俺は配管工だけど勇者として世界を救うことになった

チャハーン

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第1章:剣と風、二人の旅路

01.勇者っぽい男

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 俺の名前は加藤匠、ただの配管工だ。
 年齢は多分四十。何故多分なのか、理由は至って単純だ。長い間一人暮らしとかをしていると誕生日を祝うのも忘れて、歳を数えるのも忘れてしまうからだ。

 名のある大学をそこそこいい成績で卒業、これからいよいよ社会人だという時に母が他界、父親は精神が崩壊してしまったのか、少ない財産を持っていってそのまま黒洞々たる夜に消えた。
 親戚によると、反社に捕まってそのまま海に沈められたと言うが真相は誰にもわからない。今になっても結局分からず終いだ。
 就活シーズンは完全に終わり、俺は路頭に迷った。
 日雇いのアルバイト、コンビニ、飲食店、工場勤務。
 色々な職業を転々としながら日銭を稼ぎ、なんとか生きていくために必死になっていた日々だった。

 こんな底辺の生活を続けて五年かそれ以上が経ったある日のことだ。俺は偶然立ち寄った食堂でいわゆる「現場のおじさん」達と出会った。相当汚れていたのだろうか、俺の姿を見ると隣に座って一言。

「栄養ちゃんと摂ってるのか?」

 ……俺は涙が止まらなかった。

 いいえ、と一言だけ呟くと俺の分まで飯を注文してくれた。現場のおじさんは俺がフリーター生活を送っていることを聞くと「ウチの現場で働いてみないか?」と聞いてきた。
 三食寮付き、シャワー冷暖房完備。月収に関しては三十万は固いという。例え嘘であったとしても、それでも俺は仕事と家が欲しかった。
 だから俺は親方についていくことにした。
 今考えてみると、あの時俺は仕事内容が何か聞いてすらいなかった。

 そして俺は簡単な作業を住み込みで手伝いながら、配管工の資格を取るために日夜勉強に励んだ。一ヶ月くらい経ってから受けた技能試験の三級は無事合格、これで簡単な作業からちゃんとした作業にグレードアップってわけだ。

「先輩、今日の昼飯何にします?」

 いつの間にか俺は先輩と呼ばれる立場になっていた。親方に出会ったのが確か二十八、それから二十年近くが経過した。
 かつては町工場と言っても誰も疑わないほど小さかった企業は今や、五十人以上の従業員を抱える街でも有数の配管工軍団だ。
 この仕事を始めてから随分と金が貯まった。
 それなりの高級車を何台か買えるくらいにはだ。

「じゃあ、俺は久々にカツカレー定食にしようかな」

 親方があの日あの場所で俺に食わせてくれた定食だ。今や老舗と呼ばれるあの街角の食堂、今度は俺が部下をあそこに連れて行ってたらふく食わせてやる番だ。

「今日は俺の奢りだ、好きなものを食うといい」

「本当ですか?先輩が奢ってくれるなんて珍しい~じゃ俺もカツカレーにしますね」

 今更だがいい後輩を持ったかもしれないな。
 仕事は丁寧にこなすし、上司に対しても面白可笑しく接してくれて、話題が尽きない。まるで弟と喋ってるみたいだよ。

「匠さん!三番パドックから変な音がするそうです!」

「今行く。昼飯は少しあとだ、レンチ持ってこい」

 トラブルが発生したのなら昼飯は後回しだ。
 現在工事中の三番パドックに問題が起きれば作業は即中断、俺たちの首が飛ぶ可能性もある。
 現場付近にいた配管工を引き離すと、俺はレンチを持って単身でバルブの修理に向かった。

「さてさて……泣いてるのはどのバルブだ?」

 人の頭程度なら軽く振るだけで粉々に砕けるサイズのレンチで威嚇しながら奥へと向かった。
 しばらく進むと何かがパイプから飛び出していた。
 ネジとかその類では無い。もっと大きく、もっと長いものだ。

「なんだこれ、剣なのか?」

 場所が違えばアーサー王伝説が始まっていただろう。
 青のパイプに一本の剣が突き刺さっていた。よくよく考えるとただの剣がパイプの圧力に勝てるわけがないので、そのまま吹っ飛んでいくはずだ。

「誰かのイタズラ……だよな」

 俺はレンチを置くと剣を引っ張った。鞘を握りしめて上に引っこ抜こうとするが微動だにしない。まるで地面を引っ張っているようで、両手の力を使ってもビクともしない。

「アーサー王伝説の再現か?俺は王になる資格が無いってか」

 すごく心が痛む。
 せめて自分の人生くらい、自分の手で決めさせて欲しいところだ。
 もっとも、アーサー王になって戦うなんてゴメンだが。

「うっ……抜け……抜けろコノヤロウ!」

 人を呼ばなかったのは失策だ。もし何人か連れてくればこの剣も容易く引き抜けただろう。
 しかし待てよ、今人を呼んだところで俺にはデメリットしかない。いいオッサンが英雄王気取りで剣を引き抜こうとしている。こんな滑稽な姿を見られたら何枚も写真を取られて、なんか変なSNSにアップされるだろう。

 ……いい歳したオッサンが英雄王気取りwww

「最悪だな……」

 血の気が引いていく予感がしたので、俺は更に力を込めた。
 ベンチプレスをした時よりも、デッドリフトをした時よりも、もっともっと力を込める。

「おっ」

 よくあるあれだ、外開きのドアをずっと押していたようなものだ。
 捻りながら引っ張ると今までの苦労が水の泡になったかのように簡単に抜けた。

「さてと……ほう!」

 中々にカッコイイ得物だ。剣の全長は一・三メートルってところか、聖剣エクスカリバーに似た──よく見たら全然似てない──外見の剣はまるで白銀のようだ。
 白くて無垢な刀身、銀よりも更に高潔な白銀。正に『聖剣』に相応しい美しい剣だ。
 よく見るとこれは模造刀やおもちゃでは無い。正真正銘、本物の剣だ。

「ひえっ……」

 詰み、と言ったところか?
 いやいやまだ希望が潰えた訳では無い。この剣をどこか適当なプレス機、もしくは重機で踏み潰して跡形も無く粉々にしてしまえば銃刀法違反になることも………

「ん?えっ?」

 剣を抜いたところ、パイプの結合部が光っている。
 チェレンコフ光か?と一瞬錯覚させるような青白い光だ。ここで俺は人生を悟ったのかもしれない。まさか工事現場にこれほど強力な放射性物質があったとは。もしかしてこの聖剣エクスカリバーは制御棒的なそんな感じの抜いたらやばいものだったのか?

「あーあ……もしかして俺、四十代で死ぬのか?」

 目を閉じて、一生を振り返る。
 考えてみると辛くて波乱万丈な人生だったな。勉強、勉強、勉強。社会人になってようやく勉強から解放されたと思ったら資格習得のためにまた勉強。ずっと学生みたいな生活を送ってきたんだな。

 ……さらば人生、さらば俺。

「母さん、今そっちに行くよ」

 *

 ……刹那、俺は重力から解き放たれた。

 魂が抜けていく感覚と言えばいいのだろうか?
 体が軽い。これなら鳥のようにどこまでも飛べそうだ。

 しかし俺は飛べない鳥だった。
 頭に強い衝撃を感じて目を開ける。ついさっきまで配管まみれの現場にいたはずなのに、青空が見える。開放感のある空気で、植物が生い茂った森の中のようだ。
 甘くどこかハーブのような香りを漂わせる草木。少なくとも俺が知っている葉っぱの匂いじゃない。木々の隙間から漏れ出る太陽の光が眩しく、目を閉じたいところだが、今はそれどころじゃない。現状把握が先だ。

「はは……悪い夢でも見てるのかな?」

 手には聖剣エクスカリバー、着ている服はとある有名な配管工を思い出させる作業服。
 見たこともない木々、そしてなんか変な見た目のリス。いや、あれは本当にリスと呼んでいいのだろうか?羽が生えてるし手に持ってる木の実も俺が知ってるものとは全てが違う。
 俺は悟った。これは異世界転生だ。
 前に部下が休憩スペースに置いていった本を見たことがある。タイトルは忘れたが、高校生くらいの主人公が異世界に転生して色々とする感じのあらすじだったはずだ。

「俺が異世界転生……?」

 面白い冗談だ。オッサンが異世界転生して聖剣と一緒に世界を救う?出来るわけないだろうそんなこと。この歳になってくると大きなハンマー振り回すのも一苦労なんだ。

「………え」

 イノシシだ。
 山奥で見るような小さなイノシシじゃない。
 ドキュメンタリーとかで見かける、ハンターが捕まえた巨大イノシシくらいの大きさはある。しかもそれが猛スピードで俺に向かって突進してくる。
 多分突進されたら即死だろう。

「うおおおおおお!!」

 腰と一緒に俺は雄叫びを上げて剣を振り回す。
 スカ。
 まだ距離感が掴めていないので外した。
 俺こと加藤匠四十代、転生して五分も経たないのにまた死ぬ!

 目の前が淡く光った。死の前兆ってやつだろうか?
 せめて怖くない思いで逝きたい!そう思って本能的に目を閉じた。一瞬、大地が揺れるような振動が走ったが、多分俺が吹っ飛ばされたのだろう。せめて、息絶える瞬間は安らかに………

「ふぅ……なんとか討伐に成功したわね」

 女の声。
 優しい声で、足音が耳元まで迫った。恐る恐る目を開けると、美女が立っていた。ただの美女ではない。絶世の美女と言っても差し支えないホンモノの美女だ。
 ロシア系?と言えばわかるはずだ。目の前の彼女はもしかしたらロシア人かもしれない。小麦畑のような淡いオレンジの金髪、身長は多分俺よりだいぶ低いくらいか。

 エルフだ。なぜこの瞬間までエルフという単語が出てこなかったのだろうか?多分俺がこういうファンタジー小説を忌避していたからだろう。
 俺は思わず立ち上がり、節々の痛みを気にする暇もなく目の前の彼女を見つめた。

「何よ?そんなに見つめられても何もしないわよ?それに……別にアンタのことを気にして助けたわけじゃないんだからね!」

「あ、えーっと……助けてくれてありがとう。貴方の名前は?」

「初対面のアンタに教えるわけないでしょ!わかったらさっさとどっか行ってよね」

 確かにそうだ。見ず知らずの人に個人情報を教えるのは褒められたことではないからな。しかしなんというか……彼女のこの性格は、元からこういうものだろうか。それとも意図して『ツンデレキャラ』をやっているのだろうか………

「エルフィーナ、エルフィーナ・アーシェよ」

「いや教えるのかよ」
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