シールドランド物語 第一部 カタ=リナの少女

A.N.

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第五章

第五章第四節 ワールとゼファー2

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閉会式の終わった夜、アレンは脂汗を流しながらゼファーの部屋に急いだ。彼の足取りは重く、まるで背負っている重荷がその場にいる全ての者に伝わるかのようだった。部屋の扉を叩く手は、急ぎと不安を裏打ちするように振るえていた。

「ゼファー」とアレンが呼びかけると、内側から「なんだ」という返事があった。

「‥話がある。中に入れて欲しい」とアレンが言うと、「良いだろう」とゼファーが答え、扉を開けた。部屋に通されたアレンは、席につくこともなく立ったままで話し始めた。「契約違反だ! 私はトカゲを『排除しろ』と言ったぞ!」

その言葉に、部屋の空気が一層に緊迫する。ゼファーは静かに目を細め、アレンを見据えた。「何を言っている? 契約は遂行された。我はリザ男を武闘会から排除し、奴に秘剣が渡るのを阻止した。全ては契約通りだ。後金を払ってもらおうか?」

「私は言葉遊びをしているのではない!」アレンの声は激昂に満ちていたが、ゼファーの顔には余裕さえ漂っていた。二人の間に緊張が走り、部屋の空気は凍りつくように冷えていく。

しかし、ゼファーの姿勢は変わらなかった。彼の目は冷静さを失っておらず、その態度はまるで、この瞬間を待ち望んでいたかのようにさえ見えた。「契約は文字通り遂行された。後金の準備はできているか?」と、ゼファーが静かに問い返した。

その問いかけに、アレンは答える言葉を失った。彼の計画が、このように見事に裏をかかれるとは思ってもみなかったのだ。部屋の中に漂うのは、ゼファーの冷静さと、アレンの苛立ちのみだった。

アレンの顔には怒りが浮かんでいたが、ゼファーの冷静さは揺るがない。「それでは、お主との関係はこれで終わりだ。これ以上、我はお主に後金の支払いを求めぬ。」彼の声は落ち着いていて、アレンに向けられた怒りの表情とは対照的だった。

アレンは何も言わず、ただ黙ってゼファーを見つめた。
ゼファーは言う。「安心しろ。お主の身体警護契約は今も有効だ。既に前金は受け取ったからな。契約が終了する次の新月を待って、我はこの国を発つだろう。」

一瞬、アレンの表情に複雑な感情が交錯したが、すぐに自己制御を取り戻し、ゼファーに尋ねた。「そうですか。どちらに行かれるおつもりですか?」

ゼファーの返答は即座に来た。「もう少し、払のいいところへだ。少なくともお主では話にならん」その言葉には、アレンへの明確な拒絶が含まれていた。

アレンの心の中では悪態が渦巻いていた。しかし、その怒りを顔に出さず、静かにゼファーの部屋を後にした。ドアが閉まる音が、二人の関係の終わりを告げるかのように、静かに響いた。アレンが部屋を出るとき、彼の足取りには先ほどまでの緊張が消え、代わりに何かを決意したかのような重みが感じられた。

アレンは、ゼファーの部屋を後にすると、廊下を足早に進んでいた。彼の心中は不安と計算に満ちていた。(くそっ、どいつもこいつも‥!) 内心で悪態をつきながらも、外面上は平静を装っていた。しかし、アレンの心は不穏であった。(しかし、どうする‥ ゼファーは当てにならん。優勝を逃したトカゲも今やヒーロー気取りだ。しかも、グリフォンズだと?! このままではオレの立場も危うくなるかもしれん‥。)

その時、彼の思考を中断させるように、一人の衛兵が大声で彼を呼び止めた。「賢者様! 大変です!」

アレンは足を止め、衛兵に尋ねる。「何事ですか?」

衛兵は息を切らしながら報告した。「トリスタン様がご危篤です。今、医師が手当をされていますが、状況は厳しいとおっしゃっておられます!」

(継嗣トリスタンが危篤だと?!)
アレンの心には、悲劇を前にしても政治的な計算が働いた。(好機!)
すぐさま、彼は命じた。「カタ=リナの聖女様にお出まし頂きなさい。聖女様に必要なものがあれば不足なく揃え、万に一つにも治療には差し障ることが無いように。急ぎなさい!」

衛兵はアレンの命令を受け、急いで動き出した。アレンはその場に残り、一人で深い思索にふける。この状況をどう利用するか、彼の頭の中では次なる策略が巡っていた。

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