ある面倒くさがりな勇者が珍しく頑張るしかなくなった話

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これがいわゆる始まりってやつ

魔王の世代交代

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 稽古を抜け出し、勉強をサボり、村を抜け出して森へ行きランと話をしながらスライム達と遊ぶ。
 そんな生活を続けて二年程経った。
 ランはいつもと変わらない様子で過ごすから、私に嘘をついた事なんか、すっかり忘れてしまった。

「──で、あるからして…聞いていますか?ハイシア」

 ギラリと、先生がかけた眼鏡のフレームが反射して異様な雰囲気を放つ。
 あまりの恐ろしさに私の体も一瞬縮こまってしまった。

「き、キイテマス…」

 いつもの反発心は何処へやら。
 抜け出そうにも、この先生には一切のスキがなく、例え小声だろうとも魔法を使おうとすればすぐに気付かれてしまう。
 いわゆる地獄耳ってやつだ。
 村長もすんごく厄介な人を先生に選んだものだと思う。
 おかげでこの先生が担当の時だけは、森へと行けなくなってしまった。

「では、ここの問題を埋めてください。聞いていたのならわかりますよね?」

 机に置かれた紙に書いてある、先生に指をさされた問題に目をおとして身を固くする。
 冷や汗がたくさん出てくる。
 どうしよう、聞いてますなんて言ったけど、本当は全然聞いてない!

「き、キイテマセンデシタ…」
「ほう…」

 中指でメガネのブリッジを押し上げる先生の周囲の温度が、たぶん、三度くらい下がった気がする。

「ひぃっ…ちゃ、ちゃんとやります…」

 スキがない。
 圧が他の先生の何十倍もある。
 おまけに地獄耳で、魔法を使おうとすればすぐにバレる。
 それだけでも、私が、この退屈な勉強部屋を抜け出せない理由は十分だ。
 他の先生だったら、ちょっとくらいのスキはあるし、スキがあれば魔法を使うことも出来る。
 小声で呟けば先生の耳にまでは届かない。
 何もかもが今までの先生とは違いすぎて、現状、サボるために必要な打開策がこれっぽっちもない。

「はぁ~…」
「…ハイシア・セフィー?ため息などついて、また話を聞かないつもりですか?」
「す、スミマセンデシタ…」

 なにせ、ため息一つでこれなのだから。



    ***



「んぁぁ~!もう!ちょっとくらい見逃してくれても良いじゃん!」

 ぐーっ、と背伸びをして、足元でぽんぽん跳ねるスライムに愚痴をこぼした。

 あれから無事にお勉強の時間は終わり、午後の予定までする事がないから、いつもの森に足を運んだ。

「あはは、ハイシアは本当に勉強が嫌いだね」

 先に来ていたランは湖の畔に座って、苦笑いを浮かべて私を見上げる。
 私は何度も深く頷いて、ランの隣に腰を下ろした。

「そりゃあそうだよ。だってさ、それもこれも全部、『勇者になるため』なんだよ?」
「今も、勇者にはなりたくない?」
「なりたくないよ。だって、勇者になんかになったら、友達のこの子達だって殺さなきゃいけなくなるでしょ?」

 そばで飛び跳ねているスライムを一匹、両手で優しく捕まえて膝の上に乗せる。
 スライムを撫でると、程よい冷たさが手のひらに伝わってきた。

「納得できないもん」
「そっか」
「うん。だから、勇者にはなりたくない」

 目の前の湖が、いつもと同じように太陽の光りを受けて輝いているのを、スライムを撫でながら見つめる。
 ちょびっとヒンヤリしているスライムが気持ちいい。

「僕のお願いでも?」

 ランが穏やかな表情で私を覗き込む。
 思わず『まあ、ランの頼みなら…?』なんて言い出しそうな破壊力だ。
 もちろん、そんなランの雰囲気に負ける気はなく、ぱちくりと瞬き一つで返した。

「え?何でそんなお願いするの?」
「冗談だよ。友達を、手にはかけたくないよね」
「そりゃあ、そうでしょ!」
「うん、そうだね」

 ランは体勢を元に戻して、私の膝の上にいるスライムを撫でる。
 まるで自分に言い聞かせる様な『そうだね』に私は首を傾げた。
 何だかいつもと違う気がしたけど、嘘をついている大人の様な反応とは違う。
 初めて見る表情だったから、それがどんな意味を持ってるのか、私には、わからなかった。



    ***



──数日後

 その日は村中が騒がしくて、私が感じた事もないほど、大人達がピリピリとしていた。
 特に軍の敷地の方は、いつも以上にキリキリとしたサイトゥルが、普段の何倍もの怒号を飛ばしていた。稽古をつけてもらっている軍の人達が、ちょっと可哀想だ。
 あんなに怒鳴られるなら、みんなサボっちゃえば良いのに。
 魔族の領域に一番近いっていうだけで、稽古をたくさんしなくちゃならないし、怒鳴られるなんて、私だったら耐えられない。
 ピリピリしているといえば、村長も同じ様にピリピリとしていた。
 いつも以上に神経が尖って、あの眼鏡の先生みたいにスキがないから、今日の勉強は抜け出すことも出来なかった。

 やっと休憩時間がやってきて、二階から降りて、出入り口の扉に向かう。

「ハイシア」

 いつもより、ずっと低い村長の声に、思わず足を止めた。

「う…今休憩時間だからいいでしょ、ちょっとくらい外に出たって。次の勉強の時間までには戻ってくるし」
「日頃からサボっとるお前が何を言う」
「それはそうだけど…けど、なんか今日、村長も、サイトゥルも、みんなも、ピリピリしてるよ。そんな状態でサボったら、たんこぶが五つくらい出来ちゃうじゃん」

 自分なりに、今日は誠心誠意、大人しくしていますという事を伝えているつもりだ。
 村長は笑うこともせず、難しい顔をしたまま私を見下ろす。
 いつも以上に大きく見える村長を見上げて、思わず、足が震えそうになった。
 あれ、こんなに大人って怖かったっけ。

「お前に話しておかなければならない事がある」
「…え」
「座りなさい」

 部屋の中央に位置するテーブルに村長が向かい、いつもの席に座る。

「…はい…」

 何だか、いつもと全然違う。
 それが怖くて、私は村長の言うとおりにした。
 いつもと同じ席に座って、村長が話し出すのを待つ。
 いつもと違うのは、勝手に背中がピンとして、ズボンを握る手が震えている事だった。

「近々、魔族の世代交代があるらしい」
「…せだいこーたい…?」
「今の魔王から、その息子や娘へと魔族を引き継ぐ事だ」

 それで一体、何があるんだろうか。
 いまいちピンとこない事が顔に出ていたのか、村長に睨まれた。

「今まで、魔族が人間に対して仕掛けてこなかった理由はわからん。しかし、そのおかげでこの村の近くでも争いは起こらなかった。だが新たな魔王も、同じように人間に手を出さないとは限らんのだ。お前も形だけの勇者でいられなくなるだろう」

 形だけもなにも、勇者になんかなりたくないって言ってるのに。
 って、言えそうもなかった。
 言ったら、本当に頭にたんこぶが五つだけじゃ済まない事は簡単に想像がつく。

「お前もその日が来れば、子供だからと言っていられなくなるぞ。今までサボっていたというのも言い訳にならない」
「…」

 平然と言い放つ村長の言葉に、口が、かすかに開いた。
 なんだか喉が震えて、口が小さく開くだけで、言葉までは出てこなかった。
 ぎゅっとズボンを握る手がいっそう震えて、村長が私に何を言ったのか、いやでも分かってしまった。

「お前にも、出撃してもらうぞ」

 子供相手に、なに言ってるんだろう。
 おかしいって思うのに、それを口にすることは出来なかった。
 だって、言ったらきっと、すごく怒られるから。

 だけど私はまだ十歳で、勇者になんてなりたくなくて、それどころか、魔物の言葉が何となくだけどわかってしまう。
 そんな私に、村長は出撃しろって言う。
 村長の顔は、悲しそうでもなければ、怒ってもいない。
 村長は戦えって言うことに、なんにも感じてない。
 なんなら、それで私が死んでしまっても、何も思わないんだろう。
 むしろ村長は、遠回しに、死にに行けと言ってる。
 そう気付いてしまった。
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