マスカレード〜祝祭の王が見初めし花嫁は〜

汐の音

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11 甘いにもほどがある。けど、嫌いじゃない

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「ん……」

 素肌に誰かが触れて。
 自分じゃないみたいな声が出た。
 意識は朦朧としてたけど、まるでなかったわけじゃない。
 眠ってはいたけど、それは体だけで。
 不思議なことに、『それ』が、四阿あずまやでの出来事と違い、じかに触れられているのだとわかった。

 しゅるりと寝台の上掛けを滑らせる音。
 横たえられた感触を。
 「まだかな。夜明けは」と、静かに囁く声を耳にした。

 きし、と、同じ寝台をきしませて、腰掛けるそのひとは。


(あれ……? 顔、が)

 ぼんやりと視界が澄んで目にした最初の光景に、アウロラは度肝を抜かれた。胸から上しか見えないが、少なくとも何も着ていない。髪の色と長さから察するにディアナなのだが、いわゆる同衾状態で目まぐるしく脳が働く。
 然るに。自分は……?

 おそるおそる視線を逸らし、枕元に置かれた銀狐の仮面と目が合う。ということは。

「えええっ!?」

 薄暗い部屋に見覚えはない。
 あられもなく叫ぶと、彼は、横でしどけなく寝そべりながら微笑んだ。
 
「やあ、おはよう。早起きだね」
「え、あ…………?? 何っ、なんで!? わ、私、服をッ」
「しっ。静かに。見つかってしまう」
「あなた……。仮面は?? 舞踏会は? ここはどこ???」
「ふふっ。仮面ならもう要らない。夜が明けたから」
「!!!」

 さあっと血の気が引いた。
 いくら男装して窓から飛び出したとはいえ、ぎりぎり嫁入り前の自覚はある。もしや、舞踏会で踊りもせずに酔って眠るだなんて。あまつさえ。

「どうしよう。これ、ひょっとして婚前交渉……?」
「問題ないよ。結婚しよう」
「はあぁ?!?!?」
「しー! 静かにってば」
「んぅっ」

 すばやく伸びてきた彼の手が、乱暴ではないすれすれの大胆さで口を塞ぐ。そのままあやしく指を滑らせ、むき出しになっていた首筋に触れた。声が出そうになるのを必死に我慢していると、どさくさで頬に口付けられる。

「大丈夫。精霊に実体はないと捉える学説もあるみたいだけど、私たちは、真実愛する相手を見つければ、そのひとと同じ種族の生を送れる。相手に命ある限り、同じように時の流れを歩むことができるんだ」
「? どういう……」
「可愛いね、シルバ。『精霊』ってことだよ。私が」
「え……えええぇーーーーーッッ!?!?」

 とたんに上がる大音声。
 すっかり大人しくなったと油断したディアナは、手をずらしたとたんに元気に叫んだ最愛の少女に頬を緩めた。瞳には悪戯っぽい光が宿る。

「おや。やれやれ、今度こそ見つかったかな」
「? ななな、何が」
「君がアレクと呼ぶ、クリソベリルだよ。あの子は勘が鋭いというか……。こういうところが妙にさとい。おいで」


「あ」


 ぎゅ、と抱き寄せられ、覆い被されて吐息ごと掠め取られた。
 身につけたまま、熱を吸った金鎖と親指の爪ほどのメダルが素肌を滑る。

 理解が。
 追いつかないんですが……――?


 彼がまとっていた女神の衣装をざっと羽織らされ、身を包むように抱えられた。
 彼自身は、ちゃんと男物の服に瞬時に変わる。ずるい。

 音もなく歩み出た露台からは、運河の街を見下ろせた。夜通しの祝祭の余韻に、街はようやく微睡みつつあるようにも見える。人影はまばらだ。凛とした夜明けの空気と予想以上の高度に、ひゅ、と息を飲んだ。

「ここは」
「城のなかにある、私の部屋のひとつだよ。最近は使ってなかった。一番高い塔の最上階」

 そうこうする間に部屋にはドカドカと足音が乱れ入り、アレクらしい声も聞こえた。ただし呼び名が違う。ディアナではなく。

「……ディアン?」
「そう。あの子には呼ぶことを許した。私の愛称だね。本名は『ロスディアン』という」
「ロスディアン」

 運河の都このくにの名。それが、そのまま守護精霊の名なのだと初めて知った。
 小声でこぼれるように繰り返すと、彼はうっとりするような笑みを浮かべた。つられて、どきり、と胸が跳ねる。ばくばくと早鐘を打ち始めた心臓を気取られないよう、慌てて胸元の衣を掻き合せた。どうにも落ち着かない。

 どこからか風に乗り、本当の鐘の音が届く。
 幾たびも衝かれる、朝の知らせとともに空は濃藍から明るい群青へ。やがて夜を洗うように地平から光が差し染めた。迷路のような赤レンガの街を、徐々に曙色へと浮かび上がらせる。

「君は? 本当の名を教えて。『シルバ』も素敵だったけれど」
「………………『アウロラ』よ」
「アウロラ。綺麗だね。今の、このとき。暁の名前だ」

「! も、もうっ!! いいでしょ、離して。帰らなきゃ。家中みんな、心配してるわ」
「送るよ」
「いやよ、両親が腰を抜かすじゃない」
「だーめ。精霊祭以外では隠すものなんかないよ。私と君の間で」
「ひとの話を、聞きなさいよ……?」
「聞いてるよアウロラ。私の唯一の姫」
「っ」


   ◆◇◆


 こうして。
 反論いっさいを無視して、とにかく二言目には本気で蕩かしにかかってくる厄介な精霊に、私は捕まってしまった。
 なんとか身形みなりを整えて謝りに行ったアレク――クリソベリル王女は、仮面と仮装をしていないだけで、素で男装だったし。

 真剣に案じてくれていた彼女には申し訳なさが先立ち、つらつらと求められるままに説明をした。

 平民同然の我が家では持参金も大して望めず、貴族の子女によくある、幼いころから定められた婚約者はいないこと。
 だからこそ、両親は玉の輿を狙える仮面精霊祭を一大チャンスと捉えていたことなどを。

 私はそれがいやで、学園卒業後の士官を有利にするために“祝祭の精霊王”の呼称を欲していた、と告げたあたりで、満面の笑顔ふたつを向けられた。王女と――どうやら一夜をともにしてしまったらしい、自称・夫の精霊だ。

「解決したね」
「円満解決だな」
「……息、ぴったりだけど。私、今日中にエーセルブランシュに向けて発つわよ? 結婚なんて当面は無理よ。あと一年は学生だもの」
「よし。同行しよう」
「話、聞いてた?」
「もちろんだよ」

「……ごめんね、ええと、アウロラ? ひとまず婚約で手を打ってやって」

「ええ~」
「こら。勝手に呼ぶんじゃない、クリソベリル。ひとの妻を」

「だから! まだ「結婚してないから!!」」
「ではいずれ。可及的速やかに」
「~~、あなたって精霊ひとは……」





 ――――――――

 そんな会話を、ライナック子爵家への帰り道、馬車のなかで繰り広げた。
 結果、午前様となったことは不問にされ、なし崩しに婚約を結ばされたものの。





「どうした、アウロラ? 私の姫」
「何でもないわ、あなた。でも、この子はなんて仰るの? まさか」
「『姫』だね」
「やっぱりですか……」

 呆れてため息をつく私に、相変らずの美丈夫ぶりを発揮する彼は、達人級のさり気なさでこめかみへのキスを落とした。


 ぶじに学園を卒業し、故国ロスディアンで魔法官吏となった私は、先日授かったばかりの女の子を腕のなかに抱えていた。
 その私を、夫になったロスディアンは更に長椅子で寛ぎながら膝に乗せている。
 三段重ねの図。重たくはないんだろうか……?

(いつの間に、好きになっちゃったのかなぁ)

 私への睦言の傍ら、ふにふにと赤ちゃんのほっぺたも優しくつついて彼女の笑顔を引き出しているのだから、大したものだ。

 そう、いつの間にか。

「――何?」
「ううん。愛してるわ、ディアン」

 万感の気持ちを込めて呼ぶ愛称に、彼もまた笑みを深める。
 そうして、ゆっくりと顔を寄せて傾け、唇を重ねて。

 今宵はあの日と同じ祝祭だけれど、今の私たちには懐かしく、ちょっとだけ内緒にしたい馴れ初めだった。

 ぱちぱちと暖炉の火がはぜる。
 その上に、メダルとふたつの仮面が飾られている――。








 fin



 
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