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旅の間に―ある薬師の少女のお話―

■五話

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お母さんの話を聞いて、どうして薬師になりたいのかを改めて考えた。
お母さんみたいに、みんなの役に立てるお薬を作りたいと思った。
私の持って生まれた個性スキルの魔導士は、魔法でみんなの役に立つお仕事だ。
かけられた魔法を解いたり、冒険者を魔法で手助けしたり、あるいは小さな子たちに魔法で手品みたいなものを見せて喜んでもらったり。
魔導士のお仕事は、幅広い。
だけど、そのどんな分野よりも、お母さんが調合鍋でお薬を作っている姿の方が、魔導士みたいに見えた。
すり潰してお水と合わせた液体は、お母さんが調合鍋に手をかざすと、みるみるうちに綺麗で透明な緑色に変わっていく。
それが綺麗で、私もそんな事が出来るようになりたいっていうのが、始まりだった。
お母さんはどんな魔導士よりも凄い人だって、思った。
きらきらとして、輝いて見えた。
そのキラキラが、実はお父さんの、家族のためだったなんて。

今日もお店には、たくさんの村の人がお薬を求めてやってくる。
また近く、王都からお荷物が届くから、その荷積みを降ろして運ぶのに、筋肉増強のお薬がたくさん必要なんだって。
他にも、子供が転んで怪我しちゃったとか、お料理の時に誤って怪我をしちゃったとかいう人もいた。
お母さんは笑顔でお薬を売っている。

お店の賑わいを見てから、私は調合室に入り込んで、調合の本を開いた。
ポーションの他にも、魔力の回復薬とか、一時的にとても目を良くするお薬とかの調合に必要な材料と、比率と、かき混ぜる回数なんかも載っている。
部屋の中には、そういう本がたくさんある。
その全部がお父さんのためにお母さんがお勉強をした痕跡だと思うと、今までよりちょびっとだけ、肩の力を抜いて読むことが出来た。

ぱたんと本を閉じて、それから、棚に保管されている薬草を手に取る。

やっぱり、私はお母さんみたいな薬師になりたい。
みんなを笑顔にする偉大な薬師。
そしてお父さんとお姉ちゃん、私を笑顔にしてくれる薬師。

私もいつか――

「お母さんに言ったら、嫌な顔されちゃうかな」

思ったことに、そう呟いて苦笑いを浮かべた。

ハイシアの目標を応援したい。
魔王を倒さない勇者になると言った、大切なお友達。
そうして、誰かのための薬師になることが、お母さんみたいな薬師になることに繋がっている様な気がした。



   ***



ぱちぱちと、遠くで焚火の燃える音がする。
目を開けるとテントの布が目に入って、ゆっくりと体を起こす。
ぐーっと伸びをして隣を見ると、寝相が悪いのか、テントの端っこに移動して眠っているハイシアの姿があった。
腕を投げ出して、脚も投げ出されて、随分お行儀の悪い格好をしてる。
その様子に思わず苦笑いを浮かべて、立ち上がった。

「風邪ひいちゃうよ…」

王都につくまえに風邪なんて引いちゃったら大変だ。
焚火の音はしてるけど、うっすらと周りが青白んでいて、もうすぐ朝が来ることを教えてくれている。
ハイシアを起こすか迷って、結局、私が使ってた大きなローブをハイシアにかけてあげた。

テントの外に出ると、焚火の前でリオンさんが腰を降ろして、手に持った何かを眺めている姿が視界に入る。

「おはようございます」

後ろから声をかけると、早急に、手にしていた紙の様なものを折りたたんで私に振り向く。
手紙、かな…?

「…おはよう…俺、朝の肉、確保する。メイ、見張り、頼む」
「あ、はい…」

私が頷くと、リオンさんは足早にこの場を去っていった。
そういえば、リオンさんにもご家族とかいるのかな…?
そんな事を考えながら、さっきまでリオンさんが座っていた場所に腰を降ろす。

段々と太陽が昇ってきて、綺麗な朝焼けが、私を照らす。
朝焼けを見ながら思う。
この旅で、どんな人に出会って、どんなことが起こるのか。
薬師として、どれだけ成長できるのか。

今はそれが、とても楽しみでならないんだって。
そう思った。
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