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3章 人の子の禍福
29 新たな住まい
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「さんじゅう、なな……?」
「セディオそこ。女性の年齢をそんなにはっきりと復唱するもんじゃない」
思わず口にしてしまったセディオは、「少し傷ついたな」と、こっそり独り言ちるスイにぴしゃりと叱られた。
が、セディオとて動揺している。この際年齢は関係ない。問題なのは――
「スイ、きみに人の子の年齢は、あまり適用されないように思えるんだけど」
――そう、それ。
セディオは黒真珠の冷静な台詞に内心で激しく同意し、改めてスイの顔を眺め見た。
滑らかな、透明感のある白い肌。
理知的な光を宿す、黒紫の神秘的な瞳。
やさしく弧を描く眉。目じりに長い、特徴のある睫毛。
通った鼻梁、微笑みにあまり温度を感じさせない薄い唇――――美女だ。
見た目だけなら二十代後半とも言えるが、備えた雰囲気や物腰を加味すると三十代にも見える。絶妙な年齢不詳具合だった。
一気に、魔術師の女性が“手が届くかもしれない人間”から“不思議な存在”となってしまった気がした――――瞬間。
ばたんっ!
「終わったぁ! 終わりましたよー、師匠見てみて、来て!」
「あぁあぁ、もう、エメルダっ。みんな、お話し中なんだから騒がないの……! あと、ちゃんとノックして。すみません、お師匠さま、皆さん、ご歓談中に」
ぱたぱたと軽い足音が二階から降りてきたと思うと、あっという間に弟子達が居間に飛び込んできた。
翠の髪がふわっ……と靡き、エメラルド色の羽を持つ異国の鳥のよう。
次いで駆け込んできたキリクは息を切らせて、金茶の柔らかな髪を―――暑そうにかき上げている。
((……目一杯、振り回されたって顔だな……))
黒真珠とセディオの感想は、ほぼその一点に集中した。おそらくは同性として、ささやかな同情とともに。
一方、朗報を受け取ったとばかりに綺麗な顔を綻ばせた魔術師は「本当? 早かったね」と呟き、いそいそと立ち上がった。
そのまま、すっと視線を座る男達に流す。
「ごめんね黒真珠。立て込んでるから今日はこの辺で……相談事もあるし、また来て。
セディオはこのままついて来て。ついでに貴方の寝る場所も案内する」
種族を違える二人の青年は、それぞれ頷いた。
―――大人達のお茶会、終了。
* * *
トントン、トン……と、木の階段を上がる。
百年は経ってはいなさそうだが、そこそこ年季の入った造りだった。
(不思議なもんだな。精霊たちの住まう空間に、人の子が暮らしやすいよう、わざわざ街の体裁まで整えて。初代の長ってのは、なんつうか……人間が、好きだったんだろうな)
濃い焦げ茶の風合いが、さらに色を深めるほどの使い込みを悟らせる階段の手すり。手を添えて滑らせると意外につやつやしており、冷たさと温もりの両方を感じる。
何だか、スイみたいだなと漠然と考えながら、セディオは目の前で揺れる黒髪とほっそりした背中を見つめた。
二人の弟子達の部屋は隣同士。階段を上がってすぐの左手だ。
「どうぞ」
カチャ、と手前の扉をひらくのはキリク。戸口から半身を覗かせた師である女性は「へぇぇ……やるね」と感嘆した。
半ば放置されていた客間はきれいに掃き清められ、開けられた窓には真新しい青色のカーテン。寝具の一揃いはとりあえずの予備を使う形になったが、ぱりっと糊がきいて寝心地の良さそうな白いリネン。シンプルだけど爽やかだ。
足元はむき出しの木の床なので(今度、人界で絨毯を購入して来よう)と、しずかに師は決意した。
「すごいね、キリク。掃除も上手だ。いい旦那さんになりそう」
「妙な例えはいいですから。素直に褒めてください」
「うん。良くできました」
にっこりと笑んで白い手をふわふわの髪に乗せると、スイは自然な仕草でよしよしと撫でた。
忽ち、頬を上気させるキリク。
「あぁもうっ! だから! 頭を撫でるくせ、どうにかしてくださいっ!! ……はい、次。さっさと隣に行きますよ」
「はいはい」
くすくす、くすくすとスイは笑みを溢している。キリクは締観の表情でそれを眺めた。
「じゃじゃーん! はい見て。どう、師匠?」
続く扉は、エメルダが勢いよくばたん! と開けた。
やはりキリクの部屋と同様、埃ひとつ落ちていない。寝具の色も同じ。部屋の造りも大して変わらない。窓のカーテンはやわらかな黄色。……ひよこ色と言っても差し支えない。
ケネフェルの市で弟子二人に好みを聞いてぱっと買い揃えた品の一部だったが―――見事にそれぞれの性格を表してるな、という言葉をスイは飲み込んでおいた。
代わりに、ぽふぽふと翠の頭を撫でる。
「初めてにしては上出来。魔法は使わなかったろうね?」
「うん! 力加減がむずかしくて。壊しちゃ困るかな?って思ったの」
「……それは、とってもいい判断だったねエメルダ。これからも、その気持ちは大切に。
―――よし。がんばった二人にご褒美。階下の居間にクッキーを焼いておいたから食べておいで。ポットにはお茶が入ってる。ゆっくりしてていいからね」
弟子二人の顔が、瞬時にきらきらした。
子ども達がおやつに目がないのは、種族に関係ないようだ。
「外の水場で、ちゃんと手を洗ってきてね!」との師の声は、階下からの元気な「「はーーい!」」で、返された。
「セディオそこ。女性の年齢をそんなにはっきりと復唱するもんじゃない」
思わず口にしてしまったセディオは、「少し傷ついたな」と、こっそり独り言ちるスイにぴしゃりと叱られた。
が、セディオとて動揺している。この際年齢は関係ない。問題なのは――
「スイ、きみに人の子の年齢は、あまり適用されないように思えるんだけど」
――そう、それ。
セディオは黒真珠の冷静な台詞に内心で激しく同意し、改めてスイの顔を眺め見た。
滑らかな、透明感のある白い肌。
理知的な光を宿す、黒紫の神秘的な瞳。
やさしく弧を描く眉。目じりに長い、特徴のある睫毛。
通った鼻梁、微笑みにあまり温度を感じさせない薄い唇――――美女だ。
見た目だけなら二十代後半とも言えるが、備えた雰囲気や物腰を加味すると三十代にも見える。絶妙な年齢不詳具合だった。
一気に、魔術師の女性が“手が届くかもしれない人間”から“不思議な存在”となってしまった気がした――――瞬間。
ばたんっ!
「終わったぁ! 終わりましたよー、師匠見てみて、来て!」
「あぁあぁ、もう、エメルダっ。みんな、お話し中なんだから騒がないの……! あと、ちゃんとノックして。すみません、お師匠さま、皆さん、ご歓談中に」
ぱたぱたと軽い足音が二階から降りてきたと思うと、あっという間に弟子達が居間に飛び込んできた。
翠の髪がふわっ……と靡き、エメラルド色の羽を持つ異国の鳥のよう。
次いで駆け込んできたキリクは息を切らせて、金茶の柔らかな髪を―――暑そうにかき上げている。
((……目一杯、振り回されたって顔だな……))
黒真珠とセディオの感想は、ほぼその一点に集中した。おそらくは同性として、ささやかな同情とともに。
一方、朗報を受け取ったとばかりに綺麗な顔を綻ばせた魔術師は「本当? 早かったね」と呟き、いそいそと立ち上がった。
そのまま、すっと視線を座る男達に流す。
「ごめんね黒真珠。立て込んでるから今日はこの辺で……相談事もあるし、また来て。
セディオはこのままついて来て。ついでに貴方の寝る場所も案内する」
種族を違える二人の青年は、それぞれ頷いた。
―――大人達のお茶会、終了。
* * *
トントン、トン……と、木の階段を上がる。
百年は経ってはいなさそうだが、そこそこ年季の入った造りだった。
(不思議なもんだな。精霊たちの住まう空間に、人の子が暮らしやすいよう、わざわざ街の体裁まで整えて。初代の長ってのは、なんつうか……人間が、好きだったんだろうな)
濃い焦げ茶の風合いが、さらに色を深めるほどの使い込みを悟らせる階段の手すり。手を添えて滑らせると意外につやつやしており、冷たさと温もりの両方を感じる。
何だか、スイみたいだなと漠然と考えながら、セディオは目の前で揺れる黒髪とほっそりした背中を見つめた。
二人の弟子達の部屋は隣同士。階段を上がってすぐの左手だ。
「どうぞ」
カチャ、と手前の扉をひらくのはキリク。戸口から半身を覗かせた師である女性は「へぇぇ……やるね」と感嘆した。
半ば放置されていた客間はきれいに掃き清められ、開けられた窓には真新しい青色のカーテン。寝具の一揃いはとりあえずの予備を使う形になったが、ぱりっと糊がきいて寝心地の良さそうな白いリネン。シンプルだけど爽やかだ。
足元はむき出しの木の床なので(今度、人界で絨毯を購入して来よう)と、しずかに師は決意した。
「すごいね、キリク。掃除も上手だ。いい旦那さんになりそう」
「妙な例えはいいですから。素直に褒めてください」
「うん。良くできました」
にっこりと笑んで白い手をふわふわの髪に乗せると、スイは自然な仕草でよしよしと撫でた。
忽ち、頬を上気させるキリク。
「あぁもうっ! だから! 頭を撫でるくせ、どうにかしてくださいっ!! ……はい、次。さっさと隣に行きますよ」
「はいはい」
くすくす、くすくすとスイは笑みを溢している。キリクは締観の表情でそれを眺めた。
「じゃじゃーん! はい見て。どう、師匠?」
続く扉は、エメルダが勢いよくばたん! と開けた。
やはりキリクの部屋と同様、埃ひとつ落ちていない。寝具の色も同じ。部屋の造りも大して変わらない。窓のカーテンはやわらかな黄色。……ひよこ色と言っても差し支えない。
ケネフェルの市で弟子二人に好みを聞いてぱっと買い揃えた品の一部だったが―――見事にそれぞれの性格を表してるな、という言葉をスイは飲み込んでおいた。
代わりに、ぽふぽふと翠の頭を撫でる。
「初めてにしては上出来。魔法は使わなかったろうね?」
「うん! 力加減がむずかしくて。壊しちゃ困るかな?って思ったの」
「……それは、とってもいい判断だったねエメルダ。これからも、その気持ちは大切に。
―――よし。がんばった二人にご褒美。階下の居間にクッキーを焼いておいたから食べておいで。ポットにはお茶が入ってる。ゆっくりしてていいからね」
弟子二人の顔が、瞬時にきらきらした。
子ども達がおやつに目がないのは、種族に関係ないようだ。
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