レガロ~私が見えている好感度は、私が相手に抱いている好感度です~

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序章

四話

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 優斗に腕を引かれて校門まで向かうと、そこには一台のリムジンが停まっていた。
 そばには執事らしき、初老の男性の姿もある。
 この学校にそんな金持ちいたかな、と考える遥を引っ張り、優斗はリムジンへと足を進めた。

「ちょっと、優斗?!」

 流石に、目の前で自分の腕を引いている友人がリムジンで送り迎えをされるような金持ちだとは思いもしない。
 だが優斗は、そのリムジンの前でようやく足を止めた。

「おかえりなさいませ、優斗お嬢様。すでに坊ちゃまは乗り込んでおります」
「ありがとう」

 執事らしき男は優斗にそう告げると、扉を開ける。

「ちょ、とぉ?!待った、待った優斗、驚きすぎて声が出ない」
「出てるじゃない」
「いや、そうだね、そうだけど、いや、あのさ――」
「良いから乗ってちょうだい」

 遥の言葉に冷静な突っこみを入れ、優斗は遥をリムジンの中へと押しやった。
 押されるままに乗り込むと、その後から優斗も乗り込む。
 座席の奥には、同じ学校の制服を着た黒髪の男も乗っていた。
 執事は優斗が乗り込んだのを確認すると扉を閉める。

「おや…?きみ、あの時の子じゃないか!」

 動転したまま口をあんぐりと開けている遥は、そのまま、声がした方に振り向いた。
 そこに居たのは、以前、校門の塀を飛び越えた時に遥を受け止めた男だった。

「優斗の友達っていうからどんな子かと思えば、きみだったのか!」

 男もまた驚いている様で、目を見開いた。
 車が走り出す。

「あの時は大丈夫だったかい?怪我は?」
「え?いや、私は平気だったけど…お兄さんこそしりもちをついていましたよね、大丈夫だったんですか?」
「俺は平気だよ」

 全く状況が呑み込めないが、一先ずは落ち着こうと、優斗の方に向いてバーを眺める。
 バーは緑色でマックスだ。
 そのバーを眺めていると、脳が段々と落ち着きを取り戻してくるのが分かった。

「落ち着いたわね」
「ああ、うん」

 落ち着いてくると次に思い出すのは、まるで獲物を前にした獣の様な目つきをしていた高島だった。
 あれは一体なんなのか、というのは考えるまでもない。
 確かにあの時、自分は、高島にとって獲物だった様だ。
 それが他意を含んだものなのか、気分的なものなのかは問題ではない。
 ただ、そうだったという事実があるだけだ。
 遥は、高島がどういう意図でそうしたのかを考えようとも思ったが、すぐにやめた。
 優斗に警告された事を思い出し、次には肩をすくめた。

「たしかに、高島のお腹の中、真っ黒だったね」
「余裕そうね、怖い思いをしたはずなのに」
「いや、怖かったよ。ただ、冷静になれただけの話だね」
「あなたのその性格、時々途方もなく羨ましくなるわね」
「誉め言葉として受け取っておくよ」

 優斗が、どうして自分が怖い思いをしたと知っているのかは聞かなかった。
 そして遥の「誉め言葉として受け取っておく」に対して優斗が否定しない事にも疑問はなかった。

「他の女の子が餌食になってないと良いんだけど」
「こういう時にまでそんな心配をするのね」
「当たり前だよ、クラスの女の子の笑顔が曇るのは、見ていて苦しいからね」

 そう言って、遥はきらっきらの笑顔を向ける。
 それはもう、エフェクトがついていそうなほどに輝いていた。
 将来の職業は、アイドルに向いているんじゃないかと思うほどだ。

「眩しっ…」

 男の方が思わず突っ込みを入れた。
 そして遥は、その男の方に、今度こそ冷静に振り向く。

「あなたは?」

 遥が男に尋ねると、男は一つ頷いた。

相沢慎あいざわ しん、姓は違うが、優斗の兄だ。三年生」

 よろしく、と求められた握手に、遥は躊躇いなく応じる。

「早風遥、優斗と同じ二年生です」

 やはり、きらきらとしたアイドル顔負けのキメ顔で遥は自己紹介をする。
 手を離した慎が、不思議そうに先ほどまで握られていた手を眺めた。

「きみは贈り物レガロ持ちなのか…?」
「え?まあ…」

 目を見開く慎に頷く。
 贈り物を持っているのは、何も遥だけではない。
 隣ですっかり読書タイムに入ってしまった優斗もその一人だ。
 優斗がそうなのだから、兄である慎がそこまで驚くほどなのかとも思ったが、遥はそこまでは踏み込まなかった。

 遥たちを乗せた車は二十分ほど走行した。
 何処に向かっているかは不明だったが、優斗の事だ、妙なところに連れられることはないだろうと考えていた。
 リムジンは窓にカーテンがかかっていて、今、どの辺を走っているのかも不明だった。
 車が停まり、エンジン音が鳴りやむ。
 少しして、優斗のそばの扉が開いた。

「お嬢様、お坊ちゃま、遥様、到着いたしました」

 校門の前で控えていた先ほどの執事が扉を開けて、そう呼んだ。
 遥様、だなんて流石に慣れない――かと思いきや、そうでもなかった。
 歳の離れた人に呼ばれ慣れないだけで、呼び方そのものには馴染みもある。
 最も女子からのものだが。

 優斗が降り、次いで遥が降りると、最後に慎が降りる。
 目の前にあるのは、大豪邸だった。
 赤坂か、はたまた白金か、あるいは麻布か…
 ここがどこなのかは皆目見当がつかないが、遥はまたしても、開いた口が塞がらなかった。

「行くわよ、遥」

 仰天している遥の腕を優斗が引き、迷いなく進んでいく。
 後ろからついてくる慎も堂々としていて全く歩みに迷いがない。
 背後からは、重たい、城門でも閉まるかの様な音がした。

 豪邸の中はこれまた煌びやか――というわけではなく、どちらかというと、要塞の様だった。
 空調設備は整っているのか、寒くもなければ暑くもないが、行き交う人は皆、メイド服や燕尾服ではなくスーツで、首からは、サラリーマンが下げる様なネックホルダーを下げていた。
 大豪邸で金持ちが住んでいると思わせる様な外観とは真反対だ。
 行き交う人たちが、次々と優斗や慎に軽く挨拶をしていく。
 廊下はタイルで出来ているが白く、蛍光灯は暖かみを感じる電球色だ。
 働く場所にしては随分リラックスできそうな色をしている。
 幾つか廊下に沿って部屋があるが、優斗はそのどれもをスルーしていく。
 扉の上には、各課の名前が記載されたプレートがついていた。
 大豪邸の様な外観は見てくれだけで、実際は会社の様だった。

 優斗が遥を連れたのは、最奥にある部屋だった。
 自動ドアの上には『応接間』と記載されている。
 ドアの隣には、セキュリティリーダーがあり、外側から中の様子は伺えない。
 そこでようやく優斗は足を止めると、自分の鞄の中を漁りだす。

「ああ、良いよ。俺のを使おう」

 後ろから慎が手をのばし、セキュリティリーダーに、ネックホルダーの様なものを押し付ける。
 ぴぴっと短めの電子音がして、自動ドアが開いた。
 そしてまた、遥は優斗に腕を引かれながら、口をあんぐりと開けることになった。

 外観に見合う豪華なシャンデリアが吊り下がり、真ん中には、座ったら腰が沈みそうな革のソファーが置かれている。
 床いっぱいに赤い絨毯が敷かれ、ソファーのそばには円卓があり、マカロンや小さいケーキ、紅茶も用意されていた。
 何人かのメイドや執事が待ち構えていたかのように数人並び、遥たちに深々と頭を下げた。
 遥は、もう一度驚愕してパニックになりそうだった。
 が、慌てて優斗の頭のそばにあるバーを見て落ち着きを取り戻す。
 それでも高揚している。
 心臓が、走った時の様に早く鳴り、意識して深呼吸をした。

「座って」

 遥が落ち着いたのを見計らって、優斗が声をかける。
 慎は先にソファーへと座り、用意された紅茶に口をつけていた。
 言われるままにソファーへ腰をかけると、思った通り、腰が沈んだ。
 ふかふかだ。
 優斗がその隣に座り、紅茶を飲んでいる慎と向かい合う。

「高島を見て、きみはどう思った?」

 慎が、真剣な顔をして遥に問う。
 遥は何と答えるべきか迷った。
 何と言うのが正解か、と考えたが、そもそもどうしてそんな事を聞くのか、疑問が浮かんだ。

「遥、いつもみたいに正直に答えて大丈夫だから」

 優斗がすかさずフォローに入る。
 ティーカップを持つ姿がさまになっていた。
 正に美人、何をしても美人はさまになるなんて思ってしまう。

「私の事じゃなくて、兄さんの質問に答えてあげて」
「いやぁ…さまになっているからつい、ね」

 あはは、と遥が誤魔化した様に笑う。
 慎は、まるで国語の穴抜け問題文のようなやり取りにも動じない。
 遥は慎に向き、それじゃあ、と口を開いた。

「見た目は爽やかスポーツマンで、誰からも好かれるタイプだと思いました。私も、そこそこいい人かなと思いましたがー…優斗との時間を邪魔されて好感度が下がって、今日の事で好感度ゼロですね。腹になにを仕込んでるのか知りませんが、金輪際出てきてほしくないし他の女子生徒に手を出そうものなら痛めつけたくなりました」

 遥の曇りのない笑顔に、慎は思わず「あっ、まぶしっ!」と口にする。

「兄さん」

 優斗がぴしゃりと、慎に言う。
 真面目に話をしなさいと言いたげだ。
 妹に注意され、慎は真面目な顔をすると、ティーカップを置いて顎に手を当てた。

「まあ、金輪際出てきてほしくないというのは難しい話だろうな。斎藤先生は今も療養中だ」
「療養?」

 その言葉に、遥は眉を寄せた。
 体調不良の療養にしては長い気がしていた。
 今は、インフルエンザが流行る季節でもない。
 季節性の風邪にしては随分と休みが長い。
 何やら話が穏やかじゃないな、と思うと同時、なぜ慎が、斎藤が休んだ理由を知ったような口ぶりで喋るのかも疑問に思った。

「兄さん、一から話してあげて。話が繋がらない」
「ああ、悪いね」

 やはり、優斗が先に口を開き、遥の疑問に対しフォローを入れた。

贈り物レガロがどういうものなのかは、君もよく知っているだろう?」
「はい。自分が持って生まれたものですから」
「年々贈り物を持って生まれる子供たちは増えている。けれど、その実態については未だ研究中だ。そんな中で、最近があるんだ」
「きな臭い話、ですか?」

 遥の問いに、慎は深く頷く。

贈り物レガロ狩りだ」

 慎の言葉に、遥は目を見開いた。

「自らの贈り物の能力を使って、贈り物持ちの子供を外国に売り渡す組織的な行為だ。そしておそらくだけど、高島は贈り物持ちで、その組織の一員、あるいは、一員とまでいかなくても関与していると、俺たちは考えているんだ」
「…俺たち?」

 とはいったい?
 遥がそろっと隣を見ると、優斗がティーカップに口をつけていた。
 実に麗しい光景である。

「遥」
「あ、はは、ごめんごめん」

 こんな話をしていて、一体なによそ見をしているんだと優斗の目が語る。
 遥はまた誤魔化した様に笑った。

「そう、優斗も俺も、その組織を追いかけているうちの一人だよ」
「さて、何から突っ込もうかな。いや、兄妹とも麗しいから眺めるにとどめようか」
「現実逃避はよしなさい、遥」

 ため息をつく優斗とは反対に、慎は「うるわっ?!そ、そんな事ないだろう?!」としどろもどろになった。
 慎の頬が赤い。
 あまり容姿を褒められ慣れていないんだろう。
 ただ、悪い気はしていなさそうだと、遥は口角をあげた。
 同じ学校内であれば、時たま顔を見かけることもあるかもしれない。
 遥にとって目の保養が一つ増えたと、内心喜んだ。
 が、すぐにギロリと優斗が遥を睨む。

「ご、ごめんてば。けど、そんな話、聞いた事ないですよ。組織ぐるみなら、ニュースになっても可笑しくないのでは?」
「贈り物の研究が進んでいないのと関係しているんだ。正体不明の異能力、はたまた超能力とまで昔は言われていたからね。そんな力を狙ってる組織があると世間が知れば、日本中が大パニックだ。メディアは面白おかしく記事を書くだろうし、下手をすれば、贈り物を持って生まれた子供の差別や迫害に繋がりかねない。そうなれば、相手の思うツボだ」

 なるほど、と遥は深く頷いた。
 今でこそ当たり前になりつつある贈り物でも、やはり年上、とくに年配の世代からはあまり歓迎されていない印象は、遥も持っていた。
 自分の贈り物が他人にどうこうできるような代物ではなかったからこそ、そこまで気にしなかっただけで、他者に影響を及ぼす贈り物ともなれば、余計に世間からの目は厳しくなるだろう。
 恐怖する者や、興味本位で深入りしようとする者もいるかもしれない。
 それが日本中で起こりかねないともなれば、ニュースにならないも頷ける。

「きみにこの事を話したのはほかでもない、きみを保護するためだ」
「保護?」

 心底、いたって真面目に告げる慎に、遥は首を傾げる。
 遥は自分でも分かっているつもりだ。
 スポーツは万能と言っても良い、勉強はそこそこだが平均的には出来る、か弱く保護欲を掻き立てられるような女子と違いプリンスとまで称される。
 ある意味で自負と言っても良い。
 とにかく、保護をされる側ではなく、あるとすれば――否、憧れているとすれば保護をする側なのだ。
 少なくとも保護されるような対象ではないはずだ。
 いくら贈り物持ちと言っても、その贈り物は他者に影響するものではなく、自分の身の回りでだけにすぎない。
 寧ろ保護対象なのは優斗なのではないだろうかとさえ思える。
 何せ窓際の――

「遥」

 優斗がまた、睨む。

「いや、だって本当に。優斗、美人じゃん。窓際の美少女」
「やめてちょうだい」

 ふい、とそっぽを向いた優斗の頬が微かに赤い。
 照れているのだろうが、指摘すれば恐らく今までにないほどの睨みが返ってくるだろうからと、遥は大人しくすることにした。

「きみたち、本当に仲が良いんだな」

 慎が目を丸くするが、優斗は何も言わなかった。
 兄の目線からもそう見えるのであれば、優斗も遥を嫌ってはいないんだろう。

「ああ、それで…高島は恐らく、君に目をつけていると俺たちは考えているんだ。それも異常な執着心で」
「執着心…」

 遥は自分のどこにそんな要素があるのかを考えてみるが、全く見当がつかない。

「斎藤先生が休んでいる理由なんだけれど、誰かに襲われた様でね」
「襲われた?」

 斎藤の日ごろの物言いを思い出し、遥は、妙に納得してしまう。
 特に女子に対しては口うるさく、やんちゃをする男子に対しても、同じように煩い印象が強い。
 間違っていると指摘すれば怒ってしまう。
 恨みを買いそうな性格ではある。

「入院しているんだ」
「…思ったよりも深刻な話ですね」

 自分の想像のはるか上をいった事態に、遥の表情も険しくなる。
 いくら恨みを買うような性格とはいえ、生徒がそこまで考えるとも思えない。
 少なくとも、遥が知っているクラスメイトはそうだ。
 バレたら人生を棒に振る、そんな度を越えた事を考える様な人は居ない。
 内心で悪態をついて、陰口を言って、反抗しても所詮は高校生のやる事だ。
 だが、大人だったらどうだろうか。
 大人だったら――

「優斗、うちって本当に副担任、いなかったかな?」
「名簿に名前はあるわよ。ただ、出勤していない様だけれど」

 優斗の言葉に、遥が目を丸くする。
 そして次には、深い、深いため息をついた。
 手の付けられていない―恐らく遥のために用意されたであろう―紅茶の入ったカップを手にして、一気に煽った。
それから、一応お行儀よくカップを置く。
 遥は笑顔だった。
 それはもうキラキラだ。

「それなら、高島を早くどうにかする方法を教えてくださいよ」
「え?いや、それは俺達の――」
「何言ってるんですか。私がただ黙って保護されるわけがないじゃないですか。このスポーツ万能、勉強はまあそこそこですが、プリンスと呼ばれている私がそんな大人しくしていると本気で思っているんですか?思っていませんよね?」

 やはり笑顔だ。
 笑顔でまくしたてる遥に、慎は驚き口元を引きつらせ、隣で聞いていた優斗は盛大なため息をついた。

「だから言ったでしょう?大人しく保護されるとは思えないって」
「な、なんというか…とても危険な事だと分かっているのか?きみは」
「危険だろうと何だろうと、いくら好感度の低い斎藤と言えど、私のせいで襲われたのなら…それはもう…斎藤の王子様になるしかありませんよ」

 言い切った遥は、どこぞのアニメーション映画の王子様にも引けを取らないほど輝いていた。
 胸元に手を当て、仕草までもが王子様のようである。

「好感度…斎藤先生の君に対する評価は、そこまで低くなかったはずだけど」
「ああ、私が言ってる好感度は、好感レベルの話です。私、自分の気持ちが好感度って形で見えるので」

 斎藤が遥に持っている好感度に関しては、遥は敢えてスルーしておくことにした。
 とんでもないほどの笑顔を前に、慎は一瞬言い淀んだが、その後暫く考え込んだ。
 足を組み、顎に手を当て遥から視線を逸らす。
 呼吸をしているのかわからないほど、動かなくなった。
 それからゆっくりと、慎は遥に視線を向ける。

「きみ、本当にそれだけかい?きみの贈り物の能力」
「それだけですよ?」
「…どういう事だ…」

 そしてまた、慎は暫くの間考え込み、やはり動かなくなる。
 遥は不思議そうにそれを見ていたが、優斗に視線を向けた。
 優斗は何も言わず、用意されたマカロンに手を伸ばしていた。
 少しして、慎が遥に視線を戻す。

「少し、検査をしてみないか?」

 そう言った慎は、確信めいた様な表情だった。
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