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(42)お前に触れていいのか?
しおりを挟む「こんな言葉、君には価値がないかもしれないけれど。……僕は、ギーズが好きだよ」
心に浮かんだ言葉を口にして、僕は思い切り手を伸ばしてギーズの体に抱きついた。
鍛えた体は大きくて太い。
精一杯に腕を巡らせても、まだ足りなかった。
だから、僕はギーズの首に腕を回して、顔を寄せようとした。
「……な、何をしようとしているんだ!」
分厚い手のひらが、僕の口を塞いだ。
呼吸まで止めないように、すぐに少し浮かせているのがギーズらしい配慮だ。
だから、僕は率直に聞いてみた。
「ギーズはキスは嫌いだったかな?」
「き、嫌いとかそう言う話ではないぞ! お前は何を考えて……!」
「君は体が大きすぎて、ぎゅっと抱きしめられないからね。代わりにキスがしたいだけなんだけど」
「セレンっ……! あのなぁ! そう言うことを誰にでも言うなよ! 誤解せずにいる奴がどれだけいると思っているんだ!」
「誤解?」
「俺だってわかっている! お前が家族を求めていることはな! だが……俺を過信するな! 俺の心はお前が思っているより強くないんだ! ……頼むから、俺に愚かな期待をさせないでくれ……っ!」
僕の手を振り払ったギーズは、僕に背を向けた。
でも、立ち上がらなかった。
ギーズは僕を拒絶したわけではない。
嫌われたわけでもない。
「ギーズ。僕は君にずっと会えなくて、本当に寂しかったんだ」
「……ああ、すまなかった。だが、今は……」
「もちろん、手紙は嬉しかったよ? 文通も楽しかった。何を書こうかと一日かけて考えていたんだ。朝起きて、君がいないことにがっかりして、でも手紙を読むと朝から心が浮きたった。
でも僕は、ギーズの顔を見ておはようと言って、一緒に食事をして、話をして、笑い合って、一日の終わりにおやすみと言う。そう言う生活に慣れてしまったんだ。……我ながら贅沢になったと思うよ」
僕は少し笑った。
今度はギーズは何も言わない。ただ、大きな手はぎゅっと握りしめられている。
僕はその大きな拳に手を重ねてみた。
同じ手とは思えないほど、質感が違う。
「ギーズの手は大きいなぁ。僕は男だから、女性たちに比べると手が大きいなと思っていたけれど、君の手はもっと大きくて、ゴツゴツしていて、とても強そうだ」
ギーズの拳はさらに堅く握られたようだ。
でも、やっぱり僕の手は振り払われることはなかった。
「僕はギーズと一緒にいることが幸せなんだ。君は、期待させるなと言うけれど、それは違うと思う。僕は……」
僕は言葉を切り、少し考える。
こう言う時に最もふさわしい言葉を考え、少し下世話だけど一番適切な言葉を口にした。
「僕は……君を、誘惑しているのだよ?」
ギーズは何も言わなかった。
しばらくして、ゆっくりと顔を僕の方に向けてくれた。
水色の目が僕を見つめ、でもすぐに揺れるように視線が逸れた。
「……その言葉がどう取られるか、わかっているのか?」
「うん」
「俺が誘惑に乗ってしまったら、どうなるかわかっているのか?」
「それは……わからないかもしれない」
僕は正直に言った。
途端に、ギーズが顔を背けて立ち上がろうとした。
だから慌ててギーズの腕に両手を絡めた。
「違うんだよ! そういう意味じゃない! 僕はちゃんとわかっている。でも、僕は無知だからわからない。どう振る舞えば誘惑できるかは、なんとなくわかる。でもその後、どう振る舞えばいいのかはわからないんだ!」
僕は必死に訴えた。
立つ動きを止めてくれたギーズは、でもやっぱり僕を見てくれない。
「僕はギーズと一緒にいると楽しい。こうやって触ることに不快さは感じない。むしろ触れていると気持ちが高揚する。ギーズとならいくらでもキスをしてみたいし、もっと触れていたいと思う。ギーズに抱きしめてもらったらどんな気持ちになるだろうかと、そんなことが気になっているんだ。僕は……」
言葉が続かなくなって、僕は黙り込んでしまった。
何を言えばいいのだろう。
どうすれば、僕の気持ちを正確に伝えることができるのだろう。
それとも……この自分でもよくわからない衝動は、告げてはいけないものだったのだろうか。
気持ちが、しぼんでいく。
ギーズの腕にかけた手から力が抜けて、滑り落ちそうになった。
「……俺は、お前に触れていいのか?」
低い声はかすれていた。
ハッと顔を上げると、ギーズが僕を見ていた。
「俺が兄であることを捨てても……お前を失うことはないのか?」
声は穏やかなのに、薄い水色の目が帯びた光は強い。
今まで絶対に見せなかった剥き出しの感情に、僕はめまいのような陶酔を感じてしまう。
ああ、これだ。
僕はギーズに……こういう目を向けられてみたかったんだ。
「僕はギーズが好きだよ」
うっとりとささやくと、ギーズの視線がまたわずかに揺れた。
でも水色の目のぎらつくような光は変わらず、ごくりと唾を飲んだのがわかった。
「絶対に、触れてはいけないと思っていた」
大きな手が、ゆっくりと頬に触れた。
頬だけでなく、耳に触れ、首にも触れる。
もう一方の手が僕の唇に触れた。
くすぐったくて、でも指が動くたびにぞくぞくする。
硬い指先をそっとくわえた。軽く歯を当てると、ギーズはわずかに眉を動かした。
「……俺を誘惑するな」
傷跡のある顔が近付いた。
何度もためらいながら、まるで壊れやすいガラスを扱うように、大きな両手を僕の頬に添える。
鼻先が触れた瞬間、ギーズは微笑んで……僕も目を閉じた。
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