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第二十三話
しおりを挟むカティアのアイディアをきっかけとした学び舎計画は、たくさんの人々の協力を得てようやく形になった。
矢面に立ち、議会に根回しをしてくれたのはレオナルドで、学校をつくる許可が下りたのは翌年の春だった。
“身分に関係なく通いたい子供が自由に通える学校”――そんなコンセプトを掲げた学校づくり。
選民意識の高い貴族の反対に遭いながらも一年がかりで実現できたのは、ひとえにレオナルドの献身に他ならなかった。
きっとたくさんの困難があったはずだ。それなのに、レオナルドはそんなそぶりを一切見せることなくカティアの夢を実現してくれた。
諦めることが当たり前だった。夢を持つことさえ許されなかったカティア。
期待をしてもいいんだ、夢を持ってもいいんだ、諦めなくてもいいんだ。そう思えるようになったのは、まぎれもないレオナルドのおかげだ。
かつてレオナルドによって粉々に打ち砕かれたカティアの心。数年後の今、それを救ったのもまたレオナルドだった。
この一年、お互いに尊重し合いながら絶妙な距離感を保ち続けたカティアとレオナルド。
充実しながらも穏やかな日々に、カティアは幸せだった。確かに、幸せだったのだ。
「結婚することになりました」
だから。
ルーダからの結婚の報告に胸を痛める自分に愕然とした。ようやく自分の想いの名前を知った時には、もう手遅れだった。
あの陽だまりのような眼差しはカティアではない女性を見つめ。あの柔らかな声はカティアではない女性に愛を告げ。あの優しい人の心は、カティアではない女性のものなのだ。
その事実が、カティアの胸を苦しめる。
――こんな想いをするならば。こんなにも苦しいならば。自分の気持ちに気づきたくなかった。恋なんてしたくはなかったのに。
手紙を握りしめ、けれど泣くことなく立ち尽くすカティア。
そんな彼女の手からそっと手紙を抜き取り、そしてすべてを悟るレオナルド。
「……好き、だったのか?」
カティアをソファーへと誘い、隣に座ったレオナルドは彼女に問う。
彼の言葉にカティアはハッと顔を挙げた。彼の声が静かだったからこそ、カティアは否定できなかった。彼の眼差しが真剣だったからこそ、カティアは嘘がつけなかった。
「……はい。彼のことが好きでした。私に初めてやさしくしてくれて、私の存在を認めてくれた彼のことが大好きでした。……気づいたのは今ですけど」
「そうか」
こんな時、どうすればいいか分からない。彼女にどんな慰めの言葉をかけるのが正解なのか、レオナルドにはさっぱり分からない。
でも、彼女の苦しい気持ちは痛いほどわかるから。だから、それは無意識だった。
「カティア。俺は君が好きなんだ。どうしようもないほど愛しているんだ。だから。君がルーダを想う半分でいい、俺のことを想ってはくれないだろうか」
二度目の告白。
一度目のあの時は、カティアはそれがどういう意味を持つのか分かっていなかった。それを告げられた時、困惑し、そしてなかったことにした。
けれど今。二度目の今、カティアは唐突に、理解する。
自分は怒っているのだ。初めて愛を告げられたあの日からずっと、自分はレオナルドに対して怒っていたのだ。
あの時の自分はまだ恋を知らなかった。誰かを愛するという感情がどれほど苦しいかわかっていなかった。だからこそ。虐げてきた事実を、顧みられなかった孤独を、木っ端みじんに壊された心を。無かったことにするような薄っぺらな愛の言葉に怒りを感じたのだ。
この一年、本当に穏やかだった。愛も、怒りも、憎しみも。自分が自分でなくなるような、そんな強烈な感情を知らなかったカティアはこの一年、まどろみのような日々を過ごしてきた。レオナルドに対してこんなにも強烈な想いを抱いたのはこの時が初めてで。理不尽にさらされ続けた己の人生の全てを、この男にぶつけたくなった。泣き叫び、罵り、やり返してやりたい。そう思った。
それでも。間違いに気づいた彼は変わった。この一年、彼は誠実だった。カティアの希望を拾い、期待を背負い、夢を叶えてくれたのもまたレオナルドなのだ。ずっと隣にいたからこそ、彼の後悔も、彼の優しさも知っている。今のカティアなら、彼の行動の意味が分かる。彼がずっとずっと待ち続けていてくれたことが分かるのだ。
だから。
今はまだ、受け入れることはできないけれど。
「……もう、いいのです。許します」
あの日の謝罪に対して、ようやく許すことができた。
「レオナルド様、私……」
――あなたと家族になりたい。あなたと、笑顔溢れる家庭を築きたい。
遅すぎることはきっとない。
きっと彼はまた、カティアの希望を叶えてくれるだろう。そんな確かな予感があった。
だから、大丈夫。
この先何年も、何十年も生きて。
子供ができて、その子が学校に行き、そして独り立ちをしたならば。
その時は告げてみよう――「愛しています」と。
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