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二章 神聖国の黒ヤギさん
世界が震えた日
しおりを挟む時は少し遡り、マオとアシュリーが魔王城を脱出した日。
世界は衝撃的な二つのニュースに震えることになる。
それは当然、人族も、そして魔族も同様だ。
「おい、聞いたか! ついに『黄金』が魔王を倒したらしいぞ!」
「なに、本当か! じゃあ、ついに魔族との戦争は終わるのか!?」
「やったあっ! お母さん、これで平和になるね!」
「ええ……勇者さんたちに、ちゃんとお礼を言わないとね」
人々はみんな歓喜に打ち震え、長く続いていた戦争の終結を共に祝い喜んだ。待ちに待った平和なのだ。これからどれだけ世界が良くなっていくのだろうと、幸せな妄想に耽り、各々が未来に意欲を燃やしていた。
『黄金』一行からの早馬で受けた簡素な報告は瞬く間に王国中に広まり、そしてすぐに他の三国にも知れ渡ることとなった。
それから一週間ほど経って、ついに『黄金』が晴れ晴れしく凱旋する。
王都の住民は今代の勇者の姿をなんとか一目見ようと、ほとんど全員が大通りに姿を現し、目の前を勇者たちが通り過ぎていくのを待つ。
そしてついに、目当ての『黄金』がその姿を現した。しかし歓声はすぐに止んでしまう。
彼らの様子は異常だった。お祭り気分で集まっていた住民たちは、示し合わせたかのように一斉に口をつぐむ。
『黄金』は全員が等しく険しい表情を浮かべており、まるでこれから戦場にでも赴くかのようだった。本当の戦争はこれからだと、意識して気を引き締めているようだ。
そんな白金級冒険者たちの言い知れぬ迫力に、浮かれていた住民たちは全員が気圧されて、次第に王都から声が消えていく。
「……じゃあ、俺たちはここで。報告が終わったら組合に来てくれ」
『黄金』のメンバーのひとり、重戦士ガルーダがそう言って、冒険者組合の中に入っていった。その後に盗賊のウェルズが続く。
アルマ、マーリン、シェルティーの三人は、そのまま王宮へ足を進めた。
魔王討伐の実情を、冒険者組合と王宮に対してそれぞれ詳しく報告しなければならない。そのため、彼らは二手に分かれたのだ。
「……ああ、組合長さん。久しぶりだな」
「やあ! これはこれは、ガルーダ様! ご無沙汰しております。聞きましたよ、ついにやりましたねぇ!」
「ああ……そのことなんだがな」
組合に入るなり出迎えてくれた王都の冒険者組合長に対して、ガルーダは親し気に声をかける。事実二人は仲が良く、共に酒の趣味も合うため、よく一緒に飲みに行くこともあるくらいだ。
だからこそ、組合長はガルーダの様子がおかしいことに敏感に気付くことが出来た。疲れているとか、不機嫌とかではない。何か大事な、ただならないことが起こっていると、ガルーダの様子を見て悟った。
「……お疲れでしょう。さ、奥の個室へどうぞ。ゆっくり寛いでいってください」
組合長は何も言わず笑顔を見せて、組合の奥へと続く扉を開ける。
「……悪いな」
その心遣いを有難く受け取りながら、ガルーダとウェルズは扉を潜り、柔らかいソファーにその疲れ切った体を下ろした。
「では、報告させていただきます」
王宮、謁見の間にて。
ヒストリア王国の国王、アルバーナ王の前に、勇者アルマが跪いていた。アルマの後ろには、魔術師マーリンと聖職者シェルティーが、同じように跪いて俯いている。
「この度の遠征で、私たち白金級冒険者パーティー『黄金』は、魔王を討伐することに成功致しました」
おお! という声が、謁見の間に響く。アルバーナ王をはじめとして、その場にいた全員が、期待通りの報告を聞けたことに歓喜の表情を浮かべる。顔色が悪いのはその場で跪く冒険者たちだけだ。
「……父上。まだ、報告には続きがございます」
勇者アルマは、実の父であるアルバーナ王の顔を見てそう言った。
息子の真剣な表情に、アルバーナ王は怪訝な顔を見せる。
「……なんだ? 何か問題でも?」
「…………この世界に、『真の魔王』と名乗る魔族が現れました」
「…………なんだと?」
真の魔王とはいったいどういうことか。
アルバーナ王は言われたことの意味が分からず、視線でアルマに説明を求めた。その意図を汲み取り、アルマは眉間に皺を寄せたまま話を続ける。
「我々が魔王に致命傷を与えたあと、急に空中に謎の穴が開いて、その空間から恐ろしい力を持った悪魔が現れたのです。魔王はその悪魔を真の魔王に任命し、そのまま絶命しました。その後、その悪魔は生き残った魔王の娘を連れ、どこかに行方をくらませてしまいました」
アルマはできるだけ簡潔に、自分が見聞きした事実だけを話した。
悪魔の正体やその狙いなど、いくつか考えていることはあるものの、それらはあくまでもただの予想に過ぎない。あの場で起こった事実だけを口にするべきだ。
だから、これも当然、報告する必要がある。
「父上……死の間際、魔王はこう言いました。『彼はお前たち人族に災厄を齎す、無敵の大悪魔なり』と。真の魔王とやらは、我々を滅ぼすためにやってきた、最強の悪魔なのだそうです」
「……そんな馬鹿な……そんな話が……」
絶望の表情を浮かべ、アルバーナ王は力ない声を出す。しかし強く目を瞑ると、すぐに頭を切り替えて、真剣な目で息子を見た。
「……討てるか?」
重く問われたその言葉に、マーリンとシェルティーはごくりと唾を飲む。
アルバーナ王は名王として有名だ。そうでなければ、魔族との戦争の最前線であるこのヒストリア王国を、ここまで豊かに保っていられるわけはない。
そのアルバーナ王が、これだけの緊迫した声を出す。情勢が逼迫していることを雄弁に物語っていた。
「……分かりません。ですが、考えている余裕はないかと」
勝算もないまま、この場で『必ず勝ちます』と言うような無責任なことを、アルマはしない。ただ、想定される事態に備え、最善の手を打つだけだ。
「我々『黄金』は、これからすぐに魔界に戻り、一匹でも多くの魔族を討ち取ってきます。魔王がいなくなった今、支配下に置かれていた魔族たちがどう動くか分からない。統率を失っている今のうちに、できる限りの戦力を減らしてくるつもりです」
「戦力……そうか、やはり……」
「ええ。戦争はまだ続くでしょう。真の魔王が正式に魔王国に君臨し、軍を整備する前に、できれば趨勢を決してしまいたいところです」
「ムゥ……」
アルバーナ王は顎に手を置き、何かを悩むように視線を逸らす。
そんな父の顔を見ながら、アルマは力強く言い放った。
「そしてもしどこかで真の魔王と遭遇すれば、その時は私が、この命を懸けて戦います。王族の誇りをかけて」
アルマの目には、父への愛情と尊敬が詰まっている。熱い使命感に突き動かされて、アルマはこの国を守る王族としてそう宣言した。
そんな息子の真っ直ぐすぎる視線を受けて、アルバーナ王は一度深く息を吐き、そして困ったように笑った。
「……お前が勇者と呼ばれることは、ヒストリアの王としては嬉しい……だが父親としては、少し複雑な気分だよ」
「父上……」
親子の会話を前に、周りにいた騎士たちは二人の心中を慮り、無意識の内に跪きそうになっていた。
二人は別れを覚悟している。それでも、国のためには何が最善なのかを常に考え、そして実行できるのが、この国の誇り高き王族だった。
「……魔王を討ってこい、勇者アルマよ。そして英雄となり、人々を救うのだ」
「……はい。必ず」
アルマは深く首を垂れる。
偉大な父親に対する、目一杯の感謝の思いを込めて。
その日、世界は二つのニュースに震えることになった。
魔王が討たれたという歓喜。
新しい魔王が現れたという恐怖。
人々は深く悲しんだ。戦争はまだ終わらない。
人類の希望は、こうして再び冒険者たちに託された。
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