魔法少女狩り

チャハーン

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新人狩人編

第一話 スカウトは唐突に(上)

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 地獄の炎に焼かれながら現世に舞い戻った悪魔の軍隊、その数一万。奴らが通った跡には枯れた草木と破壊された建物しか残らない。普通の魔法少女では到底太刀打ち出来ないだろう。
 悪魔たちは次の標的を目指して軍団を進める。軍団長が雄叫びをあげると他の悪魔も続いて雄叫びをあげた。その音は反響し、山を越え街に到達する。街の人々にとっては避難の鐘だ。

「そこまでよ!」

 悪魔たちの雄叫びをかき消す声量で、ある少女が声を上げた。
 軍団の進行方向に位置する一つの小さな丘、四人の戦士が、四人の魔法少女が仁王立ちしていた。彼女らは世界で最も強力な戦士たちを抱える組織、【魔法少女協会日本支部】───それらの中でも選りすぐりの精鋭たちだ。

「もうお前たちの好きにはさせない!ジェム・トパーズ、参上!」
 実ったばかりの麦畑のような黄金の髪、引き締まった上半身の美しい筋肉、それらの肉体を彩るのはライトブルーと琥珀色で塗られたスカートとシャツだ。
「私たちがみんなを守る!ジェム・ラピス参上!」
「太陽に代わってお仕置よ!ジェム・ヘリオ…参上!」
「この程度…私たちなら余裕よ!ジェム・ルビー参上!」

「降伏しなさい悪魔軍団、我々ジェムズガールズには勝てないわ」
 ジェムズガールズのリーダー、トパーズが軍団に向かって言った。それに反応した悪魔たちは騒ぎ始め、統率が崩れかけた。
「たかが四人に我々悪魔軍団が負けるわけなかろう!」
 軍団長が反論した。トパーズはそれを聞くと笑いながら言った。
「あら、まだ私たちは揃っていないわ。まだ一人…奥の手がね」
「何っ!」

 突如、軍団の後方から爆発音が鳴った。
「何だ!」
 遥か彼方から風を切る音が響く。正体不明の誰かが爆弾を投下している姿を見たという。しかしそれが最後の景色だ。
 爆弾を落とし、空から軍団を蹂躙する戦士の正体は───

「我が名はジェム・ダイヤ!お待たせ!」
 主役は遅れてやってくるという。ダイヤは溢れんばかりの魔力を惜しげも無く使い、空を飛びながら両腕で攻撃を開始した。
「遅いじゃないか!」
「ごめんね~でもこれで五人全員揃ったね!」
 ダイヤが空を飛び四人に合流するまでの数十秒、彼女は手から放った爆発で多くの悪魔を葬ったが、それでもまだ幾千も残っている。

 油断は禁物だ。
「ジェムズガールズ!合言葉だよ!」
「うん!」
 一同が手を繋ぐと淡い光が五人を包んだ。合言葉を言えば、魔法少女たちの聖なる力により悪魔は瞬く間に浄化されていくだろう。

「合言葉は!」

「早く起きろー!」

「なんて?」
 ダイヤが四人の顔を見て聞いた。
「早く起きないと遅刻するわよ!」
 ラピスが言うと、続けてヘリオも言った。
「朝ごはん出来てるわよ!」
「あっ…わ、え…?」

 * * *

「うっ…みんな?ジェムズガールズは…?」
「あんた何寝ぼけてんのよ、また魔法少女の夢?」
「今のは…夢?」
「魔法少女アヤカ参上!なんて夢見てんじゃないわよ」
 目を覚ました少女、工藤彩花は今目の当たりにしている現実を受け入れ難いだろう。つい先程まで私は輝かしい活躍をしていたはず…自分が英雄になった余韻は強かった。

「ほらほら遅刻するわよ!朝は食べないの?」
「食べる暇なんてないよ」
「じゃあパン咥えながら学校行けばいいじゃない!」
「そんな少女漫画じゃあるまいし」
 彩花の母はどうにかしてでも朝食を食べさせようとしてくる。鬱陶しいと騒ぐ娘の口にパンを無理やり入れようとする母と、後ろ髪を結びながら逃げ回る彩花。二人の姿は微笑ましいものだった。
「いってきまーす!」


 残念なことに、学校に着いてからの記憶は彼女に一切合切残っていなかった。朝の時間に髪を上手く繕っても、弁当を持ってくるのを忘れていたのだ。空腹が限界に近かった彩花は、親友で幼なじみの上原御守に助けを求めた。
「みもりぃ~…たすけてぇ…」

 隣の席で読書をしている御守は困惑した目を向けた。可哀想な子犬の目をしている。一体何度彩花に弁当を横取りされたらこんな表情を浮かべるのだろうか。
「お弁当…少し分けてくれない?一生のお願い!」
「いや…もうあたし今まで何回もあげてるよ。一生のお願い何回使うつもりなの…?」

「何回でも転生するから!お願いの前借り!」
 彼女は両手を合わせ土下座の姿勢で何度も頼んだ。クラスメイトの視線が刺さるのを感じるが、彩花にとって食べ物を分け与えられるかは死活問題だ。この程度の視線など痛くも痒くもない。寧ろ痛いのは御守の方だ。
「わかったわかった!お弁当あげるからもうやめてよ…恥ずかしい」
 顔を真っ赤にしながら卵焼きと肉団子、そして米を半分弁当箱の蓋に載せて渡した。
「友人こそ天なり」
 全くもって意味不明であるが、彩花はとりあえずの危機を乗り越えた。


 終礼のベルが鳴り、一斉に下校。三年生の大半は大学入試に翻弄されているが、彩花と御守にはダメージがない。それは一体何故か。

 ───あたしは別に大学行かなくてもいい。

 ───私は推薦あるからモーマンタイ。

 二人はお気楽な学生生活を満喫している。下校中、同学年の生徒から冷たい視線を送られるが、彼女らにはなんら被害は無い。
「じゃまたね~」
「うん、また明日」
 二人は十字路に差し掛かるとそれぞれ別の道を歩んだ。二人はお隣同士なのだが、御守は習い事に行かなければならない。どうやらヴァイオリンをやっているらしい。

「すみませんそこの貴方」
「マルチ商法はお断りです!」
「はい?」
 突然声をかけられると、彩花は反射的に詐欺勧誘を撃退する文句を口に出してしまった。全て言い終えてから自分が何をしていたかに気づき、顔を赤くする。
「わたくしは別に怪しいものではありません」
 上下黒のスーツと綺麗に磨かれた革靴、綺麗な茶髪をした女性だ。年は二十代前半といったところか、怪しい人ではなさそうなので彩花は話だけでも聞いてみることにした。

「魔法少女に興味はありませんか?」
「めちゃくちゃあります」
「それは素晴らしい!是非私の事務所に来てみませんか?」
「いや…え?」
 されるがまま、腕を引っ張られて事務所まで連れていかれた。
「あの、魔法少女に興味がある…ってどういうことですか?」
「もちろんそのままの意味ですよ!」
 女性は少し付け加えた。
「私の会社では魔法少女と交流するチャンスがあるんです!」
「確かに興味はあるんですが…その、いきなり車に乗るだなんて…」
「なーに、すぐですよ。別に怪しいものではありません」
 怪しさ満点だが、魔法少女と交流出来るという情報を知った以上動かない彩花ではなかった。

 * * *

「私は魔法少女になりたい!魔法少女になって世界を救いたい!」

 四歳か五歳の頃にテレビで魔法少女の活躍を見て以降、工藤彩花は魔法少女を夢見ていた。魔法少女が現れたのは彼女の母が二十代の頃だろう。それから犯罪率は激減し、市民は平和を傍受した。
 政府は魔法少女に関する特別法を作り優遇したが、当然それに対して不満を持つ人もいる。

「トヨハシ…グループ?」
 新築のオフィスの前で車が止まり、彩花が呟いた。そして彼女は全身に脂汗と電流のような衝撃が流れるのを感じた。

 魔法少女と敵対する犯罪組織は、どうにか彼女らに対抗する策が無いかを考え、たどり着いた結論はこうだった。
「魔法少女に懸賞金をかける」

 トヨハシグループを含めた多くの企業は裏稼業を邪魔されないよう、懸賞金制度に多額の支援をした。おかげで魔法少女は少しずつ狩られていく末路を辿った。
 日本国内(無所属を除く)に五百人近くいたとされる魔法少女は、懸賞金がかけられてから今に至るまでの僅か十年で、その数を半分以下に減らしてしまった。


「あの…もしかして魔法少女と交流出来るって…」
 取調室のような部屋で彩花は震えた声を押し出した。
「こちらの契約書にサインすれば、魔法少女狩りとして正式に認められますよ!」
「その……私、ひと…ひど、人殺しとか出来そうにないんですけど」
 密室、契約書、怖そうな黒服、流石の彩花も精神が限界を迎えていた。出される茶と菓子は美味しいが長時間これだけで耐え凌ぐことは出来そうにない。ましてや大好きな魔法少女を狩れと。
「ご安心を、別に殺す必要はありませんよ。生け捕りでも大丈夫なんです」
「でも…引き渡したら殺すんでしょう…?」
 女は少し考えたあと、黒服に指示を出し何かを持ってこさせた。

「これは我が社が開発した傑作です。名前を…魔法少女制御装置。首輪や腕輪として、魔法少女に付ければもう逃げ出せない。一度会社に連れて来て、望めば付けて引き渡しましょう」
 つまり、殺す必要は無い。引き渡す時制御装置をつけて欲しいと言えばその後痛い目に逢う必要も無い。
 彩花は悩んだ。

「契約書にサインします」
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