5 / 11
妖精王とデートする 2
しおりを挟む
家を出て電車を乗り継いで着いた先は、大きなターミナル駅だ。そこから歩いて数分の場所に映画館の入っているビルがある。
いつもの休日なら半日はずっと家でだらだらと寝て過ごし、残りの半日は家事などに追われてあっという間に終わってしまうから、午前中の早いうちから出かけたのは久しぶりだった。
柔らかい春の日差しを受けて、その眩しさに目を細める。
オエングスが家事をしてくれているおかげで、時間にも心にも余裕がある。
きょろきょろと物珍しそうに周りを見回しているオエングスを見て、これからは休みの日はちょくちょくこうして一緒に出かけよう、と裕太は思った。心の中でこっそりオエングスに礼も言う。
「オエングス。この辺りは結構美味しいお店もあるから、映画を見終わったら何か食べて帰ろうか」
何か食べたいものある? と裕太が訊くと、一瞬考えた後でオエングスが答えた。
「それならば、この間テレビでやっていたアレが食べたい」
「アレ?」
「丸く焼いたやつが何枚も皿に乗っていて、その真ん中にクリームが塔のように立っていた……」
え、なんだろう。
首を傾げると、オエングスが身振り手振りを交えて一生懸命、説明してくれる。
ああ、あの女の子たちに人気のパンケーキのことか。
やっと理解して裕太がスマホで検索してオエングスに画像を見せると、「そうだ、それだ」とオエングスが目を輝かせた。
「……結構甘そうだね、これ」
「なんだ、裕太は甘いものは苦手か?」
「疲れた時は食べたくなるけど。いつもはそんなに」
「それならばやめとくか」
「え、いいよ。せっかくここまで来たんだし、行ってみよう。ちょうど、同じビルの中にあるみたいだし」
店のレビューを見てその件数の多さにすごいな、と感心していると何やら視線を感じた。
足を止めてふと周りを見回すと、女の子たちがこちらを見てヒソヒソと話をしている。
電車の中でもなんとなくずっと見られているような気がしていたが、どうやらそれは裕太の勘違いではなかったらしい。
遠巻きで遠慮がちなものがほとんどだが、中には露骨にじろじろと熱のこもった視線を送ってくる者もいる。
(ねえ。あの人すごいかっこよくない?)
(やっば。モデルか何かかな~)
(ね、声かけちゃう? どうする?)
一緒にスマホを覗き込んでいるオエングスの顔をじっと見て、裕太は改めてオエングスの魅力が、自分だけではなく他の人間にも有効だったことに気付いた。
そりゃ、そうか。
こんな美形、ちょっとやそっとではお目にかかれないしな。
女の子たちが放っておくわけがない。
腰まである長い金髪は、太陽の光に反射していつもよりきらきらして見える。スッと鼻筋の通った彫りの深い顔立ちは、毎日一緒に過ごしている裕太ですら、こうして近くで見ると妙に緊張してドギマギしてしまう。青い瞳は近くで見ると、吸い込まれてしまいそうだ。
美形といっても色んなタイプがあるが、オエングスの整った顔立ちは、性別に関係なく人を惹き付けてしまう魅力がある。
そして――。
「どうした?」
整った眉をスッと上げると、しかめっ面なのになぜか色気まで出てくる。反則だ。
「裕太?」
「ん?」
「なんだ、ぼうっとして」
「なんでもない、なんでもない」
女の子たちに注目されているオエングスの、破壊力のある顔を改めてじっくり観察してました、なんて言えないから、笑って誤魔化すとオエングスが怪訝そうな顔をした。
ちゃんと話せと目で脅されて、頭を掻く。
「え~っと。……なんか、見られてるな、と思って」
周りにちらっと目をやったオエングスが、「ああ」とすぐに目線を戻して裕太を見た。
「気にすることはない。もし用があるようなら声をかけてくるだろう」
オエングスの全く興味のなさそうな様子に、裕太はなぜかほっと胸を撫で下ろした。
今はまだ尻ごみしている女の子たちが、勇気を出して声をかけてくる前にさっさと映画館に入ってしまおう、と決め、オエングスを引っ張るようにして足早にその場を立ち去った。
――なぜそうしてしまったのかは、自分でもよくわからなかった。
開場前に専用の発券機でチケットを出すと、映画館での定番であるポップコーンとジュースを購入する。自分のものと、オエングスものと一つずつだ。店員から受け取ってオエングスに渡すと、その量の多さに驚いている。
「すごいな」
映画館でしか見たことのない特大サイズのポップコーンは、大人が持ってもかなり大きい。
「多そうに見えるけど、食べ始めたら止まらなくなるから。きっとペロッといっちゃうよ」
裕太がついはしゃいだ声を出すとオエングスが目を細める。
「映画を見ながら食べるというのも不思議だ」
「そうか。そうだね。でも定番だから、試してみてよ」
まるでお年寄りのようにマナーに口うるさくなってきた妖精王の言葉に、クスリとする。
いや、二百五十歳なんだから、お年寄りでもいいのか。
座席の位置を確認し、すでに座っている人にすみません、と謝りながら前を通らせてもらうと、二人で揃って腰をおろした。
裕太の予約した座席は、スクリーンを見下ろせる上の方の比較的中央の位置だ。裕太の座席の隣は高校生らしき若い男の子で、オエングスの隣は友人と二人で来たらしい、裕太と同じ位の年齢の女の人だった。
アニメ映画のはずだが、場内にいる観客が子供よりもなぜか大人の方が多そうで、不思議に思う。
「オエングス、どうしてこの映画に興味もったの」
「まず、映像が美しかった。出てくる景色がまるで妖精卿のようで、そこを実際に見てきた人間が作ったのではないかと思ったくらいだ」
オエングスの穏やかだが少し弾む声に、そうなんだ、と裕太は頷く。
「裕太にも見せてやりたいと思ったから、こうして一緒に見に来れて嬉しい」
ふわりと微笑んだオエングスに、思わず顔を赤らめてしまい、裕太は慌てて前を向いた。
「へえ、それじゃ帰りにパンフレットも買っていかないと」
「音楽も良かったぞ。テレビに映っている短い部分しかまだ聞いていないが」
「誰が主題歌を歌ってるんだろう。来る前に俺も、もうちょっと調べておけば良かったな」
話しながらコートのポケットからスマホを取り出して、オエングスに電源をオフにするように言うと、裕太のやり方を見てそのままオエングスが真似をする。
場内が暗くなり、上映が開始されると、裕太はその映画にすぐに引き込まれていった。
内容は冒険もののファンタジーだった。
テンポ良く進む展開と、主人公の小気味いいセリフの言い回しに初めは笑っていたが、残り三十分というところになって急に映画の雰囲気がガラリと変わった。
主人公と仲間たちとの死別。味方だと思っていた親友のまさかの裏切り。そして主人公が恋をした少女との永遠の別れ。
そしておとずれた、カタルシス、カタルシス――。
ハッピーエンドともアンハッピーエンドとも言えないラストに、裕太はしばらく呆然となって、立ち上がることが出来なかった。
圧倒的な映像美と見る者の感情を代弁するかのような絶妙な主題歌が、いつまでも瞼の裏と耳の奥に残ったまま離れない。
主人公は世界を救ったヒーローだったが、自分自身が幸せになったかどうかはわからず、それでも主人公が命をかけて守った世界は美しかった。
あちこちから嗚咽が漏れてくるのが聞こえて、裕太ははっと我に返った。
自分の頬に伝う冷たい感触にも気付く。
まさかこんなラストが待ち受けている映画だとは思わなかった。これは、内容を咀嚼するのに時間がかかりそうだ……。
だから子供より大人の方が多かったのかと、裕太は今になって、その理由をやっと理解した。
隣に座っているオエングスの様子が気になってそっと見ると、オエングスは黙ったまま、難しい顔をしてスクリーンを睨みつけている。
「オエングス?」
「……」
「いい映画だったね」
「……そうか? ……まあ、そうだな」
言葉数の少ないオエングスに、今は感想を訊くのはやめておくか、と裕太が思っていると、オエングスの隣に座っていた女の人が両手で顔を覆って、鼻を啜っているのが見えた。
「は~、やッばい。どうしよう。メイク、全部落ちたかも」
「ね、やばかったね~」
「何か拭くものもってない? 涙腺が決壊起こしちゃってて、やばすぎなんだけど」
このままじゃ外に出れない、と二人であちこち探しているようだったが、どうやら何も持ってないらしい。かなり困っている様子だ。
「オエングス、隣の人たちに、ハンカチとティッシュを貸してあげて」
「なに?」
「なんか、困ってるみたいだから」
裕太に言われてそちらに目を向けたオエングスが、コートから紺色のハンカチとティッシュを取り出し、声をかけた。オエングスの顔を見た二人が、ぽうっとした後で「ありがとうございます~!」と嬉しそうに礼を言って受け取る。
声のトーンがかなり高くて、こちらまで二人の興奮した様子が伝わってくる。
(やば~、どうする、お礼とかなんとか言ってお茶でもさそう?)
(だね、だね!)
しまった、泣いてる時にいきなりイケメンにそんなものを渡されたら喜んじゃうよな、と思ったが、冗談で出掛けに用意したものが役に立って良かったじゃないか、とも思う。
複雑な心境で空になったポップコーンの箱とジュースを抱え直し、裕太が立ち上がると、「おい」とオエングスに腕を引かれた。
「オエングス?」
少し怖い顔をして自分を見ているオエングスに、首を傾げる。ぐいと乱暴に座席に戻されて戸惑う。
怪訝な顔をして裕太がオエングスを見つめていると、不意に両頬に手を添えられて仰向かせられた。そして痛みを感じるほどの強い力で、ごしごしと乱暴に目の下を指でなぞられる。
チッと舌打ちしたオエングスが「自分のことはいいのか」と何やらブツブツと呟いているのが聞こえてきた。
あ、涙を拭いてくれてるんだ――と気付いて裕太が礼を言おうと口を開いた瞬間、綺麗な顔がぐん、と迫ってきた。
近付いてくるきらきらと光るまつ毛に、あ、やっぱりまつ毛も髪と同じ金色なんだ、などと思っていると、オエングスの唇が頬に触れた。
続いてチロッと舌先で涙の跡を辿るように這わせられて、ゾクリと肌が粟立つ。
頭の中が真っ白になる。
え? なに?
今、なめ? 舐めたっ?
真っ赤になって裕太が口をぱくぱくしていると、その間にオエングスが体を離し、裕太のポップコーンとジュースの容器を自分のものに重ねてさっと立ち上がった。
「よし、いくか」
よしって? え、よしってなに?
「は? え? なに、今の?」
「え? は?」
オエングスの向こう側の女の人たちが騒いでいるのが見える。裕太も全く同じ気持ちだ。
さっさと先に階段を下りてゆくオエングスの背中を見送り、慌てて裕太も立ち上がると、「ハンカチ、返します」と苛立ったように渡されて「ア、ハイ」と受け取る。
出入口付近に置いてある、ゴミの回収箱の前で立ち止まっていたオエングスにやっと追い付くと、ぐいと腕を掴んだ。
「オエングス、今のなにっ?」
頭の中が混乱していて、つい声のボリュームが大きくなる。
「なに、とは?」
「だから、今のっ」
「別に。他に拭くものがなかったから、ああしただけだ」
「ちょ、ちょっとやり過ぎだと思うけどっ?」
「そうか?」
「そうだよ!」
キスで涙を拭うって、ドラマの影響か何かなの? とあまりの恥ずかしさに顔を真っ赤にしながら裕太が抗議をすると、オエングスが口の端をクイッと軽く持ち上げた。
いつものちょっと人が悪そうな笑みを浮かべている。
「違う。別にあれは口づけではない」
「え?」
「口づけをするのなら、別のところにしている。あれはただの味見だ」
裕太が口をぽかんと開けて呆気にとられていると、オエングスがちらりと裕太を見て平然と言う。
「妖精族と人間の涙の違いを確かめてみただけだ。味は、特にあまり変わらなかったな。わかったら、ほら、早くパンフレットを買ってパンケーキを食べに行くぞ」
……オエングスが言っている意味が全然、わからないんだけど?
先ほどの二人組の女の人たちが、裕太とオエングスの脇を通り過ぎながらヒソヒソと話しているのが聞こえてきた。
(は~、残念~。カップルだったんだね)
(あ、そういうこと?)
(でしょ)
カップルって? いや、俺たちそんなんじゃないけどっ?
なぜかご満悦な様子のオエングスとは対照的に、キャパオーバーしてしまった裕太はうつむいて、端まで真っ赤になってしまっているだろう、自分の耳をぎゅっと掴んだ。
うるさい位、どこどこと激しく鼓動する心臓の音が、オエングスの耳にも届いてしまっているのではないか、とそのことだけが気がかりだった。
いつもの休日なら半日はずっと家でだらだらと寝て過ごし、残りの半日は家事などに追われてあっという間に終わってしまうから、午前中の早いうちから出かけたのは久しぶりだった。
柔らかい春の日差しを受けて、その眩しさに目を細める。
オエングスが家事をしてくれているおかげで、時間にも心にも余裕がある。
きょろきょろと物珍しそうに周りを見回しているオエングスを見て、これからは休みの日はちょくちょくこうして一緒に出かけよう、と裕太は思った。心の中でこっそりオエングスに礼も言う。
「オエングス。この辺りは結構美味しいお店もあるから、映画を見終わったら何か食べて帰ろうか」
何か食べたいものある? と裕太が訊くと、一瞬考えた後でオエングスが答えた。
「それならば、この間テレビでやっていたアレが食べたい」
「アレ?」
「丸く焼いたやつが何枚も皿に乗っていて、その真ん中にクリームが塔のように立っていた……」
え、なんだろう。
首を傾げると、オエングスが身振り手振りを交えて一生懸命、説明してくれる。
ああ、あの女の子たちに人気のパンケーキのことか。
やっと理解して裕太がスマホで検索してオエングスに画像を見せると、「そうだ、それだ」とオエングスが目を輝かせた。
「……結構甘そうだね、これ」
「なんだ、裕太は甘いものは苦手か?」
「疲れた時は食べたくなるけど。いつもはそんなに」
「それならばやめとくか」
「え、いいよ。せっかくここまで来たんだし、行ってみよう。ちょうど、同じビルの中にあるみたいだし」
店のレビューを見てその件数の多さにすごいな、と感心していると何やら視線を感じた。
足を止めてふと周りを見回すと、女の子たちがこちらを見てヒソヒソと話をしている。
電車の中でもなんとなくずっと見られているような気がしていたが、どうやらそれは裕太の勘違いではなかったらしい。
遠巻きで遠慮がちなものがほとんどだが、中には露骨にじろじろと熱のこもった視線を送ってくる者もいる。
(ねえ。あの人すごいかっこよくない?)
(やっば。モデルか何かかな~)
(ね、声かけちゃう? どうする?)
一緒にスマホを覗き込んでいるオエングスの顔をじっと見て、裕太は改めてオエングスの魅力が、自分だけではなく他の人間にも有効だったことに気付いた。
そりゃ、そうか。
こんな美形、ちょっとやそっとではお目にかかれないしな。
女の子たちが放っておくわけがない。
腰まである長い金髪は、太陽の光に反射していつもよりきらきらして見える。スッと鼻筋の通った彫りの深い顔立ちは、毎日一緒に過ごしている裕太ですら、こうして近くで見ると妙に緊張してドギマギしてしまう。青い瞳は近くで見ると、吸い込まれてしまいそうだ。
美形といっても色んなタイプがあるが、オエングスの整った顔立ちは、性別に関係なく人を惹き付けてしまう魅力がある。
そして――。
「どうした?」
整った眉をスッと上げると、しかめっ面なのになぜか色気まで出てくる。反則だ。
「裕太?」
「ん?」
「なんだ、ぼうっとして」
「なんでもない、なんでもない」
女の子たちに注目されているオエングスの、破壊力のある顔を改めてじっくり観察してました、なんて言えないから、笑って誤魔化すとオエングスが怪訝そうな顔をした。
ちゃんと話せと目で脅されて、頭を掻く。
「え~っと。……なんか、見られてるな、と思って」
周りにちらっと目をやったオエングスが、「ああ」とすぐに目線を戻して裕太を見た。
「気にすることはない。もし用があるようなら声をかけてくるだろう」
オエングスの全く興味のなさそうな様子に、裕太はなぜかほっと胸を撫で下ろした。
今はまだ尻ごみしている女の子たちが、勇気を出して声をかけてくる前にさっさと映画館に入ってしまおう、と決め、オエングスを引っ張るようにして足早にその場を立ち去った。
――なぜそうしてしまったのかは、自分でもよくわからなかった。
開場前に専用の発券機でチケットを出すと、映画館での定番であるポップコーンとジュースを購入する。自分のものと、オエングスものと一つずつだ。店員から受け取ってオエングスに渡すと、その量の多さに驚いている。
「すごいな」
映画館でしか見たことのない特大サイズのポップコーンは、大人が持ってもかなり大きい。
「多そうに見えるけど、食べ始めたら止まらなくなるから。きっとペロッといっちゃうよ」
裕太がついはしゃいだ声を出すとオエングスが目を細める。
「映画を見ながら食べるというのも不思議だ」
「そうか。そうだね。でも定番だから、試してみてよ」
まるでお年寄りのようにマナーに口うるさくなってきた妖精王の言葉に、クスリとする。
いや、二百五十歳なんだから、お年寄りでもいいのか。
座席の位置を確認し、すでに座っている人にすみません、と謝りながら前を通らせてもらうと、二人で揃って腰をおろした。
裕太の予約した座席は、スクリーンを見下ろせる上の方の比較的中央の位置だ。裕太の座席の隣は高校生らしき若い男の子で、オエングスの隣は友人と二人で来たらしい、裕太と同じ位の年齢の女の人だった。
アニメ映画のはずだが、場内にいる観客が子供よりもなぜか大人の方が多そうで、不思議に思う。
「オエングス、どうしてこの映画に興味もったの」
「まず、映像が美しかった。出てくる景色がまるで妖精卿のようで、そこを実際に見てきた人間が作ったのではないかと思ったくらいだ」
オエングスの穏やかだが少し弾む声に、そうなんだ、と裕太は頷く。
「裕太にも見せてやりたいと思ったから、こうして一緒に見に来れて嬉しい」
ふわりと微笑んだオエングスに、思わず顔を赤らめてしまい、裕太は慌てて前を向いた。
「へえ、それじゃ帰りにパンフレットも買っていかないと」
「音楽も良かったぞ。テレビに映っている短い部分しかまだ聞いていないが」
「誰が主題歌を歌ってるんだろう。来る前に俺も、もうちょっと調べておけば良かったな」
話しながらコートのポケットからスマホを取り出して、オエングスに電源をオフにするように言うと、裕太のやり方を見てそのままオエングスが真似をする。
場内が暗くなり、上映が開始されると、裕太はその映画にすぐに引き込まれていった。
内容は冒険もののファンタジーだった。
テンポ良く進む展開と、主人公の小気味いいセリフの言い回しに初めは笑っていたが、残り三十分というところになって急に映画の雰囲気がガラリと変わった。
主人公と仲間たちとの死別。味方だと思っていた親友のまさかの裏切り。そして主人公が恋をした少女との永遠の別れ。
そしておとずれた、カタルシス、カタルシス――。
ハッピーエンドともアンハッピーエンドとも言えないラストに、裕太はしばらく呆然となって、立ち上がることが出来なかった。
圧倒的な映像美と見る者の感情を代弁するかのような絶妙な主題歌が、いつまでも瞼の裏と耳の奥に残ったまま離れない。
主人公は世界を救ったヒーローだったが、自分自身が幸せになったかどうかはわからず、それでも主人公が命をかけて守った世界は美しかった。
あちこちから嗚咽が漏れてくるのが聞こえて、裕太ははっと我に返った。
自分の頬に伝う冷たい感触にも気付く。
まさかこんなラストが待ち受けている映画だとは思わなかった。これは、内容を咀嚼するのに時間がかかりそうだ……。
だから子供より大人の方が多かったのかと、裕太は今になって、その理由をやっと理解した。
隣に座っているオエングスの様子が気になってそっと見ると、オエングスは黙ったまま、難しい顔をしてスクリーンを睨みつけている。
「オエングス?」
「……」
「いい映画だったね」
「……そうか? ……まあ、そうだな」
言葉数の少ないオエングスに、今は感想を訊くのはやめておくか、と裕太が思っていると、オエングスの隣に座っていた女の人が両手で顔を覆って、鼻を啜っているのが見えた。
「は~、やッばい。どうしよう。メイク、全部落ちたかも」
「ね、やばかったね~」
「何か拭くものもってない? 涙腺が決壊起こしちゃってて、やばすぎなんだけど」
このままじゃ外に出れない、と二人であちこち探しているようだったが、どうやら何も持ってないらしい。かなり困っている様子だ。
「オエングス、隣の人たちに、ハンカチとティッシュを貸してあげて」
「なに?」
「なんか、困ってるみたいだから」
裕太に言われてそちらに目を向けたオエングスが、コートから紺色のハンカチとティッシュを取り出し、声をかけた。オエングスの顔を見た二人が、ぽうっとした後で「ありがとうございます~!」と嬉しそうに礼を言って受け取る。
声のトーンがかなり高くて、こちらまで二人の興奮した様子が伝わってくる。
(やば~、どうする、お礼とかなんとか言ってお茶でもさそう?)
(だね、だね!)
しまった、泣いてる時にいきなりイケメンにそんなものを渡されたら喜んじゃうよな、と思ったが、冗談で出掛けに用意したものが役に立って良かったじゃないか、とも思う。
複雑な心境で空になったポップコーンの箱とジュースを抱え直し、裕太が立ち上がると、「おい」とオエングスに腕を引かれた。
「オエングス?」
少し怖い顔をして自分を見ているオエングスに、首を傾げる。ぐいと乱暴に座席に戻されて戸惑う。
怪訝な顔をして裕太がオエングスを見つめていると、不意に両頬に手を添えられて仰向かせられた。そして痛みを感じるほどの強い力で、ごしごしと乱暴に目の下を指でなぞられる。
チッと舌打ちしたオエングスが「自分のことはいいのか」と何やらブツブツと呟いているのが聞こえてきた。
あ、涙を拭いてくれてるんだ――と気付いて裕太が礼を言おうと口を開いた瞬間、綺麗な顔がぐん、と迫ってきた。
近付いてくるきらきらと光るまつ毛に、あ、やっぱりまつ毛も髪と同じ金色なんだ、などと思っていると、オエングスの唇が頬に触れた。
続いてチロッと舌先で涙の跡を辿るように這わせられて、ゾクリと肌が粟立つ。
頭の中が真っ白になる。
え? なに?
今、なめ? 舐めたっ?
真っ赤になって裕太が口をぱくぱくしていると、その間にオエングスが体を離し、裕太のポップコーンとジュースの容器を自分のものに重ねてさっと立ち上がった。
「よし、いくか」
よしって? え、よしってなに?
「は? え? なに、今の?」
「え? は?」
オエングスの向こう側の女の人たちが騒いでいるのが見える。裕太も全く同じ気持ちだ。
さっさと先に階段を下りてゆくオエングスの背中を見送り、慌てて裕太も立ち上がると、「ハンカチ、返します」と苛立ったように渡されて「ア、ハイ」と受け取る。
出入口付近に置いてある、ゴミの回収箱の前で立ち止まっていたオエングスにやっと追い付くと、ぐいと腕を掴んだ。
「オエングス、今のなにっ?」
頭の中が混乱していて、つい声のボリュームが大きくなる。
「なに、とは?」
「だから、今のっ」
「別に。他に拭くものがなかったから、ああしただけだ」
「ちょ、ちょっとやり過ぎだと思うけどっ?」
「そうか?」
「そうだよ!」
キスで涙を拭うって、ドラマの影響か何かなの? とあまりの恥ずかしさに顔を真っ赤にしながら裕太が抗議をすると、オエングスが口の端をクイッと軽く持ち上げた。
いつものちょっと人が悪そうな笑みを浮かべている。
「違う。別にあれは口づけではない」
「え?」
「口づけをするのなら、別のところにしている。あれはただの味見だ」
裕太が口をぽかんと開けて呆気にとられていると、オエングスがちらりと裕太を見て平然と言う。
「妖精族と人間の涙の違いを確かめてみただけだ。味は、特にあまり変わらなかったな。わかったら、ほら、早くパンフレットを買ってパンケーキを食べに行くぞ」
……オエングスが言っている意味が全然、わからないんだけど?
先ほどの二人組の女の人たちが、裕太とオエングスの脇を通り過ぎながらヒソヒソと話しているのが聞こえてきた。
(は~、残念~。カップルだったんだね)
(あ、そういうこと?)
(でしょ)
カップルって? いや、俺たちそんなんじゃないけどっ?
なぜかご満悦な様子のオエングスとは対照的に、キャパオーバーしてしまった裕太はうつむいて、端まで真っ赤になってしまっているだろう、自分の耳をぎゅっと掴んだ。
うるさい位、どこどこと激しく鼓動する心臓の音が、オエングスの耳にも届いてしまっているのではないか、とそのことだけが気がかりだった。
13
あなたにおすすめの小説
お兄ちゃんができた!!
くものらくえん
BL
ある日お兄ちゃんができた悠は、そのかっこよさに胸を撃ち抜かれた。
お兄ちゃんは律といい、悠を過剰にかわいがる。
「悠くんはえらい子だね。」
「よしよ〜し。悠くん、いい子いい子♡」
「ふふ、かわいいね。」
律のお兄ちゃんな甘さに逃げたり、逃げられなかったりするあまあま義兄弟ラブコメ♡
「お兄ちゃん以外、見ないでね…♡」
ヤンデレ一途兄 律×人見知り純粋弟 悠の純愛ヤンデレラブ。
従僕に溺愛されて逃げられない
大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL!
俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。
その傍らには、当然のようにリンがいる。
荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。
高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。
けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。
当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。
居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。
さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。
主従なのか、恋人なのか。
境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。
従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?
来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。
そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった!
亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。
「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」
「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」
おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。
現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。
お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、
美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
冤罪で堕とされた最強騎士、狂信的な男たちに包囲される
マンスーン
BL
王国最強の聖騎士団長から一転、冤罪で生存率0%の懲罰部隊へと叩き落とされたレオン。
泥にまみれてもなお気高く、圧倒的な強さを振るう彼に、狂った執着を抱く男たちが集結する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる