とある会社員と妖精王のはつ恋

園生

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妖精王とデートする 1

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「裕太、何か家から持っていく必要はあるか」
 
 玄関先で腰をおろし、裕太がスニーカーの靴ひもを結んでいると後ろから声がかかった。首だけ回して目をやると、そわそわと落ち着かない様子のオエングスが部屋の中を見回している。
 頬がほんの少し紅潮し、青い瞳がいつもよりきらきらと輝いていて、まるで小さな子供が楽しみにしていた遠足にでも出かけるようだ、と裕太はクスリと笑った。
 
「別に、何もいらないよ」
「映画を見るには、チケットが必要だとネットには書いてあったが」
「もうスマホで昨日の夜、予約してある。予約番号がメールで届いてるから、それを映画館の発券機に入力するだけでいいんだ」
 
 コートのポケットからスマホを取り出し、画面を見せながら裕太がそうオエングスに説明すると「なるほど」と頷いている。
 
 日曜日、二人で見に行こうと予約した映画は、去年のクリスマスの公開からずっと一位を独占している話題の新作アニメだ。数日前、夕飯の後二人で一緒に見ていたテレビにその映画の予告CMが流れた途端、オエングスが急に前のめりになったので、驚いてしまった。思わず「見に行く?」と訊いたところ、ものすごい勢いで頷いたので、吹き出してしまった。そしてすぐにその場で予約を入れた。
 
 映画館でチケットを購入することも勿論出来るが、見たい回の空き状況をネットで先に調べて、事前に座席を予約してしまうことも出来る。支払いも、クレジットカードでその時に済ませてしまえる。
 そうオエングスに言うと、「便利だな」と目を丸くしている。
 
「あ~……持っていくもの、ね。もし、しいて言うとしたら、ハンカチとポケットティッシュ、かな?」
 
 遠足に持っていく物の定番を思い出しながら裕太が冗談めかして言うと「わかった」と言ってオエングスが慌てて部屋の中へと戻っていった。そして何やらごそごそとしている気配があって、すぐにやって来た。
 
「これでいいか」
 
 オエングスの手に握られているドット柄が入った紺色のシックなハンカチに、裕太は大きく目を見開いた。
 
「こんなハンカチ、俺、持ってたっけ?」
「クローゼットにかけてある、あまり着ていない方のスーツのポケットに入っていた。小さくなって固まって、すっかり裕太に忘れられていたようだったから、この間洗濯しておいた」
 
 ハンカチには、丁寧にアイロンまでかけられている。
 
「うわ……ありがとう」 
 
 最近では、裕太が会社に着ていくワイシャツは全てオエングスの手によって綺麗に洗濯され、クリーニング屋にお願いするのと同じくらいの腕前で、アイロンがぴしりとかけられている。
 クリーニング屋にお願いするから大丈夫だよ、と断ったこともあったが「好きでやっているから気にするな」と言われてしまった。どうやら洗濯も掃除も料理も、すっかり楽しんでやっているらしい。
 
 裕太も、オエングスに世話を焼かれてしまうことに段々と慣れつつある。
 
「このティッシュはどうしたの」
 
 それは本当に全く身に覚えがない。
 冗談で言ったのに、まさかうちにポケットティッシュまであるとは思わなかった、と裕太が言うとオエングスから意外な答えが返って来た。
 
「この間、食材の買い出しで商店街を歩いていたら、知らない男に無理矢理渡された。代金を支払うと言ったのだが、無料だからと断られた」
 
 無理矢理って……。
 
 道端で繰り広げられた、困り顔のオエングスとその男とのやり取りを想像してしまい、裕太はつい笑ってしまった。代金を支払うと言われた男は、きっとびっくりしただろう。
 
 オエングスの手からティッシュを受け取ってひっくり返してみると、最近出来た電気屋のチラシが挟まっている。見覚えのあるその店名は、おじいちゃんおばあちゃん向けのパソコン教室とセットでパソコンを売り出すという、画期的かつうまい商売を始めた町の新しい電気屋だ。
 
 ここの店長はたしか俺と同じくらいの年齢だったな、と裕太がチラシを眺めていると、「無料でというのは、もしやこの店の宣伝のためだったか」とオエングスも一緒に覗き込んできた。
 
「そうそう」
「……なるほどな。上手い手を考えるものだ」
 
 もらった時はその意図に気付かなかった、と言うオエングスに微笑む。
 
「ただチラシを配ったって、受け取ってくれる人は少ないから、お店側も色々と方法を考えるんだよ。これ、”ティッシュ配り”って言うんだ。そういうバイトもある」
「……ティッシュ配り」
 
 ふむ、とオエングスが頷く。 
 ちょうど新しいイヤホンも欲しかったし、そのうち覗いてみるか、と裕太がティッシュをオエングスの手に戻すと、オエングスがそれをコートのポケットにしまった。
 
「他に何か持っていくものはあるか?」
「ないない。本当にないから」
「よし。それなら行くか」
 
 嬉しそうにいそいそと靴を履き始めたオエングスをふと見ると、髪がいつものシュシュで束ねられたままでいることに気付いた。
 
「オエングス、シュシュついてるけど」
 
 裕太が指摘すると、オエングスが眉を下げる。
 
「……つけたままでは駄目か?」
 
 髪に手をやって寂しそうな顔をするオエングスに、本当に気に入ってくれてるんだな、と裕太は嬉しくなったが、少し考えた後で首を横に振った。
 
「う~ん、やっぱり外したほうがいいよ。それは家用にって思って買ったものだし」
「……では、これをつけてる私と、つけてない私とでは、どちらがイケメンだ?」
 
 えっ、今なんて? 
 
 思わず裕太が聞き返すと、オエングスがこちらを見てにやりとしている。
 
 うわ、イケメンの意味、調べたんだ、と真っ赤になって目を逸らすと「そんなに可愛い顔をするな。……まあ、裕太が外せと言うなら外して行こう」と機嫌の良さそうな声でオエングスが言い、その言葉にますます動揺する。
 
 胸の奥がむずむずして、勢いよく鼓動が跳ね始めた。
 
 な、なんだよ、可愛いって。
 くそ……揶揄ってるな。
 
 耳の端まで赤くなってしまいながら、こっそり手元のスマホで「イケメン」と打って検索した裕太は、そこに表示された検索結果を見てギャー! と盛大に叫んだ。心の中で。
 
 イケメン。意味。
 魅力的な人、特に面貌が魅力的な人。
 
 ……いや、そうだけど。
 そうなんだけどね!
  
 そんなに嬉しそうな顔されるとちょっといたたまれないから……今はこっち、見ないでくれる?

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