家を追い出されたのでツバメをやろうとしたら強面の乳兄弟に反対されて困っている

香歌奈

文字の大きさ
10 / 50

(10)食い終わったのなら、行くぞ

しおりを挟む

 ギーズはぐっと口を引き結び、それからジョッキをぐいと傾けて残っていた麦酒を全部飲み干した。
 太い喉が大きく動いて行くのをぼんやりと見ていたら、ギーズは立ち上がってマントを羽織り、僕の腕をぐいと引っ張った。

「食い終わったのなら、行くぞ」

「行くって、どこへ?」

「俺の家だ」

「……兵舎?」

「まさか、あんなところに連れて行けるか。飢えた野郎どもの巣だぞ。それに、興味だけでなんでも摘み食いする奴もいるんだ。お前を連れて行けるか!」

 吐き捨てるように言って、ギーズはポカンとしている僕に気付いて慌てて口を閉じて咳払いをした。

「……狭いが、一応家を持っている。今夜はそこに泊まれ」

「え、ギーズはいつ結婚したの? 知らなかったけど、いきなり僕が押しかけたら行ったら奥さんに悪いよ」

「……俺は結婚なんてしてないぞ?」

「じゃあ、ますますよくないよ。恋人が急に来たらどうするんだよ!」

「…………お前が色々心配してくれているのは嬉しい。だが、俺に恋人がいるとどうして思い込んでいるんだ。悲しくなるからやめてくれ」

 厳つい顔が、本当に悲しげになってしまった。

 そうしていると、ギーズの元々の顔立ちの良さがよくわかる。
 ギーズの妹のミアは僕より半年上の乳姉弟だけど、ちょっとした美人として有名だった。
 そんなミアとギーズは、よく見ると顔立ちが似ている。全く気付かない人が多いのは、表情と体格が正反対だからだろうな。

 だから僕は、ギーズはもっと笑えばいいのに、といつも思っていた。
 今は顔の傷跡が迫力を醸し出しているけど、ギーズの本質は変わらない。素っ気ないけどギーズはとても面倒見がいい。たぶん、恋人にはとても優しいだろう。
 だから、当然恋人なり愛人なり妻はいると思っていたんだけど。

 ちなみに、僕は今まで一度も恋人ができたことがない。
 それについては、僕は全く気にしていない。
 僕は顔しか取り柄のない役立たずで……女性は苦手だから。

 でも、貴族として育ったのに二十歳になっても結婚する当てがなかったのは、わりと救いがないかもしれない。
 さらに貴族の籍まで失ったのは……どうしよう。少し落ち込みそうだ。
 そういえば、これから踏み倒し前提の借金の申込みをしなければいけないんだった。
 ははは……僕はダメ人間だな。

 勝手に落ち込みかけている僕を、ギーズは黙って見ていた。
 でもそれについては、この場では触れずにいてくれるようだ。
 長々とため息をついた。

「……俺の家は、お袋たちが遊びに来た時用に用意しているだけで、ほとんど荷物置き場になっている。毎日住んでいないから、期待しないでくれ」

 ギーズはそれだけ言うと、テーブルの上にあった図書院の本を持ってくれて、そのままぐいぐい手を引っ張って歩き出した。
 僕もついその後を歩いて、ふと思い出して慌てて振り返った。

「いや、ちょっと待って! あのテーブルに、代筆屋さんの荷物が置いたままに……!」

「代筆屋はそこにいる。おい、荷物は自分で管理しろよ」

「も、もちろんですよ! その、ちょっと色っぽすぎる紙で悪かった! まさか貴族の若様の愛人があんたなんて、想像してなかったんだよ! 知っていたらもっと渋い色の紙を選んでいた!」

「……お前が選んだのか」

 ギーズは舌打ちして、代筆屋をじろりと睨んだ。
 背の高いギーズに見下ろされながらだから、とても怖いだろうな。
 そんなことを思いながら、青ざめた代筆屋にお礼を込めて手を振った。それから、ノーラのことも思い出した。

「あ、ギーズ、ノーラがここに来たとき用に伝言を……!」

「店主! 貴族の屋敷のメイドがこいつを探しに来るかもしれない。その時は俺のところにいると伝えてほしい」

「は、はいはい、お任せください!」

 カウンターの中の店主が、冷や汗を浮かべながら笑った。
 なんだか、ごめん。
 いろいろな人に迷惑をかけてしまったなと思いつつ、改めて店主にも手を振った。腕を引っ張られているから手を振ることしかできなかったんだけど、礼儀としてどうなんだろう。
 そう不安だったけど、店主は笑い返してくれた。
 ちょっと頬が赤くなったのは、ギーズの前で緊張していたからかな。
 でも店主の姿はすぐに見えなくなった。
 あっという間に酒場の外に連れ出され、横にある小屋に暇そうにしていた男がギーズを見ると慌てて馬を引き出してきた。
 立派な軍馬だ。
 と思っていたら、ギーズが身軽にまたがって、僕に手を伸ばした。

「後ろに乗れ」

 どうやら、引っ張り上げてくれるらしい。
 気を利かせた馬番が踏み台を持ってきてくれたので、僕はそれに足をかけ、ギーズの手にぎゅっとしがみついた。
 途端にぐいと引っ張り上げられて、あっさりとギーズの後ろに跨ることができた。
 すごい力だ。僕は一応男で、体重も普通にあるんだけど。
 思わず服に隠れた腕を見ていたら、手綱を持ち直したギーズが振り返った。

「馬には乗れたよな? 飛ばすつもりはないが、俺にしっかりつかまっていろ」

「あ、うん」

 慌ててギーズの腰に手を回す。
 くすぐったくないかなと心配になったが、胴回りの太さに驚いてそれどころではなくなった。ぶよっとした感触がないから、これは全部筋肉なのだろう。
 さすが黒狼騎士団の副団長様だ。
 僕は何度目ともわからない感動を覚えてしまった。

しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

偽物勇者は愛を乞う

きっせつ
BL
ある日。異世界から本物の勇者が召喚された。 六年間、左目を失いながらも勇者として戦い続けたニルは偽物の烙印を押され、勇者パーティから追い出されてしまう。 偽物勇者として逃げるように人里離れた森の奥の小屋で隠遁生活をし始めたニル。悲嘆に暮れる…事はなく、勇者の重圧から解放された彼は没落人生を楽しもうとして居た矢先、何故か勇者パーティとして今も戦っている筈の騎士が彼の前に現れて……。

第十王子は天然侍従には敵わない。

きっせつ
BL
「婚約破棄させて頂きます。」 学園の卒業パーティーで始まった九人の令嬢による兄王子達の断罪を頭が痛くなる思いで第十王子ツェーンは見ていた。突如、その断罪により九人の王子が失脚し、ツェーンは王太子へと位が引き上げになったが……。どうしても王になりたくない王子とそんな王子を慕うド天然ワンコな侍従の偽装婚約から始まる勘違いとすれ違い(考え方の)のボーイズラブコメディ…の予定。※R 15。本番なし。

寄るな。触るな。近付くな。

きっせつ
BL
ある日、ハースト伯爵家の次男、であるシュネーは前世の記憶を取り戻した。 頭を打って? 病気で生死を彷徨って? いいえ、でもそれはある意味衝撃な出来事。人の情事を目撃して、衝撃のあまり思い出したのだ。しかも、男と男の情事で…。 見たくもないものを見せられて。その上、シュネーだった筈の今世の自身は情事を見た衝撃で何処かへ行ってしまったのだ。 シュネーは何処かに行ってしまった今世の自身の代わりにシュネーを変態から守りつつ、貴族や騎士がいるフェルメルン王国で生きていく。 しかし問題は山積みで、情事を目撃した事でエリアスという侯爵家嫡男にも目を付けられてしまう。シュネーは今世の自身が帰ってくるまで自身を守りきれるのか。 ーーーーーーーーーーー 初めての投稿です。 結構ノリに任せて書いているのでかなり読み辛いし、分かり辛いかもしれませんがよろしくお願いします。主人公がボーイズでラブするのはかなり先になる予定です。 ※ストックが切れ次第緩やかに投稿していきます。

【完結】僕がハーブティーを淹れたら、筆頭魔術師様(♂)にプロポーズされました

楠結衣
BL
貴族学園の中庭で、婚約破棄を告げられたエリオット伯爵令息。可愛らしい見た目に加え、ハーブと刺繍を愛する彼は、女よりも女の子らしいと言われていた。女騎士を目指す婚約者に「妹みたい」とバッサリ切り捨てられ、婚約解消されてしまう。 ショックのあまり実家のハーブガーデンに引きこもっていたところ、王宮魔術塔で働く兄から助手に誘われる。 喜ぶ家族を見たら断れなくなったエリオットは筆頭魔術師のジェラール様の執務室へ向かう。そこでエリオットがいつものようにハーブティーを淹れたところ、なぜかプロポーズされてしまい……。   「エリオット・ハワード――俺と結婚しよう」 契約結婚の打診からはじまる男同士の恋模様。 エリオットのハーブティーと刺繍に特別な力があることは、まだ秘密──。 ⭐︎表紙イラストは針山糸様に描いていただきました

婚約破棄された悪役令息は隣国の王子に持ち帰りされる

kouta
BL
婚約破棄された直後に前世の記憶を思い出したノア。 かつて遊んだことがある乙女ゲームの世界に転生したと察した彼は「あ、そういえば俺この後逆上して主人公に斬りかかった挙句にボコされて処刑されるんだったわ」と自分の運命を思い出す。 そしてメンタルがアラフォーとなった彼には最早婚約者は顔が良いだけの二股クズにしか見えず、あっさりと婚約破棄を快諾する。 「まぁ言うてこの年で婚約破棄されたとなると独身確定か……いっそのこと出家して、転生者らしくギルドなんか登録しちゃって俺TUEEE!でもやってみっか!」とポジティブに自分の身の振り方を考えていたノアだったが、それまでまるで接点のなかったキラキライケメンがグイグイ攻めてきて……「あれ? もしかして俺口説かれてます?」 おまけに婚約破棄したはずの二股男もなんかやたらと絡んでくるんですが……俺の冒険者ライフはいつ始まるんですか??(※始まりません)

この俺が正ヒロインとして殿方に求愛されるわけがない!

ゆずまめ鯉
BL
五歳の頃の授業中、頭に衝撃を受けたことから、自分が、前世の妹が遊んでいた乙女ゲームの世界にいることに気づいてしまったニエル・ガルフィオン。 ニエルの外見はどこからどう見ても金髪碧眼の美少年。しかもヒロインとはくっつかないモブキャラだったので、伯爵家次男として悠々自適に暮らそうとしていた。 これなら異性にもモテると信じて疑わなかった。 ところが、正ヒロインであるイリーナと結ばれるはずのチート級メインキャラであるユージン・アイアンズが熱心に構うのは、モブで攻略対象外のニエルで……!? ユージン・アイアンズ(19)×ニエル・ガルフィオン(19) 公爵家嫡男と伯爵家次男の同い年BLです。

「役立たず」と追放された神官を拾ったのは、不眠に悩む最強の騎士団長。彼の唯一の癒やし手になった俺は、その重すぎる独占欲に溺愛される

水凪しおん
BL
聖なる力を持たず、「穢れを祓う」ことしかできない神官ルカ。治癒の奇跡も起こせない彼は、聖域から「役立たず」の烙印を押され、無一文で追放されてしまう。 絶望の淵で倒れていた彼を拾ったのは、「氷の鬼神」と恐れられる最強の竜騎士団長、エヴァン・ライオネルだった。 長年の不眠と悪夢に苦しむエヴァンは、ルカの側にいるだけで不思議な安らぎを得られることに気づく。 「お前は今日から俺専用の癒やし手だ。異論は認めん」 有無を言わさず騎士団に連れ去られたルカの、無能と蔑まれた力。それは、戦場で瘴気に蝕まれる騎士たちにとって、そして孤独な鬼神の心を救う唯一の光となる奇跡だった。 追放された役立たず神官が、最強騎士団長の独占欲と溺愛に包まれ、かけがえのない居場所を見つける異世界BLファンタジー!

普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている

迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。 読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)  魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。  ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。  それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。  それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。  勘弁してほしい。  僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。

処理中です...