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8.聖女と第二王子(Sideクリストファー)
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「やぁマリア。今帰るところかな?」
「クリストファー殿下!」
放課後の生徒会室でヴィオレッタを待っていたけど、一向に現れないので今日はもう帰ろうと校舎を出たところで、黒猫を抱き上げているマリアに遭遇した。
今日も庭仕事をしていたのか、頬に少し土がついている。後ろに控えたカイルに目配せをすると、さっとハンカチを渡してくれた。
「マリアちゃん、今のうちに綺麗にしときな。あそこの寮監は厳しいからさ」
「えっ、汚れてましたか!?ごめんなさい!」
「これくらい、謝ることじゃないよ。そもそも寮暮らしなんてしないで、王城から俺らと一緒に登校すればいいのに」
「カイルの言う通りだ。部屋ならいつでも用意するよ?」
「そんな、そこまでしていただくわけにはいきません。それに私、寮生活に憧れていたんですよ。普通の学生生活って感じがしていいな……って」
普通、か。
恐らくこの国で誰よりも普通じゃないマリアが言うと、なんともいえない気持ちになる。
普通の人こそ、彼女のような特別な存在に憧れるだろう。
だけど本人は己の価値を全く理解せず、能力が発現した今でも普通の少女であろうとし続けている。ちっとも驕らない姿こそらしいと言えるのかもしれないけれど、己の価値を正しく理解することが身を守ることに繋がるので、どうにか自覚を促したいところだ。
「ぅにゃーにゃー」
「この子にも、寮のお庭で出会えたんですよ」
慈愛に満ちた微笑みで黒猫を撫でるマリアは、心から安らいで見える。植物を育てているときも同じような表情になるので、どちらも好きなのだろう。
「そっか、君が不自由していないならいいんだ。安心した。でも、気が変わったらいつでも言うんだよ」
「我儘を聞いてくださり、ありがとうございます。まだまだ未熟ですが、必ずお役に立ってみせます!」
◇◇◇
マリア・クラウトは聖女だ。
聖女とはこの世界において唯一女神の御言葉を聞くことが出来、癒しの魔術を行使することのできる女性のことを指す。
年々その数は減っていて、この国に聖女が現れたのは数百年ぶりだ。
マリアは元平民で、庭師の父と貴族家の下働きの母の元に生まれた、ごく普通の女の子だ。14歳の時に聖女の力が発現してからは、王家が信頼する伯爵家の養子となった。彼女の能力はまだ不完全で使いこなすことが出来ず、元平民という立場も相まって危険に晒される可能性が高いため、国を挙げて保護すると国王陛下が判断した。
貴族社会で生きていくために必要なマナーや学問を修めるため、この春から学園へ入学した。その身に流れる聖女の血をを王家に取り込むために、いずれ僕を含む王族の誰かと婚姻を結ぶことになるだろうけど、マリアにはまだそのことを教えていない。
「そういえば、殿下はミラン様と同じ生徒会役員でしたよね」
「ミラン様……ヴィオレッタ・ミラン公爵令嬢のこと?」
クリストファーが今日会えなかった令嬢の名前が出てきたので、決して顔には出さないが少し動揺した。何故マリアの口からその名が出てくるのだろう。
「はい、ヴィオレッタ・ミラン様です。実は今日、東屋でお会いしまして」
「彼女に何かされたの?」
「何かというか、えっと、そうですね……優しくされました」
「優しく?」
「そうなんです!私が育てた花を美しいと褒めてくださって、その上また花を見に来てもいいかと言われたんです!お優しくて美しい生粋のご令嬢が、学園では身分差など気にせず話したいとおっしゃってくださったのです。こんなこと初めてで……!」
恋する乙女のようにほんのり頬を染めて嬉しそうに微笑むマリアを見て、少しの驚きと大きな喜びを覚える。昨日のヴィオレッタならマリアにそう言うだろうと素直に思った。
学園を休む前のヴィオレッタはニコリともせず、高貴な立場も相まって他者を寄せ付けない雰囲気を纏っていた。高位貴族の令嬢は自分より家格の低い生徒を下に見る傾向があるし、ヴィオレッタの態度もそういうものだと思い込んでいた。
そんな彼女から、恋する乙女のような視線を送られていると感じることがあった。
王家の血を引く公爵令嬢なら第二王子妃として身分に不足はないし、王座を目指すなら母より家格の高い妃を迎えなさいと言われて育ったので、彼女との婚約であれば母は諸手を上げて歓迎するだろう。
ヴィオレッタ自身もそれを理解した上での言動だと思っていたので、熱心に生徒会の仕事をするのは自分へのアピールの一環だと誤解していた。だからこそ、業務上必要な時以外で接点を作らないよう彼女を避けていたのだ。
今の自分には公爵令嬢の婚約者は不要だし、高慢な令嬢との婚約だなんて、息が詰まりそうだと思っていた。
だけど今、彼女の事をもっと知りたいと思う自分がいる。
「なら、次に彼女が来るときのために、色々準備しておこうか」
「で、殿下にそこまでしていただかなくても……!」
「せっかくマリアに友人が出来そうなんだ、これくらいはさせてくれ。あと、二人のお茶会には僕も参加していいかな?」
「いいんですか!?私一人だと何を話していいかわからないので、とっても助かります!」
相手が公爵令嬢とはいえ、ヴィオレッタと話すより第二王子の自分と話す方がリラックスしているマリアがなんだか可笑しくて、声を上げて笑ってしまう。
「笑いごとじゃないですよ、殿下!あんなに美しい方に微笑まれたら、頭が真っ白になって言葉が出て来なくなっちゃいます……!!」
「微笑んだのかい?彼女が?」
「えぇ、それはもうお美しくて……薔薇から生まれた花の女神かと思うほどでした」
マリアが見たと言う彼女の微笑みを、自分も見たくてたまらない気持ちになった。
どうしてそんな気持ちになるのかは、まだわからないけど。
「クリストファー殿下!」
放課後の生徒会室でヴィオレッタを待っていたけど、一向に現れないので今日はもう帰ろうと校舎を出たところで、黒猫を抱き上げているマリアに遭遇した。
今日も庭仕事をしていたのか、頬に少し土がついている。後ろに控えたカイルに目配せをすると、さっとハンカチを渡してくれた。
「マリアちゃん、今のうちに綺麗にしときな。あそこの寮監は厳しいからさ」
「えっ、汚れてましたか!?ごめんなさい!」
「これくらい、謝ることじゃないよ。そもそも寮暮らしなんてしないで、王城から俺らと一緒に登校すればいいのに」
「カイルの言う通りだ。部屋ならいつでも用意するよ?」
「そんな、そこまでしていただくわけにはいきません。それに私、寮生活に憧れていたんですよ。普通の学生生活って感じがしていいな……って」
普通、か。
恐らくこの国で誰よりも普通じゃないマリアが言うと、なんともいえない気持ちになる。
普通の人こそ、彼女のような特別な存在に憧れるだろう。
だけど本人は己の価値を全く理解せず、能力が発現した今でも普通の少女であろうとし続けている。ちっとも驕らない姿こそらしいと言えるのかもしれないけれど、己の価値を正しく理解することが身を守ることに繋がるので、どうにか自覚を促したいところだ。
「ぅにゃーにゃー」
「この子にも、寮のお庭で出会えたんですよ」
慈愛に満ちた微笑みで黒猫を撫でるマリアは、心から安らいで見える。植物を育てているときも同じような表情になるので、どちらも好きなのだろう。
「そっか、君が不自由していないならいいんだ。安心した。でも、気が変わったらいつでも言うんだよ」
「我儘を聞いてくださり、ありがとうございます。まだまだ未熟ですが、必ずお役に立ってみせます!」
◇◇◇
マリア・クラウトは聖女だ。
聖女とはこの世界において唯一女神の御言葉を聞くことが出来、癒しの魔術を行使することのできる女性のことを指す。
年々その数は減っていて、この国に聖女が現れたのは数百年ぶりだ。
マリアは元平民で、庭師の父と貴族家の下働きの母の元に生まれた、ごく普通の女の子だ。14歳の時に聖女の力が発現してからは、王家が信頼する伯爵家の養子となった。彼女の能力はまだ不完全で使いこなすことが出来ず、元平民という立場も相まって危険に晒される可能性が高いため、国を挙げて保護すると国王陛下が判断した。
貴族社会で生きていくために必要なマナーや学問を修めるため、この春から学園へ入学した。その身に流れる聖女の血をを王家に取り込むために、いずれ僕を含む王族の誰かと婚姻を結ぶことになるだろうけど、マリアにはまだそのことを教えていない。
「そういえば、殿下はミラン様と同じ生徒会役員でしたよね」
「ミラン様……ヴィオレッタ・ミラン公爵令嬢のこと?」
クリストファーが今日会えなかった令嬢の名前が出てきたので、決して顔には出さないが少し動揺した。何故マリアの口からその名が出てくるのだろう。
「はい、ヴィオレッタ・ミラン様です。実は今日、東屋でお会いしまして」
「彼女に何かされたの?」
「何かというか、えっと、そうですね……優しくされました」
「優しく?」
「そうなんです!私が育てた花を美しいと褒めてくださって、その上また花を見に来てもいいかと言われたんです!お優しくて美しい生粋のご令嬢が、学園では身分差など気にせず話したいとおっしゃってくださったのです。こんなこと初めてで……!」
恋する乙女のようにほんのり頬を染めて嬉しそうに微笑むマリアを見て、少しの驚きと大きな喜びを覚える。昨日のヴィオレッタならマリアにそう言うだろうと素直に思った。
学園を休む前のヴィオレッタはニコリともせず、高貴な立場も相まって他者を寄せ付けない雰囲気を纏っていた。高位貴族の令嬢は自分より家格の低い生徒を下に見る傾向があるし、ヴィオレッタの態度もそういうものだと思い込んでいた。
そんな彼女から、恋する乙女のような視線を送られていると感じることがあった。
王家の血を引く公爵令嬢なら第二王子妃として身分に不足はないし、王座を目指すなら母より家格の高い妃を迎えなさいと言われて育ったので、彼女との婚約であれば母は諸手を上げて歓迎するだろう。
ヴィオレッタ自身もそれを理解した上での言動だと思っていたので、熱心に生徒会の仕事をするのは自分へのアピールの一環だと誤解していた。だからこそ、業務上必要な時以外で接点を作らないよう彼女を避けていたのだ。
今の自分には公爵令嬢の婚約者は不要だし、高慢な令嬢との婚約だなんて、息が詰まりそうだと思っていた。
だけど今、彼女の事をもっと知りたいと思う自分がいる。
「なら、次に彼女が来るときのために、色々準備しておこうか」
「で、殿下にそこまでしていただかなくても……!」
「せっかくマリアに友人が出来そうなんだ、これくらいはさせてくれ。あと、二人のお茶会には僕も参加していいかな?」
「いいんですか!?私一人だと何を話していいかわからないので、とっても助かります!」
相手が公爵令嬢とはいえ、ヴィオレッタと話すより第二王子の自分と話す方がリラックスしているマリアがなんだか可笑しくて、声を上げて笑ってしまう。
「笑いごとじゃないですよ、殿下!あんなに美しい方に微笑まれたら、頭が真っ白になって言葉が出て来なくなっちゃいます……!!」
「微笑んだのかい?彼女が?」
「えぇ、それはもうお美しくて……薔薇から生まれた花の女神かと思うほどでした」
マリアが見たと言う彼女の微笑みを、自分も見たくてたまらない気持ちになった。
どうしてそんな気持ちになるのかは、まだわからないけど。
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