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第一章 今生の出会い
16 昼下がりのお見舞い
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結局、春とはいえ池でずぶ濡れとなったヨルナは、その日の予定をすべてキャンセルする羽目になった。
時刻はもうすぐ午後二時。
今ごろ、王子がたと選抜令嬢がたは城下の神殿付属孤児院の視察を終え、巫女様のお仕事を手伝ったり、子どもたちと触れあったりしているのだろう。当然、アストラッド王子も。
* * *
「無念ですわ……!」
「なぜ」
ゆっくりと湯浴みを終え、体を締め付けない型のロングワンピースをまとったヨルナは、こてん、と首を傾げた。
サリィと二人、あてがわれた客室で時間潰しに刺繍をしている。
ちくちく、ちくちく。何本もの色糸を通した針が簡単な下絵を描いた布に刺され、徐々に図案を浮き上がらせてゆくのを見るのは楽しい。
ちなみに、刺しているのは揺れる春の草花にじゃれる白猫だ。
細かい作業が嫌いではないヨルナとは正反対に、サリィは針仕事を苦手としている。
だからだろうか。先ほどから難しい顔つきで、ぷりぷりと怒る専属侍女に、ヨルナは手を休めずに話しかけた。
「サリィは、私にどなたと結婚してほしいの?」
「それはもちろん! 世界一、姫様を大切にしてくださるかたですわ。王子様であればなお宜しいです。誉れですし、アストラッド殿下は素敵ですもの」
「ごふッ??!」
「まぁ! ヨルナ様大丈夫ですか。むせられました? おかしいですね、お飲物も召し上がっていませんのに……」
「あ、うん。まぁ」
モゴモゴと答えつつ、ヨルナはそうではない、ないのだが――と途方に暮れる。
(まさかのアーシュ様一点推し!! さすがサリィ。……でも、私じゃダメなのよね。あのかた、出会ったときにはいつも違うひとを想っておいでだったし)
――いつも。
ちら、と刺繍布から視線を外し、自身の肩下まで垂れる髪を見つめる。
銀の姫、と二つ名を戴くほどにうつくしいプラチナブロンドは、『一番最初の』都の王女様を彷彿とさせた。名前も思い出せないけれど。
同じように、アストラッドは今の私に最初の王女様の面影を見つけられただけでは――? などと苦笑する。
(ほんと、どうして今生の私、こんな姿なのかな)
神様と会えた今朝の夢では、そのことこそを問い詰めるべきだったと、ひしひし思う。
紅茶色の髪。そばかすのある昔の自分そっくりのサリィを見て、ヨルナは改めてため息をついた。
そのとき。
「聞きましたわ! ヨルナ様、もうもう、どうして教えてくださらなかったんですの……!!」
バターン! と扉を開け放し、神殿視察に赴いたはずのミュゼルが現れた。ヨルナとサリィは目を白黒とさせる。
「えっ、なぜ。お勤めは?」
「勤めなんかどうでもいい。聞くところ、おそらくは貴女が王子がたの大本命だというのに。集団見合いなんぞ、茶番もいいところだ」
「! アイリス様まで……えぇぇ???」
つかつかと、窓辺の日当たりのよいスペースで刺繍に興じている令嬢と侍女に詰め寄るのは、いまや堂々と女騎士然とした服装に立ち居振舞いのアイリスだった。
高く一本に結い上げた藍色の髪。膝下までの灰銀の上着は腰で黒のサッシュベルトで締められ、シンプルな剣帯に細身の剣を差している。中のチュニックは膝上の大胆な短さで渋い黒。襟や裾に銀の刺繍が施してあって華やかだ。足元は灰色のニーハイブーツ。
ふん、と鼻で笑いつつ片手を腰に。居丈高に見えつつ、まったく嫌みはないのがおそろしく格好いい。
彼女の地――素の顔は、こちらだったのかな、と思うと昨日のドレス姿はさぞ窮屈だったろう。
ヨルナは、堪えきれずふふっと顔をほころばせた。
ミュゼルも、アイリスもどうして引き返してしまったのか……? 気になることは山とあったが。
布を膝から降ろし、立ち上がったヨルナはまだ呆然とするサリィを見おろし、にこっと目配せした。
「サリィ、お茶にしましょ。何がどうなってるのか、よくわからないけど……。私はまだ子どもだし。当面、自分の結婚のことよりはお友だちとの時間を優先させたいわ」
時刻はもうすぐ午後二時。
今ごろ、王子がたと選抜令嬢がたは城下の神殿付属孤児院の視察を終え、巫女様のお仕事を手伝ったり、子どもたちと触れあったりしているのだろう。当然、アストラッド王子も。
* * *
「無念ですわ……!」
「なぜ」
ゆっくりと湯浴みを終え、体を締め付けない型のロングワンピースをまとったヨルナは、こてん、と首を傾げた。
サリィと二人、あてがわれた客室で時間潰しに刺繍をしている。
ちくちく、ちくちく。何本もの色糸を通した針が簡単な下絵を描いた布に刺され、徐々に図案を浮き上がらせてゆくのを見るのは楽しい。
ちなみに、刺しているのは揺れる春の草花にじゃれる白猫だ。
細かい作業が嫌いではないヨルナとは正反対に、サリィは針仕事を苦手としている。
だからだろうか。先ほどから難しい顔つきで、ぷりぷりと怒る専属侍女に、ヨルナは手を休めずに話しかけた。
「サリィは、私にどなたと結婚してほしいの?」
「それはもちろん! 世界一、姫様を大切にしてくださるかたですわ。王子様であればなお宜しいです。誉れですし、アストラッド殿下は素敵ですもの」
「ごふッ??!」
「まぁ! ヨルナ様大丈夫ですか。むせられました? おかしいですね、お飲物も召し上がっていませんのに……」
「あ、うん。まぁ」
モゴモゴと答えつつ、ヨルナはそうではない、ないのだが――と途方に暮れる。
(まさかのアーシュ様一点推し!! さすがサリィ。……でも、私じゃダメなのよね。あのかた、出会ったときにはいつも違うひとを想っておいでだったし)
――いつも。
ちら、と刺繍布から視線を外し、自身の肩下まで垂れる髪を見つめる。
銀の姫、と二つ名を戴くほどにうつくしいプラチナブロンドは、『一番最初の』都の王女様を彷彿とさせた。名前も思い出せないけれど。
同じように、アストラッドは今の私に最初の王女様の面影を見つけられただけでは――? などと苦笑する。
(ほんと、どうして今生の私、こんな姿なのかな)
神様と会えた今朝の夢では、そのことこそを問い詰めるべきだったと、ひしひし思う。
紅茶色の髪。そばかすのある昔の自分そっくりのサリィを見て、ヨルナは改めてため息をついた。
そのとき。
「聞きましたわ! ヨルナ様、もうもう、どうして教えてくださらなかったんですの……!!」
バターン! と扉を開け放し、神殿視察に赴いたはずのミュゼルが現れた。ヨルナとサリィは目を白黒とさせる。
「えっ、なぜ。お勤めは?」
「勤めなんかどうでもいい。聞くところ、おそらくは貴女が王子がたの大本命だというのに。集団見合いなんぞ、茶番もいいところだ」
「! アイリス様まで……えぇぇ???」
つかつかと、窓辺の日当たりのよいスペースで刺繍に興じている令嬢と侍女に詰め寄るのは、いまや堂々と女騎士然とした服装に立ち居振舞いのアイリスだった。
高く一本に結い上げた藍色の髪。膝下までの灰銀の上着は腰で黒のサッシュベルトで締められ、シンプルな剣帯に細身の剣を差している。中のチュニックは膝上の大胆な短さで渋い黒。襟や裾に銀の刺繍が施してあって華やかだ。足元は灰色のニーハイブーツ。
ふん、と鼻で笑いつつ片手を腰に。居丈高に見えつつ、まったく嫌みはないのがおそろしく格好いい。
彼女の地――素の顔は、こちらだったのかな、と思うと昨日のドレス姿はさぞ窮屈だったろう。
ヨルナは、堪えきれずふふっと顔をほころばせた。
ミュゼルも、アイリスもどうして引き返してしまったのか……? 気になることは山とあったが。
布を膝から降ろし、立ち上がったヨルナはまだ呆然とするサリィを見おろし、にこっと目配せした。
「サリィ、お茶にしましょ。何がどうなってるのか、よくわからないけど……。私はまだ子どもだし。当面、自分の結婚のことよりはお友だちとの時間を優先させたいわ」
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