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アリアドネの繭・前編
第12話 プライド
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後日、リリスはパエトーンの宿舎を訪れていた。アリアドネと違って、建物は磨きあげられ、白く輝いている。太陽の光が反射すると、目を焼きそうなほど眩しい。
リリスは羨ましいと思いながらも歩みを止めない。少し離れた食堂からは騒がしい声と香ばしい肉の匂いが漂ってきた。リリスは何度も誘惑を跳ね除ける。肉自体はよくありついているが、ステーキのような豪快なものは長らく口にしていない。
「身分証をお願いします」
「これで」
検問で止められ、軍人手帳を見せた。兵士はめくり、リリスの顔を覗き込んだ。そして手帳を返すと、通ってよしとゲートを開けた。
セクター三は大半が軍事施設だ。そのためわざわざ身分証を確認しなくても、顔を見るだけで通していいのではないか、とリリスは心の中で呟いた。
「パエトーン第一分隊は……あそこか」
一際存在感を放っているのは、第一分隊の宿舎だ。
(運良く家が金持ちだったからって……まさかこんなに格差があるとは)
パエトーンはそのほとんどが裕福な家系で構成されている。エリヤは中央政府幹部の娘、副長のアイリス・ベルモンド中尉の父は軍需産業の要人、ニーナとカレンは貴族出身だった。
第二、第三分隊も同じように名家の令嬢が名を連ねており、彼女らのパトロンのお陰でパエトーンは装備は非常に充実していた。
リリスは無意識に自分の制服を見た。所々がほつれ、毛玉も見える。ほつれた部分を手で隠すと、ドアをノックしようとした。
しかし第一分隊の扉は自動だった。滑らかにうごき、リリスの手が空振る。
気にせず歩くと、エントランスには輝かしい勲章や、金のプレートがこれ見よがしに並べられていた。壁には部隊の集合写真が並べられている。いずれも綺麗ななりをしていて、とても戦場帰りとは思えなかった。
「あら、迷子?それとも……清掃員の方が制服を間違えて着ていらした?」
フカフカのソファでくつろいでいたアイリス・ベルモンドが口を開いた。彼女は煌びやかな金髪を指で弄りながら、リリスの体を値踏みするように眺めた。小さく嘲笑すると、リリスが口を開いた。
「……アリアドネ第四分隊のリリス・ノワール一等兵です。此度はエリヤ少佐に折り入ってご相談が」
「プププ、死に損ない風情が烏滸がましいですわ!まずは土下座の練習から始めるのはいかがですの?」
アイリスの横からカレン・ボルテックスが現れた。リリスを嘲笑う彼女は、勝ち誇ったように彼女を見上げる。コネによる昇進とはいえ、一応はリリスよりも階級が上だ。下手に手を出すと営倉送りだ。
「……相談、と言いましたわよね?」
アイリスがティーカップを取った。
「ただの一等兵が少佐に面会するなど、わたくし共が許しませんわ。お話なら、このわたくしが聞いて差し上げましょう。さ、どうぞ?」
「来週、火曜日に戦闘訓練を行います。パエトーン第一分隊の皆様に、対抗部隊として出席して頂きたい。観客はエレン・ヴァンスです」
リリスの言葉を聞いた途端、アイリスの目が細まり、カレンが息を飲む。
二人は小さく上品に、そして不気味な微笑を浮かべた。
「なるほどエレンが……わかりました。では一つ条件があります」
「私に出来ることなら」
「最近、パエトーンは少し退屈でして……少しわたくしたちと『遊ぶ』のはいかがでしょうか?」
* * * * *
「……なんだ、その格好」
戻ってきたリリスの姿を見るなり、ベティは眉をひそめながら言った。リリスの整った髪は乱れ、いつも薄ら汚れていた軍服は心なしかいつも以上に汚れが増えているようだった。何より、リリスの目の奥には屈辱を押し殺したような炎が宿っている。
「り、リリスさん!どうしたんですかそれ……!」
エレンはリリスを見ると、悲鳴をあげるように駆け寄った。リリスは精一杯の笑顔を作ると、なんでもないという風に言った。
「ああ、それと……パエトーン第一分隊が一緒に模擬戦やってくれるらしいよ」
「もしかしてパエトーンの皆さんに、何かされたんですか?」
「……いや、これはちょっと個人的なやつ。エレンが気にすることはないよ」
「そんな……嘘つかないでください!なんで隠そうとするんですか!」
リリスは思わず怒りが込み上げた。
突き放すようにエレンに言う。
「か、関係ないからだよ!エレンには……」
リリスは駆け足で自分の部屋に戻る。
ドアを壊れそうな勢いで閉めると、ベッドにうつ伏せで飛び込む。枕を顔に押し当て、周りに音が漏れないように罵詈雑言を浴びせた。ひとしきり枕を濡らしていると、誰かがドアをノックする。
無造作に、強くノックするのはベティだけだ。リリスは枕越しに入って、と言う。
ドアが開いた。
入ってきたのはベティ一人だった。彼女はリリスの隣に腰掛ける。
「何されたんだ?」
「……嫌なこと」
ベティはリリスの背中に視線を落とした。リリスの肩は微かに震えていた。
「嫌なこと、か……」
リリスの頭に肘を置く。リリスは弾かれるように身を起こし、ベティの手を振り払った。
「……っ!触るな──あっ……」
「リリス?」
ベティの瞳に驚きが走った。困惑した表情で見る。
リリスは枕を抱えると、ごめんと呟いた。
「今のは……ベティが悪いんじゃなくて」
「素肌は見せなくていいぞ。今日の洗いっこは無しだ」
ベティの声に殺意が混じる。
「模擬戦だが、まぁいつも通り私が前に出る。アイツら、一回絞めてやらないとわからなそうだからな」
「……普通じゃないから気をつけて」
「わかってる。もうミスはしない」
ベティはそれだけ言い残すと部屋を出た。廊下には彼女のブーツが床を踏み鳴らす冷たく規則的な音が響いていた。
リリスは羨ましいと思いながらも歩みを止めない。少し離れた食堂からは騒がしい声と香ばしい肉の匂いが漂ってきた。リリスは何度も誘惑を跳ね除ける。肉自体はよくありついているが、ステーキのような豪快なものは長らく口にしていない。
「身分証をお願いします」
「これで」
検問で止められ、軍人手帳を見せた。兵士はめくり、リリスの顔を覗き込んだ。そして手帳を返すと、通ってよしとゲートを開けた。
セクター三は大半が軍事施設だ。そのためわざわざ身分証を確認しなくても、顔を見るだけで通していいのではないか、とリリスは心の中で呟いた。
「パエトーン第一分隊は……あそこか」
一際存在感を放っているのは、第一分隊の宿舎だ。
(運良く家が金持ちだったからって……まさかこんなに格差があるとは)
パエトーンはそのほとんどが裕福な家系で構成されている。エリヤは中央政府幹部の娘、副長のアイリス・ベルモンド中尉の父は軍需産業の要人、ニーナとカレンは貴族出身だった。
第二、第三分隊も同じように名家の令嬢が名を連ねており、彼女らのパトロンのお陰でパエトーンは装備は非常に充実していた。
リリスは無意識に自分の制服を見た。所々がほつれ、毛玉も見える。ほつれた部分を手で隠すと、ドアをノックしようとした。
しかし第一分隊の扉は自動だった。滑らかにうごき、リリスの手が空振る。
気にせず歩くと、エントランスには輝かしい勲章や、金のプレートがこれ見よがしに並べられていた。壁には部隊の集合写真が並べられている。いずれも綺麗ななりをしていて、とても戦場帰りとは思えなかった。
「あら、迷子?それとも……清掃員の方が制服を間違えて着ていらした?」
フカフカのソファでくつろいでいたアイリス・ベルモンドが口を開いた。彼女は煌びやかな金髪を指で弄りながら、リリスの体を値踏みするように眺めた。小さく嘲笑すると、リリスが口を開いた。
「……アリアドネ第四分隊のリリス・ノワール一等兵です。此度はエリヤ少佐に折り入ってご相談が」
「プププ、死に損ない風情が烏滸がましいですわ!まずは土下座の練習から始めるのはいかがですの?」
アイリスの横からカレン・ボルテックスが現れた。リリスを嘲笑う彼女は、勝ち誇ったように彼女を見上げる。コネによる昇進とはいえ、一応はリリスよりも階級が上だ。下手に手を出すと営倉送りだ。
「……相談、と言いましたわよね?」
アイリスがティーカップを取った。
「ただの一等兵が少佐に面会するなど、わたくし共が許しませんわ。お話なら、このわたくしが聞いて差し上げましょう。さ、どうぞ?」
「来週、火曜日に戦闘訓練を行います。パエトーン第一分隊の皆様に、対抗部隊として出席して頂きたい。観客はエレン・ヴァンスです」
リリスの言葉を聞いた途端、アイリスの目が細まり、カレンが息を飲む。
二人は小さく上品に、そして不気味な微笑を浮かべた。
「なるほどエレンが……わかりました。では一つ条件があります」
「私に出来ることなら」
「最近、パエトーンは少し退屈でして……少しわたくしたちと『遊ぶ』のはいかがでしょうか?」
* * * * *
「……なんだ、その格好」
戻ってきたリリスの姿を見るなり、ベティは眉をひそめながら言った。リリスの整った髪は乱れ、いつも薄ら汚れていた軍服は心なしかいつも以上に汚れが増えているようだった。何より、リリスの目の奥には屈辱を押し殺したような炎が宿っている。
「り、リリスさん!どうしたんですかそれ……!」
エレンはリリスを見ると、悲鳴をあげるように駆け寄った。リリスは精一杯の笑顔を作ると、なんでもないという風に言った。
「ああ、それと……パエトーン第一分隊が一緒に模擬戦やってくれるらしいよ」
「もしかしてパエトーンの皆さんに、何かされたんですか?」
「……いや、これはちょっと個人的なやつ。エレンが気にすることはないよ」
「そんな……嘘つかないでください!なんで隠そうとするんですか!」
リリスは思わず怒りが込み上げた。
突き放すようにエレンに言う。
「か、関係ないからだよ!エレンには……」
リリスは駆け足で自分の部屋に戻る。
ドアを壊れそうな勢いで閉めると、ベッドにうつ伏せで飛び込む。枕を顔に押し当て、周りに音が漏れないように罵詈雑言を浴びせた。ひとしきり枕を濡らしていると、誰かがドアをノックする。
無造作に、強くノックするのはベティだけだ。リリスは枕越しに入って、と言う。
ドアが開いた。
入ってきたのはベティ一人だった。彼女はリリスの隣に腰掛ける。
「何されたんだ?」
「……嫌なこと」
ベティはリリスの背中に視線を落とした。リリスの肩は微かに震えていた。
「嫌なこと、か……」
リリスの頭に肘を置く。リリスは弾かれるように身を起こし、ベティの手を振り払った。
「……っ!触るな──あっ……」
「リリス?」
ベティの瞳に驚きが走った。困惑した表情で見る。
リリスは枕を抱えると、ごめんと呟いた。
「今のは……ベティが悪いんじゃなくて」
「素肌は見せなくていいぞ。今日の洗いっこは無しだ」
ベティの声に殺意が混じる。
「模擬戦だが、まぁいつも通り私が前に出る。アイツら、一回絞めてやらないとわからなそうだからな」
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