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(10)食い終わったのなら、行くぞ
しおりを挟むギーズはぐっと口を引き結び、それからジョッキをぐいと傾けて残っていた麦酒を全部飲み干した。
太い喉が大きく動いて行くのをぼんやりと見ていたら、ギーズは立ち上がってマントを羽織り、僕の腕をぐいと引っ張った。
「食い終わったのなら、行くぞ」
「行くって、どこへ?」
「俺の家だ」
「……兵舎?」
「まさか、あんなところに連れて行けるか。飢えた野郎どもの巣だぞ。それに、興味だけでなんでも摘み食いする奴もいるんだ。お前を連れて行けるか!」
吐き捨てるように言って、ギーズはポカンとしている僕に気付いて慌てて口を閉じて咳払いをした。
「……狭いが、一応家を持っている。今夜はそこに泊まれ」
「え、ギーズはいつ結婚したの? 知らなかったけど、いきなり僕が押しかけたら行ったら奥さんに悪いよ」
「……俺は結婚なんてしてないぞ?」
「じゃあ、ますますよくないよ。恋人が急に来たらどうするんだよ!」
「…………お前が色々心配してくれているのは嬉しい。だが、俺に恋人がいるとどうして思い込んでいるんだ。悲しくなるからやめてくれ」
厳つい顔が、本当に悲しげになってしまった。
そうしていると、ギーズの元々の顔立ちの良さがよくわかる。
ギーズの妹のミアは僕より半年上の乳姉弟だけど、ちょっとした美人として有名だった。
そんなミアとギーズは、よく見ると顔立ちが似ている。全く気付かない人が多いのは、表情と体格が正反対だからだろうな。
だから僕は、ギーズはもっと笑えばいいのに、といつも思っていた。
今は顔の傷跡が迫力を醸し出しているけど、ギーズの本質は変わらない。素っ気ないけどギーズはとても面倒見がいい。たぶん、恋人にはとても優しいだろう。
だから、当然恋人なり愛人なり妻はいると思っていたんだけど。
ちなみに、僕は今まで一度も恋人ができたことがない。
それについては、僕は全く気にしていない。
僕は顔しか取り柄のない役立たずで……女性は苦手だから。
でも、貴族として育ったのに二十歳になっても結婚する当てがなかったのは、わりと救いがないかもしれない。
さらに貴族の籍まで失ったのは……どうしよう。少し落ち込みそうだ。
そういえば、これから踏み倒し前提の借金の申込みをしなければいけないんだった。
ははは……僕はダメ人間だな。
勝手に落ち込みかけている僕を、ギーズは黙って見ていた。
でもそれについては、この場では触れずにいてくれるようだ。
長々とため息をついた。
「……俺の家は、お袋たちが遊びに来た時用に用意しているだけで、ほとんど荷物置き場になっている。毎日住んでいないから、期待しないでくれ」
ギーズはそれだけ言うと、テーブルの上にあった図書院の本を持ってくれて、そのままぐいぐい手を引っ張って歩き出した。
僕もついその後を歩いて、ふと思い出して慌てて振り返った。
「いや、ちょっと待って! あのテーブルに、代筆屋さんの荷物が置いたままに……!」
「代筆屋はそこにいる。おい、荷物は自分で管理しろよ」
「も、もちろんですよ! その、ちょっと色っぽすぎる紙で悪かった! まさか貴族の若様の愛人があんたなんて、想像してなかったんだよ! 知っていたらもっと渋い色の紙を選んでいた!」
「……お前が選んだのか」
ギーズは舌打ちして、代筆屋をじろりと睨んだ。
背の高いギーズに見下ろされながらだから、とても怖いだろうな。
そんなことを思いながら、青ざめた代筆屋にお礼を込めて手を振った。それから、ノーラのことも思い出した。
「あ、ギーズ、ノーラがここに来たとき用に伝言を……!」
「店主! 貴族の屋敷のメイドがこいつを探しに来るかもしれない。その時は俺のところにいると伝えてほしい」
「は、はいはい、お任せください!」
カウンターの中の店主が、冷や汗を浮かべながら笑った。
なんだか、ごめん。
いろいろな人に迷惑をかけてしまったなと思いつつ、改めて店主にも手を振った。腕を引っ張られているから手を振ることしかできなかったんだけど、礼儀としてどうなんだろう。
そう不安だったけど、店主は笑い返してくれた。
ちょっと頬が赤くなったのは、ギーズの前で緊張していたからかな。
でも店主の姿はすぐに見えなくなった。
あっという間に酒場の外に連れ出され、横にある小屋に暇そうにしていた男がギーズを見ると慌てて馬を引き出してきた。
立派な軍馬だ。
と思っていたら、ギーズが身軽にまたがって、僕に手を伸ばした。
「後ろに乗れ」
どうやら、引っ張り上げてくれるらしい。
気を利かせた馬番が踏み台を持ってきてくれたので、僕はそれに足をかけ、ギーズの手にぎゅっとしがみついた。
途端にぐいと引っ張り上げられて、あっさりとギーズの後ろに跨ることができた。
すごい力だ。僕は一応男で、体重も普通にあるんだけど。
思わず服に隠れた腕を見ていたら、手綱を持ち直したギーズが振り返った。
「馬には乗れたよな? 飛ばすつもりはないが、俺にしっかりつかまっていろ」
「あ、うん」
慌ててギーズの腰に手を回す。
くすぐったくないかなと心配になったが、胴回りの太さに驚いてそれどころではなくなった。ぶよっとした感触がないから、これは全部筋肉なのだろう。
さすが黒狼騎士団の副団長様だ。
僕は何度目ともわからない感動を覚えてしまった。
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