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アリアドネの繭・前編
第13話 遺品整理
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月曜は朗らかな日だ。点呼も無いので、日曜日の疲れが癒えるまで睡眠を取ることが出来る。ベティは爽やかな朝日を浴びて、リリスより一時間以上早く目を覚ます。
本来であればそうだった。
「うっわ最悪……台風か」
「昨日はそんな予報無かったよね」
「これじゃあ訓練場まで行けないよ……」
「晴れてても行かないくせに」
宿舎ごと吹き飛ばしそうな台風がセクター三を中心に襲った。ひとたび外を歩こうと思えば大雨で着ている服が倍以上の重さになり、風に飛ばされた物に当たってそれは大変な目に遭うだろう。
二人は窓の外から眺めていた。次々と物が飛ばされ、機関銃のような雨が窓を打ち付ける。
「サラとはいる?」
「呼ばれたわ」
「内地に行く予定はある?」
「今日は……無い日よ。あってもこの天気だと行けないわ」
久しく四人が一緒にいる。リリスは考え込むと、一つの案が思い浮かんだ。
散らかった引き出しや棚を見て言う。
「せっかくだし、今日はみんなで遺品整理しない?」
「いいなそれ」
「私も賛成よ。奥の方はホコリが酷くて……前から気になってたのよ」
サラの後ろからエレンが現れた。彼女も手伝いたいと志願し、結局四人で遺品の整理をすることになった。旧第四分隊、リリスとベティを除く三十八名の遺品を整理しなければならない。途方もない作業量だと説明したが、それでもエレンは気持ちを変えなかった。
「あれ、第四分隊って四十人いるんですよね?」
「そうだよ」
「じゃあ……なんでサラさんの分は数えないんですか?」
「ああ、それは」
リリスはサラを見た。
彼女は元々第一分隊所属だったが、彼女を除くメンバー全てが殉職したことをきっかけに、他の部隊へと移されたのだ。
「なるほど……そうなんですね」
「ま、移る頃には第二、第三分隊も壊滅状態だったから、ここは死に損ないの寄せ集めってわけだよ」
ベティは「死に損ない」という単語に反応して、軽くリリスの頭を叩く。
四人は部屋を出ると、分担するためにクジを引いた。赤い印のついた紙は前半を、青い印は後半を担当する。
リリスは赤を引いた。ベティとサラは青、そして残ったエレンは自動的に赤になった。
「じゃ、私はエレンと整理してるから」
「あんまイチャイチャしすぎるなよ、結構多いんだから」
「だっ!誰が!」
リリスはエレンの手を引っ張ると「ナオミ・クロエの部屋」と書かれたドアに手をかけた。
中は薄暗く、廊下から差し込む光が中で漂うホコリの挙動を映していた。
「カビ臭いな……換気だけでもしておくんだった」
リリスは顔を顰めながら部屋のカーテンを開けた。当然、眩しい光は入ってこない。どんよりとした灰色の光が差し込むだけで、部屋の中の湿っぽい空気は消えない。
「ほらエレン、入口で突っ立ってないで、入ってきなよ。多分ネズミはいないからさ」
「あっ……はい!」
リリスはベッドの上に登ると、ナオミ・ソーンダイクと書かれた日記帳を手に取った。彼女の名前、文字が書かれたものを見つけ次第、袋の中に入れる。リリスはエレンに、クロエ・ルメールと名前が書かれた私物を袋に入れるよう指示した。
「ナオミさん、クロエさんはどういう人だったんですか?」
エレンが恐る恐る尋ねた。シワ一つなく折りたたまれた軍服には、小さな勲章が二つ着いていた。
「二人は戦友だったよ。クロエの方が一年先輩で、それをいつも自慢してたね。デキてるって噂だったから、真夜中にみんなで聞き耳を立てたこともあったよ」
「とても……仲が良かったんですね!」
「まぁね。あ、クロエは一応軍隊から抜けて、生きてるよ」
「ほ、本当ですか!時間があったらご挨拶に──」
「生命維持装置に繋がれて、だけど」
エレンの弾んだ声が、切られたように静かになる。
差し伸べようとした言葉が喉に引っかかって出てこない。エレンは俯くと、手に持っていた軍服を落とさないよう握りしめる。指が微かに震えていた。
「あ……ごめんなさい……私、知らなくて……」
「謝ることじゃないよ。生きてるって言ったのは私だし」
リリスは日記帳から写真を取り出した。ナオミとクロエが肩を組み、笑顔でカメラを見ている。ベッドのスプリングが音を立てて軋む。
「オーバーリバースっていって、リグのエネルギーの過剰供給によって起こる病気?に脳をやられたの。擬態型に捕まったナオミを取り返そうとしたら、シンクロ率が爆発的に高まって……そのまま」
「……そのまま?」
「ボンッ」
リリスは手で爆発のジェスチャーをした。
「クロエの私物は病院に送るよ。もし正気を取り戻せたら、あいつはきっと喜ぶだろうから……」
リリスのジェスチャーに、エレンは思わず息を呑む。リリスにとっては軽いジョークのつもりだろうが、それがどれほど残酷な事実を指しているのか想像すると、エレンは血の気が引いた。
リリスはその後も止めることなく喋り続けた。まるで、何か喋ることで気持ちを紛らわすように。
「クロエのやつさ、本当に寝相が悪くて。朝に弱いんだよ、こういう日は一番最後に起きて、しょっちゅう……分隊長に叩き起されてたんだよ。ナオミは一回も起こさないで、叩かれてるのをゲラゲラ笑いながら見てたんだよね」
皮肉めいた思い出話を、リリスは絶え間なく吐き出し続けた。ナオミがよく使っていたペンを見つけて笑い、クロエが大事にしていた裁縫箱を見つけてため息をつく。
袋が半分ほど埋まった頃、リリスが喋るのを辞めた。
手に持っていた二人の写真を、投げるように袋に入れた。袋の奥で乾いた音がぶつかる。
ベッドから降り、駆け出すと乱暴に部屋を出る。
「ちくしょう……やっぱり整理なんてするんじゃなかった」
吐き捨てるように言った。
エレンでも、二人への恨み言でもなく、やり場のない感情を叩きつけるようだった。
洗面台の前に止まり、蛇口を勢いよく捻る。
激しく水が流れる音が、雨の音に混ざって静かに反響する。リリスは冷たい水で顔を洗い、何度も何度も両手の水を顔に叩きつけた。
鏡の前の自分は、随分と酷い顔をしていた。
「……何やってんだ、私」
本来であればそうだった。
「うっわ最悪……台風か」
「昨日はそんな予報無かったよね」
「これじゃあ訓練場まで行けないよ……」
「晴れてても行かないくせに」
宿舎ごと吹き飛ばしそうな台風がセクター三を中心に襲った。ひとたび外を歩こうと思えば大雨で着ている服が倍以上の重さになり、風に飛ばされた物に当たってそれは大変な目に遭うだろう。
二人は窓の外から眺めていた。次々と物が飛ばされ、機関銃のような雨が窓を打ち付ける。
「サラとはいる?」
「呼ばれたわ」
「内地に行く予定はある?」
「今日は……無い日よ。あってもこの天気だと行けないわ」
久しく四人が一緒にいる。リリスは考え込むと、一つの案が思い浮かんだ。
散らかった引き出しや棚を見て言う。
「せっかくだし、今日はみんなで遺品整理しない?」
「いいなそれ」
「私も賛成よ。奥の方はホコリが酷くて……前から気になってたのよ」
サラの後ろからエレンが現れた。彼女も手伝いたいと志願し、結局四人で遺品の整理をすることになった。旧第四分隊、リリスとベティを除く三十八名の遺品を整理しなければならない。途方もない作業量だと説明したが、それでもエレンは気持ちを変えなかった。
「あれ、第四分隊って四十人いるんですよね?」
「そうだよ」
「じゃあ……なんでサラさんの分は数えないんですか?」
「ああ、それは」
リリスはサラを見た。
彼女は元々第一分隊所属だったが、彼女を除くメンバー全てが殉職したことをきっかけに、他の部隊へと移されたのだ。
「なるほど……そうなんですね」
「ま、移る頃には第二、第三分隊も壊滅状態だったから、ここは死に損ないの寄せ集めってわけだよ」
ベティは「死に損ない」という単語に反応して、軽くリリスの頭を叩く。
四人は部屋を出ると、分担するためにクジを引いた。赤い印のついた紙は前半を、青い印は後半を担当する。
リリスは赤を引いた。ベティとサラは青、そして残ったエレンは自動的に赤になった。
「じゃ、私はエレンと整理してるから」
「あんまイチャイチャしすぎるなよ、結構多いんだから」
「だっ!誰が!」
リリスはエレンの手を引っ張ると「ナオミ・クロエの部屋」と書かれたドアに手をかけた。
中は薄暗く、廊下から差し込む光が中で漂うホコリの挙動を映していた。
「カビ臭いな……換気だけでもしておくんだった」
リリスは顔を顰めながら部屋のカーテンを開けた。当然、眩しい光は入ってこない。どんよりとした灰色の光が差し込むだけで、部屋の中の湿っぽい空気は消えない。
「ほらエレン、入口で突っ立ってないで、入ってきなよ。多分ネズミはいないからさ」
「あっ……はい!」
リリスはベッドの上に登ると、ナオミ・ソーンダイクと書かれた日記帳を手に取った。彼女の名前、文字が書かれたものを見つけ次第、袋の中に入れる。リリスはエレンに、クロエ・ルメールと名前が書かれた私物を袋に入れるよう指示した。
「ナオミさん、クロエさんはどういう人だったんですか?」
エレンが恐る恐る尋ねた。シワ一つなく折りたたまれた軍服には、小さな勲章が二つ着いていた。
「二人は戦友だったよ。クロエの方が一年先輩で、それをいつも自慢してたね。デキてるって噂だったから、真夜中にみんなで聞き耳を立てたこともあったよ」
「とても……仲が良かったんですね!」
「まぁね。あ、クロエは一応軍隊から抜けて、生きてるよ」
「ほ、本当ですか!時間があったらご挨拶に──」
「生命維持装置に繋がれて、だけど」
エレンの弾んだ声が、切られたように静かになる。
差し伸べようとした言葉が喉に引っかかって出てこない。エレンは俯くと、手に持っていた軍服を落とさないよう握りしめる。指が微かに震えていた。
「あ……ごめんなさい……私、知らなくて……」
「謝ることじゃないよ。生きてるって言ったのは私だし」
リリスは日記帳から写真を取り出した。ナオミとクロエが肩を組み、笑顔でカメラを見ている。ベッドのスプリングが音を立てて軋む。
「オーバーリバースっていって、リグのエネルギーの過剰供給によって起こる病気?に脳をやられたの。擬態型に捕まったナオミを取り返そうとしたら、シンクロ率が爆発的に高まって……そのまま」
「……そのまま?」
「ボンッ」
リリスは手で爆発のジェスチャーをした。
「クロエの私物は病院に送るよ。もし正気を取り戻せたら、あいつはきっと喜ぶだろうから……」
リリスのジェスチャーに、エレンは思わず息を呑む。リリスにとっては軽いジョークのつもりだろうが、それがどれほど残酷な事実を指しているのか想像すると、エレンは血の気が引いた。
リリスはその後も止めることなく喋り続けた。まるで、何か喋ることで気持ちを紛らわすように。
「クロエのやつさ、本当に寝相が悪くて。朝に弱いんだよ、こういう日は一番最後に起きて、しょっちゅう……分隊長に叩き起されてたんだよ。ナオミは一回も起こさないで、叩かれてるのをゲラゲラ笑いながら見てたんだよね」
皮肉めいた思い出話を、リリスは絶え間なく吐き出し続けた。ナオミがよく使っていたペンを見つけて笑い、クロエが大事にしていた裁縫箱を見つけてため息をつく。
袋が半分ほど埋まった頃、リリスが喋るのを辞めた。
手に持っていた二人の写真を、投げるように袋に入れた。袋の奥で乾いた音がぶつかる。
ベッドから降り、駆け出すと乱暴に部屋を出る。
「ちくしょう……やっぱり整理なんてするんじゃなかった」
吐き捨てるように言った。
エレンでも、二人への恨み言でもなく、やり場のない感情を叩きつけるようだった。
洗面台の前に止まり、蛇口を勢いよく捻る。
激しく水が流れる音が、雨の音に混ざって静かに反響する。リリスは冷たい水で顔を洗い、何度も何度も両手の水を顔に叩きつけた。
鏡の前の自分は、随分と酷い顔をしていた。
「……何やってんだ、私」
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