二度目の永遠 ~ある夏にコロラドで見つけた牧場主との運命の恋~

泉野ジュール

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【春子の章】

『月の綺麗な夜ですね』②


 いつか、という彼の口約束にすべてを託せるほど、春子は夢見がちではなかった。

 家に帰れば腹を空かせたふたりの弟がいる。生活は苦しく、母親は毎月のように仕事を変えなければならなかったから多忙で、父親は……多分もう帰ってこない。

(でも、会えば会うほど、想いは募るばかり……)

 日中、春子は家事に明け暮れて、弟達が眠りにつき母親が帰宅するとやっと、彼と一緒に川縁の散歩をする日々を送った。
 名前をウィリアムという。
 終戦後、春子の生まれ育った港町に大挙してやってきた米兵のひとりだ。

 春子はなぜか生まれつき耳がよく、少し学校でかじっただけの英語がひとより上手くできた。だから、米兵相手に困っていた近所のひとのために通訳の真似事をしてあげたのがきっかけで、ウィリアムと出会った。
 名前を聞かれたので春子と答えると、彼はハル、コ、とボソボソと反芻した。

「チャイルド・オブ・スプリング」
 春子が知っているよりも少し伸びのある発音で、彼はつぶやいた。
『え?』
『あなたの名前の意味。ハルコ。日本語で、春の子供という意味では?』
『え、ええ……その通りです。この場合は、子供というより、女という意味だと思いますけど……』

 日本語に興味を持つ兵隊さんは少ないから、春子は新鮮な驚きを感じた。
 英語を必死に勉強する日本人はいても、逆はあまりいない。そもそも、彼らは一時的にここにいるだけで、永遠に居座り続けるわけではない……はずだ。

 そんな米兵にはめずらしく日本を知りたがるウィリアムと、できるならもう少し英語を磨いて有利な職を見つけたいと望む春子が、文化交流を名目に頻繁に会うようになるのにあまり時間はかからなかった。
 そして今に至る。


『この河辺の静けさが好きだ。僕のように荒野で育つと、静寂に安堵を感じるようになる。場所も、ひとも』
 ある晩、ふたりで静かに川縁を歩いていて、ウィリアムがそう言った。

 いつもできる限り簡単な単語を使ってゆっくり喋ってくれる彼にしては、妙に早口で、いくつか耳慣れない言葉があった。ワイルダネス?
 とりあえず、ワイルド、とあるのだから、自然と関係があるのだろう。
 春子は港町育ちで、水豊かな日本の自然しか知らないから、あまり想像はつかない。

『わたしも、ひとは静かなひとが好きです。街は、賑やかな方がいいけれど』
 ウィリアムは小さく笑った。
『じゃあ、俺は静かにするべきかな』
 また早口。
 まるで春子に聞いて欲しくないみたいだ。でもこれは理解できた──言葉としては。
 ただ、その真意は?

『あなたも静かですよ。米兵さんにしては』
 春子も、歌うようにコロコロと笑う。
 ウィリアムはなぜか頭にのっている軍帽を被り直して、喉にものが詰まったような乾いた咳払いをした。
『ありがとう』
 彼は英語でそう言ったあと、日本語でアリガトウ、と繰り返した。そして、
『希望を持っても、いいのだろうか』
 そんなことをささやく。

 ──きっと希望は存在した。ふたりで紡げる未来が、この世界の果てのどこかで待っていた。
 ただ、そこに手が届くかどうかは、また別の話だったのだ。

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