仕上げをしている時、ふいにうしろからやって来た隼人が、花の肩に手をかけてきた。
 いきなり触れられただけでも驚くのに、花の背丈に合わせて身をかがめている隼人の顔が、すぐ横にある。

「う……うん、あとはお皿に盛りつけて、スープの味を調えるだけ」
「スープ? ああ、いい匂いだ。こっちは何?」
「それは、れんこんのはさみ揚げ――あっ……」

 花が見ている前で、隼人が揚げたばかりのれんこんのはさみ揚げをまんだ。

「熱っ! ……でも、ものすごくうまい。花はきっといい奥さんになるよ」

 突然の隼人のめ言葉に、心臓がドキリとする。
 花の肩にかかる隼人の手が、腕のほうに移動した。軽く抱き寄せられているような格好になり、花はますますドキマギして頬を引きらせる。

「あ、ありがとう。そのれんこん、肉厚で立派だよね。礼子おばさん、前に産地直送で野菜買ってるって言ってたし、素材がいいと出来栄えも違ってくるっていうか……」
「確かに素材も大事だけど、花の腕がいいからだろ? それに何より、作り手の心がこもっているかどうかだよな。この味、相当心がこもってると思うけど、当たってるか?」

 つまみ食いを終えた隼人が、微笑みながら花の顔を覗き込んできた。
 目が合った途端、彼の顔に浮かぶ笑みが甘やかなものに変わる。
 これまでとはどこか違う隼人の雰囲気に呑まれて、花は一瞬にして息が止まりそうになった。

「あっ……当たってるよ。こっ、心、ものすごくこもってる。えっと……じゃあ、テーブルを拭いておはしをセットしてくれる?」

 ありえないほど、どもってしまい、花はあわてて隼人に用事を頼んだ。このままでいると、頭から湯気が出そうだった。

「了解」

 隼人の手が離れ、花はふたたびキッチンで一人になる。

(な……何、今の……。距離が近いし、笑顔の破壊力半端ないんですけど)

 こんな状態で、まともに食事ができるだろうか?
 まして、彼の気持ちを確認するだなんて、あまりにハードルが高すぎる。

(ううん、そんな事言っていられないから! せっかくのチャンスだもの。今、確認しないでいつやるのよ!)

 花は小さくこぶしを握りしめ、決意を新たにする。
 そして、急いで料理を完成させた。隼人に手伝ってもらいながらソファ前のテーブルに料理を運び終え、並んで腰かけていただきますを言う。

「すごいな。見た目もいいし、まるでお店で出てくる料理みたいだ」

 隼人が料理にはしを伸ばし、一口食べて「うまい」と言う。
 花はたずねられるままに料理の説明をしつつ、二人して料理を平らげていく。
 花が用意したのは、ワンプレートディナーだ。
 お腹がいているだろうし、さほど時間のかからない調理法のものを作った。
 プレートに載っているのは、豚肉のピカタとポテトサラダ。キャベツと玉ねぎのマリネと、れんこんのはさみ揚げ。それにバゲットとコンソメスープだ。

「ほんと、花は料理上手だな。店で出すランチとか、こんな感じなのか?」
「ううん。お店では種類が決まってるし、これだと純英国風っていうコンセプトにそぐわないから」
「言われてみれば、確かにそうだな。でも、普段店で食べてる料理より、確実にこっちのほうがうまいよ」
「隼人お兄ちゃんったら、ちょっとめすぎだよ」
「だって、本当の事なんだから仕方ないだろう? 少なくとも俺はそう思うよ」
「そ、そっか。ありがとう。そう言ってもらえて、すごく嬉しい」

 まさか、こんなにもめてくれるなんて――
 嬉しすぎる驚きに包まれ、ますます心拍数が上がる。

「せっかくだから、ワインを開けようか」

 立ち上がった隼人が、ワインとグラスを持って帰ってくる。

「苦手だったら無理して飲まなくてもいいよ。残ったのは俺が飲むから」

 隼人がグラスにワインをいで手渡してくれた。
 残ったのは俺が飲む――
 隼人が言った台詞せりふが、花の脳内で繰り返し響いた。

(それって、さっきとは逆パターンの間接キスだよね?)

 ワインを一口飲むと、思いのほかフルーティーで飲みやすい。

「あ、美味おいしい……」
「そう? よかった」

 隣を見ると、隼人がニコニコ顔で料理を口に運んでいる。
 好きな人のために作った料理を、目の前で美味おいしく食べてもらう。
 それがこんなにも嬉しい事だなんて、今の今まで知らなかった。

(あぁ、本当に大好き。私、心底隼人お兄ちゃんの事が好きなんだなぁ……)


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