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第二章 動き出す歯車
26 真夜中のパジャマパーティー
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「え? 城下に?」
ヨルナは怪訝そうに首を傾げた。ロザリンドは、こくりと頷く。
「えぇ、そう。王都じゃまだ珍しい、辺境の獣人やエルフの旅芸人が来てるんですって。行かない? ヨルナ」
「うう~ん」
口元に指を添える。とても正直に、気のない唸り声がもれてしまった。
いつの間にか名前呼びに慣らされてしまった気がする。こうして招きもしないのに部屋に訪れるロザリンドは相変わらずだが、以前ほど野放図ではない。それに。
「……何よ」
「いいえ。何でも」
若干剣呑な目つきとなった王女に、ヨルナは慌てて首を横に振り、えへへ、と笑って誤魔化した。
城に逗留して、はや十日め。
ロザリンドの態度は、なぜか劇的に軟化しつつある。
* * *
先の神殿視察で脱落した令嬢や領地に呼び戻された令嬢がたを除けば、今も城に残るのはヨルナ、ミュゼル、アイリスのみ。
三公家の姫君がたは順調に親睦を深めている。
当初、王妃からお達しがあった「王子たちとの親睦」に関しては、実はヨルナしかお眼鏡に適っていない。
が、父であるカリスト公ゼオンは、娘が妃候補に選ばれるとは思っていなかったようだ。本来ならばとっくに王城を辞しているのだし、春の間は公邸でみっちり都について学ぶよう言い渡されている。
聞けば、あとの二人も似たようなものらしい。東公息女ミュゼルは市場や商工組合本部館を。北公息女アイリスは王都守備隊や騎士団詰所などを訪ねる予定だという。
かくいうヨルナも一応、調べること(※領地経営教育の一環。つまり宿題)は山ほどあった。
南のカリスト領から運ばれた穀物や野菜、家畜などの流通経路はどうなっているか。集積所での管理状態や、市場の相場はいかほどか。供給過多なもの、逆に足りないものはないか。それらを順次、資料にまとめては手紙で送り、報告している。(※多分、添削されている)
よって、午前は各自のつとめ。昼は会食。午後は茶会や資料作りと多忙なため、就寝前は何となく誰かの部屋でパジャマパーティーを開催する流れができていた。
――それにしても、なぜ暴れん坊王女と名高いロザリンドが、この会合に出席するようになってしまったのか? ちょっと思い出せないくらい、自然に居つかれてしまった。
(まぁ、理不尽な暴力や暴言さえふるわれなければ、いいんだけど……)
そこまで考え、はたり、と予感に駆られたヨルナは切り込むように質問した。
「まさか、お忍びを想定していらっしゃいます?」
「当たり前じゃない。今のわたしは空間転移も、何かを吹っ飛ばすこともできないのよ。力業ができない以上、それなりに配慮しないと」
「……『配慮』。それがどんな細やかさか気になるところですが、殿下は一体何を吹っ飛ばすおつもりで?」
ぼそっ、と呟いたのはアイリスだった。
ソファーに腰かけて、真剣な顔で剣の手入れをしている。
首もとからくるぶしまで覆った、ふんわとした水色の寝間着を着ているので外見的なギャップは著しい。
彼女は、ミュゼルやヨルナがどんなに「おいでおいで」しても寝台に上がらないし、夜のおやつにも手を出さない。結構です、と頬を赤らめて固辞してしまう、真性の照れ屋さんだ。
白絹のネグリジェをまとってヨルナの隣に寝そべる王女は、にっ、と悪そうに口角を上げた。
「翔ばすのは、わたしを拐おうとする恥知らずどもよ。主にね」
「! 殿下と知っての狼藉ものが、そんなにいまして??」
寝台の中央にぺたん、と座るミュゼルは、とっさに問いかけた。
ミュゼルの前に置かれた銀のトレイには、サジェス王子からお裾分けされた薔薇の飴細工が山と積まれている。
ちいさな花びら一枚一枚を包んだ繊細な飴を、指先でつまんでいるところだった。
ヨルナも、つやつやと輝く赤い花びらをぱくっと口に入れてみる。表面の飴は透明で、しゃりしゃりと容易く噛めて、溶けて、香り高い甘さを舌に残した。
(美味しい……。夜中だから、罪悪感はとびきりすごいんだけど)
――――古今東西、乙女は甘味の誘惑に逆らえないようにできている。
王妃から贈られたアップルローズの飴細工。
サジェスは、これをきちんと花の形で箱に納めてリボンをかけて、一輪だけ贈る相手がいるという。
彼には、妃探しなど必要なかったのだと今ならわかる。
自分の五年後ならば――と嘯いたのだって、結婚の意志はあるぞ、と表明しただけ。
何らかの理由で恋人の存在を両親に話せないでいるのなら、それは単なる時間稼ぎだ。
トールやアストラッドは、あれ以降もおおむね紳士的で優しい。穏やかに仲良くなれている……気はする。
が。
(他の令嬢がたを追い出した途端に大人しくなるロザリンド様って怪しいよね? 絶ッッッ対、何かよからぬこと企んでるよね……??)
うろんなまなざしのヨルナを無視し、ロザリンドはころん、と仰向けに転がった。
「そ。わたし、城下にはいつも一人で出てたから。面倒だし、変装もしてなかったのよ」
「うわぁ」
――それは評判も立つし、狙われる気満々ですよね、と、あやうく口にするところだった。
“力”が自由に使えた以前ならともかく、今の王女が街をうろうろするなど危険しかない。翻意させないと。
意を決して唇を引き結び、いざ諌めようと息を吸った瞬間。仰向けで上目遣いのロザリンドと再び目が合った。
「来ないの? ヨルナ。せっかくチャンスをあげようと思ったのに。護身役にはトールとアーシュ、どっちがいい?」
ヨルナは怪訝そうに首を傾げた。ロザリンドは、こくりと頷く。
「えぇ、そう。王都じゃまだ珍しい、辺境の獣人やエルフの旅芸人が来てるんですって。行かない? ヨルナ」
「うう~ん」
口元に指を添える。とても正直に、気のない唸り声がもれてしまった。
いつの間にか名前呼びに慣らされてしまった気がする。こうして招きもしないのに部屋に訪れるロザリンドは相変わらずだが、以前ほど野放図ではない。それに。
「……何よ」
「いいえ。何でも」
若干剣呑な目つきとなった王女に、ヨルナは慌てて首を横に振り、えへへ、と笑って誤魔化した。
城に逗留して、はや十日め。
ロザリンドの態度は、なぜか劇的に軟化しつつある。
* * *
先の神殿視察で脱落した令嬢や領地に呼び戻された令嬢がたを除けば、今も城に残るのはヨルナ、ミュゼル、アイリスのみ。
三公家の姫君がたは順調に親睦を深めている。
当初、王妃からお達しがあった「王子たちとの親睦」に関しては、実はヨルナしかお眼鏡に適っていない。
が、父であるカリスト公ゼオンは、娘が妃候補に選ばれるとは思っていなかったようだ。本来ならばとっくに王城を辞しているのだし、春の間は公邸でみっちり都について学ぶよう言い渡されている。
聞けば、あとの二人も似たようなものらしい。東公息女ミュゼルは市場や商工組合本部館を。北公息女アイリスは王都守備隊や騎士団詰所などを訪ねる予定だという。
かくいうヨルナも一応、調べること(※領地経営教育の一環。つまり宿題)は山ほどあった。
南のカリスト領から運ばれた穀物や野菜、家畜などの流通経路はどうなっているか。集積所での管理状態や、市場の相場はいかほどか。供給過多なもの、逆に足りないものはないか。それらを順次、資料にまとめては手紙で送り、報告している。(※多分、添削されている)
よって、午前は各自のつとめ。昼は会食。午後は茶会や資料作りと多忙なため、就寝前は何となく誰かの部屋でパジャマパーティーを開催する流れができていた。
――それにしても、なぜ暴れん坊王女と名高いロザリンドが、この会合に出席するようになってしまったのか? ちょっと思い出せないくらい、自然に居つかれてしまった。
(まぁ、理不尽な暴力や暴言さえふるわれなければ、いいんだけど……)
そこまで考え、はたり、と予感に駆られたヨルナは切り込むように質問した。
「まさか、お忍びを想定していらっしゃいます?」
「当たり前じゃない。今のわたしは空間転移も、何かを吹っ飛ばすこともできないのよ。力業ができない以上、それなりに配慮しないと」
「……『配慮』。それがどんな細やかさか気になるところですが、殿下は一体何を吹っ飛ばすおつもりで?」
ぼそっ、と呟いたのはアイリスだった。
ソファーに腰かけて、真剣な顔で剣の手入れをしている。
首もとからくるぶしまで覆った、ふんわとした水色の寝間着を着ているので外見的なギャップは著しい。
彼女は、ミュゼルやヨルナがどんなに「おいでおいで」しても寝台に上がらないし、夜のおやつにも手を出さない。結構です、と頬を赤らめて固辞してしまう、真性の照れ屋さんだ。
白絹のネグリジェをまとってヨルナの隣に寝そべる王女は、にっ、と悪そうに口角を上げた。
「翔ばすのは、わたしを拐おうとする恥知らずどもよ。主にね」
「! 殿下と知っての狼藉ものが、そんなにいまして??」
寝台の中央にぺたん、と座るミュゼルは、とっさに問いかけた。
ミュゼルの前に置かれた銀のトレイには、サジェス王子からお裾分けされた薔薇の飴細工が山と積まれている。
ちいさな花びら一枚一枚を包んだ繊細な飴を、指先でつまんでいるところだった。
ヨルナも、つやつやと輝く赤い花びらをぱくっと口に入れてみる。表面の飴は透明で、しゃりしゃりと容易く噛めて、溶けて、香り高い甘さを舌に残した。
(美味しい……。夜中だから、罪悪感はとびきりすごいんだけど)
――――古今東西、乙女は甘味の誘惑に逆らえないようにできている。
王妃から贈られたアップルローズの飴細工。
サジェスは、これをきちんと花の形で箱に納めてリボンをかけて、一輪だけ贈る相手がいるという。
彼には、妃探しなど必要なかったのだと今ならわかる。
自分の五年後ならば――と嘯いたのだって、結婚の意志はあるぞ、と表明しただけ。
何らかの理由で恋人の存在を両親に話せないでいるのなら、それは単なる時間稼ぎだ。
トールやアストラッドは、あれ以降もおおむね紳士的で優しい。穏やかに仲良くなれている……気はする。
が。
(他の令嬢がたを追い出した途端に大人しくなるロザリンド様って怪しいよね? 絶ッッッ対、何かよからぬこと企んでるよね……??)
うろんなまなざしのヨルナを無視し、ロザリンドはころん、と仰向けに転がった。
「そ。わたし、城下にはいつも一人で出てたから。面倒だし、変装もしてなかったのよ」
「うわぁ」
――それは評判も立つし、狙われる気満々ですよね、と、あやうく口にするところだった。
“力”が自由に使えた以前ならともかく、今の王女が街をうろうろするなど危険しかない。翻意させないと。
意を決して唇を引き結び、いざ諌めようと息を吸った瞬間。仰向けで上目遣いのロザリンドと再び目が合った。
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