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【乃亜の章】
「君にできることはないと思うよ」③
しおりを挟む「あ……」
乃亜は片手でそっとつばの先端を触ってみた。麦わら帽子のような柔らかい触感を想像したのに、もう少し硬くてずっしりした重みがある。
「ありがとう……ございます」
ダグラスの返事は、無言でうなずくというものだった。逆にチャンピオンの方がなにか言いたげにフンフンと鼻を鳴らしている。
乃亜はじっとダグラスを見つめて、彼がなんらかの指標を示してくれるのを待った。
……だって馬に乗っていいなんて言われても、どうしていいのか想像もつかない。
しばらく経って、乃亜が凝視してくる意味をダグラスは理解したらしかった。ふぅっと深いため息をつくと、乃亜に向かって手を伸ばしてきた。
「掴まってくれ」
「え」
どこを?
……と問う間もなく、ダグラスの腕が乃亜の腰に回される。
ふわりと軽く身体が浮いたと思うと、乃亜はチャンピオンの胴に横付けされるような格好になっていて、慌てて足を延ばした。たとえ乗馬ははじめてでも、乃亜はバランス第一のバレエをずっとやってきた経験がある。
本能とダグラスのリードに導かれるまま鞍を跨ぐと、すとんとチャンピオンの背に乗ることができた。
「わっ、できた……」
「そこの突起を掴んで、少し腰を浮かしてくれ」
「ええっ」
己の成功体験の感動に浸っている暇もなく、ダグラスから次の指示が飛んでくる。
それでもなんとか言われた通りに軽く腰を浮かせてみると、チャンピオンがグッと大地を踏みしめるのを感じた。
次の瞬間、大きな肉の塊が乃亜の背後に覆い被さってきた。なんというか……そうとしか表現できないような生々しい肉体の重みと厚み、そして……フェロモンが背中に押しつけられてきた。
「あ、あの、ミスター……マクブライト」
真後ろにダグラスがいる! 乃亜を抱くようにして、ふたり乗りしている!
もし自分が漫画のキャラクターだったら、乃亜の目は戸惑いにラーメンのなるとみたいなグルグル巻きになっていたはずだ。
ダグラスは宙を泳いでいた乃亜の手を背後から取ると、鞍の先端から伸びて股の間から覗いている、二十センチほどの突起に導いた。
「手はここに」
なるほど、これは確かに持ちやすい。
でも!
そうして乃亜が馬上でそれなりに均衡が取れるようになると、ダグラスは両手で手綱を引き寄せた。
乃亜はもう完全に彼の腕の中に包まれる形になり、その圧というか……熱というか……背徳感に、ふにゃりと背筋が溶けそうになった。
ダグラス・ジョンソン・マクブライトから発される内分泌物質は、四十八時間前まで日本でおひとり様をしていた乃亜が抗えるタイプのものではなく。
「一日は短いんだ。やることは山ほどある。来ると決めたならさっさとしてもらいたい。さあ」
しかし、当のダグラス・ジョンソン・マクブライトは、乃亜のことなどその辺に飛んでいる邪魔なハエくらいに思っているようだった。可能ならぺしゃんこに潰して目の前から消してやりたいと思っているはずだ。
──いっそ、ハエならハエらしく!
と、できるだけ縮こまってみるものの、ダグラスはその厚い胸板と硬い腹筋を乃亜の背中に押しつけてきた。
「まっすぐ座ってくれ。落馬されたら困る」
「は、はい」
たとえ自ら地面にダイブしようとしても、不可能な気がする。
遠くから見るだけでも大きくてたくましかったダグラスの身体は、こうして背後から包まれるともう同じ人類として申し訳なくなってくるくらいの体格差だった。乃亜は日本人としては小柄ではない。でもバレエのせいもあって華奢だ。
対してダグラスはおそらくアメリカ人としてもかなり長身の部類に入る。
190センチくらいだろうか……。
体重はちょっと想像するのが怖かった。贅肉の類は一切感じられないけれど、筋肉は脂肪より重いというのは常識である。こんな……。
こんな……。嗚呼!
煩悩の塊となった乃亜と牧場主を乗せたチャンピオンは、威風堂々とした足取りで広大な牧草地に向かって歩を進めた。
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