ある面倒くさがりな勇者が珍しく頑張るしかなくなった話

文字の大きさ
6 / 46
これがいわゆる始まりってやつ

大人の本気ってやつ

しおりを挟む
 村長に、魔王の世代交代の事を教えられた日から色んな事を考えた。
 考えないと、大人が凄く怖いから。
 今まで頭にたんこぶのお団子が三つ出来ていた様な状況は、全然『本気』じゃなかったんだって事を知った。
 大人の本気はとても怖くて、サボらせてくれなくて、すっかり抜け出してサボる事をやめてしまった。
 そんな私に、先生を含めた大人は、褒める事も、ましてや心配する事もなかった。
 その代わり、私が勉強の合間に外へと出る事に対しても、怒ったりする事はなくなった。

「ハイシア、だいじょうぶ?」
「メイ…うん、だいじょうぶ」

 村の広場にあるベンチに座って、今日もピリピリとしている大人たちを目線だけで追いかけた。
 鈴のような可愛い声がして、同時にベンチの空いてるスペースにちょこんとメイが座る。

 綺麗な緑色の髪の毛を三角巾でまとめている、ぱっちりとした青い眼の女の子。
 生まれたときの神託は魔導士だったけど、メイは、お母さんの事がすごく大好きで、魔導士ではなく薬師を目指してるんだって。
 私が魔物の言葉がわかるって事を、村で唯一信じてくれている子だ。
 あと、食べ物を食べてる時はリスみたいになる子。

「なんか、急に変わっちゃったね。村長さんも、兵士さんも」
「うん。なんか怖い。村長も、サイトゥルも、あんなに怖い顔してるの初めて見たよ」
「え?!あんなに、毎日お稽古サボって怒られてたのに?!」

 メイがぎょっとして、まんまるの目がさらにまんまるになる。

「そんなに驚くことないじゃん!」
「だ、だって、村の子供たちのなかでハイシアが一番怒られてるから…つい…」
「『つい』じゃないー」

 文句が出るものの、確かにメイの言う通りだ。
 この村で、誰よりも村長や先生、サイトゥルを怒らせてきたと自分でも思うし、当然、本気で怒られているとも思っていた。
 たんこぶの団子が三つ頭に出来るのだって、本気で怒ったからだ。そう認識していたのに、本当はそんな事なんかなくて。
 死ぬかもしれないなんて、メイには、言えなくて、普段通りを装った。

「あ、そうだ。あのね、ハイシア」

 何かを思い立った様に、メイが、肩から下げていた小さいポシェットをガサゴソとあさりだす。
 不思議に思って暫くその様子を見ていたら、ポシェットからは透き通った緑色の液体が入った小瓶が出てきた。

「これ、ハイシアにあげる!これね、初めて成功したんだ!」
「え、それってポーション…?うわぁ…メイ、よくやるねー…凄いや…ほんとに貰っていいの?」
「うん!ハイシアに使ってほしいの!」

 メイの持つ小瓶を見ていると、村長が言ってた事を思い出す。
 剣術の稽古をサボってようが、勉強をサボってようが、本当に『その時』が来たら、大人たちは私の事を勇者として村から送り出す気があるんだろう。
 あんなに怖い顔で、スキのない尖った空気を出されたら、子供の私は逆らう事も出来ない。
 もし嫌だと言っても、力尽くで連れ出すに決まってる。

「ありがとう、メイ」

 メイが初めて作ったポーションを受け取って、両手で瓶を握りしめた。
 勇者になりたくないと言っている私にとって、本当は無縁のものなのかもしれない。
 けど、本当に死にそうになったら、これを、使おう。

 ポーションを受け取った私を見て、メイは笑顔になった。
 魔導士は魔力が豊富だから、薬師になるのも、簡単なのかな。
 そうだとしても、初めて上手に出来たものを見たときには、凄く嬉しかったんだろうな。



   ***



 森へ行けなくなって更に数日が経った。
 あれから何かあるのかと思えば、特に何もなく数日が過ぎて、私の中にあった、死ぬかもしれないという考えは段々と薄れていった。

 スライム達は元気にしてるのかな。
 ランはどうしてるだろう?
 そんな事を考えて、けど、サボれないし他の事を考えながら勉強をすると怒られるから、考えている事がバレない様に気をつけながら過ごしていた。
 剣術の稽古の時は、サイトゥルではなくて別の人が私に稽古をつけるようになった。
 サイトゥルは忙しいみたいだ。

 今日もまた、いつもと同じように、勉強して、剣術の稽古をしないといけない事を朝起きて確認する。
 やっぱり出来ればサボりたい。
 ベッドから出て、窓のそばに向かってカーテンを開けると、灰色が上部を覆っていた。
 そのうち雨でも降り出すかもしれない。そうしたら、今日の剣術の稽古はなくなるかもしれない。
 つまりは、サボれる?!
 心の中で「ぃよっしゃ!サボれるかも!」なんてガッツポーズをして、雨が降ることをひたすらに祈った。
 窓の前で両手を組んで、「雨が降りますように、雨が降りますように、雨が降りますように!」なんて、多分、普通の子供なら祈らないと思う。
 この際サボれるなら、もう、何だって良い!

 ひとしきりお祈りをしてから、着替えをして、一階へと降りる。
 テーブルには、いつもと同じようにスープとパンが人数分用意されていて、村長はすでに椅子に腰掛けていた。

「村長、おはようございます」

 あくびが出そうだったけど、それを噛み殺した。
 礼儀作法の先生も週に一度来ているから、ちゃんと勉強してますよというアピールだ。
 面倒くさいよ、アピールは。
 けど、こうしないと、ピリピリし続けている村長からまたいつゲンコツが御見舞されるか分かったもんじゃないから。

「ハイシア、朝食をとったら、軍へ行くぞ」
「…え?今日の午前中は、先生が来るよ?」

 ごごご、と椅子を引きずって、村長と対面になる様にして座った。
 それで、ようやく気が付いた。
 村長のピリピリとした空気とか、圧とか、それから表情が、魔王の世代交代の事を私に話した時と同じだって事。
 もしかしたら、それ以上かもしれない。

「今日の屋内学習は中止だ。先生にもそう伝えておる」
「…わかった」

 どうして軍に行くのかまでは、教えてくれなかった。

 いつも以上に気まずい朝食を終えると、村長は一息つく間もなく、支度もそこそこに私を軍の敷地へと連れ出した。
 私の腕を引っ張る村長の力は、叱るとき以上に強くて、そんなに握らなくても今更逃げ出したりしないのにと思うばっかりだ。
 訓練所につくと、あっちこっちから、剣と剣がぶつかり合う音が聞こえてくる。
 いつもよりも荒々しい音の様に聞こえて、訓練所の人たちのピリピリとした空気を一層強調しているみたいだった。

 訓練所の奥にある、宿舎と繋がる渡り廊下まで連れて行かれると、サイトゥルが、いつもよりピカピカ、ツルツルな鎧をつけて私達を待っていた様だった。
 ツルツルどころか、トゥルントゥルンだ。
 随分立派な盾まで持ってる。

「ほう、逃げずに来たか」

 トゥルントゥルンな鎧と、ピッカピカの盾に気を取られている私を、サイトゥルが睨むように見下ろしてきて、身が跳ねそうになった。

「…こんなにピリピリしてて、抜け出せるわけないじゃん…」

 こそっと、なけなしの反抗心で呟いた。
 村長にもサイトゥルにも絶対に聞こえないように。

「村長、彼女に話は?」
「しておらん。説明はサイトゥル殿におまかせしましょう」
「わかった」

 村長が、サイトゥルに敬語を使っているなんて初めて知った。
 サイトゥルの方が、実は村長よりも偉いのだろうか。

「ついてこい、ハイシア」

 村長の手が、ようやく私の腕から離される。
 トゥルントゥルンの鎧をつけて音もなく歩くサイトゥルの後ろを、追いかけた。
 私の歩幅に合わせる気は無いようで、自然と早足になる。
 ちょっと歩く速さを落としたら、すぐに距離が離れて迷子になりそうだ。
 それなのに、ついてきてるかの確認すらもしない。

 訓練所と宿舎の間にもう一棟ある立派な建物に入るのは初めてだった。
 黒い大理石の床と壁が統一されていて、赤い絨毯が廊下の中央に敷かれている。
 その奥にある広い空間は、大きなテーブルが置かれた部屋だ。
 テーブルの上にはこの村の周辺の地図が置かれていて、いくつもの赤い駒と青い駒が散らばっている。
 駒は赤と青でそれぞれ一個だけ、馬の頭の形をしたものがあった。

「ハイシア」
「…な、なに…」

 サイトゥルがテーブルのそばまで行くと、首だけ私に向ける。
 ぎゅっとズボンの裾を握って、見下ろしてばかりのサイトゥルを、何とか睨み上げた。

「今日の昼、魔族がこの村のそばまで降りてくるという情報が入った。それも新しい魔王が自ら出てくる様だ」
「…だ、だからなに…」
「事と次第によっては、戦いにも発展するだろう。我々はこの地を魔族に荒らされぬ様、警戒をする必要がある。領域の境目に──」

 サイトゥルが赤い駒を一つ摘むと、かつんと音を立てて地図の上に置いた。
 音がホールに響いて、震えているみたいだ。

「我々の軍を配置する。そこにハイシア、お前も連れて行く」

 顔色一つ変えずに、こんな子供にサイトゥルはなんて事を言うんだろう。
 私が戦場に行く?立つの?
 どっと嫌な汗が噴き出てくる。薄れたはずの、死ぬかもしれないという考えが頭の中で膨れ上がっていく。
 朝食べたばかりのスープが胃の中で暴れてる。

「ここ最近、お前は稽古にも出ていた。魔族が何もしてこなければ、死ぬことはないだろう。以上だ」

 言いたいことだけ言って、サイトゥルは私を睨んだ。
 いつもの何倍も鋭い睨みにも反応出来ないぐらい、頭の中が真っ白で、モヤがかかったみたいで、動かなかった。
 サイトゥルも村長と同じだ。遠回しに、私に死にに行けと言っている事に、嫌でも気が付いた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる

街風
ファンタジー
「お前を追放する!」 ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。 しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

捨てられた前世【大賢者】の少年、魔物を食べて世界最強に、そして日本へ

月城 友麻
ファンタジー
辺境伯の三男坊として転生した大賢者は、無能を装ったがために暗黒の森へと捨てられてしまう。次々と魔物に襲われる大賢者だったが、魔物を食べて生き残る。 こうして大賢者は魔物の力を次々と獲得しながら強くなり、最後には暗黒の森の王者、暗黒龍に挑み、手下に従えることに成功した。しかし、この暗黒龍、人化すると人懐っこい銀髪の少女になる。そして、ポーチから出したのはなんとiPhone。明かされる世界の真実に大賢者もビックリ。 そして、ある日、生まれ故郷がスタンピードに襲われる。大賢者は自分を捨てた父に引導を渡し、街の英雄として凱旋を果たすが、それは物語の始まりに過ぎなかった。 太陽系最果ての地で壮絶な戦闘を超え、愛する人を救うために目指したのはなんと日本。 テンプレを超えた壮大なファンタジーが今、始まる。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―

ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」 前世、15歳で人生を終えたぼく。 目が覚めたら異世界の、5歳の王子様! けど、人質として大国に送られた危ない身分。 そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。 「ぼく、このお話知ってる!!」 生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!? このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!! 「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」 生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。 とにかく周りに気を使いまくって! 王子様たちは全力尊重! 侍女さんたちには迷惑かけない! ひたすら頑張れ、ぼく! ――猶予は後10年。 原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない! お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。 それでも、ぼくは諦めない。 だって、絶対の絶対に死にたくないからっ! 原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。 健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。 どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。 (全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)

処理中です...