翠の子

汐の音

文字の大きさ
16 / 87
2章 学術都市へ

15 街路脇の交渉

しおりを挟む
 職工の街――山岳の国ケネフェルの副都のひとつは、そう呼び習わされる。数多あまたある鉱山、火山、金山に銀山。果ては流れる川の底に翡翠、瑪瑙に玉、良質な硝子…とにかく地下資源が豊富な国だ。

 代わりに農耕には適さない。山がちな国土は傾斜ばかりで家畜も山羊ヤギが中心。穀物に関してはほぼ輸入頼みだという。

 そのため、国防を担う兵士や流通を担う商人を目指すもの以外の民の気質は、もっぱら職人寄りとなった。採掘や細工、加工や建築の技術水準が総じて高いのはそのためだ。四方をきっちり山に囲まれているので、さすがに造船技術までは発達しなかったが……

 この街は、大陸を網羅する各種ギルドのなかでも、細工師のギルドを含む《職工の大ギルド連合》の本拠地。ゆえに人や物の出入りは多い。外部の人間の数は、おそらく王都を上回る。

 その雑踏を――縫うように歩く一対の男女がいた。セディオとスイだ。

 セディオは、余分な飾りはないが仕立ての良い白い綿のシャツチュニックに身体の線に沿った軽い素材の灰色の膝丈コート、細身の黒いズボンに手入れの行き届いたブーツ姿。スイは、この街を訪れたときの着なれた旅装。

 二人とも街歩きに慣れた空気をかもしており、人混みでも浮くことはない。ただ見映えが良すぎるため、それとなく視線は集まった。

「スイ、はぐれんなよ。ほら」

 おもむろに、ぐいっと手を掴まれたスイは斜め前を歩いていたセディオに引き寄せられた。そのまま肩を抱かれてしまう。
 ふと、フードの端をつまんで見上げると、無精髭を剃ってすっきりと整った顔があった。凛々しい眉、高く通った鼻梁から顎までの輪郭がきれいな横顔。少し目尻の垂れた青い瞳は遠くを見据えるように揺るがず、引き結ばれた口許。
 ――控えめに言って、品のよい美青年だ。

 (……平民の表情かおじゃないよね。学者層にしては足運びに無駄がない。にも拘らず失われた言語ルーンの素養がある。十中八九、支配者階級…のお忍びか、訳ありだと思うんだけど)

 まじまじと見つめる黒紫の視線に気づいたのか、セディオも横目にちらっとスイを見かえした。

 長い腕と手指の拘束は存外につよく、なだらかな曲線を描く肩から外されることはない。確かに人は多い……ので、庇う意味もあるのだろう。
 スイは気にせず会話を振ってみることにした。

「セディオ、なぜギルドへの報告に私も? 興味があったから黙ってついて来たけど」
「お、嬉しいね。やっと俺に興味持ってくれたの」
「んん……? まぁ、無くはない、かな。貴方の報告内容には興味があるよ。
 ふつう等級クラス維持に関する契約完遂の報告には、依頼主の証文さえ出せばいい。依頼主を伴う必要はないはずだからね」

 スイの話し方は穏やかで理知的、声音は甘くやや低い。見た目はとても女性らしいのだが、芯の通った柔らかいつよさのようなものがあり、甘さのない口調と併せると、どことなく中性的な雰囲気が漂った。

 (めちゃくちゃ美人で艶もあって惹きつけられんのに……不思議と“女”を感じさせないんだよな、スイの奴。仕事モードだったにしても俺、口説かなさすぎだろ。お子様キリクがうろうろしてたにしても、おかしい)

「セディオ?」

 なかなか返事がないことに焦れたのか、スイは名を呼んだ。青年はそこでようやく、ハッと気づく。

「……わりぃ。えーと、あんたを連れ出した理由だっけ。二人きりになりたかったから、じゃだめか?」

 スイはぴく、と眉を上げた。

「嘘は良くないよね」
「手厳しい~、はいはい。
 ……あのさ、俺そろそろこの街を出たいんだよ」

 ふ、と声の大きさを落とした細工師の青年に魔術師の女性は怪訝な表情になる。

「……なぜ? 生活は安定してるように見える。理由があって下町あそこに住んでるんじゃないの?」

 黒っぽい瞳に、ふっと紫の色味が増した。そこそこ意外な答えだったらしい。
 それにしても―――よく見ている。
 関心を持たれていたように感じたセディオは、薄く微笑わらった。

「どこまで気づいてるか知らないけどさ。俺、おおやけには“いない”ことになってんの。でも保護対象下でこっそり管理もされてる。……そういうの、もう嫌なんだよね。できれば、あんた達と一緒にフラッと消えたい」

 ぴた、とスイの足が止まった。今度は彼女のほうが強引に青年の腕を取ると、人目もはばからず街路の脇へと引っ張って行く。
 ――傍目には、ちょっとした痴話喧嘩に見えた。

 スイは素早く建物の影に身を滑り込ませると、セディオの腕を取ったまま息がかかるほど顔を寄せ、ささやくように確認した。

「それってつまり亡命したいってこと? 《学術都市》に」
「平たく言うと―――そうだな。とんずらしたい。…させて?」


 女たらしと評判の細工師は、美女の接近に嬉しげに頬を弛ませると、軽口を叩くように大胆に言ってのけた。





しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?

来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。 そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった! 亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。 「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」 「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」 おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。 現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。 お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、 美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!

これが普通なら、獣人と結婚したくないわ~王女様は復讐を始める~

黒鴉そら
ファンタジー
「私には心から愛するテレサがいる。君のような偽りの愛とは違う、魂で繋がった番なのだ。君との婚約は破棄させていただこう!」 自身の成人を祝う誕生パーティーで婚約破棄を申し出た王子と婚約者と番と、それを見ていた第三者である他国の姫のお話。 全然関係ない第三者がおこなっていく復讐? そこまでざまぁ要素は強くないです。 最後まで書いているので更新をお待ちください。6話で完結の短編です。

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

処理中です...