75 / 87
6章 掌中に収まらぬ宝
74 門の守り人の見たものは
しおりを挟む
副都の私設兵団詰め所は、街をぐるりと囲む分厚い壁と一体化していた。
ひらいたままの大門の大扉は、ところどころ鉄で補強が施されている。「ついて来い」と案内されたのは大扉の内側。
くぐってすぐ左手――外壁の断面と言うべき場所に人間サイズの入り口が設けられており、そちらへと足を進める。
よって、キリクと黒真珠は厳密な意味では街に入れたと言える。ただし壁の中だ。
「さー、吐いてもらおうか。あの別嬪のお師匠さんについて」
「だから……何度も話したじゃないですか? お師匠様は用事があるからと、僕に留守番をお命じになったんです。でも、お戻りが遅くて。ひょっとしたら副都じゃないかなって。こちらの――」
椅子に掛けたキリクは、ちらっと後ろを振り向いた。
黒真珠は取調室の壁にもたれて腕を組み、興味深そうにキリクを眺めている。
その名を呼ぼうとして、はたと気づいた。
『黒真珠』は精霊の名だ。
(~~?! しまった。偽名、聞いてないっ!)
間が不自然とならぬ絶妙なタイミングで、黒銀の髪の青年はにこりと笑った。
「クロウ、と申します。かれの付き添いとして都市から同行しました」
「あぁ。あなたとこの少年が『神秘の学術都市』の住人ってことは、プレートの梟の紋様で一発でわかるよ。身元が怪しいってわけじゃないんだ。引き留めて申し訳ないんだが、どうにも手掛かりが薄くてさ」
相手が大人だからか、態度をやや慇懃に変えた兵士がぼやき始める。
黒真珠は、さも人の善い顔でそれに応じた。
「彼女について、ですか」
「そう。消えた第二王子殿下との接点がわからん。目撃者が言うには、恋人同士に見えたらしいが」
「それは……どうでしょう。王子様は、ここで職人として暮らしておられたと聞きました。本当にお相手は彼女だったんですか? 似た別人ではなく?」
「そこは間違いない。あんな目立つ美人、そう居やしないって。しかも、凄腕の魔術師ってんだろう? 王子の失踪に一枚咬んでたっておかしくない。記録に残ってた、ギルドを介した依頼とやらも額面通りかわからんし」
(魔術師。記録。依頼)
ぴん、と来た。
この情報の提供者は、細工師ギルドの受付嬢だ。自分を含め、一般人にルーン文字は読めない。ただ何となく「ルーン文字だな」とわかるだけ。
師は他のどこでも、自分が何者かを名乗らなかった。――ギルドと、セディオの工房以外では。
キリクはいかにも傷ついた風体を装い、しおしおと横槍を入れた。
「あの……魔術師というだけで、そんな偏見が? お師匠様は、みだりに私事で魔術を使う方ではありません。撤回を」
「え、あ……すまない。そんなつもりでは」
しどろもどろと言を濁す兵士。
これに、クロウと名乗った黒真珠も便乗した。
「さっき、『一枚咬んでる』と言った? 兵士さん。聞き捨てならないね。都市の住人は皆、良心の秤を自身に課してる。我々は、人道に悖る依頼は決して受けない。報酬では動かないんだ。王子失踪なんてきな臭い案件、だれが好き好んで関わるもんか」
「……」
雰囲気一転。
もの柔らかだった青年が、ぴしゃりと言で打つ。
たじろぐ兵士。
キリクは内心、かれが気の毒になった。本来責められるべきはスイに焦点を絞ろうとした、かれの上官だろうに。
斯くして、二人連れは兵士からの丁寧な謝罪とともに釈放された。
なんの魔法も行使しない、実に穏便なやり口だった。
* * *
「あーぁあ、結局振り出しか……あの別嬪魔術師のお弟子に関しちゃ、始末書もんだし」
「まぁ、くよくよすんなって。上からのお達しだし。――ほら。また一団ご到着だぜ。仕事仕事」
「あぁ……」
持ち場に戻った兵士は同僚から慰められつつ、新たな入都希望者らの群れへと向かった。
王都や、近隣の街からは定時で乗り合いトカゲ車や国営の馬車が来る。魔物は滅多に出ないが盗賊のたぐいは出没するため、人びとはちゃんとした護衛付きの安全な移動手段をとるのが常だった。
すなわち、集団移動。
「はいはーい。入都料はこちら。身分証見せてねー」
軽快な決まり文句とともに、相方は次々と一団をさばいている。
いかん。手伝わねば……と、意を新たにした兵士も駆けつけた。列の二番手へと声をかける。
「こちらでもどうぞ。――あぁ、どうも」
差し出した袋の底で、チャリンと一般入都料三名分が軽やかな音を鳴らした。
もの慣れた旅人だ。兵士は、どことなくほっとする。
「じゃあ身分証」
「これでいいかな」
三名のうち、二名に守られるように立っていた人物が近づいた。
厳重に着こんだ外套。襟の立てられた上着。それらを目の前の兵士だけに見えるよう、そっと緩める。覗いたのは。
「でっ……??!」
慌てて口を閉じた。万が一にも漏れ出ぬよう、ぽふん、と手のひらで蓋をする。
危ない。
というか、知ってて良かった。
私設とはいえ紛いなりにも守備兵団。自国の王族の顔は絵姿で習っている。行幸の際は街道警備で遠巻きに眺めた。本来ならば、直接の声がけなどあり得ない人物……――!
「お役目ご苦労様。ちょっとね、忍びなんだ。通してね」
「は……はい。どうぞ」
果たして『お気をつけて』の台詞は無事に言えただろうか。緊張で舌が一気に乾いた。ごくり、と生唾を飲む。
「ありがとう」
再び、きっちりと顔を隠した御仁は目許だけであまく笑んだ。
暗い赤毛は現女王譲り。茶色の目は大公譲り。気品溢れる容貌の青年が供を連れ、街へと移動する。
――――『殿下』と。
口走りそうになった兵士は、内心で思いきり自分を褒め称えた。
(よく耐えた、オレ)
王太子フラン、その人だった。
ひらいたままの大門の大扉は、ところどころ鉄で補強が施されている。「ついて来い」と案内されたのは大扉の内側。
くぐってすぐ左手――外壁の断面と言うべき場所に人間サイズの入り口が設けられており、そちらへと足を進める。
よって、キリクと黒真珠は厳密な意味では街に入れたと言える。ただし壁の中だ。
「さー、吐いてもらおうか。あの別嬪のお師匠さんについて」
「だから……何度も話したじゃないですか? お師匠様は用事があるからと、僕に留守番をお命じになったんです。でも、お戻りが遅くて。ひょっとしたら副都じゃないかなって。こちらの――」
椅子に掛けたキリクは、ちらっと後ろを振り向いた。
黒真珠は取調室の壁にもたれて腕を組み、興味深そうにキリクを眺めている。
その名を呼ぼうとして、はたと気づいた。
『黒真珠』は精霊の名だ。
(~~?! しまった。偽名、聞いてないっ!)
間が不自然とならぬ絶妙なタイミングで、黒銀の髪の青年はにこりと笑った。
「クロウ、と申します。かれの付き添いとして都市から同行しました」
「あぁ。あなたとこの少年が『神秘の学術都市』の住人ってことは、プレートの梟の紋様で一発でわかるよ。身元が怪しいってわけじゃないんだ。引き留めて申し訳ないんだが、どうにも手掛かりが薄くてさ」
相手が大人だからか、態度をやや慇懃に変えた兵士がぼやき始める。
黒真珠は、さも人の善い顔でそれに応じた。
「彼女について、ですか」
「そう。消えた第二王子殿下との接点がわからん。目撃者が言うには、恋人同士に見えたらしいが」
「それは……どうでしょう。王子様は、ここで職人として暮らしておられたと聞きました。本当にお相手は彼女だったんですか? 似た別人ではなく?」
「そこは間違いない。あんな目立つ美人、そう居やしないって。しかも、凄腕の魔術師ってんだろう? 王子の失踪に一枚咬んでたっておかしくない。記録に残ってた、ギルドを介した依頼とやらも額面通りかわからんし」
(魔術師。記録。依頼)
ぴん、と来た。
この情報の提供者は、細工師ギルドの受付嬢だ。自分を含め、一般人にルーン文字は読めない。ただ何となく「ルーン文字だな」とわかるだけ。
師は他のどこでも、自分が何者かを名乗らなかった。――ギルドと、セディオの工房以外では。
キリクはいかにも傷ついた風体を装い、しおしおと横槍を入れた。
「あの……魔術師というだけで、そんな偏見が? お師匠様は、みだりに私事で魔術を使う方ではありません。撤回を」
「え、あ……すまない。そんなつもりでは」
しどろもどろと言を濁す兵士。
これに、クロウと名乗った黒真珠も便乗した。
「さっき、『一枚咬んでる』と言った? 兵士さん。聞き捨てならないね。都市の住人は皆、良心の秤を自身に課してる。我々は、人道に悖る依頼は決して受けない。報酬では動かないんだ。王子失踪なんてきな臭い案件、だれが好き好んで関わるもんか」
「……」
雰囲気一転。
もの柔らかだった青年が、ぴしゃりと言で打つ。
たじろぐ兵士。
キリクは内心、かれが気の毒になった。本来責められるべきはスイに焦点を絞ろうとした、かれの上官だろうに。
斯くして、二人連れは兵士からの丁寧な謝罪とともに釈放された。
なんの魔法も行使しない、実に穏便なやり口だった。
* * *
「あーぁあ、結局振り出しか……あの別嬪魔術師のお弟子に関しちゃ、始末書もんだし」
「まぁ、くよくよすんなって。上からのお達しだし。――ほら。また一団ご到着だぜ。仕事仕事」
「あぁ……」
持ち場に戻った兵士は同僚から慰められつつ、新たな入都希望者らの群れへと向かった。
王都や、近隣の街からは定時で乗り合いトカゲ車や国営の馬車が来る。魔物は滅多に出ないが盗賊のたぐいは出没するため、人びとはちゃんとした護衛付きの安全な移動手段をとるのが常だった。
すなわち、集団移動。
「はいはーい。入都料はこちら。身分証見せてねー」
軽快な決まり文句とともに、相方は次々と一団をさばいている。
いかん。手伝わねば……と、意を新たにした兵士も駆けつけた。列の二番手へと声をかける。
「こちらでもどうぞ。――あぁ、どうも」
差し出した袋の底で、チャリンと一般入都料三名分が軽やかな音を鳴らした。
もの慣れた旅人だ。兵士は、どことなくほっとする。
「じゃあ身分証」
「これでいいかな」
三名のうち、二名に守られるように立っていた人物が近づいた。
厳重に着こんだ外套。襟の立てられた上着。それらを目の前の兵士だけに見えるよう、そっと緩める。覗いたのは。
「でっ……??!」
慌てて口を閉じた。万が一にも漏れ出ぬよう、ぽふん、と手のひらで蓋をする。
危ない。
というか、知ってて良かった。
私設とはいえ紛いなりにも守備兵団。自国の王族の顔は絵姿で習っている。行幸の際は街道警備で遠巻きに眺めた。本来ならば、直接の声がけなどあり得ない人物……――!
「お役目ご苦労様。ちょっとね、忍びなんだ。通してね」
「は……はい。どうぞ」
果たして『お気をつけて』の台詞は無事に言えただろうか。緊張で舌が一気に乾いた。ごくり、と生唾を飲む。
「ありがとう」
再び、きっちりと顔を隠した御仁は目許だけであまく笑んだ。
暗い赤毛は現女王譲り。茶色の目は大公譲り。気品溢れる容貌の青年が供を連れ、街へと移動する。
――――『殿下』と。
口走りそうになった兵士は、内心で思いきり自分を褒め称えた。
(よく耐えた、オレ)
王太子フラン、その人だった。
0
あなたにおすすめの小説
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました
放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。
だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。
「彼女は可哀想なんだ」
「この子を跡取りにする」
そして人前で、平然と言い放つ。
――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」
その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。
「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?
来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。
そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった!
亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。
「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」
「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」
おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。
現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。
お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、
美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる