1 / 3
婚約者とはいつ出会えるのでしょう?
しおりを挟む
美しい常春の国、ギスレン。
この国の末っ子第三王女リディアーヌは、生まれたときに桜の精霊から祝福を授かり、愛らしい桜色の髪を持ち周囲の人々に大層愛されて育ちました。
王女の生誕を祝して新たに作られた王城の庭園には年中色とりどりの花が咲き乱れ、さながら理想郷のようだと評されました。
リディアーヌ姫もこの庭園が大層お気に入りで、鑑賞するだけでなく庭師の元で学びを得て、自ら手入れをするほどでした。そんな彼女の愛情を受け取った多くの花々の精霊が、桜に続けと言わんばかりに彼女に祝福を授け、気付けばリディアーヌ姫は国中の花々の祝福を得ていました。
当然縁談は国内外から殺到。公爵家の嫡男や隣国の王子様など、数多くの魅力的なお相手から申し入れがあり、貴族学園を卒業したらすぐにでも輿入れするのだと、誰もが思っておりました。
それが、どうしたことでしょう。
卒業を来月に控え成人目前だというのに、彼女に春が訪れる気配はまるでありませんでした。
◇◇◇
「最初の婚約が流れたのは、10歳の頃だったわ…」
婚約者の最有力候補と目されていたのは、5歳年上の公爵家の嫡男だった。
彼はまだ15歳ながらも大人顔負けの知力と胆力で、王城に仕える上級文官の父の補佐を務める優秀な若者だとその名を馳せており、リディアーヌの父である国王陛下と公爵の間では婚約はほぼ内定だと思われていた。
初顔合わせの直前、彼が流行り病に罹患したため予定していた日程が急遽変更となった。
その間に彼は献身的に看病してくれた年若い侍女と恋に落ち、しがない男爵家の出身だと思われていた彼女の本当の父親が隣国の公爵家の出だということが判明。これで障害はなくなったと言わんばかりに当人同士の愛は燃え上がり、二人はとんとん拍子で婚約が成立した。
公爵は国王陛下夫妻に平身低頭謝罪したそうだが、ギスレンより国土も広く強大な武力を有する隣国の筆頭公爵家と縁を持つことはギスレンにとっても好ましいことだったので、また正式な婚約を交わす前だったこともあり、公爵家へのお咎めはなかった。
「愛する二人の仲を引き裂くつもりはないし、顔合わせすらしていないお相手との婚約が流れたくらいでは、私もなんとも思わないわ。だけど…次も上手くいかなかった」
次に有力候補とされたのは、西方のとある国の第一王子というこの上ない身分のお相手だった。当時リディアーヌは13歳で王子が16歳と、年齢の釣り合いもちょうどよかった。
第一王子ではあるものの、伯爵家出身で正妃よりも身分の低い側妃を生母に持ち、あちらの国内での立場が些か不安定なため、我が国に婿として迎え入れようと話を進めていた。
が、初顔合わせの数日前に第二王子である王太子殿下とその生母による国費の横領と他国への情報流出が発覚。
瞬く間に関係者全員が処分された結果、めでたく第一王子が次の王太子に定められた。
ではそこに嫁ぎましょうかと改めて縁談を調えようとしたところ、幼少期から彼を想い続けていたという大国の王女から待ったが掛かった。王女は彼との婚約を長年望んでいたものの、跡継ぎでもなく後ろ盾も心許ない他国の王子とは婚約させられないと家族中から反対されていた。それが一転し、彼が王太子の座に就いたことで「であれば是非婚約を」という流れに変わった。
「長年密かに想い合いながらも、気持ちを封印していた二人が見事結ばれるのだもの。そこに割って入れば馬に蹴られてしまうわ」
リディアーヌ自身も、そこに割り込んでまでという強い想いはなかったので、二人を祝福し身を引いた。王子とは手紙でのやり取りはあったものの、まだ顔も合わせていなかったのでそこまで傷つくこともなかった。
「ここまでなら、こういうことが続くのも珍しくないわよねと、まだ自分を納得させることが出来たわ…問題はこの後よ」
今度は絶対に断られない相手にしよう!とギスレン王家が一丸となって話し合った末に、次は王家の忠臣たる騎士団の若手有望株に白羽の矢を立てた。
侯爵家出身のその青年は実直な人柄で知られていて、武骨で口下手なせいか婚約者もおらず、三男坊のため侯爵も息子の婚約を急いでいなかったため、リディアーヌと婚約するのに適任だと思われた。当時リディアーヌが15歳で相手が19歳だったので、すぐに婚約を結んでリディアーヌの卒業後に輿入れを、と考えれば丁度良い相手だったのだ。侯爵家に打診したところ「結婚は難しいと思っていた三男が花の祝福持ちの第三王女と婚約!?もちろん喜んで!」と両親は大層乗り気で、本人もまんざらではなかったらしい。
それがひっくり返ったのは、思いがけない事件が発端だった。
「彼の愛馬が精霊同士の揉め事に巻き込まれて、荒れ狂うスズランの精に瀕死の重傷を負わされた愛馬を抱きしめて涙を流しながら口付けたら、愛馬の呪いが解けて美しい女の子の姿に戻るだなんて、誰が想像できるっていうの…!?」
「その上愛馬が実は失われた公国から逃げ延びた最後の王女で、呪いで馬の姿に変えられていたんですよね…」
「二人はすぐに相思相愛となって、女っ気が全くなかった彼は愛馬に…いえ、彼女にメロメロ。侯爵は「元馬と結婚…!?いやそもそもが公女だったなら、いいのか…?」と混乱しきり…」
「混乱していたのなら、付け入る隙はあったのではないでしょうか」
「ギスレン王家の威光で押していけば婚約できる可能性はあったかもしれないけど、そんなことをしたら本当の意味で馬に蹴られてしまうわ…いや今は公女だけど…私まで混乱してきたわ…」
当時もあんまりな出来事に開いた口がふさがらなかったが、全てを失った公女が元の姿を取り戻し愛する人と出会えたなら、それは素敵なことだと思った。
「それに私は、愛し合う二人の間に割って入りたくはないの」
しかし、リディアーヌの婚約破棄ならぬ婚約打診取り下げは、この3人だけじゃない。
顔合わせの日程相談にすら辿り着けなかった縁談まで入れると、上手くいかなかった回数は今や片手じゃ足りない程。そろそろ両手の数も超えそうだ。
毎度毎度、相手との顔合わせにすら辿り着けない。自分には何の落ち度もないのに婚約が結べないだなんて、呪われているとしか思えなかったが、そういうわけでもないらしい。
「姫様に祝福をくださった桜の精霊女王は、呪いはないと断言されたんですよね?」
「そうなのよ。それどころか、"高潔で優美たれ”という祝福がよく効いているそうよ…本来なら私の魅力にあてられた男性が沢山寄ってきて、モテてモテて仕方がないはずなのに…ですって」
「確かに姫様は大変お美しく、王族という立場に驕ることもなく清廉な御方でいらっしゃいます」
「ありがとう、ココ。そう言ってくれる素敵な殿方と早く出会いたいものだわ…」
「あとはもう出会うだけですよ!こんなに頑張っていらっしゃるのですから、今まで婚約者候補に挙がった殿方など目じゃないくらい素敵な方がこの先に待っているに決まってます!!!」
「ココ…!」
長く私に仕えていて、苦楽を共にしてきた侍女のココとひしっと抱き合う。
ココが丁寧に淹れてくれたハーブティーを飲みながら、窓辺に飾った大切なバラの鉢植えを眺め心を緩ませ、今までとこれからのことに想いを馳せた。
この国の貴族は早ければ10歳で、遅くとも18歳の学園卒業と成人までに婚約者を決める。婚約が早ければ成人後すぐに結婚し、遅ければ数年の婚約期間を設け、何事もなければ20歳頃までに結婚する。王族のリディアーヌは学園に入学する15歳までに婚約者を決める予定でいたし、兄や姉たちも皆それまでにお相手を決めて成人後すぐに結婚しているので、自分もそうなるのだと13歳頃までは信じていた。
「だけど、私も来月には18歳。ついに成人してしまうわ。さすがに生誕祭ではお相手を公表したかったのだけど、このままでは難しいでしょうね」
「陛下が必死になってお相手を探していますもの…まだ諦めてはいけません!」
「でもお母様は「18歳までに決まらなくては行き遅れだなんて考え方はもう古い。何も気にすることはないのよ」とさりげなく慰めてくださったわ。きっと、今挙がっている候補の方では望み薄なのでしょう…」
ただ結婚出来ればいいというわけじゃない。精霊の祝福持ちの第三王女とあっては、滅多な相手に嫁ぐわけにはいかない。生誕時の祝福があるだけでも稀な存在なのに、リディアーヌはあらゆる方面で努力し自分の価値を高めてきた。それもこれも、兄姉と同じように国益となるような婚姻を結ぶためだったが、どうしてもうまくいかない。
議会では「リディアーヌ王女殿下の婚約者が決まらないのは何か裏があるのでは」「リディアーヌ様が気に入らない相手だったので花々の精霊の力を使って婚約が成立しないよう画策しているのでは」という荒唐無稽な意見まで出ている。そんな発言をした貴族は既に両親に叔父叔母、兄姉によって酷い目に遭わされているので怒りはしないが、さすがに落ち込む。
そもそも精霊の力が使役できる人間などいやしない。
精霊は人の良き隣人として、人の目には見えない秘密の住処から時折姿を現し、ほんのひとさじの幸福を授けてくれる存在なのだ。祝福の意味をはき違えた愚かな貴族はイチから学び直すべきだと強く思う。
「きっと、目に見えない運命が働いているのでしょう。世界一素敵で姫様を誰よりも大切にしてくれて、背が高くて顔も声もいい完璧な殿方が、そろそろやってくるはずです」
「ふふ、そうだったら素敵ね。でも、私はどんな方であっても、互いに尊重し合える関係を築けたらそれで十分よ。その上でお父様とお母様のように、遠慮なく言い合える夫婦になれたら嬉しいけれど、王族の身であまり結婚に夢を見ても…ね。高望みはしないわ」
10歳で婚約を意識し始めてから、長い時間が経った。その間にすっかり夢を見ることをやめてしまった。何度も浮上してはまとまらない婚約話に疲れていたし、そのことについて考えるぐらいなら庭園のお世話をしている方がよほど有意義で楽しいとまで思うようになっていた。
「何を仰いますか。姫様ならどれだけ望んでも高望みにはならないでしょう!」
「それは侍女の欲目と言うものよ、ココ。でもそうね…しいて言えば、嫁ぎ先には大きな庭園があって、そこで好きな植物を育てられたらいいわね。もっと望んでもいいなら、私と共に植物を慈しんで育ててくれる方だと尚よいけど…身分の釣り合いが取れる殿方では、そんなお相手には出会えないでしょう」
「姫様、それは…」
「大丈夫よ、ココ。きっとお父様は最大限、私の意を汲んでくださるわ」
ココの気遣わし気な視線からそっと目を外したところで、何故かお母様の侍女が慌てた様子で私の部屋にやってきた。
「失礼します、リディアーヌ様。国王陛下ご夫妻がお話があるそうなので、お支度が整い次第謁見の間へお願いいたします」
「あら…どうしたのかしら」
実の両親と言えども、相手は国王陛下夫妻だ。普段はどんなに急ぎでも朝に約束をしてその日の夕方にようやく時間を取っていただけるぐらいなのだが、もう晩餐も終えて就寝時間も近い。こんな時間に自室を出るなんて、夜会の時ぐらいだ。
「どうしてもリディアーヌ様に直接、急いで伝えなくてはいけないことがおありのようでして…」
「姫様、お召し替えをいたしましょう」
「えぇ、わかったわ。すぐに向かいますと伝えて頂戴」
侍女たちの鮮やかな手つきで、自室でくつろぐ用の簡易的なドレスから国王陛下に謁見するのに相応しい装いに着替える。
急ぎの話となると、物凄く良いことか物凄く悪いことのどちらかに違いない。
この国の末っ子第三王女リディアーヌは、生まれたときに桜の精霊から祝福を授かり、愛らしい桜色の髪を持ち周囲の人々に大層愛されて育ちました。
王女の生誕を祝して新たに作られた王城の庭園には年中色とりどりの花が咲き乱れ、さながら理想郷のようだと評されました。
リディアーヌ姫もこの庭園が大層お気に入りで、鑑賞するだけでなく庭師の元で学びを得て、自ら手入れをするほどでした。そんな彼女の愛情を受け取った多くの花々の精霊が、桜に続けと言わんばかりに彼女に祝福を授け、気付けばリディアーヌ姫は国中の花々の祝福を得ていました。
当然縁談は国内外から殺到。公爵家の嫡男や隣国の王子様など、数多くの魅力的なお相手から申し入れがあり、貴族学園を卒業したらすぐにでも輿入れするのだと、誰もが思っておりました。
それが、どうしたことでしょう。
卒業を来月に控え成人目前だというのに、彼女に春が訪れる気配はまるでありませんでした。
◇◇◇
「最初の婚約が流れたのは、10歳の頃だったわ…」
婚約者の最有力候補と目されていたのは、5歳年上の公爵家の嫡男だった。
彼はまだ15歳ながらも大人顔負けの知力と胆力で、王城に仕える上級文官の父の補佐を務める優秀な若者だとその名を馳せており、リディアーヌの父である国王陛下と公爵の間では婚約はほぼ内定だと思われていた。
初顔合わせの直前、彼が流行り病に罹患したため予定していた日程が急遽変更となった。
その間に彼は献身的に看病してくれた年若い侍女と恋に落ち、しがない男爵家の出身だと思われていた彼女の本当の父親が隣国の公爵家の出だということが判明。これで障害はなくなったと言わんばかりに当人同士の愛は燃え上がり、二人はとんとん拍子で婚約が成立した。
公爵は国王陛下夫妻に平身低頭謝罪したそうだが、ギスレンより国土も広く強大な武力を有する隣国の筆頭公爵家と縁を持つことはギスレンにとっても好ましいことだったので、また正式な婚約を交わす前だったこともあり、公爵家へのお咎めはなかった。
「愛する二人の仲を引き裂くつもりはないし、顔合わせすらしていないお相手との婚約が流れたくらいでは、私もなんとも思わないわ。だけど…次も上手くいかなかった」
次に有力候補とされたのは、西方のとある国の第一王子というこの上ない身分のお相手だった。当時リディアーヌは13歳で王子が16歳と、年齢の釣り合いもちょうどよかった。
第一王子ではあるものの、伯爵家出身で正妃よりも身分の低い側妃を生母に持ち、あちらの国内での立場が些か不安定なため、我が国に婿として迎え入れようと話を進めていた。
が、初顔合わせの数日前に第二王子である王太子殿下とその生母による国費の横領と他国への情報流出が発覚。
瞬く間に関係者全員が処分された結果、めでたく第一王子が次の王太子に定められた。
ではそこに嫁ぎましょうかと改めて縁談を調えようとしたところ、幼少期から彼を想い続けていたという大国の王女から待ったが掛かった。王女は彼との婚約を長年望んでいたものの、跡継ぎでもなく後ろ盾も心許ない他国の王子とは婚約させられないと家族中から反対されていた。それが一転し、彼が王太子の座に就いたことで「であれば是非婚約を」という流れに変わった。
「長年密かに想い合いながらも、気持ちを封印していた二人が見事結ばれるのだもの。そこに割って入れば馬に蹴られてしまうわ」
リディアーヌ自身も、そこに割り込んでまでという強い想いはなかったので、二人を祝福し身を引いた。王子とは手紙でのやり取りはあったものの、まだ顔も合わせていなかったのでそこまで傷つくこともなかった。
「ここまでなら、こういうことが続くのも珍しくないわよねと、まだ自分を納得させることが出来たわ…問題はこの後よ」
今度は絶対に断られない相手にしよう!とギスレン王家が一丸となって話し合った末に、次は王家の忠臣たる騎士団の若手有望株に白羽の矢を立てた。
侯爵家出身のその青年は実直な人柄で知られていて、武骨で口下手なせいか婚約者もおらず、三男坊のため侯爵も息子の婚約を急いでいなかったため、リディアーヌと婚約するのに適任だと思われた。当時リディアーヌが15歳で相手が19歳だったので、すぐに婚約を結んでリディアーヌの卒業後に輿入れを、と考えれば丁度良い相手だったのだ。侯爵家に打診したところ「結婚は難しいと思っていた三男が花の祝福持ちの第三王女と婚約!?もちろん喜んで!」と両親は大層乗り気で、本人もまんざらではなかったらしい。
それがひっくり返ったのは、思いがけない事件が発端だった。
「彼の愛馬が精霊同士の揉め事に巻き込まれて、荒れ狂うスズランの精に瀕死の重傷を負わされた愛馬を抱きしめて涙を流しながら口付けたら、愛馬の呪いが解けて美しい女の子の姿に戻るだなんて、誰が想像できるっていうの…!?」
「その上愛馬が実は失われた公国から逃げ延びた最後の王女で、呪いで馬の姿に変えられていたんですよね…」
「二人はすぐに相思相愛となって、女っ気が全くなかった彼は愛馬に…いえ、彼女にメロメロ。侯爵は「元馬と結婚…!?いやそもそもが公女だったなら、いいのか…?」と混乱しきり…」
「混乱していたのなら、付け入る隙はあったのではないでしょうか」
「ギスレン王家の威光で押していけば婚約できる可能性はあったかもしれないけど、そんなことをしたら本当の意味で馬に蹴られてしまうわ…いや今は公女だけど…私まで混乱してきたわ…」
当時もあんまりな出来事に開いた口がふさがらなかったが、全てを失った公女が元の姿を取り戻し愛する人と出会えたなら、それは素敵なことだと思った。
「それに私は、愛し合う二人の間に割って入りたくはないの」
しかし、リディアーヌの婚約破棄ならぬ婚約打診取り下げは、この3人だけじゃない。
顔合わせの日程相談にすら辿り着けなかった縁談まで入れると、上手くいかなかった回数は今や片手じゃ足りない程。そろそろ両手の数も超えそうだ。
毎度毎度、相手との顔合わせにすら辿り着けない。自分には何の落ち度もないのに婚約が結べないだなんて、呪われているとしか思えなかったが、そういうわけでもないらしい。
「姫様に祝福をくださった桜の精霊女王は、呪いはないと断言されたんですよね?」
「そうなのよ。それどころか、"高潔で優美たれ”という祝福がよく効いているそうよ…本来なら私の魅力にあてられた男性が沢山寄ってきて、モテてモテて仕方がないはずなのに…ですって」
「確かに姫様は大変お美しく、王族という立場に驕ることもなく清廉な御方でいらっしゃいます」
「ありがとう、ココ。そう言ってくれる素敵な殿方と早く出会いたいものだわ…」
「あとはもう出会うだけですよ!こんなに頑張っていらっしゃるのですから、今まで婚約者候補に挙がった殿方など目じゃないくらい素敵な方がこの先に待っているに決まってます!!!」
「ココ…!」
長く私に仕えていて、苦楽を共にしてきた侍女のココとひしっと抱き合う。
ココが丁寧に淹れてくれたハーブティーを飲みながら、窓辺に飾った大切なバラの鉢植えを眺め心を緩ませ、今までとこれからのことに想いを馳せた。
この国の貴族は早ければ10歳で、遅くとも18歳の学園卒業と成人までに婚約者を決める。婚約が早ければ成人後すぐに結婚し、遅ければ数年の婚約期間を設け、何事もなければ20歳頃までに結婚する。王族のリディアーヌは学園に入学する15歳までに婚約者を決める予定でいたし、兄や姉たちも皆それまでにお相手を決めて成人後すぐに結婚しているので、自分もそうなるのだと13歳頃までは信じていた。
「だけど、私も来月には18歳。ついに成人してしまうわ。さすがに生誕祭ではお相手を公表したかったのだけど、このままでは難しいでしょうね」
「陛下が必死になってお相手を探していますもの…まだ諦めてはいけません!」
「でもお母様は「18歳までに決まらなくては行き遅れだなんて考え方はもう古い。何も気にすることはないのよ」とさりげなく慰めてくださったわ。きっと、今挙がっている候補の方では望み薄なのでしょう…」
ただ結婚出来ればいいというわけじゃない。精霊の祝福持ちの第三王女とあっては、滅多な相手に嫁ぐわけにはいかない。生誕時の祝福があるだけでも稀な存在なのに、リディアーヌはあらゆる方面で努力し自分の価値を高めてきた。それもこれも、兄姉と同じように国益となるような婚姻を結ぶためだったが、どうしてもうまくいかない。
議会では「リディアーヌ王女殿下の婚約者が決まらないのは何か裏があるのでは」「リディアーヌ様が気に入らない相手だったので花々の精霊の力を使って婚約が成立しないよう画策しているのでは」という荒唐無稽な意見まで出ている。そんな発言をした貴族は既に両親に叔父叔母、兄姉によって酷い目に遭わされているので怒りはしないが、さすがに落ち込む。
そもそも精霊の力が使役できる人間などいやしない。
精霊は人の良き隣人として、人の目には見えない秘密の住処から時折姿を現し、ほんのひとさじの幸福を授けてくれる存在なのだ。祝福の意味をはき違えた愚かな貴族はイチから学び直すべきだと強く思う。
「きっと、目に見えない運命が働いているのでしょう。世界一素敵で姫様を誰よりも大切にしてくれて、背が高くて顔も声もいい完璧な殿方が、そろそろやってくるはずです」
「ふふ、そうだったら素敵ね。でも、私はどんな方であっても、互いに尊重し合える関係を築けたらそれで十分よ。その上でお父様とお母様のように、遠慮なく言い合える夫婦になれたら嬉しいけれど、王族の身であまり結婚に夢を見ても…ね。高望みはしないわ」
10歳で婚約を意識し始めてから、長い時間が経った。その間にすっかり夢を見ることをやめてしまった。何度も浮上してはまとまらない婚約話に疲れていたし、そのことについて考えるぐらいなら庭園のお世話をしている方がよほど有意義で楽しいとまで思うようになっていた。
「何を仰いますか。姫様ならどれだけ望んでも高望みにはならないでしょう!」
「それは侍女の欲目と言うものよ、ココ。でもそうね…しいて言えば、嫁ぎ先には大きな庭園があって、そこで好きな植物を育てられたらいいわね。もっと望んでもいいなら、私と共に植物を慈しんで育ててくれる方だと尚よいけど…身分の釣り合いが取れる殿方では、そんなお相手には出会えないでしょう」
「姫様、それは…」
「大丈夫よ、ココ。きっとお父様は最大限、私の意を汲んでくださるわ」
ココの気遣わし気な視線からそっと目を外したところで、何故かお母様の侍女が慌てた様子で私の部屋にやってきた。
「失礼します、リディアーヌ様。国王陛下ご夫妻がお話があるそうなので、お支度が整い次第謁見の間へお願いいたします」
「あら…どうしたのかしら」
実の両親と言えども、相手は国王陛下夫妻だ。普段はどんなに急ぎでも朝に約束をしてその日の夕方にようやく時間を取っていただけるぐらいなのだが、もう晩餐も終えて就寝時間も近い。こんな時間に自室を出るなんて、夜会の時ぐらいだ。
「どうしてもリディアーヌ様に直接、急いで伝えなくてはいけないことがおありのようでして…」
「姫様、お召し替えをいたしましょう」
「えぇ、わかったわ。すぐに向かいますと伝えて頂戴」
侍女たちの鮮やかな手つきで、自室でくつろぐ用の簡易的なドレスから国王陛下に謁見するのに相応しい装いに着替える。
急ぎの話となると、物凄く良いことか物凄く悪いことのどちらかに違いない。
0
あなたにおすすめの小説
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
後悔などありません。あなたのことは愛していないので。
あかぎ
恋愛
「お前とは婚約破棄する」
婚約者の突然の宣言に、レイラは言葉を失った。
理由は見知らぬ女ジェシカへのいじめ。
証拠と称される手紙も差し出されたが、筆跡は明らかに自分のものではない。
初対面の相手に嫉妬して傷つけただなど、理不尽にもほどがある。
だが、トールは疑いを信じ込み、ジェシカと共にレイラを糾弾する。
静かに溜息をついたレイラは、彼の目を見据えて言った。
「私、あなたのことなんて全然好きじゃないの」
皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜
百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。
「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」
ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!?
ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……?
サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います!
※他サイト様にも掲載
貴方なんて大嫌い
ララ愛
恋愛
婚約をして5年目でそろそろ結婚の準備の予定だったのに貴方は最近どこかの令嬢と
いつも一緒で私の存在はなんだろう・・・2人はむつまじく愛し合っているとみんなが言っている
それなら私はもういいです・・・貴方なんて大嫌い
せめて、淑女らしく~お飾りの妻だと思っていました
藍田ひびき
恋愛
「最初に言っておく。俺の愛を求めるようなことはしないで欲しい」
リュシエンヌは婚約者のオーバン・ルヴェリエ伯爵からそう告げられる。不本意であっても傷物令嬢であるリュシエンヌには、もう後はない。
「お飾りの妻でも構わないわ。淑女らしく務めてみせましょう」
そうしてオーバンへ嫁いだリュシエンヌは正妻としての務めを精力的にこなし、徐々に夫の態度も軟化していく。しかしそこにオーバンと第三王女が恋仲であるという噂を聞かされて……?
※ なろうにも投稿しています。
【完結】「お前とは結婚できない」と言われたので出奔したら、なぜか追いかけられています
22時完結
恋愛
「すまない、リディア。お前とは結婚できない」
そう告げたのは、長年婚約者だった王太子エドワード殿下。
理由は、「本当に愛する女性ができたから」――つまり、私以外に好きな人ができたということ。
(まあ、そんな気はしてました)
社交界では目立たない私は、王太子にとってただの「義務」でしかなかったのだろう。
未練もないし、王宮に居続ける理由もない。
だから、婚約破棄されたその日に領地に引きこもるため出奔した。
これからは自由に静かに暮らそう!
そう思っていたのに――
「……なぜ、殿下がここに?」
「お前がいなくなって、ようやく気づいた。リディア、お前が必要だ」
婚約破棄を言い渡した本人が、なぜか私を追いかけてきた!?
さらに、冷酷な王国宰相や腹黒な公爵まで現れて、次々に私を手に入れようとしてくる。
「お前は王妃になるべき女性だ。逃がすわけがない」
「いいや、俺の妻になるべきだろう?」
「……私、ただ田舎で静かに暮らしたいだけなんですけど!!」
身代わり令嬢、恋した公爵に真実を伝えて去ろうとしたら、絡めとられる(ごめんなさぁぁぁぁい!あなたの本当の婚約者は、私の姉です)
柳葉うら
恋愛
(ごめんなさぁぁぁぁい!)
辺境伯令嬢のウィルマは心の中で土下座した。
結婚が嫌で家出した姉の身代わりをして、誰もが羨むような素敵な公爵様の婚約者として会ったのだが、公爵あまりにも良い人すぎて、申し訳なくて仕方がないのだ。
正直者で面食いな身代わり令嬢と、そんな令嬢のことが実は昔から好きだった策士なヒーローがドタバタとするお話です。
さくっと読んでいただけるかと思います。
追放された悪役令嬢は辺境にて隠し子を養育する
3ツ月 葵(ミツヅキ アオイ)
恋愛
婚約者である王太子からの突然の断罪!
それは自分の婚約者を奪おうとする義妹に嫉妬してイジメをしていたエステルを糾弾するものだった。
しかしこれは義妹に仕組まれた罠であったのだ。
味方のいないエステルは理不尽にも王城の敷地の端にある粗末な離れへと幽閉される。
「あぁ……。私は一生涯ここから出ることは叶わず、この場所で独り朽ち果ててしまうのね」
エステルは絶望の中で高い塀からのぞく狭い空を見上げた。
そこでの生活も数ヵ月が経って落ち着いてきた頃に突然の来訪者が。
「お姉様。ここから出してさし上げましょうか? そのかわり……」
義妹はエステルに悪魔の様な契約を押し付けようとしてくるのであった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる