最強魔術師は褒められたい

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最強魔術師は褒められたい 1

最強魔術師は褒められたい 序

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 遠くで響くアラームの音が、俺の眠りを妨げた。
 早く起きなさいと煩くて敵わないその音にのっそりと手を伸ばすと、手に触れた冷たい空気がさらに俺の意識を、現実世界へと押し上げていく。

「ん~…」

 スマホを見つけて煩いアラームを止めて体を起こすと、体が冷たい空気に晒されて、今出たばかりのベッドに逆戻りしたくなってしまった。

黒羽くろは~、起きたの?」

 そんな俺を制止するように、リビングから母さんの声が聞こえてくる。
 ゆっくりと、のっそりとした動きでベッドから出ると床についた足の裏から冷たさが伝わって、一瞬、体がぞわりと跳ねて床についた足をあげてしまう。
 とんとん、と、軽快なリズムが廊下を打つ音がしたあと、扉からノック音が聞こえてきた。返事もしてないのに部屋の扉が開くと、もうとっくに、シャキッとしている母さんが顔を出して、寝起きの俺を見るなり腰に手を当てると呆れたという顔をした。

「あんた、今日入試でしょ? 大丈夫なの?」
「ん~…大丈夫…」
「朝ご飯、出来てるからね」

 俺の部屋に踏み込んだ母さんは、部屋の隅にある窓際まで足を運ぶと容赦なしにカーテンを開ける。
 太陽の光りが窓から差し込んでくるのに、鳥肌が立った肌を暖めてくれる気配はまるでない。

「バス、時間あるんじゃないの?」
「わかってるって。大丈夫だよ」
「リビング、暖房つけてあるからね。早く準備しちゃいなさいよ」

 まだ少し眠気の残るぼんやりとした俺の声に、母さんは「仕方ないんだから」と俺に苦笑いをくれてから部屋を出て行った。
 扉は開いたままだが、流石にリビングにある暖房の温風は俺の部屋までは届かない。
 ベッドから立ち上がり、まずは朝のシャワーをして、それから朝食をとって、家を出て…と、頭の中で今日の予定を軽く整理しながら、俺はくわりと欠伸を一つかましてから部屋を出た。


 頭で整理した予定通りに動いてシャワーを浴びた後、脱衣所で髪を乾かす。
 鏡に写る俺は、今日が入試だというのに全くいつもと変わらない、緊張感のきの字もない顔をしていた。
 少し切れ長だと思われる赤い目に、いつも着ている中学のブレザー。手に持ったドライヤーの温風で巻き上げられた髪。
 しっかりと髪を乾かして櫛を通すと、鎖骨あたりまで毛先はあった。

(そろそろ切り時かな…)

 最後に耳の軟骨に一つ、黒曜石を模したプラスチックの塊が飾られたピアスを通す。
 そうして『いつもの俺』の出来上がりである。
 リビングに行くと、途端に体中がぽかぽかと温かくなった。母さん、かなり早い時間からリビングを暖めてくれていたみたいだ。
 そしてテーブルには『いつもと同じ』朝ご飯。目玉焼きとトースト、それからサラダに、野菜ジュース。
 席に座って「いただきます」と両手を合わせ、俺は、やっぱりいつも通り朝食にありついた。

「バスの時間は? ちゃんと調べたの?」

 キッチンから母さんが言う。俺は口の中のものを飲み込んでから「調べてあるから大丈夫」と答えて、苦笑した。

「母さんが行くんじゃないんだからさ。俺より落ち着かなくてどうするんだよ」
「そんな事言ったって、落ち着かないに決まってるでしょう? 自分が行くんじゃないからこそよ」

 わかってないわねと言いたげに、母さんは深い息を吐き出した。
 わかっていないのは本当だ。だって、俺はいつも通りだ。ただ、制服を着ていつもとは違う場所に行って、適当に、言われたままにやれば良いだけ。それでどうにかなる。

「遅刻だけはしないようにするよ」

 俺は手に持ったままのパンを、もう一度食んだ。



 頬を刺すようなビル風が吹く中バスを待ち、やってきたバスに乗り込んで揺られること数十分。都内二十三区ほどの広さをもつ海の上に造られた人工島がバスの目的地だ。
 本土とその人工島を結ぶ大橋を渡るバスの中に居る他の乗客は、みんな、俺と同じ歳で、着ている制服はばらばらだ。同じ制服を着たやつを――あるいはそれの女子制服を着たやつを探してみたが、ざっと見たところ、見慣れた制服の姿はなかった。
 人工島にある高等学校の志願者の中で、今日試験を受ける同じ中学の奴は居ないようだ。
 それにしても、誰も彼も、かちこちと体が凝り固まってしまっている。

(みんな緊張してんだな…)

 いつもと同じなのは、俺と、それからバスの運転手だけ。
 そんな光景を眺めたり、時折、窓から見える冬の海を眺めたりしながら時間を潰して過ごしていくうちにバスは大橋を渡り切った。



 目的地に辿り着いてバスを降りた瞬間に、また、身を刺す様な寒さが襲う。トレンチコートとマフラー、手袋をつけていてもこの寒さは完全にはしのげないもので、バスを降りた人の中には、ポケットからカイロを取り出す姿もあった。
 バス停から見える距離にある立派な校門のそばには『日の岩軍事養成高等学校の入試試験会場はこちら』と書かれた大きな立て看板が、少しだけ出ている門の柵に括りつけられていた。ご丁寧に、看板には矢印もしっかり描かれている。
 細く息を吐き出し、矢印が示す方角へ進んだ。知らない制服の人たちも同じように矢印に従って歩く。
 途中途中には、ラフなジャージを着た先生らしき人が立って「受験生はこちらへお進みください」と、迷わない様に誘導している姿があった。
 敷地内に建つ校舎はL字型で、窓から数人の生徒が俺たちを見降ろしていた。
 その生徒たちのなかに、見知ったシルエットを見つけた。ふわふわの黒い髪の男。遠目では見えないが、俺と同じ、赤い目をした男だ。
 瞬間、ポケットに入れていたスマホが震える。
 俺は男から視線を外してスマホを取り出しメッセージを確認すると、口もとを引きつらせた。

『黒羽、み~っけ』

(いやいや『み~っけ』じゃないって…)

 メッセージを打ち込み、そして、人の流れに沿って歩いていく。

『兄貴、ちゃんと授業受けろよな』

 そう返しておいた。
 人の流れは、L字型の校舎の一辺まで続いた。
 普段は出入りに使わないであろう非常用の扉を玄関口として、廊下一帯を覆っているブルーシートの上を、土足のまま歩いていく。廊下には等間隔に暖房器具が設置されていて、建物内では寒さをしのぐための防寒具は必要なさそうだった。
 簡易玄関口から少し歩くと、長テーブルを使った、これまた簡易的な受付があり、様々な制服の人たちが列を成していた。
 俺も列に並んで、学生鞄から、昨日の夜に準備しておいた受験票を取り出して自分の番が来るのを待った。

「次のかた、どうぞ」

 呼ばれて、空いている受付の窓口まで向かう。
 受け付け者として席に座っているのは、白い制服を着た女の人だった。
 腕章には『生徒会』と書かれている。受付に居る『生徒会』の腕章をつけた人は他にも数人いて、皆、白い制服を着ていた。生徒会も入試の準備に携わっているらしい。
 生徒会の人は、制服も特別仕様なんだろうか。

「お名前をお願いします」
里々春りりはる 黒羽くろはです」

 受験票を渡しながら名乗ると、受付の生徒は目を見開いて俺をまじまじと――俺の赤い目を見て、納得した様に頷いた。
 「兄がお世話になっています」の一言くらいは言うべきかと思ったが、そもそもこの人が兄貴と親しいかもわからないから、やめておいた。

「では、これを持って奥の突き当りの階段を一階上がった教室へ向かってください。広い教室なので、迷わないと思います」
「ありがとうございます」

 受付の担当者は受験票の『受付』欄に判子を押印してから、受験票を丁寧に返してくれた。
 説明の通りに進んだ突き当りの階段の下には、外と同じく先生らしき人が立って上階に行くよう誘導していた。
 俺もそれに従って階段を上り、一つ上の階へ行く。廊下には生徒会の腕章をつけた生徒が立っていて「試験会場はこの教室です」と定期的に声をかけていた。
 試験会場となる教室は、受付で説明していた通り大きなものだった。
 学校の教室三つ分をくっつけたくらいの広さはある。その中には、ずらりと椅子とテーブルが並んでいて、机には席番号が印刷された紙が貼られている。手元の受験票と見比べてから、俺は自分の席番号の座席へとついて、マフラーやコートといった防寒具を外しながら、試験が開始されるのを待った。
 大量の受験者を入れる部屋にしては手狭に感じる教室だが、試験は数日に分けて行われる。教室じゅうを見渡した、この何倍もの受験者がいるのかと考えてみたが、やっぱり緊張はしなかった。


 ペーパーテストが行われ、その後に控えるのは、面接の代わりである『実技』の試験だ。
 『日の岩軍事養成高等学校』ならではの試験項目とも言える。
 ペーパーテストが時間一杯まで行われた後、一人ずつ呼ばれて、荷物を持って別の場所へと移動し、そこでテストが行われる様だ。
 苗字順に呼ばれている様で、俺の順番はかなり後だと分かる。
 その待ち時間の間、誰一人として声を発する者は居ない。なかには深呼吸を繰り返したり、顔を青くして医務室へ運ばれるものもいた。

(緊張からくるストレスでSub Dropサブ ドロップを陥ると大変だよな…)

 そんなことを、他人事のようにぼんやりと考えた。
 一か月ほど前に送られてきた『入試試験の事前のお知らせ』の書類には、Sub Dropによる途中退室は認められていて、専門のセラピーの先生がCareをしたのち、続けて試験が受けられと記載があった。
 第二性の支援売りにしている学校ならではの措置だなと、送られてきた事前のお知らせを読んで思ったのを、思い出した。


 大日本帝国と呼ばれていた明治の時代、人は男、女の他に、支配を乞う、あるいは庇護を求める者と、支配欲を強くもった、或いは庇護欲を強くもった者、そのどちらでもない、あるいはどのどちらかに傾く途中の者、そして、どちらも併せ持った者という括りがある事が分かった。
 後にそれは、支配をする者・庇護する者をDomドム、反対に、支配されたい・庇護されたい者をSubサブと呼ぶようになった。どちらかに傾く道の途中とでも言うべき人はNeutralニュートラル、どちらの性質を持つ者はSwitchスイッチと呼ばれる様になった。
 大日本帝国よりも前の時代は一部だった外国との交流が、大日本帝国時代になってから全面的に行われ、時を経て医学的な用語としての呼び方が広がっていったという歴史的背景がある――というのは、中学の社会科と保健体育の授業で学んだことだ。
 そして、それと同時に、人間には魔力器官が存在する事も分かった。
 この魔力器官が、人間の進化の過程でどのようにして備わったのかは今も謎のままだが。
 兎に角、この世界は紆余曲折を経て、第二性にまつわる犯罪を取り締まるため、国は、警察でも、一般軍事でもない、『軍事の』特別機関を設けることにした。
 その特別機関配属のための養成学校。
 それが、この『日の岩軍事養成高等学校』なのだ。
 この学校は全寮制で、DomやSub、Switchに向けた支援にも力を入れている。
 もちろん魔力器官を使っての軍事養成の学校なので、強い魔力器官を有した子供にとっても、またとない環境で学べる場所だ。数日にわたって入試試験が実施されるほど受験生が多いのも頷ける。

「里々春 黒羽さん」

 教室のすぐそばの廊下から『生徒会』の腕章をつけた生徒に呼ばれ、のっそりと手を挙げたあと、俺は席を立ち、外した防寒具と鞄、それに受験票を持って教室を出た。

「こちらです」

 生徒のあとについていくと、階段まで戻り、さらに上に向かっていく。
 ちょうど、さっきまで俺が居た教室の真上に位置する部屋まで連れられた。
 その教室も、やはり広かった。普通の教室の三倍の広さ。天井も高い位置にある。
 開け放たれたままの扉の向こう側には長机があり、校長、教頭と紙が貼られた席にはスーツをかっちりと着こんだ大人が座っていた。
 そしてそれ以降は、生徒会と記載された紙があり、何人かの生徒が座っている。
 その中に、ひと際目を惹く存在があった。
 一言で言うなら、その人は『ほぼ真っ白』だった。
 クリーム色のふわふわとしたくせ毛に、碧い双眼。目元の堀は日の岩人よりも深く肌も色白で、制服も白。他の『生徒会』の腕章をつけた生徒と違い、片側だけの白いペリースもつけている。

(外国人だ。留学生か…?)

 受験生の緊張を煽らない様になのか、口もとには柔らかな笑みが携えられている。
 その『ほぼ真っ白』な人は、見るからに『強そう』だった。
 見た目の印象に加えて、オーラがある。目を惹かれるものがある。その強いオーラが、俺に伝えてくれている。

(Dom性…。それも強そうだな…。留学生ってだけで注目の的なのに、あれだけオーラ放ってちゃ、ここに来る受験生、みんな俺と同じ反応するんだろうな。まあ、悪目立ちしているわけでもないんだろうけど)

 俺は、一応、扉の前で頭を下げてから教室へと足を踏み入れた。部屋の奥に、ジャージを着た先生らしき人が立っている。

「手荷物はそちらへ」

 俺を案内してくれた生徒が教室のすみを手でさし、荷物置きの存在を教えてくれた。
 荷物置きまで用意してくれているなんて、随分と受験生に優しいものだ。
 せっかくあるのだからと、俺はそれに従って荷物をその場所に置く。下の階からこの教室へ案内してくれた生徒会の人は、扉を閉めてから、教室を出て行った。

「試験のルールを軽く説明しますね」

 校長でも教頭でもない、ジャージを着た人が一歩前に出る。

「これから魔力器官の特性を使って、先生たちと実践訓練を行います。ペアについては、そこにいる生徒会の先輩がたが、きみの魔力器官の特性に合わせて組んでくれます。実践訓練そのものは中学校でもやっていると思うので、その説明は省きますが――開始前に、十分ほど、サポートをしてくれる生徒会の先輩と、ある程度の打ち合わせを行って下さい」

 先生が説明する間に教頭と校長は、予め、中学を通して提出していた専願書を見ている様だった。

「ご質問はありますか?」
「いえ、特には…」
「では」

 俺の回答を聞いて、校長と教頭に、説明をしてくれていた先生が目配せをする。
 教頭と書かれた紙の席についていた先生がそのアイコンタクトを受け取ると、頷いて『ほぼ真っ白』な生徒会の人へと視線を向けた。

「ハインくん」
「ありゃ、僕ですか。わかりました」

 その男は目を瞬いたあと、また、にこりと笑って席を立ち、俺のそばに来た。
 背は俺よりも高めだ。ざっと見、180センチは越えているだろうか。
 ペリースの裾は腰辺りまであって、腰にはサーベルのようなものを佩刀していた。

(佩刀したままよく座れるな…)

 実践訓練直前だっていうのに、俺はそんな事まで考えてしまう。よく言えばリラックスしている。悪く言えば集中してないって事なんだろうけれど、そんな自分にも、まあ今更だしな、と思うぐらいだ。

「それじゃあ打ち合わせをしようね」

 ほぼ真っ白な人は、笑みを崩さず柔らかい口調で俺を見下ろした。
 説明をした先生が、いつの間にか持っていたストップウォッチのスイッチを押す。打ち合わせの時間を、ちゃんと計るらしい。

「きみの特性は?」
「アシスト型です。実践って事は、先輩は武力型…ですよね、サーベル佩刀してますし」
「うん、僕は武力型だよ」
「あー…じゃあ、相手に距離を詰められたら、反撃したい派ですか? それとも、守って隙を伺いたい派ですか?」
「うん? うーん、反撃したいほう、かな?」

 ほぼ真っ白な人が俺を不思議そうに見下ろす。だが、俺は気にせず質問を続けた。

「高いのは? ジャンプ」
「あんまりしないかなぁ? 出来たら気持ちが良いんだろうけれど」
「そうですか。わかりました。ありがとうございます。あなたから、何か質問はありますか?」

 見上げて問いかけると、白い人は、小首を傾げてから横に振った。

「これは君の試験だからね」
「わかりました。じゃあ、これで打ち合わせは終わりで良いです」

 白い人の目が細くなる。俺を見定めているのか、それとも、舐めてかかったと勘違いされたのだろうか。
 一瞬考えたが、まあ、どちらにしてもなんだってかまわない。
 俺は教室の後ろまで下がる。白い人も、俺が話を完全に終わらせたのだと感じ取った様で、俺よりも数歩ほど前に出た。

「それじゃあ、先生、お願いします」

 白い人が声をかけると、説明をしてくれていた先生と、もう一人、生徒会の腕章をつけた人が、俺たちと対峙するように教室の反対側の端に立った。
 そして、また別の生徒会の生徒が席を立つと、その場で片手をあげる。

「――はじめ!」

 その生徒の言葉と同時に、白い人が動き出す。俺の足元には、緑の魔法陣が浮かび上がり、次には動き出した白い人の体が淡い緑の光りに染まった。

(ひとまず、ここで入試通過すれば、母さんと父さんには褒めてもらえる。兄貴からもお祝いのメッセージが来るかもしれないし)

 そんな事を想像して、俺は、ぐっと前を見据えた。

 これが、ほぼ白い人、レイリック・ハインとの――のちに、俺のペアであり、パートナーとなる人との、出会いである。
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