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02. 天の羽衣
しおりを挟む「ひっ…!おばあちゃん、なんかすごく怒ってる?!」
鬼のような形相の祖母・絹代。
それを見て、佳奈子は怯えつつも戸惑う。
ほんの少し前までは、おばあちゃんは怒ってなんて、いなかったのに…と…。
そもそも佳奈子たちは、問題の泥田坊を手分けして探していたのだ。
そして佳奈子が先に見つけたら、その場で仕事にかかっていいと決めてもあった。
なのに…。
「ど、どうしてそんなに怒ってるの?おばあちゃん…。私、先に問題の泥田坊を見つけて、ちゃんと言われた通りに、仕事してたのに…」
佳奈子は恐る恐る問いかける。
これ以上おばあちゃんが怒りませんように、と願いながら。
しかしその願いむなしく、絹代はさらに怒りを増して、こめかみを引きつらせた。
「なぁにが言われた通りにだ!バカものが!全然、指示と違うじゃないか!今回の依頼が何か、忘れたのかい?!」
「えっ?わ、忘れてないよ?問題の泥田坊の捕獲でしょ?だから弱らせた後、ゆっくり捕まえようと…」
「違うだろうが!今回の依頼は、ただ捕まえればいいんじゃない。弱体化して小さくなるより前に捕まえる事だ!ちゃんとそう言っただろうが!」
「えっ?!あっ!そうだった…!小さくなるまで弱らせたら、ダメなんだった…!ご、ごめんなさい、おばあちゃん…。私、ドロをかけられたせいで、頭に血がのぼっちゃって…。ホント、ごめんなさい…!…私、また失敗しちゃった…」
佳奈子は自分の過ちに気づいて、ひどく落ち込む。
それというのも、佳奈子の失敗はこれが初めてではないからだ…。
佳奈子は以前にも、仕事で使うお札を、風に飛ばされてしまったり、結界を張っている縄を、引っかかって切ってしまったり、封印につかう壺を、手を滑らせて落とし、割ってしまったりと、何度も失敗を繰り返しているのであった…。
そのため失敗の多い佳奈子は、自信喪失ぎみなのである…。
そしてそんな佳奈子を見て、絹代は深くため息をついた。
「はぁ~。お前って子はまったく…。いっつもどこか抜けてるんだから…。…いや、説教は後だね…。…佳奈子!」
「は、はい…!」
「お前は仕事の途中に何を落ち込んでるんだい?!反省なら帰ってからにしな!今はそんなヒマ、ないはずだろう?!」
「えっ?」
「ほら、後ろを見な!ぐずぐずしてると、さっきの泥田坊たちが逃げちまうよ!田んぼの底に逃げ込まれたら、もう手は出せないからね!」
絹代はそう言って、佳奈子の後ろを指さす。
佳奈子はそれを見てハッとし、後ろを振り返った。
すると…。
「うそっ!泥田坊たちがいない?!あっ!もうあんな所に!」
なんと泥田坊たちは、みんな逃げていたのだ。
小さくなって痙攣していた、あの泥田坊すらも。
「みんな田んぼに向かってる…!まずい!急がないと!」
このままでは絹代の言う通り、泥田坊は田んぼの底に逃げ込んでしまうだろう。
佳奈子は気持ちを切り替えて、急いで泥田坊を追いかける事にした。
「おばあちゃん!私、行ってきます!」
そう言って佳奈子は、ふところから3枚のお札を取り出し、走り出した。
しかし…。
「待ちな!佳奈子!お札を使うのは止めな!」
そう言って、絹代が呼び止めたのである。
「えっ?」
思いがけない言葉に、佳奈子は足を止めて振り返る。
「お前も八乙女家の娘なら、羽衣を使いな。天の羽衣を。それでヤツらを捕らえるんだ」
「えっ?!で、でも…。私は羽衣を使うのが苦手だし…。まだ、お札のほうが…」
自信のない佳奈子は、一応、反論してみる。
しかし…。
「なぁにを弱気な事を言ってんだい!苦手だからといって使わなかったら、一生、上達できないよ!そもそも今回の依頼は、お前の修行を兼ねているんだ。実戦にまさる修行はないからね」
「で、でもぉ~」
「つべこべ言わずに、やるっ!」
「は、はいっ!い、行ってきます!」
絹代の気迫に押された佳奈子は、涙目になって走り出した。
そしてなんとか、泥田坊たちが田んぼにたどり着く前に追いつく。
「よかった!追いついた…!泥田坊たち!もう逃がさないんだから!…じゃあ、いくよ!…出て来て!八乙女家・相伝、天の羽衣!」
佳奈子がそう言った途端、なんと彼女の手のひらから、半透明のうすい帯のようなものが飛び出して来た。
これこそが、八乙女家の女性のみが持つ異能・天の羽衣なのである。
実は佳奈子の家・八乙女家の人間は、妖怪の血を引いている。
その妖怪の名は、天降女。
天女の姿をした妖怪である。
天降女は、人間の男性を妖艶に笑って誘惑し、この誘惑に負けた男性の命を奪ってしまうと言われている…。
また、柄杓を手にしている事があり、その柄杓の中の水を、男性が飲んでも、命を奪われ、魂を持ち去られてしまうと言われている…。
…しかし、そんな事をするのは、あくまでも、一部の悪い、天降女だけだ…。
ただ、天女の姿をした天降女たちは、皆、例外なく、羽衣を持っている…。
その為、天降女の血を引く、八乙女家の女性にも、羽衣を生み出し、それをあやつる能力が現れるのであった…。
そして、その羽衣は今、佳奈子のコントロールによって、泥田坊たちに向かって飛んで行く。
…ものすご~く、ゆっくりと…。
「ううっ…。やっぱりスピードが出ないよ~。お札の方が、ずっと速く動かせるのに…」
佳奈子はそう泣き言を言いつつ、羽衣のコントロールを続ける。
「あ、でも…、泥田坊が遅いから、なんとかなりそう…。よしっ!じゃあ、羽衣を巻き付けて捕まえるぞ~!いけっ!天の羽衣!」
佳奈子がそう命じると、泥田坊の頭上に飛んでいた羽衣は、ゆっくりと降りて来て、泥田坊に絡みつく。
しかし…。
むにゅ…。
なんと柔らかい泥田坊たちの体は、つきたての餅のように伸びて、その拘束から逃れ出てしまったのである…。
「ええっ?!うそっ?!拘束できない?!そんなバカな!…もう一回…!」
しかし、もう一度やってみても結果は同じ…。
泥田坊たちは拘束の隙間から、むにゅっと逃れて、出て行ってしまうのである。
「うそでしょ~?!逃げられちゃう~!どうしたらいいの?!逃げないで~!」
佳奈子は四苦八苦しながら、羽衣を動かし続ける。
けれど、やはり泥田坊を捕らえる事はできない…。
そうして佳奈子がもたもたしているうちに、後ろから祖母の絹代が追いついてきた。
「もう!何をしてるんだい、お前は!もっと速く、ぐるぐる巻きにしないか!」
「これ以上速くは無理だよ~!これが限界なの~!」
「なら、もっとたくさん羽衣を出して、奴らの逃げる隙間をなくしな!」
「そうしたいけど、羽衣を飛ばし続けるのが難しくって…!これ以上羽衣を出しても、コントロール、出来ないって~!…ああっ!」
泣き言を言っていた佳奈子は、突然、慌てた声を出した。
なぜなら、ついに泥田坊が、田んぼへと、たどり着いてしまったからだ。
「泥田坊が田んぼの中に入っちゃう!待って!行かないで!」
佳奈子は切羽詰まった声をあげ、脇目も振らず、泥田坊を追いかけた。
しかしそのせいで…。
ズルッ…。
「うわっ?!」
なんと佳奈子は、道と田んぼの間にある畔で、派手に滑ってしまったのだ。
けれど、まだギリギリ倒れてはいない。
「わわわわわっ!わわわわわっ!」
滑った佳奈子は、転ぶまいと両手を振って、なんとか体勢を立て直そうとする。
しかし、その努力は叶わなかった…。
むしろ前後に揺れてあらがったせいで、体は前に傾いて…。
…バッシャン…!
…かくして、哀れ佳奈子は、顔から田んぼへとダイブすることになったのだった…。
「………」
「佳奈子?!大丈夫かい?!佳奈子!」
「……。…ぷはっ!うぇぇぇっ!口にドロが…!…ハッ!そんな事より、泥田坊たちは?!」
見ると泥田坊たちは、田んぼの底へと、ずぶずぶと潜って行くところだった…。
これではもう、泥田坊を捕らえる事は出来ないだろう…。
「ああああ~っ!逃げられた~!」
「もう!何をやってるんだい!お前は!本当に全くもう!」
絹代は鬼の形相で、怒りの声をあげる。
「うわぁぁぁん!ごめんなさ~い!」
佳奈子は田んぼの中で、ドロまみれになりながら、謝罪の声をあげたのだった…。
◇◇◇◇◇◇
※天降女<あもれおなぐ>は、日本の鹿児島県の奄美大島に伝わる妖怪です。
天降女<あもれおなぐ>という呼び名の他にも、幾つかの別名があります。
その中でも有名なのは、天降女子<あもろうなぐ>という呼び方ですが、名前の響きがあまりピンとこなかったので、天降女<あもれおなぐ>にしました。
羽衣を生み出せる、というのは、そうだといいなぁ、という作者の創作です。
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