翠の子

汐の音

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5章 二つの魔術

62 乙女、或いは紳士のように

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 スイとフランは秋雨しゅううに相乗りし、街道を避けて森を駆け抜けた。
 三十分ほど駆けては二人とも降り、徒歩で下草をかき分けて進む。大人二名を乗せての走り通しでは、馬の負担が大きすぎるからだ。

 あまり人を斬りたくはないな、と実のところ願っているフランにとっては、現状の草刈り鎌と化した剣は、用途として悪くはない。
 ザッ……ザッ! と、足運びの邪魔にならぬよう伸びきった雑草を刈り取りつつ、道なき道を進む。
 途中、蛇などが逃げてゆくのはご愛敬か。虫の類いもそこそこいる。

「すまないねフラン……王子のきみに、こんなことさせちゃって」

 多足生物や甲殻類が苦手らしいスイは、大人しくフランの後ろ三歩ほど下がり、秋雨とともに出来たての小径こみちを歩む。手綱は引いていない。先導するのが彼女の場合、秋雨はひどく聞き分けがいい。

「構いませんよスイ。貴女にも苦手があったのかと、かえって微笑ましいくらいです」
「そりゃ、あるよ……」

 心なし弱った響きのそれに、王子はにこっと目許を和らげる。顔は前を向いたままなので、魔術師にはバレていない。

「あとどれくらいか、わかります?」
「うん。……そこを、ちいさな沢が流れてるだろう? これに沿ってあと一時間くらいかな。副都とは反対側の旧道、王都側に出るみたい。本来の日程では、きみは副都にも寄ると聞いたんだけど……」

 珍しく、おもねるような響き。
 わずかに後ろへ目線を流すと、上目遣いのスイと視線が交わった。フランはやんわりと答える。

「いいえ、寄りません。これだけの損害を受けて敵陣の真っ只中になんか突っ込めませんよ。名目は新式魔術の大型船への付与試験の立ち会いとありましたが。無理無理。やめです」
「――だね。賢明だ」

 ほっとしたように安堵の息を漏らすスイ。
 百戦錬磨の彼女でも、新式魔術師ギルドの総本部に対しては敬遠したいものがあるらしい。

 フランは、今は一心に道の確保につとめた。立ち枯れた下生えの乾いた匂いに混ざり、濃い、青々とした草いきれも満ちている。時おり顔にかかる蜘蛛の巣をぱぱっと左手で払いつつ、王太子と魔術師――それに一頭の駿馬しゅんめは黙々と進んだ。




 周囲を険しい峯に囲まれた山岳の国ケネフェルは、長く造船業とだけは縁遠かった。
 が、外洋船の補給港を領土に抱える隣国から再三の要求を受け、近年は漕ぎ手がなくとも海上をゆく船を造れないかと各機関が競うように研究している。
 その最先端が、職工の大ギルド連合と新式魔術師ギルドによる魔術帆船なのだと報告が上がったのが四日前。隣国に発つ前日だった。

 (元々、急遽組まれた日程だし。旧式特級魔術師のスイを連れていくのは角が立つ。それに―――んん?)

 ふと、草を薙いでいた剣が止まった。

「? どうしたの」

 後ろから、スイが怪訝そうにフランを窺う。

「いや。なんで奴らが突然、確実に私を殺す方向で嵌めたのかがわかりました。――先刻さっき、弟を保護したと聞きましたが。セディオの存在が向こうにバレたんですね?」
「あー……そうだね。バレてたね。ちなみに国中に触れが出されてて、正規騎士団も動員した捜索体制が敷かれてる。アイリーネ達の意思じゃない。議会の独断だ」

 少し、目の泳いだ魔術師をフランは見ていなかった。視線を足元に落とし、熟考の姿勢を取っている。且つ、素早く囁いた。

「連中、セディオを担ぎ出す気ですね?」
「おそらく」
「あいつは、どう育ちました?」
「……歯に衣着せぬ女たらし、かな」

「……は?」

 きょとん、と目を瞬いたフランは、つい訊き返した。素の反応だ。
 スイはころころと笑っている。細めたまなざしに紫の色が濃い。まとう空気が一転、あでやかになった。

 普段、うつくしさの割りに性を感じさせない魔術師の劇的な変化――匂い立つような“女性”の発露に、フランは容赦なく視線を奪われる。
 スイは王太子に近寄り、ぽん、と背を叩いた。

「大丈夫。連中が丸め込んで操れるような、意志薄弱なひとじゃない。本人は、貴方がた家族から大事にされた記憶は、今一つないみたいだけど。……実際、私も最初は気づかなかったんだ。ちょっと関係の修復が必要かな? 直接会ってね」
「そう……ですか」

 まだ呆然と佇む青年に、スイはなおも微笑みかける。

「急ごう。ご両親を城から動かすわけにいかないから、どうあってもあの人セディオを連れてこなきゃならない。外部からの魔術一切を遮断する請願紋を施したあの城に、直接転移させるのは骨なんだ」
「不可能、とは仰らないんですね」
「勿論。でも、やりたくない」
「うーん……わかりました。じゃあ」

 ちらりと、大人しく二人の会話に耳を傾ける愛馬に目を向ける。
 秋雨は“――なぁに?”と言わんばかりの仕草で馬首を傾けた。その愛らしさに、フッと笑みがこぼれる。

「……あとは、街道に抜けるまで秋雨に乗りましょうか。並足を混ぜれば、一時間走り通しでも彼女は許してくれるでしょう。
 連中も、私を逃したことを上層部に伝えるのは時間がかかるはず。……追手をやっつけるのに、そう時間はかからなかったようですが。追尾をまく手段はもう、講じてあるんでしょう?」

 フランの瞳は、父である大公カディン譲りの温かな大地の色だ。文字通り、お茶目なまなざしで魔術師を見つめている。

 スイも、ふふっと悪戯な笑みを浮かべた。

「うん。伝達用に使役される風の子が気の毒だからね。こんこんとお願いしてきたよ。『こいつらの言うこと聞いちゃ駄目だよ』って。
 今ごろ、伝言ゲームみたいに国中……は、少し越えるかな。とりあえず、きみを殺そうとした一派に関しては情報伝達に障りがあると思う」

 語りつつ、ひらりとスイは秋雨にまたがった。おそろしく自然に、馬上から手を王太子へと差しのべる。
 ――その、紳士然とした振る舞いと来たら!


 フランは、思わず目の前の白魚のような手に触れそうになったが危うく踏みとどまった。
 告げるべき言葉を見つけられず、はくはくと口を開閉させる。
 スイは、にっこりと微笑んだ。

「後ろ、乗ってフラン。私が駆ろう。貴方も疲れてるはずだよ」
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