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【乃亜の章】
「君が俺の牧場に用があるようには見えない」②
しおりを挟むそれが彼の第一声で、大きな身体に見合った低く振動する声だった。
当然英語で、南部独特のゆったりした喋り方だ。
髪は全体的に茶色だが少し金髪が混じっている、いわゆるダークブロンドだろうか。アビエーター・サングラスをしているので目の色はわからないけれど、男らしい彫りの深い輪郭をしているのだけはわかった。
「えっと……じ……実は、車が……」
乃亜がまごついていると、男性はわずかに首を傾げて足を止めた。
「コテージの客なら、入り口はここじゃない。国道に戻ってからさらに進んだ先に右折の看板がある。そちらの方から入ってくれ。ここの道は牧場にしか続かない」
コテージ?
コテージがあるの?
ああ、観光客だと思われているのかもしれない。
「いいえ。多分、道は合っていると思います。でも車が壊れてしまって、立ち往生しているところなんです」
「車が?」男は疑わしげに言った。「どんな理由で?」
そんなことわたしが知りたい!
乃亜は思ったが、周囲には時々放し飼いの牛が草を食んでいる以外に生命の兆しのないこの半荒野で、せっかく会った人間の機嫌を損ねたくなかった。
乃亜は持てる英語力をすべて集結して、しおらしく、冷静に説明を試みることにした。
「ごめんなさい、わかりません……。しばらく前からエンジンのあたりで変な音がしていたんです。それが急にひどくなってきたと思ったら、最後に大きな音をあげて湯気みたいなのを立てて……動かなくなりました」
男は大きなため息をついた。
むむ。
「これは君の車か?」
「いいえ、レンタカーです。空港の近くで借りました」
「引き渡しのとき、車の点検は?」
車内のシステムの説明こそ受けたが、特に点検と呼べるようなことはした覚えがないので、乃亜は首を左右に振った。
男はさっきよりもさらに深いため息をついた。
むむ、むむむ。
男は無言で、特に乃亜に断りを入れるでもなく、レンタカーのボンネット先まで歩いてきた。背が高いだけでなく脚が長いので、すべてが素早い。止める隙さえなかった。
乃亜の横まできてボンネットの上部に手を当てると、男はその高温に顔をしかめた。
……と思う。
サングラスの下の表情はよく読み取れなかった。
「中は確認したのか?」
「いいえ、まだ開け方がわからなくて……」
すると再び、ため息。
(た……確かに迷惑かけているのはわたしだけど! ちょっと傷つく……!)
男性は背を曲げてレンタカーの底辺部を覗いてから、顔を上げた。
「運転席を開けさせてもらっても?」
「え? あ、もちろん、どうぞ……」
乃亜は一歩下がって、男がレンタカーの運転手席の扉に向かうのを許した。運転手席の扉を開けた彼は、造作のない仕草でハンドルの下あたりのレバーを引いた。
途端に、パコっとボンネットが開く。
「え? え? すごっ!」
驚きに、乃亜は思わず日本語で声を弾ませた。
サングラスの彼は乃亜の横に戻ってくる。脚だけでなく腕も長いその男は、慣れた感じでボンネットのフードを上げてストッパーの棒で固定すると、中身を確認しはじめた。
「今さら聞くのもなんだが……」
男はエンジン周りから顔を上げると、サングラス越しに乃亜を見つめた。
「この車を借りたときに、冷却水はチェックしたのか?」
乃亜は目をしばたたいた。
「冷却水ってなんですか?」
「ジーザス」
「え?」
「なんでもない。エンジンが熱くなるのを防ぐための液体だ。普通はここに入っている」
と言って、エンジンの横にあるプラスチックのタンクを指差した。
時々両親の車を使わせてもらうだけで自分の車を持っていない乃亜には、未知の物体だった。おそらく教習所では習ったのだろうけれど、それも六年以上前の話。
まったく記憶になかった。
「いいえ……。もしかして、それが漏れてしまったんですか?」
「いや、漏れは確認できない。そもそも十分に入っていなかったか、長い間交換されずに蒸発したか劣化したんだろう」
「そんなぁ……」
がっくりと肩を落とす乃亜に、サングラスの長身男は追い打ちをかけた。
「つまり君は、他の客には出せずに残っていたポンコツ車を掴まされたわけだ。せめて借りる前にディーラーと点検しておけばよかったものを、不注意だったな」
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