翠の子

汐の音

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6章 掌中に収まらぬ宝

74 門の守り人の見たものは

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 副都の私設兵団詰め所は、街をぐるりと囲む分厚い壁と一体化していた。
 ひらいたままの大門の大扉は、ところどころ鉄で補強が施されている。「ついて来い」と案内されたのは大扉の内側。
 くぐってすぐ左手――外壁の断面と言うべき場所に人間サイズの入り口が設けられており、そちらへと足を進める。

 よって、キリクと黒真珠は厳密な意味では街に入れたと言える。ただし壁の中だ。


「さー、吐いてもらおうか。あの別嬪のお師匠さんについて」
「だから……何度も話したじゃないですか? お師匠様は用事があるからと、僕に留守番をお命じになったんです。でも、お戻りが遅くて。ひょっとしたら副都ここじゃないかなって。こちらの――」

 椅子に掛けたキリクは、ちらっと後ろを振り向いた。
 黒真珠は取調室の壁にもたれて腕を組み、興味深そうにキリクを眺めている。
 その名を呼ぼうとして、はたと気づいた。
 『黒真珠』は精霊の名だ。

(~~?! しまった。偽名、聞いてないっ!)

 間が不自然とならぬ絶妙なタイミングで、黒銀の髪の青年はにこりと笑った。

「クロウ、と申します。かれの付き添いとして都市から同行しました」
「あぁ。あなたとこの少年が『神秘の学術都市』の住人ってことは、プレートの梟の紋様で一発でわかるよ。身元が怪しいってわけじゃないんだ。引き留めて申し訳ないんだが、どうにも手掛かりが薄くてさ」

 相手が大人だからか、態度をやや慇懃に変えた兵士がぼやき始める。
 黒真珠は、さも人の善い顔でそれに応じた。

「彼女について、ですか」
「そう。消えた第二王子殿下との接点がわからん。目撃者が言うには、恋人同士に見えたらしいが」
「それは……どうでしょう。王子様は、ここで職人として暮らしておられたと聞きました。本当にお相手は彼女だったんですか? 似た別人ではなく?」
「そこは間違いない。あんな目立つ美人、そう居やしないって。しかも、凄腕の魔術師ってんだろう? 王子の失踪に一枚咬んでたっておかしくない。記録に残ってた、ギルドを介した依頼とやらも額面通りかわからんし」

(魔術師。記録。依頼)

 ぴん、と来た。
 この情報の提供者は、細工師ギルドの受付嬢だ。自分を含め、一般人にルーン文字は読めない。ただ何となく「ルーン文字だな」とわかるだけ。
 師は他のどこでも、を名乗らなかった。――ギルドと、セディオの工房以外では。

 キリクはいかにも傷ついた風体を装い、しおしおと横槍を入れた。

「あの……魔術師というだけで、そんな偏見が? お師匠様は、みだりに私事で魔術を使う方ではありません。撤回を」
「え、あ……すまない。そんなつもりでは」

 しどろもどろと言を濁す兵士。
 これに、クロウと名乗った黒真珠も便乗した。

「さっき、『一枚咬んでる』と言った? 兵士さん。聞き捨てならないね。都市の住人は皆、良心のはかりを自身に課してる。我々は、人道にもとる依頼は決して受けない。報酬では動かないんだ。王子失踪なんてきな臭い案件、だれが好きこのんで関わるもんか」
「……」

 雰囲気一転。
 もの柔らかだった青年が、ぴしゃりと言で打つ。
 たじろぐ兵士。

 キリクは内心、かれが気の毒になった。本来責められるべきはスイに焦点を絞ろうとした、かれの上官だろうに。


 くして、二人連れは兵士からの丁寧な謝罪とともに釈放された。
 なんの魔法も行使しない、実に穏便なやり口だった。



   *   *   *



「あーぁあ、結局振り出しか……あの別嬪魔術師のお弟子に関しちゃ、始末書もんだし」
「まぁ、くよくよすんなって。上からのお達しだし。――ほら。また一団ご到着だぜ。仕事仕事」
「あぁ……」

 持ち場に戻った兵士は同僚から慰められつつ、新たな入都希望者らの群れへと向かった。

 王都や、近隣の街からは定時で乗り合いトカゲ車や国営の馬車が来る。魔物は滅多に出ないが盗賊のたぐいは出没するため、人びとはちゃんとした護衛付きの安全な移動手段をとるのが常だった。
 すなわち、集団移動。

「はいはーい。入都料はこちら。身分証見せてねー」

 軽快な決まり文句とともに、相方は次々と一団をさばいている。
 いかん。手伝わねば……と、意を新たにした兵士も駆けつけた。列の二番手へと声をかける。

「こちらでもどうぞ。――あぁ、どうも」

 差し出した袋の底で、チャリンと一般入都料三名分が軽やかな音を鳴らした。
 もの慣れた旅人だ。兵士は、どことなくほっとする。

「じゃあ身分証」
「これでいいかな」

 三名のうち、二名に守られるように立っていた人物が近づいた。
 厳重に着こんだ外套。襟の立てられた上着。それらを目の前の兵士だけに見えるよう、そっと緩める。覗いたのは。

「でっ……??!」


 慌てて口を閉じた。万が一にも漏れ出ぬよう、ぽふん、と手のひらで蓋をする。
 危ない。
 というか、知ってて良かった。

 私設とはいえ紛いなりにも守備兵団。自国の王族の顔は絵姿で習っている。行幸の際は街道警備で遠巻きに眺めた。本来ならば、直接の声がけなどあり得ない人物……――!

「お役目ご苦労様。ちょっとね、忍びなんだ。通してね」
「は……はい。どうぞ」

 果たして『お気をつけて』の台詞は無事に言えただろうか。緊張で舌が一気に乾いた。ごくり、と生唾を飲む。

「ありがとう」

 再び、きっちりと顔を隠した御仁は目許だけであまく笑んだ。
 暗い赤毛は現女王譲り。茶色の目は大公譲り。気品溢れる容貌の青年が供を連れ、街へと移動する。

 ――――『殿下』と。
 口走りそうになった兵士は、内心で思いきり自分を褒め称えた。
(よく耐えた、オレ)



 王太子フラン、その人だった。

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