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【乃亜の章】
The Way We Choose ① ※ダグラス視点
しおりを挟むダグラスは牧場の従業員を部下だと思ったことはあまりなく、常に共に働く友人だと考えてきた。
しかしその晩、マクブライト邸のダイニングテーブルに集まったスプリング・ヘイブン牧場の四人の従業員、そして彼らに囲まれた乃亜を眺めながら、ダグラスは思った。
──神よ、なぜ俺の友人たちは今夜、死にたがっているのだろう?
「じゃあ、ノアが乗馬をしたのは本当に昨日がはじめてだったんだ? どうだった、最高の気分だろう?」
その乃亜が作った料理を皿いっぱい食い終えたネイトが、三十三歳の男ができるうちで最も締まりのない、だらしない笑みを浮かべながら言った。
乃亜はといえば頬を赤らめながら、ネイトの話を真面目に聞いてうなずいている。
彼女を喜ばせたくて家にあった中で一番いいメルローのワインを開けてしまったことを、ダグラスはすでに深く後悔していた。
深く。
「はい! 最初は怖かったですけど、一度走りはじめると最高でした。チャンピオンは素晴らしい馬だわ」
「チャンピオン? はじめての乗馬でチャンピオンに乗ったのかい? あれは結構気性が荒いのに」
「え、ええ……ミスター・マクブライトと一緒でしたけど。とてもお利口でしたよ」
「お利口だったのはチャンピオンかい? それともダグラス?」
そう言ってネイト・モンゴメリーは乃亜とダグラスに向かってウインクして見せる。
乃亜はダグラスの隣に座っていた。
そしてネイトはダグラスの正面に座っている。
他にホセ、そしてふたりの従業員が同席していたが、年齢的にひとりは若すぎるのと、もうひとりは年を取りすぎているせいで、差し迫った脅威には思えなかったが……物欲しそうに乃亜を見つめる目はどれも同じだった。
それが、乃亜の作った風味豊かな絶品料理のせいだけではないことを、ダグラスは理解している。自分の手が勝手に連中の顔を殴ってしまわないように、己を厳しく律する必要があった。
多分……あと五秒くらいはなんとか耐えられるだろう。
それ以降は神のみぞ知る、だ。
特にネイトに関して、ダグラスの忍耐はすでに限界に達しはじめていた。
「そんなに気に入ったなら、明日から俺の乗馬レッスンにくるかい? 午前と午後に一回ずつやっているんだ。もし昼間に時間があるなら、プライベートでも教えてあげられる」
「本当ですか?」
乃亜は目を輝かせた。
──畜生めが。
なぜか乃亜とネイトは気が合うようだった。
基本的にネイトはどんな女性とも『気が合った』が、本気になることは少ない。こうしてネイトが乗馬レッスンを餌に女を誘うのははじめてではなく、おそらく最後でもなく、ダグラスはネイトがきちんと仕事をこなす限りにおいて、口出ししたことはなかった。
どうでもよかったからだ──これまでは。
「駄目だ」
ダグラスの口は勝手にそう告げていた。
「どうして」
ネイトが抗議する。
「言ったはずだ。ノアは俺の責任で面倒を見ている客人だ。危ないことはさせられない」
「その大事な客人をあのチャンピオンに乗せたのはお前だろう。俺はもっと大人しい雌しか使わないよ。それに俺はプロだ」
くたばれ、と言いたくなるのを耐え、ダグラスは首を横に振った。
「駄目だ」
再びそう断言すると、ネイトは肩をすくめてそれ以上繰り返さなかった。
乃亜は一瞬だけなにか言いたげに口を開いたが、結局そのまま唇を引き結んでテーブルの上に視線を落としてシュンとしょげ返った。
ああ、なぜ。
なぜこんなふうに心臓を鷲掴みにされたような苦痛を胸に感じるのだろう。
ある夏の日の午後、フォードのポンコツレンタカーに乗って現れたダグラスの天使は、すでに彼の心を散々に乱している。
乃亜が最初にスプリング・ヘイブン牧場へ続く道で立ち往生しているのを助けたときから、ダグラスはすべてに半信半疑だった。
──この女は本物なのだろうか? なにかの夢か、ダグラスの妄想の産物では?
広瀬乃亜はそういう種類の、少し世間離れした雰囲気を持つ女性だった。
いわゆる絶世の美女かと問われたら、おそらく違う……おそらく。もちろん間違いなく美しい……もしくは可愛い……顔をしている。のちにバレエ云々により納得した小鹿のような華奢な体型と、ピンと伸びた背筋、そしてほっそりとした首筋から肩にかけての線は煽情的だ。アジア人にしては薄めの肌と髪の色……しかし黒い瞳はつぶらで、神秘的だった。
その乃亜は『ハルコ』にそっくりだという。
──疑っていて悪かったよ、親父。
俺があなたでも、同じ道を選ぶかもしれない。ダグラスはそんな自覚に溺れていった。
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