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第1話 新任男性教師
しおりを挟む暖かなよそ風と共に舞い散る桜の花びら。
窓辺から見えるその光景は春の訪れを感じさせ、同時に過去この学び舎で過ごした彩りのある高校生活を鮮明に思い出させるものだった。
「玉城《たまき》先生……そろそろ」
始業の5分前の鐘の音が鳴り響く。
外の光景を懐かしんでいる俺の元に、一人の女性が現れた。
「……理事長」
ハーフアップの綺麗な黒髪に白シャツと黒のスーツ姿。
その容姿はとても30を迎えているとは思えない可愛らしさと、155センチという小柄な体型を持つ女性だった。
同時に、世界初となるであろう『男性教師』という異端な存在を志した俺を、この世界の男性――女性を嫌悪し傲慢・高圧的である――を雇うリスクを負ってまで受け入れ、そしてその機会を提供してくれた恩人とも言える人物だ。
「緊張しては……いないようですね」
「ええ……まぁ」
「頼もしいことです」
理事長はそう言うと柔やかに微笑み、俺の肩を軽く叩いた。きっと理事長なりに激励してくれたのだろう。思わず頬が緩むのがわかった。
だけども……俺には言っておかなければいけないことが一つある。
「――理事長、男性へのボディータッチはセクハラですよ」
つまりそういうことだ。
「……おや、そうでしたね。ついうっかり」
理事長は頭に手をゴツンとやりながら舌を出すポーズ――『てへっ♪』とでも副音声が付きそうな――でそう宣《のたま》う。
これは、既に30歳をオーバーしている学園の理事長がやるとは思えないポーズだが……悔しいことに美人がやると何でも様になるようで、俺には『かわいい』という感情しか浮かび上がらなかった。
「はぁ……本当に気を付けてくださいよ。恩人がセクハラで捕まる、何てことは嫌ですから」
「わかってますわかってます。それよりも……さぁ、急いでください。生徒があなたを待っていますよ」
「……露骨な話題逸らしですか、理事長」
「……」
「はぁ……しっかり反省してください。そもそも、この学園の責任者たる理事長がそういう行為をしてしまうと生徒達から――」
「あ、はーい」
この女《理事長》、絶対反省してないな。
俺は目を閉じると、心の中でToDoリストを開き新たに『理事長再教育計画』を作成する。これはきっと大きな仕事になるだろう。腕が鳴るぜ。
俺だって本当はこんな事はしたく無い。理事長は恩人なのだから。だけど、いくら理事長が恩人だからといって甘やかしてはいけない。それとこれとは話が別。これは理事長のためなのだ。
恩人が道を踏み外すことのないようにするのが俺の役目。うんうんそうだ、そうに違いない。これが俺を受け入れてくれた理事長へのお礼だ。
……決して他意は無い。
「では理事長、時間ですので戯れはこの辺で――」
理事長との長話のせいで始業時間が迫ってきていた。
俺は理事長に断りを入れて部屋を出ようとする。
――が、
「理事、長……??」
部屋には理事長の理の字も見当たらなかった。
もしかしたら先ほど俺と会話をしていた理事長は俺の空想による物で、実は今日理事長は忙しくてここに来ていないのかもしれない。だとすれば俺は『理事長再教育計画』などと、何て失礼なことをしてしまったのだろうか。
とても恩人、ましてや学園の理事長にしてはいけないことを犯してしまった。これは深く深く、それこそフィリピン沖のマリアナ海溝よりも深く反省しなくてはならないだろう…………
……そんなわけ無かった。
「あの女、逃げやがったな」
廊下に響く、バタバタと大きな足音が徐々に遠ざかるのを聞きながら、俺は内心さらなる計画を練ることを決意した。絶対懲らしめてよがらせて喘がせてやる。
閑話休題。
それはそうと、俺は自身の学級担当クラスである2年1組に向かうことにした。理事長のせいで無駄に時間を食ったので急がなければ。
俺の名前は玉城歩。
今日からこの『私立学徳学園』に務める新任男性教師だ。
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