レガロ~私が見えている好感度は、私が相手に抱いている好感度です~

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序章

一話

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――高く、高く飛び上がった。

 彼女は背丈よりある塀に、引っかける所もないのに足をついて、爪先に力を入れる。
 ぐっと蹴り上げた反動で塀のてっぺんに手が届く高さまで飛ぶと、ひっかけた手に思い切り力を入れ、勢いよく、飛び上がった。

 着地点まで視線を泳がせ、大体の高さを予測した。
 と、その時、視界の端から人影が入り込んでくる。

「――っぶな!避けろ!」

 咄嗟に声をあげると、人影が振り向いて目を大きく見開いた。
 そうしている間にも、飛び上がった体は重力に引っ張られ、落ちていく。

――人との追突事故なんてシャレになんない!

 はっとして身をよじり避けようとした彼女に、影は咄嗟に両手を開いた。
 瞬間、勢いよく影――制服を着た男に受け止められ、二人揃って仲良く地面に衝突した。
 男はしりもちをついたが、彼女は男の体に受け止められ痛みはそこまで感じていない様だった。
 はっとして彼女が立ち上がり、制服のスカートの裾を軽く叩く。
 そして申し訳なさそうに眉尻を下げ、しりもちをついて動かない男に手を差し出した。

「ごめん、大丈夫?」

 男は暫く差し出された手を、じっと見る。
 それから、その手を取って引っ張った。
 彼女は引かれた反動で後ろに重心をやり、男を引き上げる。

「あ、ああ。君こそ大丈――」

 立ち上がった男が手を離し、彼女の様子を伺おうとした。

「あ!やっば、遅刻!」

 彼女がはっとして、学校の敷地内のどの位置からも見える時計に視線を向けると、助走をつけるようにその場で軽く足踏みをする。

「ほんとごめん!じゃあ!」

 言うが早いが、彼女は颯爽と校舎に向かって走って行った。

「…」

 暫く彼女の背中を見送ったあと、男は、差し出された手を握った自分の手を、まるで感触でも確かめるように握っては開いてを繰り返しながら見つめる。

「…何だったんだ、今の」

 そう呟いて男もまた校舎へと、ゆっくりとした足取りで歩き出した。



   ***



 人は贈り物レガロを持って生まれる者がいる。
 それは平等ではなく偶発的で、誰しもが持っているわけではない。
 贈り物を持って生まれた子供の数は年々増加傾向にあるが、それも原因の解明はされていなかった。
 食や生活習慣の変化なのか、それとも未知の菌を保有している際に妊娠した子供が特異体質として生まれるのか、はたまた遺伝子的なものなのか、日夜研究が行われている分野だ。
 一体どれだけの人間が贈り物を持っているのか、その数は人口の何パーセントなのか、国は把握しきれていない。

 軽快なリズムで廊下を走り抜ける彼女――早風遥はやかぜ はるかも、贈り物を持って生まれた一人だった。

「ちぃぃいこくぅぅぅう!」

 が、全く持って彼女はぴんぴんと、健やかに成長しているわけであるが。

 思い切り廊下を駆け抜けクラスの扉が見えてくると、一気に扉へと駆け込んだ。
 上履きが擦れて廊下に黒い跡が残りそうな程の勢いの良さにも、クラスメイトは動じない。

「セーフ?セーフ?!」

 教室に入ると、彼女は近くにいたクラスメイトに問いかける。
 問いかけられたクラスメイトは、呆れるどころか、どこか浮き立った様子で「セーフだよ」と答えた。
 彼女のは今に始まった事ではない様で、滑り込んだことには何も言わない。
 返答にほっと胸を撫でおろし、茶色い前髪をかき上げる。
 さながら、有名なイケメン俳優の様な光景だ。
 クラスの女子数人が熱い視線を向けるのを感じながら、遥はようやく、歩くという行動に出た。
 自分の席につき、カバンを机の横に引っかける。

「遥のそれ、どうにかならないの」

 隣に座る、黒く艶やかなロングヘアーの女子生徒――寺田優斗てらだ ゆうとに、涼しい顔で声をかけられた。

「えー、ファンサだよ」
「自意識過剰」
「今に始まった事じゃないって」

 辛辣だが、彼女の言葉は的を射ている。
 しかし遥は、にこやかにそう返す。
 優斗の頭部のそばには、ゲームによくあるヒットポイントバーの様なものが見える。
 緑色で、それは満タンになっていた。

 早風遥は男勝りで容姿も中性的、目は大きいが切れ長で、身長は同年代の女性の平均身長よりもやや高め。
 髪もショートカットで、先ほどの様に、俳優を真似たサービスをしてみれば女の子が色めき立つ。
 そういう女子だった。
 見た目で損をしたことはないが、厄介ごとにはそれなりに巻き込まれた事もある。
 だが、それでも彼女は、行為をやめようとはしなかった。

 遥が着席した一分後、教室には教師が入ってくる。
 ジャージ姿で、手には出席簿。
 眼鏡をかけた中年の教師で、ややぽっちゃり体系だ。
 先生の頭部の近くにあるバーは、ゲームで言えばほぼ瀕死の状態に近いだろう。
 殆どが黒で、ほんの少し、緑色のバーがせり出ている程度だ。

――あー、今に始まった事じゃないけど。

 遥は口元を引きつらせて、教師が出席をとるのを流し聞きしていた。



   ***



 午前の授業、午後の授業と終わり放課後になると、クラスメイト達は一斉に部活動へと向かう。
 遥はそんなクラスメイトを見送って、帰り支度をしていた。

「あんれ、優斗は部活じゃないの?」

 隣の席の、艶やかな黒髪ロングヘアーのクラスメイトに声をかける。
 優斗もまた帰り支度をしていた。
 窓際の美少女とでも言うべきか。夕日に照らされた髪は艶めいて、一見すると儚げに見える切れ長の目が、遥の問いかけに吊り上がった。

「遥が部長のメンタルぶっ潰したんでしょう」
「あ~…あはは、あれ、まだ立ち直ってなかったんだ…」

 口元を引きつらせて誤魔化す様に笑う遥は、優斗の言葉に、先日あった出来事を思い出した。

 特定の部活動に所属していない遥は、よく運動部から助っ人を申し込まれる。
 陸上やバスケ部、ラクロス部など、その種目は統一性がない。
 遥は昔から、種目に関わらず運動が好きで助っ人を頼まれたらなんでも参加した。

 優斗が所属している卓球部に助っ人として呼ばれ、いったいどういうわけか―明らかに部長のプライドの問題だが―ひと勝負申し込まれてしまった。
 三年が引退して新しく部長になった様だったが、部内で無敗を誇るほどのツワモノだったらしい。
 が、あっけなく遥に敗れプライドが粉々になったのか、ここ数日卓球部は休みを余儀なくされていた。

「部長には必要な事だったと、私も思うけれど」

 優斗は目を吊り上げていたと思うと、次にはまた、冷静で綺麗な顔立ちに戻り、そう口にする。

「三年が引退して、あの人が部長になってから部内が酷かったのは事実。良い薬になったでしょうね」
「優斗って、誰に対しても辛辣だよな…あはは…」

 怖いもの知らずと言うべきか、或いは、相手を立てるという事を知らないのか。
 口元を引きつらせたままの遥に、優斗はまた、真顔で口を開く。

「自分の感情に嘘をつきたくないだけ」

 それはもう、きっぱりと言い切った。
 遥はそんな優斗を見て、今度は明るい表情に変わると無遠慮に彼女に抱き着いた。

「も~、そういうところ~。めっちゃ好感あるわ」
「抱き着かないでよ、鬱陶しい」

 にやけながら優斗の頬を人差し指でつつく遥に、優斗は鬱陶しそうな顔をするが、本心からの嫌がりではない様で遥を引き離そうとまではしなかった。

「ほら、帰るんでしょう」
「おー、帰ろかえろ~」

 優斗の肩に腕を回して、まるで恋人をエスコートするかの如く歩き出す――と思いきや、そんな様子は全くなく、むしろ、優斗への絡み方は、どこかのサラリーマン上司が部下にする様なものだった。
 ファンサービスでも何でもなく、ただの友達付き合い。
 互いに心地の良い関係である。
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