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6章 掌中に収まらぬ宝
84 それはそれで、強引な
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何もない草地に降り立つ一行がいた。文字通り、空の高みから。
“スイ、ここでいい?”
“うん、ありがとう”
短い古語のやり取りを経て、ぱちん! とかれらを包む水の皮膜が消える。
水と風の複合魔術、《飛翔移動》。その名残に、陽光にキラキラと飛沫が散る。それらを見るともなしに見つめながら、安堵の息をもらす面々――なかでも一人。女性に変化したままのセディオは、隣に立つスイの顔を思案げに覗き込んだ。
「大丈夫か」
「うん。……平気、ありがとうセディオ」
にこっと笑む顔には微妙な翳り。
(ちっとも平気じゃねぇだろ強情っぱり。綺麗にすっとぼけやがって)
ちり、と焦げるような痛みが胸に走って、セディオはそのまま左手でスイの頤に指を添えた。無理やりにこちらを向かせる。
「セ」
「嘘つけ。あのとき、ルーンだったからわからなかったが、一体何を話してた? どうして、あの爺さん急に老け込んだんだよ。あのいけ好かない女も」
――……なぜ、砕けてしまったのか。
言葉にしなかった部分を、スイは正確に読みとった。
キリクもエメルダも、同様に答えを待っている。目覚めたばかりの黒真珠の瞳は相変わらず不思議な灰銀の光沢を帯び、内心は杳として知れない。それでも静かに佇んでいた。
いっぽう、風の司は。
「おれ、話そうか?」
しれっと人間の言葉で話し出した。人の子らは揃って色めき立つ。
「なっ……! お前、話せないんじゃないのかよ?!」
「誰もそんなこと言ってないだろ。君こそ何? スイの何なのさ、男? 女? はっきりしなよ変態」
「へ」
実にいい反応速度で突っ込んだセディオに対し、風の力の司も負けず劣らず、容赦なかった。
現在のセディオは、外見こそエメルダの魔法で肉体ごと「女」だが、心は「男」のまま。そのちぐはぐさを言うに事欠いて『変態』。
……女好きの称号はどこへ……と、つい過去を懐かしんでしまった。盛大な現実逃避だ。
いけないいけない、と数度瞬く。
目をきつく瞑って、ぱぱっと頭を振った。それどころじゃないから。
「いーけど。……いや、変態じゃねぇからな俺は。れっきとした変装だ。元の形じゃ、事情があってケネフェルのどっこも歩けねぇから。
スイ、なんなら学術都市に帰るか? 家でゆっくり聞かせてくれても構わない」
「あ、いいえ。先にアイリーネ達に報告に行ったほうが良さそうだ。ついでに貴方の身柄をうちで預かると、きちんとかれらに申し出よう。親子の対面も必要だし」
「――へ」
先ほどとは違う響きの一音だった。明らかに心の準備を怠っていた部分への不意打ちに戸惑い、呆けている。
くすっと、黒髪の魔術師にようやくいつもの笑顔が戻った。
「約束したんだ。色々と。そもそもあれは、貴方の本来の居場所を取り戻すための交渉――『訪問』だったから」
「……」
「訪問……、だったんですかあれ。うぅん……」
――――はて。
塔の破壊、おそらくはギルドの信用そのものへの大打撃。人的喪失も。そういった諸々を含めてのあれを『訪問』? と。
(((討ち入り、じゃなかったんだ……)))
律儀に脳内で呟いたのは、この場におけるセディオ、エメルダ、キリクの専売特許だった。
風が吹く。
さぁあ……と梢を鳴らし、身を潜めていた天馬が一行の元に舞い降りた。
「レギオン!」
嬉しそうな翠の子――エメルダが、かれに駆け寄る。その一対にやさしく目をすがめながら。
へぇ……、と魔術師は呟いた。
「? どうした」
「あ、うん。風の目を借りて副都のギルド街を視て来たらしいんだけどね、レギオン」
「ふんふん」
小首を傾げ、ちょっとだけ女性らしく見えるセディオに、スイは甘く微笑んだ。
「フランがお忍びで来てたみたい。今、すごく頑張って塔の周辺で事の収拾にあたってくれてるって。
迎えに行ってあげよう? で、一緒に王都の城に帰ればいいんじゃないかな」
おいおい、おいおいおいおい。
また、強引なことを言い出したよこいつは……と、天を仰いだセディオの肩を、ぽん、と叩く成長途中の手があった。キリクだ。
「こういう方なんです。もう、止まりゃしないんです。諦めましょうセディオさん。惚れた側の負けです」
ひどく訳知り顔の少年に(なるほど)と、揶揄う気持ちもすっかり失せて。
小豆色の髪の美女はひとしきり考えたあと、悩ましげに頷いて見せた。
「あー、……うん。全くだな」
今はあざやかな紅を引いたような唇に、ほろ苦い笑みを乗せて。
“スイ、ここでいい?”
“うん、ありがとう”
短い古語のやり取りを経て、ぱちん! とかれらを包む水の皮膜が消える。
水と風の複合魔術、《飛翔移動》。その名残に、陽光にキラキラと飛沫が散る。それらを見るともなしに見つめながら、安堵の息をもらす面々――なかでも一人。女性に変化したままのセディオは、隣に立つスイの顔を思案げに覗き込んだ。
「大丈夫か」
「うん。……平気、ありがとうセディオ」
にこっと笑む顔には微妙な翳り。
(ちっとも平気じゃねぇだろ強情っぱり。綺麗にすっとぼけやがって)
ちり、と焦げるような痛みが胸に走って、セディオはそのまま左手でスイの頤に指を添えた。無理やりにこちらを向かせる。
「セ」
「嘘つけ。あのとき、ルーンだったからわからなかったが、一体何を話してた? どうして、あの爺さん急に老け込んだんだよ。あのいけ好かない女も」
――……なぜ、砕けてしまったのか。
言葉にしなかった部分を、スイは正確に読みとった。
キリクもエメルダも、同様に答えを待っている。目覚めたばかりの黒真珠の瞳は相変わらず不思議な灰銀の光沢を帯び、内心は杳として知れない。それでも静かに佇んでいた。
いっぽう、風の司は。
「おれ、話そうか?」
しれっと人間の言葉で話し出した。人の子らは揃って色めき立つ。
「なっ……! お前、話せないんじゃないのかよ?!」
「誰もそんなこと言ってないだろ。君こそ何? スイの何なのさ、男? 女? はっきりしなよ変態」
「へ」
実にいい反応速度で突っ込んだセディオに対し、風の力の司も負けず劣らず、容赦なかった。
現在のセディオは、外見こそエメルダの魔法で肉体ごと「女」だが、心は「男」のまま。そのちぐはぐさを言うに事欠いて『変態』。
……女好きの称号はどこへ……と、つい過去を懐かしんでしまった。盛大な現実逃避だ。
いけないいけない、と数度瞬く。
目をきつく瞑って、ぱぱっと頭を振った。それどころじゃないから。
「いーけど。……いや、変態じゃねぇからな俺は。れっきとした変装だ。元の形じゃ、事情があってケネフェルのどっこも歩けねぇから。
スイ、なんなら学術都市に帰るか? 家でゆっくり聞かせてくれても構わない」
「あ、いいえ。先にアイリーネ達に報告に行ったほうが良さそうだ。ついでに貴方の身柄をうちで預かると、きちんとかれらに申し出よう。親子の対面も必要だし」
「――へ」
先ほどとは違う響きの一音だった。明らかに心の準備を怠っていた部分への不意打ちに戸惑い、呆けている。
くすっと、黒髪の魔術師にようやくいつもの笑顔が戻った。
「約束したんだ。色々と。そもそもあれは、貴方の本来の居場所を取り戻すための交渉――『訪問』だったから」
「……」
「訪問……、だったんですかあれ。うぅん……」
――――はて。
塔の破壊、おそらくはギルドの信用そのものへの大打撃。人的喪失も。そういった諸々を含めてのあれを『訪問』? と。
(((討ち入り、じゃなかったんだ……)))
律儀に脳内で呟いたのは、この場におけるセディオ、エメルダ、キリクの専売特許だった。
風が吹く。
さぁあ……と梢を鳴らし、身を潜めていた天馬が一行の元に舞い降りた。
「レギオン!」
嬉しそうな翠の子――エメルダが、かれに駆け寄る。その一対にやさしく目をすがめながら。
へぇ……、と魔術師は呟いた。
「? どうした」
「あ、うん。風の目を借りて副都のギルド街を視て来たらしいんだけどね、レギオン」
「ふんふん」
小首を傾げ、ちょっとだけ女性らしく見えるセディオに、スイは甘く微笑んだ。
「フランがお忍びで来てたみたい。今、すごく頑張って塔の周辺で事の収拾にあたってくれてるって。
迎えに行ってあげよう? で、一緒に王都の城に帰ればいいんじゃないかな」
おいおい、おいおいおいおい。
また、強引なことを言い出したよこいつは……と、天を仰いだセディオの肩を、ぽん、と叩く成長途中の手があった。キリクだ。
「こういう方なんです。もう、止まりゃしないんです。諦めましょうセディオさん。惚れた側の負けです」
ひどく訳知り顔の少年に(なるほど)と、揶揄う気持ちもすっかり失せて。
小豆色の髪の美女はひとしきり考えたあと、悩ましげに頷いて見せた。
「あー、……うん。全くだな」
今はあざやかな紅を引いたような唇に、ほろ苦い笑みを乗せて。
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