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(38)そういうお仕事
しおりを挟む「本当にきれいな字をお書きになりますね! そういうお仕事もできそうです」
「そういうお仕事か……でも代筆屋は無理かな。人が集まる場所にいるのは良くない気がするから」
「……あ、そうでしたね」
ロアナさんはハッとした顔をした。
僕も流石に学習した。僕は人が多い場所に出るべきではない。
少なくとも貴族が関わらない場所に限定したい。何かあった時が本当に大変だから。
するとトール君がふと思い出したように身を乗り出した。
「母さん、教会で文字を教えるのは? 向こうの商業区画の教会は、教える人がいないらしいよ」
「ああ、そういえばそういう話を聞いたわね。商店に勤める若い人たちが多いから需要はあるのに、お給料の相場が安すぎて誰も来てくれないらしいですよ」
「そんなに安いんですか?」
「少し足を伸ばせば家庭教師の口がありますからね。初歩の読み書きから高度な内容まで必要とされるのに、お月謝が倍近く違うんだそうです」
ロアナさんの言葉に、僕は納得した。読み書きだけならともかく、商人となると計算術が必要になるはずだ。場合によっては古王国語も学びたい人だっているだろう。
でも、学問というものは限られた特権階級のものだ。
長く貴族だけが知識を独占してきたくらいだから、教える方も勿体ぶるのが良いことであるかのような風潮がある。
僕のように学問しか許されない貴族の末端の人も多い。教師も、そういう貴族籍の人たちが独占しているのかもしれない。
僕はもう貴族籍は失ってしまった。でも学歴はある。もしかしたらそれも抹消されているかもしれないけれど、教師という可能性に興味を持ってしまった。
意欲のある人たちが学ぶためのお手伝いをする。そういう道もあるのか。
僕の表情から察してくれたのか、ロアナさんは少し考えて頷いた。
「では、教会や商工会にそれとなく聞いてみましょうか。クロンが間に入れば、面倒なことにはなりにくいかもしれません」
「もしかしたら教師となるための資格も失っているかもしれませんが……お手伝い程度ならできることがあるかもしれない。よろしくお願いします」
もし、僕でも手助けできるのなら。
ひたすら詰め込んだ知識が役に立つのなら。
それは、ツバメをするより天職かもしれない。
翌朝、僕は早めに起きたはずだったのに、もうギーズはいなかった。
もしかしたら帰って来なかったのだろうかと思ったけれど、朝食用に置いていたスープは減っていて、僕が書きおいていた手紙もなくなっていた。
代わりに昨日と同じように朝食が整っていて、今日も遅くなるという手紙があった。料理の品数は普段通りに減っていて安心した。
台所を覗いてみると、新しいパンが増えていた。
ギーズが食べなかった分のパンはどうなったんだろうと思ったら、卵と牛乳に浸して焼いたものが皿に盛られていた。
ああ、いい香りだ。
リザが作ってくれた時はたっぷりと甘くしてくれて、おやつを兼ねたご馳走だった。
……誘惑に抗えない。すぐに食べよう!
思わず夢中食べてしまってから、やっと今日も朝としては豪華な食事だったと気付いた。
でも、昼食は新たに準備していなかったから、昨日より普通通りだろう。たぶん。
昨日作ったスープは、ギーズが早く帰ってもいいように多めに作っていた。だから、お昼ごはんにするくらいは十分残っていた。
でも、火を入れ直しながらよく見えると……具の肉が増えている気がする。おや?と思いながらパンと一緒に食べると、見事に満腹になった。
うーん……やっぱり今日も、ギーズに気を遣ってもらっているなぁ。
午後は、落ち葉がたまった庭の掃除をする。
室内用とは形が違う箒の操作に苦労していたら、ロアナさん一家がやってきた。
どうやら、さっそくクロン経由で商工会に問い合わせてくれて、その返事が来たからと来てくれたらしい。
でも、弟たちまで来てくれたのは……今日も夕食を一緒にとってくれるのかな?
「商工会と教会は、ぜひ来て欲しいと言っているそうです。ただ……」
ロアナさんはお茶を用意してくれて、それを飲みながら話をしてくれたのだけど、なぜか口籠もった。
「何か、条件が出ましたか?」
「よくお分かりですね」
ロアナさんは驚いた顔をした。
でも、予想はしていた。
僕は元貴族という複雑な人間だから。
そういう出自とか資格とか、そういうものだろうと思ったのだが、条件はちょっと違った。
「しばらくは教材の提供だけにしてもらいたい、と……その、いろいろ話を聞いているようで……」
「……ああ、なるほど」
そうだった。
商工会なら、市場での話は当然のように知っているだろう。
「僕が関わっていると知られると、どこかから圧力がかかるかもしれませんよね」
「いえ、そうじゃなくて、熱心なご婦人が押しかけてしまうと趣旨に反してしまうから、と……」
……熱心なご婦人?
少し悩んで、そういえば僕はツバメ体質だったことを思い出した。
「こういう条件で良ければ、一度直接お話をしたいと言ってました。でも、先方はとても乗り気だったそうですよ!」
ありがたい話だ。
僕みたいな面倒な人間を雇ってくれるなんて。
「ぜひ、話をしに行きたい、のですが……その、商業地区というと……」
「はい。あの市場に近いです。ですから、うちのクロンが休みの日にしてもらえるように頼みました。今度はきっちりお守りすると張り切っていますから安心してください。あ、でも、念のためお顔を隠してくださいね」
それは問題ない。
ただ……。
「……やっぱり、ギーズに許可を取っておきたいなと思うんですが……今日も遅くなるらしいから、話ができないかもしれない」
「あ……えっと、その、ギーズさんはとってもお忙しいようですからね! その、うちのクロン経由で確認しておきましょうか?」
「うーん、いや、僕が直接話をします。そうだ、手紙を書いておこう」
「手紙、ですか」
「直接話をしていないんですが、手紙は読んでもらえているみたいだから」
「……あの、いつから、お手紙のやりとりを?」
「昨日から、かな?」
「ということは、お手紙が原因ではないわよね……いったい、お二人に何が……あ、あら、ごめんなさい。うちの子たちが何か騒いでいますね!」
何かぶつぶつ言っていたロアナさんは、ハッと我に返って慌てて庭に出て行った。
いつも元気な子たちだけど、そんなに騒いでいたかな?
首を傾げていると、部屋の隅にいるトール君が無言でお茶を啜っていた。
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