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最強魔術師は褒められたい 1
最強魔術師は褒められたい 6
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あっという間に、一週間が過ぎた。
この一週間、授業を終えて寮に戻り、先輩とCommand混じりのコミュニケーションをとって過ごした。
ペアとして、この学校に入学した生徒として必要になる実践訓練に向けた情報交換から、趣味はなんだの、一般課程の授業はどうだのといった、日常生活に関するコミュニケーションに至るまで、だ。
こんなところでCommandを入れる必要もないんじゃないかと思うような、ちょっとしたことでも先輩はCommandを入れたがり、そして、やっぱりちょっとしたことでも頭を撫でてくる。
甘やかしたいタイプだと言っていたのも嘘じゃなさそうだと、ようやく俺は、確信を持ち始めた。
けど、一週間もすると色々と慣れてくるものだ。
先輩のCommandにも少しずつだが慣れを感じてきているし、授業についてもそう。
一般課程においてはともかく、俺たちが一番力を入れている魔法の授業においては、すっかり慣れてしまった。
「り、里々春くん…つまらなそう、だね」
「つまんないわけじゃないけどさ、ちょっと、物足りないんだよな」
永田の言葉に、俺はあくびをかみ殺してから答え、頭一つ分小さい永田を見下ろした。
「永田だって、治療型の授業じゃ一週間で人気者じゃんか。物足りなく感じないの?」
「そ、そんなこと…。ほんとに、たまたまで…」
永田は照れたように、控えめに微笑む。
謙遜してるけど、これは多分、嫌味とかではなく本気でそう思っていそうだ。
この『魔力器官がそれなりに強い子供』が集まっている場所で、魔力器官に関する授業で人気者になるという事がどういう事か、永田も分かっていないわけじゃないだろうに。…いや、永田なら、分かってなくても不思議ではないかもしれない。
雰囲気的に、そんな感じがする。ぽわっとしてるというか、周りが見えていないというか。
魔力器官の受業終了後、特別棟から一般棟へ向かって進む人の並みに逆らわず、流れるように俺たちも進んだ。
グラウンドからは武力型の授業を受けている声が響いていて、俺たちは、声に惹かれるようにして廊下の窓から外へと視線を向けた。
今日は永田のオサナナと先輩がペアになって実践するらしく、オサナナ先輩は長槍を、先輩はサーベルを持ち、間合いをとって向かい合っていた。
他の先輩たちも、同じように、間合いをとって向き合っている。
(赤とクリーム色…。めちゃくちゃ目立ってるじゃん…)
だからこそ、すぐに見つけられるのだが。
「…あ…臣くん…。ハイン先輩となんだ…」
オサナナ先輩を見つけたらしい永田の声は、ふわふわと、浮足立っているかのように柔らかかった。
二人は武器を構えると同時に踏み込み、オサナナ先輩が槍先を先輩の胴に向けて横に振り被った。先輩がサーベルの刃で槍先をいなす。
先輩はサーベルの刃を槍先につけたまま思い切りオサナナ先輩に近づいた。
「──…あ…」
ふと、入試の時に交わした言葉を思い出す。
『あー…じゃあ、相手に距離を詰められたら、反撃したい派ですか? それとも、守って隙を伺いたい派ですか?』
『うん? うーん、反撃したいほう、かな?』
反撃をしたいという先輩に加速魔法を入れるなら、きっと、今だ。
相手に近付きたい時にアクセルをかけてもらうと、武力型はきっと気持ちが良い。
相手の不意をついて、予想以上の速度でぐんと近付ける。相手の意表を突く事もでき、場合によっては隙も作れる。
オサナナ先輩に近付いた先輩は、頭を振りかぶった。
石頭が激突すると思いきや、オサナナ先輩は行動を読み、先輩の腹部目掛けて蹴りを入れる。
「わ、わぁ…臣くん…」
隣で永田が漏らした、どこか恍惚を含んだ声もぼんやりとしか聞こえないほど、俺は外の様子に夢中になっていた。
先輩は蹴られた腹を抱えるも、すぐにサーベルを構えてもう一度踏み込むと振りかぶる。
オサナナ先輩が槍先をサーベルの内刃に引っ掛け、サーベルの軌道を逸らした。
先輩は体を回転させて軌道が逸れたサーベルを高く持ち上げると、今度は右の拳をオサナナ先輩の腹に向けて打ち込もうとする。
(…動きが丸見え…? なんで…)
あからさま過ぎる拳を、オサナナ先輩が受け止める。
その瞬間、先輩はサーベルを地面に突き刺すと左手で拳を作り、オサナナ先輩の、槍を握る手首に打ち込んだ。
「――! 今だ…」
この瞬間に肉体強化のアシスト魔法を入れたら確実に決まる!
本命は、槍を握る手首に打ち込んだ、今の一撃だ。
動きを敢えてオサナナ先輩に見せるようにして拳を打ち込もうとしたのは、槍をオサナナ先輩の手から落とすためだ。
この次は、もし俺が武力型で、動くのだとしたら…と想像したところで、二人は動きを止めて向きなおると、互いに距離をあけて一礼した。
実践訓練はここまでらしい。
「すっげ~…」
「やっぱハイン先輩ってすごい優秀なんだね」
「だって祝辞の挨拶してたくらいだよ?」
「生徒会長でしょ?」
どうやら他のクラスの生徒たちも俺や永田と同じように、窓辺に張り付いて三年の実践訓練を見ていたようだ。
彼らが止めていた足を動かしだし、本来の目的地である教室に向かって歩き出す。
俺と永田も、同じように、一般教室へ向けて歩き出した。
「は、ハイン先輩…やっぱり、凄いね」
「永田の――オサナナ先輩も凄いじゃん」
この前クラスの教室から見た時に先輩の実践相手をしていた生徒とは、明らかに動きのレベルが違う。
先輩ももちろん凄い。相手の動きを読んで、予想して、敢えて攻撃を受けながらもう一手を繰り出す判断力と身体能力がある。
たった二回しか見ていなくても分かるほどのレベルだ。
だが、今回は、前回の実践訓練より素手での動作が多かった。
サーベルは次点だと言っていた先輩が、本来の戦い方を少しでも出来る相手――先輩の実力を引き出せる相手が、きっと、永田のオサナナ先輩なんだろう。
「…多分だけど、先輩の動きについてこれそうなの、オサナナ先輩だけじゃないか…?」
「――! うん、あのね…臣くんも、凄く強いんだ」
ぱぁっと、まるで花が咲いたように明るい表情になった永田は、またすぐに、乙女の様に頬を微かに赤く染めて、楽しそうにオサナナ先輩の事を語りだした。
「そりゃあ、ハイン先輩には敵わないかもしれないけど、毎日鍛錬を欠かさないし、槍を使わせたら、きっと、右に出る者はいないんじゃないかなぁ…。それにね、体は大きいけど繊細な動きが出来るから、ちょっとした事にもすぐ対処が出来るんだ」
「お、おう…そっか」
「あ、ご、ごめん…急に…」
永田の勢いに圧されて思わず身を引いてしまうと、永田は俺の反応を見て、恥ずかしそうに何度も俺に頭を下げた。
だが急に、はっとした様に表情を変えて俺に視線を向けてくる。
「そういえば、今だ…って、何が?」
「ん?」
「ハイン先輩と臣くんの手合わせを見て、呟いたでしょう?」
不思議そうに俺を見上げる永田を見返して、俺は「ああ…」なんて、ぼんやりと返した。
そういえば言ったかもしれない。先輩の戦いを見ていて夢中になっていたから、気付かなかった。
けど、教室はもう目の前だった。
「後でな。もう着くし」
二人で教室に入ると席について、授業の準備を始める。
時計を見れば、あと三分ほどで次の授業が始まるところだ。
先生を待つ間、五月から始まるというペアでの実践訓練の事を考えてみた。俺はあの動きをアシストしていくのか、と。
しかもあれが全力じゃないというのだから――先輩が言っていた『事前情報』というのは、確かに大事かもしれないと、今になって実感した。
一日の授業はあっという間に終わり、教室からは人が殆どいなくなった。
途端に静かになった教室は、何かをするには丁度良い。
そんなわけで、俺は永田に声をかけたのだ。
それからさらに時間が経ったころ、俺は数字がびっしりと埋め尽くされた数学のノートと教科書を閉じて、ぐーっと、背筋を伸ばした。
「はぁ~…永田、助かったよ。ありがとう」
「う、ううん、僕も、役に立てて良かった…。けど、里々春くん、数学苦手なんだね」
「数字の波が押し寄せてくるとどうにも眠くなってだめだ…」
さっきまで永田が丁寧に解説してくれていた教科書とノートを一緒に鞄にしまうと、俺は席を立つ。永田も俺と同じように席を立つと、二人で教室を出た。
「魔法は出来ても、こればっかりはなぁ…」
「…意外かも…」
「え、そうか?」
「う、うん…何でも出来そうなイメージが、あるから…」
「いやいや…俺も苦手なものあるって」
「そ、そうなんだ…。あの…聞いても良い?」
「なに? 数学教えてくれたお礼に答えられる事なら答えるけど」
俺の答えに、永田はほっとした様に肩をすとんと落とす。俺ってそんなに威圧感があるんだろうか。
こう言ってはなんだが、恥ずかしそうにちらちらと俺を見る永田の仕草は可愛らしい。兄貴とは違った可愛さがある。
何で恥ずかしそうにするのかは、分からないけど。
「なんだよ、どうした?」
「あ、あの、二つ、聞きたい事があるんだけど…」
「うん?」
わざわざ聞いて良いのかと許可をとってから聞いてくるという事は、聞きづらい事でもあるのだろうか。
それも、思わず恥ずかしくなってしまうようなこと。
「あの…里々春くんも、その…第二性はSubだよね…?」
「そうだけど」
「その…あの…や、やっぱり、一個目はいいや」
言いにくそうにした後、永田は恥ずかしそうに頬を染めて軽く首を振った。
第二性に関する事はかなりセンシティブだし、聞くには少し、勇気が要る。
うん、多分、これが普通の感覚なんだろうな。先輩が同室だと、その辺、俺も感覚が少しおかしくなってる気もするけど。
「じゃあ、二個目は?」
だから永田の口から出なかった一つ目の質問については、特に言及せずにいることにした。本当に必要なら聞いてくるだろう。
永田も、俺が追及しなかったからか安堵の息を吐き出した。
「二個目は、その…臣くんとハイン先輩の実践訓練を見てた時の事なんだけど…」
「――ああ! 後でって言ったやつか?」
はっとして永田を見ると、彼は何度か頷いて俺を見上げた。
「そう言えばまだ話してなかった…って、そんなに気になるのか? 大したことでもないだろうに」
「そ、そんな事ないよ! あの時の里々春くん、凄く集中してたし…きっと、すごく大事な気がするんだ…。僕、臣くんのアシストも出来るようになりたいから…」
一つ目の質問をする時に照れていたはずの永田が、今は真剣な目で俺を見て、ぐっと拳を握る。
入学してまだ一週間だし、普通なら、学校に慣れることや一般課程の授業についていくことでいっぱいないはずだ。少なくとも、俺は一般課程の授業においてはそう。
だが、永田は俺に視線を向けて、まるで俺の一挙一動さえも見落とさないように見てくる。
単純に、それが不思議だった。
魔力器官の特性が治療型であるはずの永田が、どうしてアシストも出来るようになりたいと言うのか。
「あー…とりあえず、寮に向かいながら話そう」
「あ、あ、う、うん…!」
いつのまにか止まってしまっていた足を動かしだし、永田は、ぱっと花が咲いたように明るい顔をして、俺の後ろをついて歩き出した。
バスで五分。寮のバス停まで辿り着き、そばにあるコンビニで緑茶を購入してから、寮になっているタワーマンションのエントランスまで歩いた。
「部屋で話す?」
「え?! そ、そこまでは…その、だって、ハイン先輩もいるだろうし…」
「そっか」
いまさらセンター街に行ってたんじゃ帰りも遅くなるからと、エントランス前の端の方で話をすることにした。
「あれだよ、先輩の動きを見て、このタイミングにアシスト魔法を使ったら、きっとめちゃくちゃ気持ちよく戦えるんだろうなって思って」
本当に、たいしたことない話だ。
だが、永田は茶色い瞳を爛々と輝かせて、まるで次の話をせがむ子供のように耳を傾けてくる。
「里々春くんって、アシストする時そういう事考えてるの?」
「あー、いや…なんていうか、俺が前線で戦うとしたら、このタイミングでこのアシストが欲しいなって…。ほら、戦いの主力は武力型とか、攻撃型とか、ペアを組む相手だからさ。だから、どうやったらそいつを強く出来るのか、守れるのかって」
「――主力はペアの相手…」
俺の言葉を噛み締める様に呟いたあと、永田は、深く息を吐いてから頷いた。
何に納得したのかはわからないが、本人の中に、腑に落ちるものがあったようだ。
「けど、そもそも永田は治療型だろ?」
「う、うん…けど…僕、その…アシスト魔法も、使えないわけじゃなくて…」
「まあ、中学でやるし」
「そ、そうなんだけど…その…僕…中級のアシストぐらいなら…」
「え?」
中級のアシストぐらいなら…?
驚く俺をよそに、永田は恥ずかしそうに照れて「たまたま、なんだけど…」と口にする。
初歩の初歩であるシールド、武器強化、それから自分自身にかけるアシスト魔法は中学で習う。
だが中級は、中学でやるものでもなく、この学校に通うアシスト型魔法の勉強をするような人たちが習うものだ。
治療型を特性として持つ人が簡単に使えるものでもないはずなのに。
「でも、すごく難しくて…僕、臣くんのアシストしたいのに…」
「もしかして永田って…次点持ち?」
「え…あ、う、うん…一応…」
でも、全然まだまだで…。
恥ずかしそうに、もじもじとしている永田の見た目や仕草からは、永田が『次点持ち』の魔力器官の才溢れる子だとは、想像もつかない。
「最初はね、全然、使えなかったんだ…。でも、臣くんのこと、アシストしたくて…。それで、自分で勉強をし始めたんだ」
「じゃあ、最初から中級レベルのアシスト型魔法が使えたわけじゃないってことか…?」
「えっと…う、うん…」
むしろ、なんでこんな質問をされてるのか永田はわかっていないみたいに小さく首を傾げる。
人形みたいな可愛らしさで首を傾げるもんだから、見れば見るほど『次点持ちです』といった印象からは遠ざかってしまう。
けど、そんな、人形みたいに可愛らしく、小柄で大人しそうで、少し、自分に自信がなさそうな『永田』という人間は、もしかしたら、とんでもないヤツなのかもしれない。
とんでもないほど『努力が出来る人間』だ。
「…永田ってさ…凄いな」
「へ…? そ、そんな事ないよ! ほんとに、その、たまたまだし…」
「たまたまって言うけど、絶対、そんな事ないと思う。だって最初から中級レベルが使えたわけじゃないんだろ?」
「え? う、うん…けど、臣くんの力になりたいって、小さい頃から、その、思ってたから…」
また、永田は照れてはにかむ。
俺はその姿に言葉を忘れそうになった。
幼馴染の二人は、きっと運よく第二性もDomとSubだった。そして二人とも強い魔力器官を持ち、かたや武力型、かたや治療型で、それでも、もっとサポートがしたいからとアシスト型という手札も掴みとった。
オサナナ先輩というピースに、もう少しで自分のピースがぴったりとハマりそうだからと、ずっと自分を研磨してきたんだろう。
「…やっぱ、なんか、凄いな」
「え?」
「だって永田、ずっとオサナナ先輩のために努力してたわけだろ? それでアシスト魔法だって使えるようになりたいってさ…なんか…俺よりずっと立派だと思う」
「え? え? そ、そんなこと…!」
永田は首を痛めそうなぐらい、ブンブンと顔を横に振る。
けど、その茶色の瞳は輝いているようだった。
「あ、あの、また、分からないことがあれば聞いても良いかな…?」
「俺で答えられる事なら」
「あ、ありがとう…! そろそろ、帰るね」
「おう、また明日」
ほっと胸を撫でおろした永田は、少しだけ明るい顔をして、俺に手を振ってから「また明日ね」と、帰っていった。
永田の背中を見送ってから、俺もマンションのエントランスへと向かい、ロックをあけて中へ入る。
日が暮れていく中で乗り込んだ無機質な箱は、俺を機械的に上階まで運び出した。
永田はたった一人をアシストするために、その人のためだけに努力が出来る子なんだ。そのためにはどんな事だってしてみせると言い出す姿が、安易に想像出来てしまうほど。
対して、俺は殆ど努力する事もなく、魔力器官がただただ強いだけだ。
おまけに第二性はSubで、Sub性に対する被害のニュースを見て育ったために、そういった事を少しでも減らしたいという漠然とした思いだけでこの学校に入学した。
持て余していると、先輩は俺に言った。
その通りだと思う。俺は何もかも、持て余してる。
魔力を持て余して、ちょっと工夫すればだいたいのアシストは出来てしまう。だからここ最近の授業はつまらなくなってきている。早く実践訓練がしたいとも思う。
けど永田は多分違う。どんな小さなことでもオサナナ先輩のサポートに繋がるのであれば、きっと何だって苦にならない。
俺は、傲慢なんだ。
「あ、帰ってきた」
部屋の扉を開けると、リビングから先輩が顔を出す。
「――…」
この人も、実力を持て余していると聞いた。
持て余して、それを隠してここまでやってきた。
「う~ん? どうしたの? クロハ」
何も言わない俺のそばまでやってきて、先輩は俺の顔を下から覗き込む。碧い目がじっと俺を見つめて、不思議そうに閉じては開いてを繰り返した。
「…あ…いや…ちょっと、凄い奴に会って」
「え? クロハよりもすごい生徒なんてこの学校に居るかい? それってアシスト魔法の話だよね?」
「アシストというか…心構えというか…」
「あ~あ! なるほど」
先輩は俺の回答に満足したのか、体勢を元に戻すとリビングへ歩き出す。
俺も後を追うようにして玄関で靴を脱ぐと、途中で鞄を部屋に置いてからリビングに向かった。
夕日が遠くに見えるリビングのソファに腰かける先輩は、優雅に紅茶を飲んでいたらしい。テーブルにはティーポットと、同じデザインのカップが置かれていた。
「クロハが廊下の扉になってる」
突っ立ったままの俺に、先輩は笑った。
そしてソファの空いているスペースをぽんぽんと軽く叩く。
「ほらクロハ。Come」
いま、この人の隣に座ってもいいものなのだろうか。
そんな戸惑いを察知されたのか、先輩は良い微笑みのまま俺にcommandを放った。
強くない。多分、強制力みたいなものもそんなにない。
まるでゆるりと腕を引かれるような、そんな優しいcommandに導かれるようにして俺の体は従順に動き、素直に先輩の隣に腰を降ろした。
「Good boy」
頭を撫でられる。じんわりと、心に何かが広がっていく。
温かいと感じるのはSubの本能が満たされていくからで、心からの満足感みたいなものじゃない、と、思う。
「で、何があったんだい?」
「そんな、たいしたことじゃないですよ」
「そう? でもクロハ、ちょっとだけむくれてるだろう?」
「…は?」
むくれてる? 俺が? むくれてるとは、つまり、拗ねているという事か?
言葉の意味が分からない。
思わず怪訝な顔をしてしまっただろう俺に、先輩は優しい笑みを浮かべたまま、頭を撫で続ける。
「自分にはない才能に出会った、とか?」
「…盗聴器でも仕掛けました?」
「あ、当たりだ。でも盗聴器なんて仕掛けてないよ。実はさっき、クロハと、オミアキのオサナナくんが話してるところ、見ただけ」
どうやら先輩は、俺たちが話していたところを横切ったらしい。全然気付かなかった。
「俺…ほんとはアシストって、斜め後ろからだとちょっとやりにくいんですよね」
「うん。それで?」
「自分にもアシストかけて、防御ガン積めして、アクセルで足も速くして…相手翻弄する立ち回りとか、ホントはそういうのが好きで」
武力型や攻撃型がフィールドを自由に駆け巡るのと同じように、本当は、ただ後ろで大人しくしているなんて出来ないのだ。
だって、どうせなら同じ風に乗りたい。同じように動いて、惑わせて、スキを作って…。
「破天荒な上級者だねぇ、それ」
そんなのアシストの役割じゃないじゃん、なんて言わずに、先輩は柔らかな微笑みを俺に向けて、耳を傾けてくれる。
「あるいは距離をめちゃくちゃ開けて、高いところで見てたいんです。今日も、永田のオサナナ先輩と先輩の実践訓練見てましたけど…」
特別棟の廊下から見下ろすグラウンドで動いていた、赤とクリーム色。
ぱっと目を惹くだけでなく、どう動きたいのか、どんな攻撃を仕掛けたいのかも、距離が離れているにも関わらず理解が出来た。
「ここでアクセル入れたら、多分すげぇキマるだろうなとか、ここで強化使ったら確実に相手の武器落とせるよなって思って…。けど、多分、離れすぎたところにいると、チーム組む相手は不安だろうし、ちょこまかされると逆に邪魔だろうから」
普通に考えれば、サポーターが前に出て良いことなんてないんだろうな。RPGのゲームでもそうだし。
メインアタッカーの役割を果たす武力型や攻撃型の動線を塞ぎかねないし、そうなると、誤って攻撃を当てないように気を回さなきゃいけなくなる。
本当に息が合った動きが出来ないと、ただ癖が強いだけの邪魔者とおんなじだ。
それに、相手に会わせる事が出来たとしても…。
そんな事が出来てしまうと周りが知れば、ただでさえ褒めてくれないのに、今よりももっと、出来て当たり前なんて見られるに決まってる。
だから俺は、永田みたいに、なれないんだ。
「それは、訓練次第じゃないかな」
俺の気持ちなど、先輩は露知らず。
それでも俺の頭を撫で続けた。
「夏休み前に、他校と交流を兼ねた大型の実践訓練があるのは、知っているかい?」
「え…いや」
「トーナメント形式で実践訓練をしていくんだ。別に優勝しても景品や商品があるわけじゃないけど、卒業後にお世話になる上官たちに目をかけてもらいやすくなる機会でね。いわゆるエリート街道に乗れるってところかな。僕は正直そういうのには興味ないんだけど──」
「まあ、それはわかります」
そもそも、先輩はすでに高い成績をおさめているだろうし、上官に目をかけてもらえる機会を利用しなくたって、この人はきっと目立つだろう。
手にしたサーベルは囮で、実は拳が本命ですなんて戦闘スタイルは、きっとすごく珍しいに違いない。
そして俺も、多分、目立つ方だ。
黒い髪に、赤い目。それに魔力器官が強いという事もあって十分目立つ。
俺たちは二人とも、そもそも、エリート街道に乗れるための下準備をする必要がないほど、注目を集めやすいのだ。
「だよねぇ~。けど、優勝なんかに興味はなくても、リミッターを外せる良い機会だと思わないかい?」
「──本気を出せる場所、って事っすか」
「うんうん。全国トーナメントの本番前には、学校の代表二組を決める校内トーナメントが行われるしね。ほら、一般の学校だとウンドウカイってあるだろう? あんな感じ」
「なるほど…」
「クロハにその気があるなら、僕は、出てみても良いと思うんだ」
どうかな? と俺に聞く先輩の目は、優しい。
『本気』で──それは、とても良い響きだ。
つまらない授業。そつなくこなす事だけを覚えてしまって、周りが魔法の受業を浮足立ったり、明らかに楽しみにしているのを横目に「こんなものなのか」と思って過ごしてきた。
心の中に渇き切った風が吹いて、虚しく通り抜けていく様な感覚だったのは、確かだ。
けど、先輩の言うようにトーナメントに出場したとして、それで俺は、どうしたいんだろう。
「…ちょっと…考えます」
「うん、わかった。決まったら教えてよ」
「すみません」
「いやいや~! 入学してまだ一週間だよ? 気楽にいこう、気楽にね」
先輩の言葉に甘えることにして、俺は頷くと、ソファから立ち上がる。
「着替えてきます」
「はいは~い」
一応、先輩に声をかけてからプライベートルームに向かった。
考えるとは言っても、返事は早めにしたほうが良いだろう。
夏休み前に本番ということは、七月には全国トーナメントが始まるだろうから…と、逆算して考えていく。
(…え、さすがに間に合わないんじゃねえ?)
それが、俺が今、たどり着けた答えだった。
この一週間、授業を終えて寮に戻り、先輩とCommand混じりのコミュニケーションをとって過ごした。
ペアとして、この学校に入学した生徒として必要になる実践訓練に向けた情報交換から、趣味はなんだの、一般課程の授業はどうだのといった、日常生活に関するコミュニケーションに至るまで、だ。
こんなところでCommandを入れる必要もないんじゃないかと思うような、ちょっとしたことでも先輩はCommandを入れたがり、そして、やっぱりちょっとしたことでも頭を撫でてくる。
甘やかしたいタイプだと言っていたのも嘘じゃなさそうだと、ようやく俺は、確信を持ち始めた。
けど、一週間もすると色々と慣れてくるものだ。
先輩のCommandにも少しずつだが慣れを感じてきているし、授業についてもそう。
一般課程においてはともかく、俺たちが一番力を入れている魔法の授業においては、すっかり慣れてしまった。
「り、里々春くん…つまらなそう、だね」
「つまんないわけじゃないけどさ、ちょっと、物足りないんだよな」
永田の言葉に、俺はあくびをかみ殺してから答え、頭一つ分小さい永田を見下ろした。
「永田だって、治療型の授業じゃ一週間で人気者じゃんか。物足りなく感じないの?」
「そ、そんなこと…。ほんとに、たまたまで…」
永田は照れたように、控えめに微笑む。
謙遜してるけど、これは多分、嫌味とかではなく本気でそう思っていそうだ。
この『魔力器官がそれなりに強い子供』が集まっている場所で、魔力器官に関する授業で人気者になるという事がどういう事か、永田も分かっていないわけじゃないだろうに。…いや、永田なら、分かってなくても不思議ではないかもしれない。
雰囲気的に、そんな感じがする。ぽわっとしてるというか、周りが見えていないというか。
魔力器官の受業終了後、特別棟から一般棟へ向かって進む人の並みに逆らわず、流れるように俺たちも進んだ。
グラウンドからは武力型の授業を受けている声が響いていて、俺たちは、声に惹かれるようにして廊下の窓から外へと視線を向けた。
今日は永田のオサナナと先輩がペアになって実践するらしく、オサナナ先輩は長槍を、先輩はサーベルを持ち、間合いをとって向かい合っていた。
他の先輩たちも、同じように、間合いをとって向き合っている。
(赤とクリーム色…。めちゃくちゃ目立ってるじゃん…)
だからこそ、すぐに見つけられるのだが。
「…あ…臣くん…。ハイン先輩となんだ…」
オサナナ先輩を見つけたらしい永田の声は、ふわふわと、浮足立っているかのように柔らかかった。
二人は武器を構えると同時に踏み込み、オサナナ先輩が槍先を先輩の胴に向けて横に振り被った。先輩がサーベルの刃で槍先をいなす。
先輩はサーベルの刃を槍先につけたまま思い切りオサナナ先輩に近づいた。
「──…あ…」
ふと、入試の時に交わした言葉を思い出す。
『あー…じゃあ、相手に距離を詰められたら、反撃したい派ですか? それとも、守って隙を伺いたい派ですか?』
『うん? うーん、反撃したいほう、かな?』
反撃をしたいという先輩に加速魔法を入れるなら、きっと、今だ。
相手に近付きたい時にアクセルをかけてもらうと、武力型はきっと気持ちが良い。
相手の不意をついて、予想以上の速度でぐんと近付ける。相手の意表を突く事もでき、場合によっては隙も作れる。
オサナナ先輩に近付いた先輩は、頭を振りかぶった。
石頭が激突すると思いきや、オサナナ先輩は行動を読み、先輩の腹部目掛けて蹴りを入れる。
「わ、わぁ…臣くん…」
隣で永田が漏らした、どこか恍惚を含んだ声もぼんやりとしか聞こえないほど、俺は外の様子に夢中になっていた。
先輩は蹴られた腹を抱えるも、すぐにサーベルを構えてもう一度踏み込むと振りかぶる。
オサナナ先輩が槍先をサーベルの内刃に引っ掛け、サーベルの軌道を逸らした。
先輩は体を回転させて軌道が逸れたサーベルを高く持ち上げると、今度は右の拳をオサナナ先輩の腹に向けて打ち込もうとする。
(…動きが丸見え…? なんで…)
あからさま過ぎる拳を、オサナナ先輩が受け止める。
その瞬間、先輩はサーベルを地面に突き刺すと左手で拳を作り、オサナナ先輩の、槍を握る手首に打ち込んだ。
「――! 今だ…」
この瞬間に肉体強化のアシスト魔法を入れたら確実に決まる!
本命は、槍を握る手首に打ち込んだ、今の一撃だ。
動きを敢えてオサナナ先輩に見せるようにして拳を打ち込もうとしたのは、槍をオサナナ先輩の手から落とすためだ。
この次は、もし俺が武力型で、動くのだとしたら…と想像したところで、二人は動きを止めて向きなおると、互いに距離をあけて一礼した。
実践訓練はここまでらしい。
「すっげ~…」
「やっぱハイン先輩ってすごい優秀なんだね」
「だって祝辞の挨拶してたくらいだよ?」
「生徒会長でしょ?」
どうやら他のクラスの生徒たちも俺や永田と同じように、窓辺に張り付いて三年の実践訓練を見ていたようだ。
彼らが止めていた足を動かしだし、本来の目的地である教室に向かって歩き出す。
俺と永田も、同じように、一般教室へ向けて歩き出した。
「は、ハイン先輩…やっぱり、凄いね」
「永田の――オサナナ先輩も凄いじゃん」
この前クラスの教室から見た時に先輩の実践相手をしていた生徒とは、明らかに動きのレベルが違う。
先輩ももちろん凄い。相手の動きを読んで、予想して、敢えて攻撃を受けながらもう一手を繰り出す判断力と身体能力がある。
たった二回しか見ていなくても分かるほどのレベルだ。
だが、今回は、前回の実践訓練より素手での動作が多かった。
サーベルは次点だと言っていた先輩が、本来の戦い方を少しでも出来る相手――先輩の実力を引き出せる相手が、きっと、永田のオサナナ先輩なんだろう。
「…多分だけど、先輩の動きについてこれそうなの、オサナナ先輩だけじゃないか…?」
「――! うん、あのね…臣くんも、凄く強いんだ」
ぱぁっと、まるで花が咲いたように明るい表情になった永田は、またすぐに、乙女の様に頬を微かに赤く染めて、楽しそうにオサナナ先輩の事を語りだした。
「そりゃあ、ハイン先輩には敵わないかもしれないけど、毎日鍛錬を欠かさないし、槍を使わせたら、きっと、右に出る者はいないんじゃないかなぁ…。それにね、体は大きいけど繊細な動きが出来るから、ちょっとした事にもすぐ対処が出来るんだ」
「お、おう…そっか」
「あ、ご、ごめん…急に…」
永田の勢いに圧されて思わず身を引いてしまうと、永田は俺の反応を見て、恥ずかしそうに何度も俺に頭を下げた。
だが急に、はっとした様に表情を変えて俺に視線を向けてくる。
「そういえば、今だ…って、何が?」
「ん?」
「ハイン先輩と臣くんの手合わせを見て、呟いたでしょう?」
不思議そうに俺を見上げる永田を見返して、俺は「ああ…」なんて、ぼんやりと返した。
そういえば言ったかもしれない。先輩の戦いを見ていて夢中になっていたから、気付かなかった。
けど、教室はもう目の前だった。
「後でな。もう着くし」
二人で教室に入ると席について、授業の準備を始める。
時計を見れば、あと三分ほどで次の授業が始まるところだ。
先生を待つ間、五月から始まるというペアでの実践訓練の事を考えてみた。俺はあの動きをアシストしていくのか、と。
しかもあれが全力じゃないというのだから――先輩が言っていた『事前情報』というのは、確かに大事かもしれないと、今になって実感した。
一日の授業はあっという間に終わり、教室からは人が殆どいなくなった。
途端に静かになった教室は、何かをするには丁度良い。
そんなわけで、俺は永田に声をかけたのだ。
それからさらに時間が経ったころ、俺は数字がびっしりと埋め尽くされた数学のノートと教科書を閉じて、ぐーっと、背筋を伸ばした。
「はぁ~…永田、助かったよ。ありがとう」
「う、ううん、僕も、役に立てて良かった…。けど、里々春くん、数学苦手なんだね」
「数字の波が押し寄せてくるとどうにも眠くなってだめだ…」
さっきまで永田が丁寧に解説してくれていた教科書とノートを一緒に鞄にしまうと、俺は席を立つ。永田も俺と同じように席を立つと、二人で教室を出た。
「魔法は出来ても、こればっかりはなぁ…」
「…意外かも…」
「え、そうか?」
「う、うん…何でも出来そうなイメージが、あるから…」
「いやいや…俺も苦手なものあるって」
「そ、そうなんだ…。あの…聞いても良い?」
「なに? 数学教えてくれたお礼に答えられる事なら答えるけど」
俺の答えに、永田はほっとした様に肩をすとんと落とす。俺ってそんなに威圧感があるんだろうか。
こう言ってはなんだが、恥ずかしそうにちらちらと俺を見る永田の仕草は可愛らしい。兄貴とは違った可愛さがある。
何で恥ずかしそうにするのかは、分からないけど。
「なんだよ、どうした?」
「あ、あの、二つ、聞きたい事があるんだけど…」
「うん?」
わざわざ聞いて良いのかと許可をとってから聞いてくるという事は、聞きづらい事でもあるのだろうか。
それも、思わず恥ずかしくなってしまうようなこと。
「あの…里々春くんも、その…第二性はSubだよね…?」
「そうだけど」
「その…あの…や、やっぱり、一個目はいいや」
言いにくそうにした後、永田は恥ずかしそうに頬を染めて軽く首を振った。
第二性に関する事はかなりセンシティブだし、聞くには少し、勇気が要る。
うん、多分、これが普通の感覚なんだろうな。先輩が同室だと、その辺、俺も感覚が少しおかしくなってる気もするけど。
「じゃあ、二個目は?」
だから永田の口から出なかった一つ目の質問については、特に言及せずにいることにした。本当に必要なら聞いてくるだろう。
永田も、俺が追及しなかったからか安堵の息を吐き出した。
「二個目は、その…臣くんとハイン先輩の実践訓練を見てた時の事なんだけど…」
「――ああ! 後でって言ったやつか?」
はっとして永田を見ると、彼は何度か頷いて俺を見上げた。
「そう言えばまだ話してなかった…って、そんなに気になるのか? 大したことでもないだろうに」
「そ、そんな事ないよ! あの時の里々春くん、凄く集中してたし…きっと、すごく大事な気がするんだ…。僕、臣くんのアシストも出来るようになりたいから…」
一つ目の質問をする時に照れていたはずの永田が、今は真剣な目で俺を見て、ぐっと拳を握る。
入学してまだ一週間だし、普通なら、学校に慣れることや一般課程の授業についていくことでいっぱいないはずだ。少なくとも、俺は一般課程の授業においてはそう。
だが、永田は俺に視線を向けて、まるで俺の一挙一動さえも見落とさないように見てくる。
単純に、それが不思議だった。
魔力器官の特性が治療型であるはずの永田が、どうしてアシストも出来るようになりたいと言うのか。
「あー…とりあえず、寮に向かいながら話そう」
「あ、あ、う、うん…!」
いつのまにか止まってしまっていた足を動かしだし、永田は、ぱっと花が咲いたように明るい顔をして、俺の後ろをついて歩き出した。
バスで五分。寮のバス停まで辿り着き、そばにあるコンビニで緑茶を購入してから、寮になっているタワーマンションのエントランスまで歩いた。
「部屋で話す?」
「え?! そ、そこまでは…その、だって、ハイン先輩もいるだろうし…」
「そっか」
いまさらセンター街に行ってたんじゃ帰りも遅くなるからと、エントランス前の端の方で話をすることにした。
「あれだよ、先輩の動きを見て、このタイミングにアシスト魔法を使ったら、きっとめちゃくちゃ気持ちよく戦えるんだろうなって思って」
本当に、たいしたことない話だ。
だが、永田は茶色い瞳を爛々と輝かせて、まるで次の話をせがむ子供のように耳を傾けてくる。
「里々春くんって、アシストする時そういう事考えてるの?」
「あー、いや…なんていうか、俺が前線で戦うとしたら、このタイミングでこのアシストが欲しいなって…。ほら、戦いの主力は武力型とか、攻撃型とか、ペアを組む相手だからさ。だから、どうやったらそいつを強く出来るのか、守れるのかって」
「――主力はペアの相手…」
俺の言葉を噛み締める様に呟いたあと、永田は、深く息を吐いてから頷いた。
何に納得したのかはわからないが、本人の中に、腑に落ちるものがあったようだ。
「けど、そもそも永田は治療型だろ?」
「う、うん…けど…僕、その…アシスト魔法も、使えないわけじゃなくて…」
「まあ、中学でやるし」
「そ、そうなんだけど…その…僕…中級のアシストぐらいなら…」
「え?」
中級のアシストぐらいなら…?
驚く俺をよそに、永田は恥ずかしそうに照れて「たまたま、なんだけど…」と口にする。
初歩の初歩であるシールド、武器強化、それから自分自身にかけるアシスト魔法は中学で習う。
だが中級は、中学でやるものでもなく、この学校に通うアシスト型魔法の勉強をするような人たちが習うものだ。
治療型を特性として持つ人が簡単に使えるものでもないはずなのに。
「でも、すごく難しくて…僕、臣くんのアシストしたいのに…」
「もしかして永田って…次点持ち?」
「え…あ、う、うん…一応…」
でも、全然まだまだで…。
恥ずかしそうに、もじもじとしている永田の見た目や仕草からは、永田が『次点持ち』の魔力器官の才溢れる子だとは、想像もつかない。
「最初はね、全然、使えなかったんだ…。でも、臣くんのこと、アシストしたくて…。それで、自分で勉強をし始めたんだ」
「じゃあ、最初から中級レベルのアシスト型魔法が使えたわけじゃないってことか…?」
「えっと…う、うん…」
むしろ、なんでこんな質問をされてるのか永田はわかっていないみたいに小さく首を傾げる。
人形みたいな可愛らしさで首を傾げるもんだから、見れば見るほど『次点持ちです』といった印象からは遠ざかってしまう。
けど、そんな、人形みたいに可愛らしく、小柄で大人しそうで、少し、自分に自信がなさそうな『永田』という人間は、もしかしたら、とんでもないヤツなのかもしれない。
とんでもないほど『努力が出来る人間』だ。
「…永田ってさ…凄いな」
「へ…? そ、そんな事ないよ! ほんとに、その、たまたまだし…」
「たまたまって言うけど、絶対、そんな事ないと思う。だって最初から中級レベルが使えたわけじゃないんだろ?」
「え? う、うん…けど、臣くんの力になりたいって、小さい頃から、その、思ってたから…」
また、永田は照れてはにかむ。
俺はその姿に言葉を忘れそうになった。
幼馴染の二人は、きっと運よく第二性もDomとSubだった。そして二人とも強い魔力器官を持ち、かたや武力型、かたや治療型で、それでも、もっとサポートがしたいからとアシスト型という手札も掴みとった。
オサナナ先輩というピースに、もう少しで自分のピースがぴったりとハマりそうだからと、ずっと自分を研磨してきたんだろう。
「…やっぱ、なんか、凄いな」
「え?」
「だって永田、ずっとオサナナ先輩のために努力してたわけだろ? それでアシスト魔法だって使えるようになりたいってさ…なんか…俺よりずっと立派だと思う」
「え? え? そ、そんなこと…!」
永田は首を痛めそうなぐらい、ブンブンと顔を横に振る。
けど、その茶色の瞳は輝いているようだった。
「あ、あの、また、分からないことがあれば聞いても良いかな…?」
「俺で答えられる事なら」
「あ、ありがとう…! そろそろ、帰るね」
「おう、また明日」
ほっと胸を撫でおろした永田は、少しだけ明るい顔をして、俺に手を振ってから「また明日ね」と、帰っていった。
永田の背中を見送ってから、俺もマンションのエントランスへと向かい、ロックをあけて中へ入る。
日が暮れていく中で乗り込んだ無機質な箱は、俺を機械的に上階まで運び出した。
永田はたった一人をアシストするために、その人のためだけに努力が出来る子なんだ。そのためにはどんな事だってしてみせると言い出す姿が、安易に想像出来てしまうほど。
対して、俺は殆ど努力する事もなく、魔力器官がただただ強いだけだ。
おまけに第二性はSubで、Sub性に対する被害のニュースを見て育ったために、そういった事を少しでも減らしたいという漠然とした思いだけでこの学校に入学した。
持て余していると、先輩は俺に言った。
その通りだと思う。俺は何もかも、持て余してる。
魔力を持て余して、ちょっと工夫すればだいたいのアシストは出来てしまう。だからここ最近の授業はつまらなくなってきている。早く実践訓練がしたいとも思う。
けど永田は多分違う。どんな小さなことでもオサナナ先輩のサポートに繋がるのであれば、きっと何だって苦にならない。
俺は、傲慢なんだ。
「あ、帰ってきた」
部屋の扉を開けると、リビングから先輩が顔を出す。
「――…」
この人も、実力を持て余していると聞いた。
持て余して、それを隠してここまでやってきた。
「う~ん? どうしたの? クロハ」
何も言わない俺のそばまでやってきて、先輩は俺の顔を下から覗き込む。碧い目がじっと俺を見つめて、不思議そうに閉じては開いてを繰り返した。
「…あ…いや…ちょっと、凄い奴に会って」
「え? クロハよりもすごい生徒なんてこの学校に居るかい? それってアシスト魔法の話だよね?」
「アシストというか…心構えというか…」
「あ~あ! なるほど」
先輩は俺の回答に満足したのか、体勢を元に戻すとリビングへ歩き出す。
俺も後を追うようにして玄関で靴を脱ぐと、途中で鞄を部屋に置いてからリビングに向かった。
夕日が遠くに見えるリビングのソファに腰かける先輩は、優雅に紅茶を飲んでいたらしい。テーブルにはティーポットと、同じデザインのカップが置かれていた。
「クロハが廊下の扉になってる」
突っ立ったままの俺に、先輩は笑った。
そしてソファの空いているスペースをぽんぽんと軽く叩く。
「ほらクロハ。Come」
いま、この人の隣に座ってもいいものなのだろうか。
そんな戸惑いを察知されたのか、先輩は良い微笑みのまま俺にcommandを放った。
強くない。多分、強制力みたいなものもそんなにない。
まるでゆるりと腕を引かれるような、そんな優しいcommandに導かれるようにして俺の体は従順に動き、素直に先輩の隣に腰を降ろした。
「Good boy」
頭を撫でられる。じんわりと、心に何かが広がっていく。
温かいと感じるのはSubの本能が満たされていくからで、心からの満足感みたいなものじゃない、と、思う。
「で、何があったんだい?」
「そんな、たいしたことじゃないですよ」
「そう? でもクロハ、ちょっとだけむくれてるだろう?」
「…は?」
むくれてる? 俺が? むくれてるとは、つまり、拗ねているという事か?
言葉の意味が分からない。
思わず怪訝な顔をしてしまっただろう俺に、先輩は優しい笑みを浮かべたまま、頭を撫で続ける。
「自分にはない才能に出会った、とか?」
「…盗聴器でも仕掛けました?」
「あ、当たりだ。でも盗聴器なんて仕掛けてないよ。実はさっき、クロハと、オミアキのオサナナくんが話してるところ、見ただけ」
どうやら先輩は、俺たちが話していたところを横切ったらしい。全然気付かなかった。
「俺…ほんとはアシストって、斜め後ろからだとちょっとやりにくいんですよね」
「うん。それで?」
「自分にもアシストかけて、防御ガン積めして、アクセルで足も速くして…相手翻弄する立ち回りとか、ホントはそういうのが好きで」
武力型や攻撃型がフィールドを自由に駆け巡るのと同じように、本当は、ただ後ろで大人しくしているなんて出来ないのだ。
だって、どうせなら同じ風に乗りたい。同じように動いて、惑わせて、スキを作って…。
「破天荒な上級者だねぇ、それ」
そんなのアシストの役割じゃないじゃん、なんて言わずに、先輩は柔らかな微笑みを俺に向けて、耳を傾けてくれる。
「あるいは距離をめちゃくちゃ開けて、高いところで見てたいんです。今日も、永田のオサナナ先輩と先輩の実践訓練見てましたけど…」
特別棟の廊下から見下ろすグラウンドで動いていた、赤とクリーム色。
ぱっと目を惹くだけでなく、どう動きたいのか、どんな攻撃を仕掛けたいのかも、距離が離れているにも関わらず理解が出来た。
「ここでアクセル入れたら、多分すげぇキマるだろうなとか、ここで強化使ったら確実に相手の武器落とせるよなって思って…。けど、多分、離れすぎたところにいると、チーム組む相手は不安だろうし、ちょこまかされると逆に邪魔だろうから」
普通に考えれば、サポーターが前に出て良いことなんてないんだろうな。RPGのゲームでもそうだし。
メインアタッカーの役割を果たす武力型や攻撃型の動線を塞ぎかねないし、そうなると、誤って攻撃を当てないように気を回さなきゃいけなくなる。
本当に息が合った動きが出来ないと、ただ癖が強いだけの邪魔者とおんなじだ。
それに、相手に会わせる事が出来たとしても…。
そんな事が出来てしまうと周りが知れば、ただでさえ褒めてくれないのに、今よりももっと、出来て当たり前なんて見られるに決まってる。
だから俺は、永田みたいに、なれないんだ。
「それは、訓練次第じゃないかな」
俺の気持ちなど、先輩は露知らず。
それでも俺の頭を撫で続けた。
「夏休み前に、他校と交流を兼ねた大型の実践訓練があるのは、知っているかい?」
「え…いや」
「トーナメント形式で実践訓練をしていくんだ。別に優勝しても景品や商品があるわけじゃないけど、卒業後にお世話になる上官たちに目をかけてもらいやすくなる機会でね。いわゆるエリート街道に乗れるってところかな。僕は正直そういうのには興味ないんだけど──」
「まあ、それはわかります」
そもそも、先輩はすでに高い成績をおさめているだろうし、上官に目をかけてもらえる機会を利用しなくたって、この人はきっと目立つだろう。
手にしたサーベルは囮で、実は拳が本命ですなんて戦闘スタイルは、きっとすごく珍しいに違いない。
そして俺も、多分、目立つ方だ。
黒い髪に、赤い目。それに魔力器官が強いという事もあって十分目立つ。
俺たちは二人とも、そもそも、エリート街道に乗れるための下準備をする必要がないほど、注目を集めやすいのだ。
「だよねぇ~。けど、優勝なんかに興味はなくても、リミッターを外せる良い機会だと思わないかい?」
「──本気を出せる場所、って事っすか」
「うんうん。全国トーナメントの本番前には、学校の代表二組を決める校内トーナメントが行われるしね。ほら、一般の学校だとウンドウカイってあるだろう? あんな感じ」
「なるほど…」
「クロハにその気があるなら、僕は、出てみても良いと思うんだ」
どうかな? と俺に聞く先輩の目は、優しい。
『本気』で──それは、とても良い響きだ。
つまらない授業。そつなくこなす事だけを覚えてしまって、周りが魔法の受業を浮足立ったり、明らかに楽しみにしているのを横目に「こんなものなのか」と思って過ごしてきた。
心の中に渇き切った風が吹いて、虚しく通り抜けていく様な感覚だったのは、確かだ。
けど、先輩の言うようにトーナメントに出場したとして、それで俺は、どうしたいんだろう。
「…ちょっと…考えます」
「うん、わかった。決まったら教えてよ」
「すみません」
「いやいや~! 入学してまだ一週間だよ? 気楽にいこう、気楽にね」
先輩の言葉に甘えることにして、俺は頷くと、ソファから立ち上がる。
「着替えてきます」
「はいは~い」
一応、先輩に声をかけてからプライベートルームに向かった。
考えるとは言っても、返事は早めにしたほうが良いだろう。
夏休み前に本番ということは、七月には全国トーナメントが始まるだろうから…と、逆算して考えていく。
(…え、さすがに間に合わないんじゃねえ?)
それが、俺が今、たどり着けた答えだった。
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