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1章 原石を、宝石に
13 精霊付きのエメラルド
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エメルダは、切られていた。
ジーーーーーッ…と、回転する円い刃が身を切り分けてゆく。刃が向かってくるわけではない。エメルダを扱う男の手によって、滑らせるように刃の下に原石が押し当てられてゆくのだ。
エメルダの周りの原石は、面白いようにすっぱりと切り離された。
緑柱石は六角柱の先端が尖ったもの。カットの際は六つある面のうち、どれが最もうつくしい色合いかを、まず見極めねばならない。
男は恐ろしいほど澄んだまなざしでエメルダを一瞥し、特に迷う素振りもなく“正面”を見定めた。切る際も何ら頓着しない。慣れているのだな、とエメルダは思った。
痛くはない。
そもそも、エメルダは“痛い”を感じたことがない。あの日、たくさんの鉱夫たちが来て根こそぎ姉妹を連れていった時は――さすがに哀しくて、辺り一帯のどこかを落盤させてしまったが。
それも、意図してのことではない。
今エメルダが感じているのは禊のようなもの。生まれ出でるための通過儀礼のようなものだ。
“どんな姿を――?”と、あの女性は男に訊いていた。
(きまってるじゃない。貴女みたいなのがいいのよ!)
と、何度暴れたことか。
男はそういったことには不粋な性質らしく、悉くエメルダを怒らせた。
“――あの。すみません、その子……”と、ふわっとした髪の男の子が望みを察してくれた。そこからがトントン拍子だった。
(あの女性の次に、かれが好き)
エメルダは、それをはっきりと意識した。
今、ぽたりぽたりと落ちる水滴に冷やされながら身を削ぐように研磨されるエメルダは、みずからの意識もどんどん研ぎ澄まされてゆくのを感じている。
あるべき姿が、近い。もう少し――もう少しで「生まれる」。
宝石は、原石のままでは輝けない。
硬い鋼に切られ、鋼と水に研磨され、あるべき金属の台座を得て初めて産声をあげられる。
そのことを今や疑いなく識っているエメルダは……軟かな布で細かな粉塵や水分を拭き取られながら、傍らに置かれた台座に見とれた。
(きれい)
形は今の自分にちょうどいい。白銀がしずかに放つ光沢は柔らかく、あの女性の持つそれと似通っていた。
(それに――…すてき!)
エメルダが特に気に入ったのは、白銀の台座に彫り込まれた八枚の花弁の緻密な意匠。
一本一本の線に迷いがなく、きっぱりと描かれている。葉脈というのだろうか。花びらの繊維まで透けて見えるような繊細さ。大小の花弁が交互に並ぶ様は、さながら光の紋様。
――わかる。これは、あの男の子が彫ったもの。
嬉しさに、エメルダは心がくすぐったくなった。“心”の在処も“くすぐったさ”も、今初めてわかった。
男は研磨されたエメルダをそうっと指先で摘まむと、白銀の台座へカチ…ッと嵌め込む。その手つきは意外に優しい。慎重に周囲を木槌でトントントントン……と叩き均し、身に添わせてゆく。うん。ぴったり。
あとは磨きと微調整。
細い鎖が、シャラリと涼やかな音をたて―――カチリ、と輪で留められる。
男が気配を緩ませた。
同時に漏れ聞こえる、二人分の安堵と感嘆のため息。
(……聴きたいな。聴きたい。わたしを望む貴女の声。そうすれば、きっと……!)
エメルダは、わくわくと待ち望みながら在るべき“自分”を、つよく念じる。内側の光が高まり、カタカタと身を震わせるほどになったとき―――
件の女性――スイは、初めて会ったときよりも嬉しげな、どことなく悪戯めいた声で彼女に話しかけた。
「きれいだね、翠の子。とっても素敵になった。……さぁ、姿を顕せる?あなたに、会いたいな」
(もちろんよ!)
歓喜が心を満たして、エメルダはありったけの力を解放した。
「!」
眩しくはない。不思議な、金を帯びた翠の光が室内を照らす。それでも反射で目を瞑ってしまったかれらが、そうっ……と、目を開けたとき。
作業机の上には、夢のようにうつくしい少女が、ちょこんと座っていた。
彼女も閉じていた瞼をひらく。濃い緑色の長い睫毛の下でゆらり、と潤んで煌めくエメラルドの瞳。きらきらと透明で、森深い淵の木々の葉を溶かしたような、静かな泉の色―――翠。
エメラルド色の少女は嬉しそうにはにかむと、胸の前で祈るように、きゅっと手を組んだ。
「初めまして。わたし、エメルダ。
あぁ……やっと出て来れた! ありがとうっ!」
少しお転婆そうな、元気な口調。
銀鈴をふるうかの如き可憐な声。
けれど、どことなく未知なるものを思わせる神秘的な響きがある。
青年と少年は驚きで口が開きっぱなし。
ただ一人、魔術師の女性だけが平然とにこやかに答えた。
「ふふっ。どういたしましてエメルダ。私はスイだよ。ただの“スイ”」
顕現した少女――エメルダはひょいっと音もなく机から降りると、近くに居た青年をふいっと無視し、一直線にスイの元へと走りより、勢いよく抱きついた。
「初めましてスイ。……会いたかった!」
ジーーーーーッ…と、回転する円い刃が身を切り分けてゆく。刃が向かってくるわけではない。エメルダを扱う男の手によって、滑らせるように刃の下に原石が押し当てられてゆくのだ。
エメルダの周りの原石は、面白いようにすっぱりと切り離された。
緑柱石は六角柱の先端が尖ったもの。カットの際は六つある面のうち、どれが最もうつくしい色合いかを、まず見極めねばならない。
男は恐ろしいほど澄んだまなざしでエメルダを一瞥し、特に迷う素振りもなく“正面”を見定めた。切る際も何ら頓着しない。慣れているのだな、とエメルダは思った。
痛くはない。
そもそも、エメルダは“痛い”を感じたことがない。あの日、たくさんの鉱夫たちが来て根こそぎ姉妹を連れていった時は――さすがに哀しくて、辺り一帯のどこかを落盤させてしまったが。
それも、意図してのことではない。
今エメルダが感じているのは禊のようなもの。生まれ出でるための通過儀礼のようなものだ。
“どんな姿を――?”と、あの女性は男に訊いていた。
(きまってるじゃない。貴女みたいなのがいいのよ!)
と、何度暴れたことか。
男はそういったことには不粋な性質らしく、悉くエメルダを怒らせた。
“――あの。すみません、その子……”と、ふわっとした髪の男の子が望みを察してくれた。そこからがトントン拍子だった。
(あの女性の次に、かれが好き)
エメルダは、それをはっきりと意識した。
今、ぽたりぽたりと落ちる水滴に冷やされながら身を削ぐように研磨されるエメルダは、みずからの意識もどんどん研ぎ澄まされてゆくのを感じている。
あるべき姿が、近い。もう少し――もう少しで「生まれる」。
宝石は、原石のままでは輝けない。
硬い鋼に切られ、鋼と水に研磨され、あるべき金属の台座を得て初めて産声をあげられる。
そのことを今や疑いなく識っているエメルダは……軟かな布で細かな粉塵や水分を拭き取られながら、傍らに置かれた台座に見とれた。
(きれい)
形は今の自分にちょうどいい。白銀がしずかに放つ光沢は柔らかく、あの女性の持つそれと似通っていた。
(それに――…すてき!)
エメルダが特に気に入ったのは、白銀の台座に彫り込まれた八枚の花弁の緻密な意匠。
一本一本の線に迷いがなく、きっぱりと描かれている。葉脈というのだろうか。花びらの繊維まで透けて見えるような繊細さ。大小の花弁が交互に並ぶ様は、さながら光の紋様。
――わかる。これは、あの男の子が彫ったもの。
嬉しさに、エメルダは心がくすぐったくなった。“心”の在処も“くすぐったさ”も、今初めてわかった。
男は研磨されたエメルダをそうっと指先で摘まむと、白銀の台座へカチ…ッと嵌め込む。その手つきは意外に優しい。慎重に周囲を木槌でトントントントン……と叩き均し、身に添わせてゆく。うん。ぴったり。
あとは磨きと微調整。
細い鎖が、シャラリと涼やかな音をたて―――カチリ、と輪で留められる。
男が気配を緩ませた。
同時に漏れ聞こえる、二人分の安堵と感嘆のため息。
(……聴きたいな。聴きたい。わたしを望む貴女の声。そうすれば、きっと……!)
エメルダは、わくわくと待ち望みながら在るべき“自分”を、つよく念じる。内側の光が高まり、カタカタと身を震わせるほどになったとき―――
件の女性――スイは、初めて会ったときよりも嬉しげな、どことなく悪戯めいた声で彼女に話しかけた。
「きれいだね、翠の子。とっても素敵になった。……さぁ、姿を顕せる?あなたに、会いたいな」
(もちろんよ!)
歓喜が心を満たして、エメルダはありったけの力を解放した。
「!」
眩しくはない。不思議な、金を帯びた翠の光が室内を照らす。それでも反射で目を瞑ってしまったかれらが、そうっ……と、目を開けたとき。
作業机の上には、夢のようにうつくしい少女が、ちょこんと座っていた。
彼女も閉じていた瞼をひらく。濃い緑色の長い睫毛の下でゆらり、と潤んで煌めくエメラルドの瞳。きらきらと透明で、森深い淵の木々の葉を溶かしたような、静かな泉の色―――翠。
エメラルド色の少女は嬉しそうにはにかむと、胸の前で祈るように、きゅっと手を組んだ。
「初めまして。わたし、エメルダ。
あぁ……やっと出て来れた! ありがとうっ!」
少しお転婆そうな、元気な口調。
銀鈴をふるうかの如き可憐な声。
けれど、どことなく未知なるものを思わせる神秘的な響きがある。
青年と少年は驚きで口が開きっぱなし。
ただ一人、魔術師の女性だけが平然とにこやかに答えた。
「ふふっ。どういたしましてエメルダ。私はスイだよ。ただの“スイ”」
顕現した少女――エメルダはひょいっと音もなく机から降りると、近くに居た青年をふいっと無視し、一直線にスイの元へと走りより、勢いよく抱きついた。
「初めましてスイ。……会いたかった!」
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